2012年10月11日

津波の跡の不思議な現象 (異常に増えた蝶-残った石仏)


津波の跡の不思議な現象

(異常に増えた蝶-残った石仏)

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ここの御堂は荒れ放題であり石仏だけが残った。


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こちらせ前からあり残った方の御堂

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コンクリ-トの家は残りやすいのか

津波ほど信じられない世界を作り出したものはない、こんなことがありうるのだろうかということが未だにある。こんなに世界が変わってしまうことがありうるのだろうかということである。
本当に不思議な世界でありだからこうして毎日報告することがある。普通ならこの辺のことを報告しても外部では関心を示さないだろう。またそんなに報告することもないのである。
津波というとただただ陰惨なこと悲しいことばかりのように見える。
だから八沢浦が美しい入江にもどったということを写真で紹介して書いたときここでも子供も死んだしその死体を探していた。そのことを指摘して批判した人がいた。それもわかる。
あなたはそういう人に同情しないのかということも言われた。映像で見るのはほとんどそういう映像である。しかし津波の跡はやはり何か大きな自然の変化が生まれたのである。

こういう変化は4百年に一度という大変化であり簡単に生きている間には見れないものだったのである。それはあくまでも事実なのである。八沢浦は家が田んぼのなかには一二軒しかなかった。
それが奥まで水に満たされたことには一番驚いたのである。それは奇跡としか言いようがなかったのである。ただそれを率直に報告したにすぎない。そこで死んだ人はいたにしてもそうだったのである。無惨な瓦礫の山になっていなかったのである。

津波の跡が草原化したというのも湿地帯化したのも驚きだった。他でも水葵が咲いたことは報告されている。それも美しいとして報告した。そして今回なぜこれほどに蝶が異常に繁殖しているのだろうか?草原でも無数に蝶が舞っている。それは白い蝶なのである。こんなに蝶がこの辺にいるわけがない、ここにどこからか集まって来たのか?その理由がわからない、

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胡蝶蘭のようになっている不思議

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異常に増えた蝶-点々と白いのはすべて蝶である

吸水する蝶
http://www.pteron-world.com/topics/ecology/water.html


基本的に母蝶は自分たちの食草を探し当てて、その葉などに産卵します。


ここに幼虫が育つ食草があってふえたのか?蝶は花の蜜だけで吸っているのではない、基本的に塩分を補給するために湿地帯とか今回のような塩分化した津波の跡は栄養があるからこれだけ増えたのかもしれない、これもただ実際は自然の謎の現象なのである。津波には原初の自然の謎を解く鍵を与えたのである。こんな現象は400年に一回くらしか体験できないから貴重だとなる。ただそうなるとお前は津波を喜んでいるのかとか批判される。でもこれだけ不思議な現象は体験できないことも確かなのである。だから毎日これだけ報告することがあるのだ。


南相馬市鹿島区の北右田の所にあった御堂に石仏が流されず残っていた。それが今は草に埋もれている。ここの御堂は土地の人が放置して荒れ放題になっていたのである。誰もお参りもしていなかった。ところが津波が来てここにあった石仏がまるでその津波を見ていたかのように海の方を向いて残っているのだ。別に偶然にそうなったのだけどこれも不思議に思えた。この石仏が流されなかったのはコンクリ-トで固定していたからである。海岸に接していたらこれでも根こそぎ流された。ただこの石仏も本当に何か津波の来た海の方をじっとながめているから不思議になる。津波を記憶するようにここに残ったのである。残っている御堂は別な御堂でありこれは部落の人が守っていた。烏崎では大きな庭の石が津波に流されず残った。津波を記憶して記念の石のように残った。津波の残した記憶がいろいろある。それはここだけではない津波の被害にあった広い範囲に残ったのである。残り谷(残り家)という地名も津波に良く残ったということで地名化したけどこれも津波の体験がなければ理解できないものだった。津波を体験しなければ理解できないものが理解できたのである。ともかく津波がもたらしたものは人の悲しみが主なものだけど自然の大きな変化もそうだったのである。そこがテレビでもほとんど紹介されていないのである。


津波の跡の寒露


津波の跡は草茫々となり草原化した
残った石仏が草深く埋もれている
その仏はただ津波の来た海の方をながめている
ここの部落は壊滅して消失した
家のあった庭の樹に烏が二羽とまっている
もう一年半過ぎて今日は寒露である。
朝の草原に無数の蝶が舞っている
たしかにそこの草に寒露が光っている
ここに残された石仏は津波を記憶して
ここで死んだ人に祈りをささげているのかもしれない
奇せずしてそうなったのも不思議としか言いようがない
これは直視する他ない現実なのである。

posted by 老鶯 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係