2012年10月05日

秋暑し(津浪の跡に異常に増えた蝶の謎)

 
秋暑し(津浪の跡に異常に増えた蝶の謎)


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鮮明に画像を見るにはクリック

ここで増えた蝶の動画を見てくださいQuicktimeをインスト-ルしないとみれないです
http://musubu.jp/tunami.html


秋暑し日影に語る二人かな

二人してなお鳴くを聞く秋の蝉
秋暑し日本一周の若さかな
彼岸花どこまでつづく津浪跡
里山この道親し萩薄
今日もまた萩に眠れる蝶幾羽




今日も陽差しが暑かった。一か月くらい季節がずれた。夏が一か月伸びた感じた。秋暑しの季語は普通は9月だろう。10月でもあることはあった。でもこの頃の暑さは異常をもたらしている。蝉もニイニイ蝉が鳴いていたがこれも夏のものだろう。海水音度の上昇で熱帯の魚がふえてサンマがとれないとか鮭がとれないとかいろいろ影響してきている。日本列島が熱帯化しているのだ。台風が10月に何度も来るとか秋雨の時期は9月だったが暑い残暑がつづいた。一か月夏が伸びるとこれだけ暑くなるとやはり全般的にいろいろ影響するし変化する。

なぜあんなに津浪の跡の草原になぜあんなに蝶が増えたのか?あれも異常現象である。暑さのためだけではない、津浪の跡が草原化してそこに蝶が異常に増えたのである。
チョウは幼虫の頃に植物を食べて育つが、植物にはナトリウムが少なく、成虫になって筋肉を動かすのに必要なナトリウムの欠乏状態になっていることが・・・


蝶は小便などに集るが塩分をとるためである。とすると津浪の跡に塩分が多いから増えたのか?
草原であり蜜を吸う花はほとんどみかけないのに蝶が異常にふえているのだ。こんなに蝶が今頃飛んでいるのを見たことがない、これは秋の蝶ではない、秋の蝶はぱらぱらとしか飛ばない、暑さの原因もあるのか、なぜここにこんなに集まっているのか?明かに原発事故で放射能で草原化したところにはこんなに蝶は集まっていない、ここは津浪が来た所でありやはり塩分と関係しているのか?
いづれにしろ何かこの辺は異常事態がなおつづいているのだ。自然もそうだし人間もそうである。
あんなに彼岸花が咲いているのも不思議である。そこに蝶が異常にふえて舞っている。蝶は魂を象徴しているとか言うから死んだ人の霊でも集まっているのかとも思う。何か異様な光景なのである。


今日あったのはいつもあう体も汚い、髪ものびほうだいのニ-トだった。どういうわけか自転車だから自転車の人と良くあう、あの若者もいつも自転車にのてんるからあうのである。車の人とはあわないのである。89歳の老人とあったのも自転車にのっていたからである。自転車にのっている人は仲間になりやすいのだ。川子の坂はきついけど電動自転車だから上れる。あそこに森がありまだ蝉が鳴いていた。あそこは日影の道がつづき気持ちいいところである。萩も咲いて蝶がまつわりついて舞っていた。あのニ-トは本当に社会と没交渉である。身なりからして全く社会性がない、自分も無職だったが結構社会でアルバイトようなものでも働いたし創価に入った時もあそこは一つの社会であり人と接することが多かったから人と接する訓練はしていたのである。その後は社会と没交渉になった。

その期間は長かった。ニ-トは必ず今田舎でもいるからめずらしくない、ただ田舎だとそういう人は目立つのである。それでも今はふえているから時代が変わった。自分のときはそういう人はアウトサイダ-になったのである。それが百万単位とかでいるとなるともう日常の風景になってしまったのである。まずやはり社会的訓練をしていないとやはりいろいろあとで苦労する。親の介護で社会経験のないことで味わった。その若者はキノコを一杯とって帰ろうとしていた。キノコは放射能が多いから食べない方がいいと言われている。キノコでも老人ならいいのか?普通なら食べない、そのニ-トは社会と没交渉であり情報も入らない、社会と没交渉になるといろいろ身近なところでも情報が入らないことが致命的になる場合があるのだ。だからいろいろと人のコンタクトはとっている必要があるのだ。ただニ-トなどは全くそういうことをしないし拒絶しているからあとで困ることになるのだ。


次に原町の道の駅であったのがこれも日本一周している自転車の大学生だった。法政大学であり120日間回り最後の仕上げての段階に入っていた。その学生は体がいい、太ってもいないし均整とれたいい体していたのである。高校時代にラグビ-していたというからなにほどと思った。学生でも日本一周がみんなできるわけではない、若くても体力の差が大きいのである。自分は体力がないから若いとき無理して体がかなり衰弱してしまったことは確かである。体力がなくても長生きはできる。体力と長生きは関係ない、ただ体力がない人は無理なことができないから冒険などできないから損なのである。老人になると若い人がうらやましくなる。人間はやはり体つきからその人をみることがある。
若くても太っていて何か緩慢であり鈍く感じてしまう人もいる。一方で姿勢よくきびきびしている女性もいた。見た格好が気持ちいいのである。老人はやはり見た格好がすでに何か心だけではない、汚れてしまった心が体にまで反映しているのだ。ただ老化してそうなったともいえない、心が汚れて体までなにか汚れてしまったという感じがするのである。

老人は若い人と接するだけでエネルギ-をもらうということがある。その人は若い力がみなぎっていた。ちょうど夏の雲、入道雲のように体は溌剌としていた。野宿してもなんら体にひびかない体であり120日間もすでに回っても疲れていないのである。今回は津浪の被害地をかなり見て来たらしい。

原町から小高の方に行けばまだ津浪の跡が生々しく残っているといったら小高の方に行った。ここは六号線が遮断されて通りにくくなっているが結構自転車の旅行者をみかける。やはり津浪の跡とか原発事故で常に話題になっているから見に来る人がいるのだ。これだけテレビに写されるただ物見遊山でも見にくる人がいるのだ。こんなにテレビで報道されたことは今までなかったからである。自分のプログも外部から相当読んでいるのかもしれない、たださくらのプログはそこまでアクセス解析ができないからわからなくて困っている。ともかく自転車の人とは良く出会い話しするのである。


写真は撮り方なんだな、これも偶然に角度を変えたら良く撮れていたのである。いろいろな角度からとってみないとわからない、どういうふうに写っているかわからないのだ。デジカメだとそれができるから素人でもいい写真がとれるようになったのである。この写真をみて写真俳句を作る。写真によって新たな美を発見することがあったのがデシカメだったのである。

蝶の動画のアップができなかった