2012年11月24日

枯芒-山茶花 (昔の風景が理想郷のように見える不思議)


枯芒-山茶花

(昔の風景が理想郷に見える不思議)


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晩菊に午後の日当たり豆叩く

晩菊や路地裏に午後の日のさしぬ
路地裏を猫の歩むや冬日さす
山茶花に竹の垣根や路次の道
山茶花や古木とともに庭に咲く
何語る鴎と鴨の交じるかな
遠くより除染作業員冬鴎
鶏鳴ける声のひびきぬ冬の朝
枯芒二両の電車の行き来かな


この辺は以前として変化のなかにある。二両の電車のことを書いたけどこれも何でもないようで結構不思議なものだと思った。つまり枯芒というときそれが二両の電車だから寂寥としたものとしてあうことになる。より自然の風景にマッチする不思議なのである。寂れたからこそ自然が映えている不思議である。八両のときはこういうふうには感じなかった。いかに電車でも交通が人間に影響したか?これは心にどれほど影響したかわからない、それがわかるのはもし車も通らなくなったらどうなるのか?それは心もまるで変わってものとなる。車はやはり以前として国道をひっきりなしに通っているから変わらないからわからないのである。車がない世界になると自然がより密着したものとなる。
それはまた信じがたい光景になるし心の影響が大きいのである。現代人の心を変えてしまったのはこうした交通とか車社会の影響が大きいのである。義理人情がまるでない社会になったというとき交通とか車社会の影響が大きいのである。

豆を叩いている人が路地裏にいた。豆たたくとは秋の季語だった。豆たたくということが何かまだ機械を使っていないからそれがなんともいえずのどかな気分になる。晩菊にも午後の日があたりそこに昔の時間が戻ったような気がする。


豆たたく人にたずねて塔寺へ


旅の一こまがよみがえる。最近この竹の垣根を作った家である。竹と山茶花はあっている。この路地裏はそれなりに情緒がある。菊も咲いていて染物屋なのである。暮らしがある路次である。こういうところに猫がひっそりと歩いている。身近なところでも情緒があり別に遠くに旅しなければ情緒やもののあわれを感じないということはないのだ。何か老人になってくると近くのものが親しくなり大事になる。行動範囲が限られて狭くなってしまうからである。特にこの辺は遠くに行くことが容易ではない、バスになり一時間以上仙台に行くのに長くかかる。実際は二時間以上長くなったような気がする。そうすると遠くに行くのがめんどうになったのである。


鶏の声が朝早くひびく、最近朝早く起きて自転車に乗っている。朝運動すると体にはいい、ひさしぶりで鶏の声を聞いた。あれはまさに庭の鳥である。栃窪辺りでは冬籠もりのためにまだ薪を利用しいる所がある。だから薪を積んで貯えてある。そして鶏が歩み畑が前にある。山から清流が流れ洗い物をする所が作られていた。それは昔ながらの生活であり心なごむのである。現代は本当はそうした昔の生活に帰れなくても見直すときが来ていたのだ。猛烈に昔の生活を変えすぎたのである。そのために原発事故が起きたとも言えるのだ。原発だって本当はそんなに早く作らないでもっと安全を計り時間をかければよかったのである。なぜならマ-ク1というのはアメリカで作った人が危険だと言っていた古いものだったのである。余りにも急速に変化させたつけが回ってきたのである。その景観でもすさまじく変わってしまったのである。そんなもの懐古趣味だとかなるがそうでもない、何か余りにも急速に変化させた弊害が確実にあったのだ。その変化が心に影響したものは甚大だった。

義理人情の欠片もなくなった殺伐とした風景はやはり異常である。金というのもが絶大な力を持ちすぎたのもそうである。人は今や血眼(ちまなこ)になって金を追い求めている。人見ても人と見ない、人はもう人格など関係ない、こいつはいくら金になるんだしかない、それは親子ですらそうである。金をもたない親は価値がないとまでなっている。そういう殺伐とした風景を作り出したのも過剰な車社会とかの影響があるのだ。だから何か昔の自給自足的生活が牧歌的でアルカディアであり理想郷に見えるのも不思議である。そんなもの回想するから過去を美化するからそうなるとうのも確かである。ともかく原発事故はこの辺ではあまりにも影響が大きかったのである。

