2012年11月21日

農業に生きる意義を求めた山尾三省 (ただ金だけを求めた農民、漁民、山民への疑問-グロ-バル化は国々の伝統的価値の破壊)

農業に生きる意義を求めた山尾三省

(ただ金だけを求めた農民、漁民、山民への疑問-グロ-バル化は国々の伝統的価値の破壊)


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山尾三省は最初から農業に意義と価値を求めていた

普通の農民、漁民はわずかしか認めていない

山尾三省は意義や意味が拡大化した

現代のアンチテ-ゼだった


●山尾三省ははじめから農業に意味を意義を求めた


山尾三省について書いたけどこれも原発事故で見直したのである。もしこの人がここの原発地域に住んで暮らしていたらただ言葉だけで言っているのでは自らの体で実践していたのだから説得力があったろう。ただこの辺で原発に反対したら住むこともできなくなっていたかもしれない、原発の安全性に疑問をもち、反対していたら住めなくなっていたかもしれない、それほどすでにこの辺は原発に負っていたのである。実際に40年も原発で働いていた人が原町にもいた。それだけ長い間働いていたとなると原発はこの辺ではすでになくてはならないものになっていたのである。40年という歳月は重みがある。例え否定されるべきものでもそうして働いていた人が他にもいる。この辺ではそういう人が結構いるから東電を余り責められないという、外部の人は何でもっと反対抗議をしないのかと言われる。それはやはり原発に経済をかなり負っていたからでてある。例えば相馬の病院の特別室に入院していた浪江の請戸の人は相馬に家を建てると言っていた。あの人は何をした人かわからない、ただ
請戸の人は漁業関係者だったら相当な金を補償金を事故の前でももらっていたし事故のあとももらえるのだ。その補償金が大きいのである。それで相馬の人は働かないで補償金で暮らしている人に不満をもつ、イワキなどでもそうである。補償金でパチンコなどで遊んで暮らしているのにこっちは働かせられていると不満がでてきたのである。金がもらえるからいいじゃないかというがそこには金だけでは解決しない問題が生じたのである。


そもそも現代は働くことが金を得ることであった。収入によって人間は計られていた。月給がどのくらいなのか、ここで働けばどれくらいもらえるのかとかすべて働くことは金を計算して決められる。こんな月給で働かせられるのかと常に不満は尽きない、働くこと自体に意義を求めて働いている人はいない、農民だってこれも常に金にならないからやっていけない、その跡も継ぐ子供いないとなっていた。金を計算したら農業は割にあわない、やっていられないと不満だけがあった。結構辛い労働の割には収入が低いとして不満ばかりだから子供も継がない、ただ農業の収入の比率は一割にも満たない、原発とか火力発電などのエネルギ-産業は三割とかになっている。そういう経済の中で農業や漁業のしめる割合は全国でも一割にも満たないから昔の農業とは全然違ったものとなっていた。
戦前でも戦後まもなくでも農業のしめる比率は大きかった。ほとんどが農民であり農民意識が以前としてあった。都会に出てきても失業すると実家に帰る、実家で農業を手伝い暮らしていけたという。農業が生活の基盤としてあった。今は失業したら田舎の実家に帰るということなどない、かえって田舎では仕事がないと都会に流出しているのだ。現金を稼ぐのには都会だとなっているからだ。
だから山尾三省があえて屋久島のような所で生活するということは変人中の変人になっていた。都会で暮らした方が楽であり田舎すら仕事がない収入がないということで都会にでていっているときうどうしてあえてそんな苦しい生活をしなければならないとその田舎ですらそういう人をいぶかしがり理解できないものとなっていた。


●第一次産業は国全体でも卑(ひと)くされていた


これが戦前ならみんな農民はみんな苦しい生活をしていたし仕事でもないのだから貧しくても農民をしているほかなかったのである。そこで農業の意義などを求めて仕事をしている人などいない、ただ食うために農業をすることを強いられてきたのである。かえってそうした貧しい農民から脱したいという人が地主が意外では多かった。それでもどうにもならず農業に従事していた。そこで農民の生きがいだとか何だとか関係ない、日々生きてゆくことが農業である。だから猪狩満直は北海道に開拓にゆき「俺の体は俺のからだではない」と呪いの言葉を残して若くして肺病で死んだのである。そういう過酷な状態ではのんびりと農業の意義を求めて働くなどということはない、ただ日々の糧を得るために必死に働く、働かせられるとう感覚しかないのである。山尾三省がそうした戦前の農民のように特別強いられたわけではない、別に農業でなくても生きられる時代だしみんなそうしていた。それをあえて農業に生きる意味を求めて屋久島で働き妻も早死にして自分も比較的若く62才で死んだ。

それは猪狩満直のように強いられたのではないあえて農業に意義を求めて屋久島で生活してそこを死に場所として終わったのである。今農民であれ漁民であれ山に生活している人であれそこに生きる意味を求めている人などいない、中に飯館村辺りで都会から田舎での生活をしたいという人がいた。その人たちは確かに田舎での生活に都会とは違う意味を求めていた。不思議なのはそこで生きる意味を意義が最初にありきだったのである。昔から代々住んでいる農民はそんな意義など探求しないのである。ただ農業とは米作りでも日本ではすでに弥生時代からつづいているから二千年とかの歴史があるのだ。これを考えたとき米作りは単に腹を満たすだけではない、日本の歴史的文化であり歴史的文化的価値あるものなのだ。それはとりもなおさず山尾三省が求めたものだったのである。


