2012年10月01日

台風過ぎぬ (南相馬市鹿島区の夜から朝までの変化)


台風過ぎぬ

(南相馬市鹿島区の夜から朝までの変化)

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我が母の耳の聞こえず無月かな
秋の夜や二両の電車淋しかな
八畳の間に眠る秋の夜
台風の吹き荒れしも大き家
台風の仮設に吹き荒れ過ぎにけり
もの言わず朝の食事や虫の声
秋暑し日影の石に休むかな
石により味噌漬けの店秋あざみ
字を刻む石材店や秋あざみ


台風の過ぎにし朝や阿武隈の山脈静か雲に翳りぬ

台風の風に折れにし墓の花我が直して墓を守りぬ
我が隣倒れしままに放置さる一年半すぎ直さざるかな


台風が来て曇り空になり次に嵐がきて風が吹き荒れた。でもそれほどの台風ではなかった。被害もなく早々と通りすぎた。天気は無月であり原町-相馬間の二両の電車が通っているが淋しい。前はス-パ-ヒタチとか東京まで通っていたから大違いである。六号線も小高から南は通じていない、ただ車は同じ様に通っている。小高が行く車が増えた。小高は当分工事中になるから車が通る。

自分は今八畳の間に眠っているから眠れる。家はやはり広くないと眠るのも何か圧迫されるので眠りにくいのだ。家も大きいから台風がきても安心である。この家は大きいだけが取り柄の旧式の家だった。昔は今のようにな作りになっていない、ただ大きいだけなのである。座敷がありそこで冠婚葬祭までしていたから座敷は広く作っていたのである。今はもうそういことがないからこういう家の造りはない。

朝になったらすでに台風は過ぎていた。山の方を見ると芒がなびき雲が影を落として翳らせている。こういう風景は秋である。途中に家の墓があり花が風で飛ばされ折れていたので直した。墓は花を挿しても枯れるし汚れるから時々手入れが必要なのだ。隣の墓は倒れたままで直さない、おそらく地元に住んでいないので直せないのだ。そういう墓も結構ふえているだろう。どういう訳か土台だけ墓を作って肝心の墓石を建てない墓も隣にある。墓を作るのも金がかかるのからやめたのかもしれない、墓は跡継ぎ問題やらなにやらめんどうなのである。だから本当は共同墓がいいのかもしれない、家族も継続するのが少なくなっている。するとどうしても墓は誰もお参りするものがいなくなる。共同化した墓なら誰かがお参りするからいいのである。


味噌の蔵というのが南相馬市鹿島区の六号線にある。暇だから何も買うわけではないよってみた。今日は暑かった。29度あった。それで日影を探したらそこに石があり落ち着く、人を呼ぶにはまた地元を良くするには庭作りがいいと思う。身近に自然を鑑賞するとき日本では庭が癒しになるのである。京都は庭が文化なのである。ここの庭はプロ的には作られていない、ただ石と松を無造作に置いた置いただけである。もっとプロの職人が手をかける庭になるとその庭を見るだけで人が来るということもある。ただこの辺は交通が東京の方と通じないからこういう六号線の店は地元だけが客となるからお土産なども売れないとなる。それが最大の問題なのである。近くに石材点があり字を刻んでもらった。もう一つ庭に置く石に字を刻んでもらおう。石に刻んだ文字はやはり重みをもつのである。

今は秋あざみの季節だけど田んぼに実りはない、草原化している。味噌は昔の手作りの味噌がうまかったというのは本当なのだろうか?
味噌の味もそれぞれの家で違っていた、漬け物も違っていた。だから味合い深くお袋の味となっていた。今は大量生産でありそういう味が作れていないのかもしれない、ただ全国から味噌はいくらでも入ってくる。それらの味は違っているがなかなかわかりにくい。
味噌汁は作っているけど味は良くわからないのである。

ともかく手術して自転車に乗るなとか乗り物に乗るなと言われているから
ますます遠くに行けなくなった。だから近いところを見て回るだけなのである。それだってとても歩いては見れない、だから自転車に乗っている。手術したところを触らないようにして乗っている。今の時代自転車にも乗れなかったら生活できない、買い物すらできなくなる。なんとか自転車に乗っているから助かったのである。