2012年11月10日

山頭火の時雨の句の意味 (旅人になれない現代)


山頭火の時雨の句の意味

(旅人になれない現代)

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大樟も私も犬もしぐれつゝ 山頭火


老いて死す一年一年時雨かな

旅人も貧しや時雨石の屋根
旅人や小家をぬうて時雨かな
街道の細道あわれ時雨かな
山頭火時雨に気づき歩をとめる


これは大樟(おおくす)も大きいものもしぐれ犬もしぐれる。この犬は野良犬なのだろうか?その頃野良犬が多かったし野良犬をテ-マ二したものもあった。つまり山頭火は自分を野良犬のように見ていたところがあった。この犬もしぐれつつ・・というのはまず普通に暮らしている人には出てこない句である。そういうものが山頭火にはちりばめられているのだが駄句のうよなものが大量にあるからその見分け方がむずかしい。芭蕉とか蕪村はほとんど秀句になっているわかりやすいのだ。この犬という時何か山頭火を象徴していたのだ。昔の道はまず舗装されていないから埃りがたつ、子供のときも埃がたっていた。かなりの土埃に悩まされていたのである。だからそういう道を歩むと野良犬が歩むのとあっていた。今は道でもきれいすぎるのだ。土の道はほとんどなくなっているからだ。本当の旅は実際は一万とかするきれいな旅館に泊まってすることではない、山頭火のように木賃宿があっていたのであり場所でもばりするとか野趣があって良かったのである。旅は何か不如意なとき旅らしいはいうこともあった。「どしゃぶりの雨ぬれ泊まる中山道」夏だったけど中山道を自転車で旅したときどしゃぶりの雨にぬれた。
馬の尿する枕もと..こういうときすら旅には旅情が生まれる「このときまあに馬と共に暮らす農民の生活と一体化したのである。


そして宿にとまったりしたが実際は嫌われたことはまちがいない、泊めたくなかったのだろうけど金払うからしかたなく泊めたのである。これは昔だったら木賃宿であり汚れても安宿であり不自然でもなかったのである。現代は宿にすら気楽に泊まれるところがない、安宿の方が旅の情緒があった。豪華なホテルに泊まったらすでに旅ではない、自転車で旅したらそういう宿にとまりにくい。でも泊まる場所がない場合があるから野宿の用意が必要となりそうなるとゆっくり休めないということもあった。若い人ならいいが中年になると辛いということもあった。中年くらいになるとそんな旅している人は世間からはずれた人である。今はニ-トみたいなのが無職がいくらでもいるから不自然でないのかもしれない、外国に沈没している人などもいたからである。40、50でそんなことをしている人はまともでない。旅館に泊まるとき無職だというとそれは大地主とかで金持ちであり一番いい部屋に通されたという。旅館と木賃宿は違っていたのである。旅館は当時も贅沢なものであり温泉宿のように金がかかるところがあった。当時で無職とわざわざ言うとなると仕事しないでも暮らしていける人は特別の金持ちだったのである。だからずいぶん今の無職とは違っている。資産家がいてそういう人は別に仕事しなくても良かったのである。今は職業でその人を判断しているのだ。旅はそもそもそうして安宿を長く泊まり歩くことが旅なのである。江戸時代でもお伊勢参りなどでもそうである。そういう安宿がなければ一か月もの旅はつづかないのである。

自分はこの安宿を探すのに苦労していたのである。それが外国旅行までつづくとは思っていなかった。パリでも安宿を探したが断られた。外国では早く泊まらないと落ち着かないから日本のように探して歩いていられない、でも若い人はパリでも少しでも安い宿を探していたのである。50からの海外自由旅行は辛かったしうまくいかなかった。「パリに来て安宿探し落葉かな」「東駅安宿多し落葉かな」東駅は確かに安宿が多いところだったがうまく泊まれなかった。でもどこにも日本人がいたのには驚いたのである。今はどこにも日本人がいる。カンボジアではアンコ-ルワットで自転車旅行していた中高年の人がいたのには驚いた。カンボジアでは道は舗装されていない、土埃がたつし暑いからひどいのである。あんなところをあの年で良く自転車で走っていたこと自体驚きである。あそこに中高年の人はかなりたむろしていた。いかがわしい女が側にいたり嫌になった。


山頭火の旅はまさに犬もしぐれつつの旅だったのである。そういう旅ができたのは時代だったのである。今は遍路だってこぎれいだし楽な旅をしている。観光の一種にもなっている。山頭火のような野良犬のような旅はできないししている人はいないのである。戦前から戦後十年くらいまで非常に乞食が多かったからそういう人がいても特別変わったというものでもなかった。山頭火も乞食の一種であり見分けがつかなかったろう。今は乞食がいないからそういう旅もできない、もしかしたら警察に職務質問されて刑務所にさえ入れるからかもしれない、無職というだけ実際に捕まった人がいたからである。犬もしぐれつつというとき犬は野良犬であり野良犬も多い時代だったのである。乞食も野良犬とにていたのである。今は何かみんなこぎれいにして型にはまっていないといけない時代なのである。