なぜそれをあらためて問うのかというと原発事故でそういうことを否応なく意識させられたからである。原発に農民も漁民も金のために自分たちの足元の生活を卑(ひく)くくみた。金にならない金にならないと農業自体の漁業自体の意味を意義は全くないがしろにされていたのである。だから東電との補償問題で漁業組合の人が「俺たちを馬鹿にするなよ」とか訴えていたのはその象徴である。全体でも現代は第一次産業のしめる割合は収入は一割にもみたないのだから卑(ひく)く見られていた。
それより東電のような電気エネルギ-やソニ-やパナソニックなどの電気製造産業や自動車産業が国を支えるものであり第一次産業より価値が断然高いものとして農業は誰もしたくないものになっていたのでてある。それは国全体の評価でもそうなっていたのである。TPPもそういう産業構造の中でもっと車を売りたいとかなって賛成する人が多い。経済界でも財界でも当然そうなる。そういう社会が本当にいいものだろうかという疑問がある。それは伝統的価値の破壊でもあったのだ。それではまた江戸時代に戻るのか、江戸時代のどこがいいのだ。食うや食わずの社会がどこでいいのだ。飢饉になったら飢死するだけの社会のどこがいいのだとかなる。ただ議論するときそういう極端論は議論にならない、お前は江戸時代にもどり山にこもり電気なしで暮らせとかいうと議論にならないのである。
すでに電気であれ車であれ否定できないものである。だからといって電気無しで暮らせるのかとかいえば議論にならないのである。


●すべてを経済的合理性で割り切る危険(TPPの危険)


人間社会は文化が破壊されること伝統的文化的価値が破壊されることがいかに甚大な影響をもたらしたか?そのことを深く反省しないとますます社会は混乱して終始がつかなくなりモラルも喪失して崩壊しかねないなのである。経済的合理性とかそういうものばかり追求していると思わぬ落とし穴がある。原発事故もその一つだったのである。外国では米を作ることが今ではできる、それも日本と同じ様にうまい米を作ることができる。日本の耕地とは比較にならない広い田で作ることができる。それととても日本の狭い領土では太刀打ちできない、でもグロ-バル化すれば何でも他国に売らねばならないとやっていけないからそうなる。ところが山尾三省が農業に意義を求めたように農業は日本の歴史的文化である。それが根こそぎ破壊されて減反からさらに荒地になる。放射能被害で荒地になったような国土になるかもしれない、競争力がついて農業もかえって活性化するというのは本当だろうか?それは農業を文化的なものとしてみていない、ただ経済的効率性からしかみていないからそうなる。経済的効率性だったら外国の方がとてつもない広い土地があるのだから米も外国で作った方がいい、日本は工業国として車だけを作っていろとかなる。そうなったら国土は荒廃して放射能汚染地域となり田畑は放置され荒れ放題になってしまう恐怖がある。


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る


山に還るというときこれは山が昔から万葉時代から日本では人を葬った場所だったから山が死に場所としてあった。山には神が住むというときそこが人が葬られた場所で神聖視されたからである。そして山は田んぼに水を供給する場所だからまた神聖化された。死んだ祖先が神となり春には山からおりてくるというのはそのためである。そういう歴史的伝統的文化的価値観がただ経済的合理性だけを追求して失うことは危険なのである。最近米作りしたオ-ストラリアでもアメリカでもそれは文化ではない、日本は明かに文化として米作りもあった。ただ腹を満たす米を作るというだけではなかったのである。人間は死んだら大地に還るとか山に還るとかいうのはどこの国でも本能的なものとして生き物だからあった。しかし日本では弥生時代からそういう文化が作られてきたのである。結局グロ-バル化の問題はすべて経済的合理性で価値判断することにあった。それは歴史的伝統的なそれぞれの国の価値観を破壊するのである。それはその国のよってたつものの根本的破壊だから国自体も破壊される。現実にグロ-バル化とは金だけが唯一の価値として君臨する、拝金主義となる。現実に日本でもあらゆることが金だけの追求となり山尾三省のようにあえて極貧となり農業に意義を求めた人はいない、それは現代へのアンチテ-ゼであり警鐘だったのである。

例え株で金融でもうけることが国を富ませることなのか?そんな人が人間として尊敬できるのか、金だけを追求することが人間としてのあり
方でいいのか、そこに人間として生きる価値があるのかとなる。グロ-バル化は国々の文化を破壊する。TPPもまたそういうグロ-バル化社会から必然的に生まれてきたものである。アメリカの広大な土地の社会と日本の狭い土地の社会は根本的に文化で違っている。そういうものを経済的合理性だけで容認したら日本の国が根底で破壊される。すでに金だけが唯一の価値となっているのにさらにそれに拍車をかける。だから今山尾三省の生き方が現代の社会を問うことになったのである。彼は農業にその土地に生きることに意義を意味を求め死んだのである。最初からあえて意義を意味を求めて極貧の農業に従事したのである。


