2012年10月09日

蟻穴に入る(故郷を離れられない自分)


蟻穴に入る(故郷を離れられない自分)


蟻の穴五六つや寒露かな

蟻の穴遠くに行けじ寒露かな
我が町に働く人や芒かな


我が町の津波のあとに堤防を直す人や秋の夕暮

寒露という季語は使っていなかった。それだけ季語は多いから使いこなせないのである。日本人の美意識は季節感からきている。南国だったらいつも花が咲いているから季節感がないのである。
すると俳句もありえないとなる。蟻の穴がいくつかあった。なんか自分は介護になってから故郷から全く出れない、旅もできない、家が蟻の穴であり毎日家を出たり入ったりしているだけであった。
故郷からも出れなかった。それでも原町とか相馬市には行っていた。

そういう生活から今蟻の穴を見たときつくづく故郷を離れず働いたというのも変だが介護のために働いたなと思う。故郷のために働いたというのではないにしても何かそういう感じがしてつくづく蟻の穴を見たのである。その蟻も見えなくなり穴に入ってしまった。その穴がいくつかあるが蟻の姿は見えないのである。寒露というのが何か言葉的にもあっている。草原にそういう露が朝見えた。
今年は早く冬が来る。


堤防を直している人をつくづく見ていた。あの人たちは地元の人とは限らない、遠くから来ている人も多いからだ。その人たちもつくづく故郷で働いてくれているのだなと思った。普通は働く人を注目しないが何かじっくり見ていると働いていることも一つの詩的風景にもなっている。今年は草茫々になり芒がなびくのが目立つ、何かこれも季節感余計に感じるものとなった。原野のような昔に戻ると芒が一面になびいていることは確かである。それが真野の萱原なのかどうかはわからないし謎である。そういう萱原が一面になびいているところは全国にありふれた光景だったからである。


母が弱ったきたからもしかしたら今年中に死ぬかもしれない、限界がきていたのだ。そういうことでまた忙しくなる。ともかく最後を看取ることは大変なことであり一回経験したからわかる。人間は死ぬことが大変なのである。介護とか苦労しているのは今は自分だけではない、ただそういう立場にならないとわからないだけであり全国に何百万人といる。その人たちはそれぞれ苦労しているのである。身近でもそういう人はいる。自分より苦しい人もいる。ともかくまだ難儀なことははつづくのである。