2012年11月18日

木枯らし (一人暮らしでも家事は便利になり不自由がない時代)


木枯らし

(一人暮らしでも家事は便利になり不自由がない時代)


朝日さし山の襞見え冬薔薇

冬日さし隠れし所一家の墓
竹に風そよぎて朝の冬の菊

晩菊のここにしみいる三色ほど


北風のうなり舞い散る木の葉かな石静まりて三日月いてぬ


今日は朝早く原町に行き牛丼屋で朝食とった。やはり結構朝行っている。朝食が280円だと便利である。実際一人暮らしでもまた二人暮らしでも生活のコツがわかれば今は不便ではない、原町くらいの人口があれば食事は楽である。やはり食事が一番めんどうなのだ。自分の家は台所が離れていて運ぶこと自体めんどうなのである。別室の介護している部屋にお茶一杯運ぶの手間なのである。
一人暮らしでもそれなりに経験積まないとこれも意外なことがわからず効率化できないのだ。

今は炊飯器でも安いのができている。これを買ったのは最近だった。それまでインスタントの米をレンジでたいていた。これが失敗だった。これでは金がかかりすぎたのである。おかゆも時々作らねばならないのでおかゆをたく専用の電気の炊飯器を買った。これはうまくたけるし便利である。これも早く気付けば買っていた。一人用のものが今は売っていたのである。こうして買い物自体がわからないことがある。買い物で良くみていないとどこで売っているのか見つけられないのである。

やはり一人暮らししている人に聞いてみるとどうしているのかわかったかもしれない、人間はつくづく料理にしても誰も教えるものがいなかったら簡単なことすらわからない、そういう状態にあったから何でも一からはじめなければならないから家事も男にとっては大変なことだったのである。
介護は家事の延長のようなところがあるから女性には向いていたのである。

なぜ一人暮らしが増えたのか、若者が結婚しないのか?いろいろ理由がある。収入もないとかある。
一つの原因に家事が便利になり男でもできるということである。都会だったら外で何でもまかなうことすらできる。外食でも牛丼屋のように安い所があるからだ。家事は手間が大変なのである。

今は大幅に家事の手間が省かれるから男一人でも別に困らないのである。自分は慣れないから大変な所があった。慣れれば効率的にやれる。一人暮らしで身寄りがないなと困るのはこうした食事のことなどではない、緊急時の時頼る人がいないとかが一番の問題なのである。家事は一人でもほとんど困らない時代になっている。ということは家事をする女性の労働もいらなくなっているということなのだ。昔は家事労働に費やされる時間が大きかった。米たくこと自体大変な手間だった。そういうのが省かれたとき女性の仕事は喪失したのである。だから女性も家事は楽だからみんな外で働いているのだ。


そして男は別に家事は一人でもできるから女性の手を必要としない、それで結婚しなくてもいい、気楽な人陸らしいいとなり結婚しなくなった?自分もいつも食事が用意されていて恵まれていたから結婚したくなかった。女性とつきあいたくないというのではなく、会社に入って勤めるのもいやだったし自由でいたいとなり結婚もしなかった。する必要もなかったのである。
もし介護もしなければならないとか病気になり看護してくれる人もいないとかなっていればこれは一人は大変だとなり結婚などでも真剣に考えていた。今になると時すでに遅しであった。一人暮らしでこれから困ることは病気になったりしたら誰も助けない、置き去りにされ無常に捨てられるということである。誰も他人は同情などしない、金があっても金は奪われ捨てられるのである。そういう現実をみて覚悟している人は意外と一人暮らしの人に少ないだろう。これから地獄を見ることがわからないのである。


道の駅であった人はやはり原発で働いてた。40年も働いていた。何か技術をもっていてそうなった。火力発電所でも働いていた。相馬と原町にありここでは一カ所で千人も雇っている。原発はさらに雇っている。だから雇用の面で電力会社にかなり負っていたのである。11月から原町のかりょく運転はじめるとか言っていた。実際に選んであっているわけではない、偶然あっただけで四人も原発で働いていた。これは明かに原発で働いている人が多かったのであり今はそうなのだ。なにしろ金になるからそこで働きたいとなる。放射能は怖くないという、正式に長年働いている人だから厳重に管理されているためである。


今日は木枯らしだったのか、風が強く吹いた。今年もまもなく終わりだろう。何か毎日が追われるように過ぎてゆく、ここ五年間はそうである。追い立てられるようにすぎてゆく・・・
木の葉が風においたてられて散ってゆく、そうして人も死んでゆくのが無常である。人間がこんなに無常だとは思わなかった。たとえ60年も一緒にいても死別すればそれは一場の出会いにすらすぎなくなってしまう。これが人間の無常なのか?人間関係すら絶えず変わっているのではないか?今日あっている人は明日はあわないのではないか?いくら長く住んでいてもそういうことがある。津波で家族がなくした人はそう思っているだろう。人生の無常を痛切に感じさせられたのである。

原町の高平の六号線を越えるところにある墓地は隠れたようにある。あそこに越中からか移民してきた人の墓があった。その墓に冬の日がさして落ち着いてた感じがした。それは別に普通のことだが
今やこの辺は故郷を追われた人がいて津波で墓すら流されたりしているし墓参りすらできないという人が結構いたから余計に墓があって冬の日がさして落ち着いた気分になったのである。
墓は故郷には不可欠なものとして風景そのものとしてある。先祖代々の墓ということで都会とはまた違ってる。墓自体が何かその土地に根付いた証みたくなっているのだ。都会の場合は団地のような墓になるがあういうのは嫌である。まあ、田舎でも墓のあとづきがいなくて困って共同墓地で供養してもらいたいという人が多くなった。跡継ぎがいないということもまた大きな問題なのである。
少子高齢化はともかくいろいろな問題をもたらしたのである。