2012年10月27日

秋の相馬市へ-俳句十句(長屋風住宅に人が住む)


秋の相馬市へ-俳句十句(長屋風住宅に人が住む)

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相馬市の魅力はやはり城下町だったことだ
この街の歴史的魅力は貴重である。

六号線のイオンの方になるとそういう歴史的情緒がない
こういうのは歴史だから作り得ない
そこに街の価値があった

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相馬市の長屋風住宅
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南相馬市鹿島区内




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秋の蝶影なす朝の厨かな

十輪ほど半ば枯れにし秋薊
日立木の薬師堂や秋の蝶
朝顔や長屋住宅に人の住む
虫の音や長屋住宅に人の住む
歩みつつ城下の橋や虫の声
野面(のずら)積み木の葉一枚散りにけり
白菊や城下の路次の割烹店
秋柳田町通りに相馬焼
通りゆく相馬の城下秋の雲
誰が家や城下の古りぬ秋薔薇
月のでて畑に婦(おんな)秋薔薇
相馬市の喫茶店にそ落葉かな
街道の畑に古碑や秋薔薇


石垣のなおとどめつつ六万石城跡たずね秋深まりぬ

山脈を雲翳らして秋の朝相馬市へと我が行く道かな
我が庭に白木槿の花散りしあと石の清楚に季(とき)の移りぬ


今日は3か月ぶりくらいに自転車で相馬市へ行った。一か月に一回は最低で行っていたからひさしぶりである。電車と自転車で行くのは全然違ったものとなる。最初に目についたのがあざみだった。
一面に咲いていた。普通だったら農家の人が草を刈っているからこんなに咲いていることはないだろう。あざみはほうっておくとこんなに咲くのである。阿武隈山脈に秋らしい雲がでて翳らす、いつもの道を行く、日立木の薬師堂により松並木の街道をゆくと長屋風の住宅に人が住むようになっていた。朝顔をしつらえていかにも人が住む風情である。やはりあの住宅は仮設住宅とは違いこれからここに長く住むということで感じが全く違う。外観も落ち着いている。津波で家がなくなったとかもう原発事故で小高に帰りたくないとかいうときあの長屋風住宅はいい,特に一人暮らしの人にはいい。

南相馬市でもなんらかあういう老人用の住宅が必要になる。

ここから相馬の細道を入ると大きな柳がしだれている。秋柳だけど風情があり秋柳は今の季節にあっている。相馬市はやはり城下町だからいつ来ても風情があるのが不思議である。宇多川を人が歩いてわたっていた。それが絵になっているということも不思議である。今や車時代に歩くことが特別なことになっているのだ。歩いている人を見るとそれが絵になり詩になっている。そこに時間の余裕も感じる。歩いていることはやはり時間感覚を変えるのである。車になったら時間感覚は十倍くらい早くなっているからだ。いつもの路次を行くと白菊が咲き割烹店があった。これも風情があるなと思った。その風情はやはり城下町だからだろう。相馬市は駅前通りはなく昔のままの街だった。原町は鉄道が通った時駅前から変えられていたのである。


城跡の石垣を良くみるとやはり古い野面積みとなるのかここが城だったということを今も示している。相馬はここが城だったということをなかなかわかりにくいのだ。木の葉が一枚散って秋が深まってゆくようだ。それから田町通りで相馬焼を売る陶器専門店で買い物した。結局街の商店街が安物ではなく多少高くても専門店としてしか生き残れないのだろう。陶器店だったら品揃いを良くしないとだめだろう。ただそうなると金持ち相手になるからこの辺では金持ちが少ないから困るのである。ただ金をももっている人は老人とかにやはりいる。退職者にも案外いる。若い人はやはり少ない、だから陶器店でも凝った店作りをすればそうした金をもっている老人がくるかもしれない、一軒一軒の店は話しすることになるから必ず買わないといけないからただ見るというわけにはいかない、ただ店の人と話せるということはコミニケ-ションになる。軽い素材の陶器ができていてそれをかなり買った。

メラニンとかなんとか言っていたが知らなかった。壊れもしないという、食器は意外と重くて壊れやすくて困った。洗ったり運んだりして壊したりするから今の陶器は重いから扱いにくかったのである。ただ今やこの辺では大堀焼も浪江でやっていけないかち独自性を出すのがむずかしくなっている。地元で作ったものを売るということがやはり活性化することだから困っているのだ。

帰りは日立木の街道の細道を通るともう日が暮れようとしていた。月がでていた。秋薔薇が咲き畑には働く婦人がいたようだ。相馬市は稲刈りもしたし畑で野菜をも作っているし普通と変わりないのである。俳句はやはり写生だからそのままで俳句になっているのだ。畑で人が働いていることが普通の風景でありそれがない風景は異常なのである。


庭の白木槿は散って石だけの庭になった。そういう季節の移り変わりが日本の情緒をかもしだしているのである。