ある一面今の時代は豊だけど窮屈だなとなる。自由もあるんだけど何か昔のような自由は失われている。車時代だから車に席巻される。車が相当贅沢なものであり動く家でもあるから土埃にまみれて乞食のように旅できた時代とは余りにも違っているのだ。歩いて旅する人がいても全部歩き通すことはない、途中で必ず電車なりバスなりを利用しているのである。ともかく人間が旅する風景はもうなくなった。ただ車だけが行き来する風景でありそこに歩く旅人などが入る余地はない、道は車が通るものであり人間が歩いて通る道ではない、辛うじて自転車が現代の旅らしい旅になるのかもしれない、バイクでも早すぎる。バイクの速さは車と変わりないのである。自転車で旅している人は若い人が多い、体力的にそうなる。


山頭火が時雨にこだわったとき時雨的日本的風景があったためである。それは石置き屋根とか貧しい家並みがありそういう風景に時雨があっていたのである。高層ビルとかそんなところに時雨も自然は合わない、高速道路とか国道とか車で埋めつくされた所にもあわない、辛うじて裏街道みたいなところだと時雨もあうのである。つまり今は相当に自ら旅を演出しないかぎり旅にならないのだ。ただ便利に移動するだけになるのだ。だから自分は自転車旅行した行程はある程度覚えている。坂が苦しかったとかあそこは遠かったなとか体に記憶が記されているのだ。これが便利な乗り物を利用したら残らない、ただ通りすぎて残らないのである。現代は旅人になることはできない、旅人を見ることもできない、団体などの観光客は旅人ではない、芭蕉の奥の細道のように旅人は本当に人生すら旅としている人なのだ。最も硬骨漢の旅人は西行だった。西行は武士の出であり相当に体力もあった。その点が芭蕉などと違っていた。芭蕉は自分のように体が弱かったし一般的に詩人などは体が弱い、西行は別だったのである。山頭火も体が強かったが無理をしたので60才くらいで死んだのである。やはり人間はどんなに丈夫でも無理をすれば早死になるし病気にもなるのである。

 


 

初時雨(類似俳句)


初時雨(類似俳句)


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遠山に日のさしあわれ初時雨

残る虫一つ鳴きひびく朝の野に

三色の晩菊ここに落ち着きぬ

遠山に日の当たりたる枯野かな 高浜虚子


これが類似俳句になる。芸術は音楽でもそうだけど類似なものがある。詩でもやはり外国でも日本でも変わりなく自分の作ったものと同じ様なものが結構あったからやはり追求していることは芸術では同じなのである。ただ俳句となると外国からは風土に根ざしたものだから理解しにくいのである。

今日は本当に初時雨だった。時雨というと何かこれが時雨なのかどうかわかりにくい場合がある。
今日が初時雨だというとき季節的にあっている。ぱらぱらとふってすぐやんだからこれは時雨だった。秋が短く冬は冬になった。秋が長びくというものでもなかった。暑かったから秋が短くなったのである。だからまだ晩秋という感じにもなるが明かに太陽も冬の日になっていたし時雨になったことは冬なのである。日本人の共通の話題が天気になることがわかる。天気が四季で明確に変わってゆくからである。それであいさつも天気のこととなり俳句が生まれたのである。天気のあいさつのようなものが洗練されて俳句という芸術になったのである。


日々変わるからプログには向いている。特に季節の変わり目、夏から秋とか秋から冬とかに変化を感じるから書くことも多くなるのである。時雨はまた老いにふさわしいものでもあった。時雨の風景は何か墨絵ににていたのである。時雨を感じるのは都会の騒々しい所では感じにくい、そういう余裕もないだろう。最近日本人の感性が衰えたというのは本当だろう。これだけ都会化して騒々しくなると自然の感性も衰えてくる。車だったらまず自然を感じない、風も雨も時雨も感じないのである。
歩いていれば自然を感じる度合いは全然違っていたのである。そういう所からも日本人的感性は衰えてしまった。ただ日本の自然は変わりなくあるからなお俳句や短歌は追求されているのだ。


残る虫が一匹朝の野に鳴いている。この辺では刈田がない枯れた草原になってしまった。まさに野なのかもしれない、別に虫がいなくなったりしない、でもなんか少ないような気はする。でも誰もいない野に虫の音だけが朝ひびいている。これが都会だったら車の騒音やらなにやらで打ち消されてしまうだろう。今都会では自然への感性を磨くことはむずかしい。晩菊が畑に咲いている。老いれば人間は落ちつく場を求める。仮設だとやはり落ち着かないだろう。でもなんか一年半過ぎて仮設でもなじんできたというか落ち着いてきたというかそんなふうになった。人間は何か落ち着くにはなじむにはなんでも時間がかかるのだ。