山尾三省の詩を読む (原発事故で見直されたその生活)

 http://musubu2.sblo.jp/article/55776731.html

アンチテ-ゼ

弁証法のもっとも単純な説明は、テーゼ(命題、定立)、アンチテーゼ(反対命題、反定立)、ジンテーゼ(統合命題)である。たとえば、「地獄」は「天国」のアンチテーゼ、「無秩序」は「秩序」のアンチテーゼである。通常釣り合いの取れた、対照的概念の並列である。


 

posted by 老鶯 at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

北風-冬紅葉 (今日も朝原町の牛丼屋へ行った)


北風-冬紅葉

(今日も朝原町の牛丼屋へ行った)

晩菊の日当たり静か墓所のあり
冬の日の今日も静かに墓所のあり
地元なる会社の一つ冬紅葉
北風や石相対し黙すかな


north winds blow
the stone to stone
in silence in sincerity


一本の松の変わらじ冬あざみ

夕暮れの波紋静かや鴨眠る


北風の鳴りて朝日の昇るかな桜井古墳ここに鎮まる

寥々と北風吹きて竹の鳴り朝鳥鳴きぬ鋭き声かな
沈黙に心通じぬ石と石北風鳴りてここに動かじ


今日も朝早く原町に行った。牛丼屋の納豆定食280円は安い、おろしがついているところがいいのである。卵もついている。あれは本当に得である。朝食はあそこですませば楽である。一人だと意外と今はかえって楽な生活ができる。でも一人でも介護とかになると結構手間なのである。


会社があり冬紅葉というとき津波原発事故で働くことが問われたことはない、地元に働くこと地元に定着することその意味が問われたのである。つまり地元から働き手が流出して働き手がいなくなる。するとここでは暮らしが成り立たないという窮地に追い込まれたのである。一方で仮設に暮らす人は毎日パチンコだとか働かないことも批判された。補償金もらいるから働かなくてもいいのだがそれでは地元に生きる意味がなくなる。一つの会社がありそれがともかく成り立っていることが貴重なものとなったのだ。だから当たり前のことが見直されたのである。墓でもこれも今までだったら墓がなくなったり倒れたりしない、でも墓は地震で倒れ津波で流され原発事故で避難して放置されてとか墓にも平和がなくなったのである。最近まで倒れた墓石があったがなくなった。墓も安住の場所でもなかった。


今日も北風が吹いて冬らしくなった。冬はやっぱり石のようにじっとしているのがいい、北風の音を聞きつつじっとしている。それがなんともいいのである。この五年間何かこうしてじっとしていることもできなかった。やっと何か落ち着いた感じはする。それでもまだ世話する人がいるからいろいろと追われる感じはする。でもここ五年間の間ではやっと落ち着いてきたのかなと思う。やはり二年間は病気であり手術して楽になった。なんとか健康でやれれば落ち着いてくる、つまり余裕がでてくるのだ。今までは何か余裕がもてなかったのである。人に世話にならねばならなかったしこれも辛かった。人の世話になるのがこれほど負担になるとは思わなかった。そういう負担があって何か落ち着かなかったのである。何かを他人に負うようになるといかに負担が大きくなるか?人間の一番の弱点がそこにあった。もし石のように誰にも負担を欠けなくて生きれるなら楽なのである。人はそうはいかない、必ず病気になるからそこて負担をかけることになるのである。どんな人でも最後は負担をかけることになるのだ。病院で老人がポ-タブルのトイレしていてそれをなげてもらうのにすまないすまないと何度も言っていた。その人も身寄りが甥子くらいしかなかった。身寄りのない人、家族に世話されない人は介護でも大変になるのだ。それは金だけでは解決しない、施設に入っても金だけで親切にしてくれるとは限らない、そこに介護の問題があった。


夕暮れに波紋も静かに鴨が群れ泳いでいる。鴨は争ったりしない、実に平和に睦みあっている。そういうことすらないのが人間社会である。絶えず争いその欲は尽きず田舎でも平和はない、津波や原発事故で絆のことが盛んに言われたけど実際は絆というのも第一その被害地域でもなかった。パチンコで遊んでいると批判されたように拍子抜けのところがあったのだ。でも今でも外部からボランティアがきていた。海岸の清掃しているという。袖ヶ浦のナンバ-だった。千葉県なのか、多分そうだろ。そんなに遠くからは今は来ないだろう。

石と石は語らなくても通じている。長い間暮らしている家族はそうなる。しゃべらなくても心は通じている。ところが他人はそうはいかない、本当に信用できないから結局めんどうな法律ができたのである。また監視もしなければならない心許せることがないのだ。特に家の中に他人が入ってきたらもう一時も心休まらない、だから金持ちでも実際は悲劇である。金で何でもできることはない、信頼や愛情は買うことはできないからだ。今は金しか求めてない人間がほとんどだからである。

ともかく鴨のようにゆっくりと安らかに眠りたい・・・・石のようにじっとしていたい・・・
それが幸福だったのである。