2012年09月29日

虫の音(今日は秋らしくなり満月がでる)


虫の音(今日は秋らしくなり満月がでる)


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ここは白い蝶だけど黄色蝶も一杯だった

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雨の後に田んぼが湿地化する

ひまわりの一輪一輪に雀かな
陽の没りて湿地に写る鱗雲
草原に蝶あまた眠る円し月
我が料理魚に柿添え出しにけり


森深く残る蝉の一つ鳴くその声ひびき夕暮れにけり

虫の音やなほ母生きて我が与ふ飯を食うかな生の幽けき
雲に映え月の静かに光るかな虫の音かそか石にひびきぬ

姉の亡きも姉は我待つ我が家に帰りけるかな円し月見ゆ

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この辺の景色が変わったことを何度も写真などで報告した。稲雀というのが季語としてあるが今や稲がないのだからこの辺にはない、変わってひまわり畑に雀が群がり飛んでいた。稲がなくても雀はそれなりに生きているのも不思議である。数は減ったかもしれない、その雀がひまわりに止まっているのも不思議である。やたら蝶が草原に増えた。そして今日は満月が津浪があった海の方から昇ってくる。雨がふるとた草原と化した田んぼに水がたりま湿地化する。そこに鱗雲が写っている。
こういう光景は今までとはまるで違った風景なのである。今頃一面の稲穂の実りの季節なのだがそれがないのだ。

料理も二年くらいしているが進歩していない、ただいろいろなものをとりあわせるのが料理だというのが少々わかった。買った魚にレモンがついていたがただ柿を切ったものでも魚臭さをがとれる。
柿は今の時期にあっている。この辺では柿も放射能で食べられないだろう。でも食べものはいくらでも外から入ってくるから金さえあれば別に困らないし仮設の人でも贅沢しているのである。


母の性格は実に大人しく耳が聞こえないので毎日何にもしゃべらないでじっとしていて食べものをもってゆくと黙ってもそもそ食べている。ほとんど話はしない、通じなくなった。でももともと母は騒がしくなくあんなふうに誰ともしゃべらないし友達もいない性格だった。それは異常的でもあった。何か人と接することをしない、ただ片隅にじっとしているのが性にあっている。その性格を自分に受け継がれた。自分も人と接するのが苦手でありじっとしているのが性にあっている。じっとして自然の声に耳を澄ます、自然と一体化するのにはこういう性格がいいのかもしれない、ただこういう性格は実際の生活ではいろいろ困る、誰も友達がいないというとき今回のように困ったときは助けられないからだ。それで本当に苦労した。社会生活に向いていないといってもやはりそれでは世の中渡っていけないのである。

ただ5年間翻弄されて手術が終わり一段落したかもしれない、本来の落ち着いた気分になれた。

ただかすかに鳴く虫の音を耳を澄まして聞いている。月も静かに光っている。今日は満月だった。
自分は静かでないと暮らしていけない性格であった。それは異常的でもあった。だから都会は全く向いていなかったのである。沈黙の世界を追求してきたのが自分だったのである。姉は死んだけど60年とか一緒にいたので不思議にまだ家にいるような感じがする。自分を待っているような感じがするのも不思議である。
そこに陽気な人だったから笑って待っている感じがする。人はあまりにも長くいるとその存在は死んでも簡単には消えるものではない、60年という歳月は本当に長かったのである。