 


庭を貫く流れは門の前を通ずる路を横ぎりて直ちに林に入り、林を出いずれば土地にわかにくぼみて一軒の茅屋その屋根のみを現わし水車めぐれり、この辺あたりには水車場多し、されどこはいと小さき者の一つなり、水車場を離れて孫屋立ち、一抱えばかりの樫七株八株一列に並びて冬は北の風を防ぎ夏は涼しき陰もてこの屋をおおい、水車場とこの屋との間を家鶏の一群れゆききし、もし五月雨
降りつづくころなど、荷物曳ける駄馬、水車場の軒先に立てば黒き水は蹄のわきを白き藁浮かべて流れ、半ば眠れる馬の鬣(たてがみ)よりは雨滴重く滴したたり、その背よりは湯気立ちのぼり、家鶏は荷車の陰に隠れて羽翼振るうさまの鬱陶しげなる、かの青年は孫屋の縁先に腰かけて静かにこれらをながめそのわきに一人の老翁腕こまねきて煙管(きせる)をくわえ折り折りかたみに何事をか語りあいては微笑む、すなわちこの老翁は青年が親しく物言う者の一人なり。

 水車場を過ぎて間もなく橋あり、長さよりも幅のかた広く、欄の高さは腰かくるにも足らず、これを渡りてまた林の間を行けばたちまち町の中ほどに出いず、こは都にて開かるる洋画展覧会などの出品の中にてよく見受くる田舎町の一つなれば、茅屋(くさや)と瓦屋と打ち雑まじりたる、理髪所の隣に万屋あり、万屋の隣に農家あり、農家の前には莚敷きて童(わらべ)と猫と仲よく遊べる、茅屋
の軒先には羽虫の群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる、鍛冶の鉄砧(かなしき)の音高く響きて夕闇に閃(ひらめ)く火花の見事なる、雨降る日は二十ばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくに傘ささず襟頸を縮め駒下駄つまだてて飛ぶごとに後ろ
振り向くさまのおかしき

(国木田独歩-武蔵野-わかれ)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/42210_48330.html



こういう風景が何か牧歌的なアルカディア的理想的風景に見えてしまう不思議がある。ここに人と自然は融和して平和が満ちている。水車というのは今の工場の機械とはまるで違っている。農家は自然と相和している。馬もそこでまだ人間と共に生活して生きている。庭鳥ものどかに歩いている。
老人と青年が親しく語り合っているのはまさに今のように老人は税金の無駄使いだから早く死ねとわめいている若者とは違う。その頃老人と青年はこのように共に風景の中に溶け込んでいたのである。煙管を吸うというのも実は何か時間の長さがありのんびりしたものを感じるのである。今の人はタバコでも落ち着かなくスパスパと追われるように吸っている。そこに落ち着きがない、時間のゆとりがないのだ。今は何でも時間のゆとりがないみんな毎日追われているのだ。、鍛冶の鉄砧(かなしき)の音高く響きて・・・これは手仕事が残っている。人間のあたたかみがあり人間が仕事しているという感じになる。今は大工場で機械が仕事しているから仕事している人も見えないのである。
こういう風景は何か絵画的であり牧歌的でありつくづく心なごむなと思う。もちろんこうした風景がすべて消えたわけではない、田舎には以前としてある。でも車社会になったときその八割くらいは消えたのである。農作業でも機械であり馬や牛に変わった時、これも人間が動物とともに暮らさなくなり動物の影響を受けなくなる。つまり義理人情的なものを失うのである。牛とか馬と日常的に接することは情緒を育むのである。今は本当に機械の操作に追われているのだ。人間が今を嘆くとき実は過去にあったものを失ったものでありそれは過去にあったのである。