2012年09月26日

ひまわりの里と化した南相馬市


ひまわりの里と化した南相馬市

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クリック拡大!-これは圧巻だ


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乱れなく万のひまわり向かい咲く


我が庭に秋明菊の二輪かな


我が塀の格子模様に秋明菊


秋の蝶花に休むや手水鉢


雨ぬれてなお帰らじや秋燕


今日見たらひまわりが満開だった。その数が凄いから見物だった。これだけのひまわりが咲けば圧巻である。米はとれないにしてもひまわりを見にくる人がい)くかもしれない、これだけのひまわりを見れる所はそんなにない、津浪や原発事故はただマイナス面しかなかった。しかし津浪にも八沢浦が美しい入江に戻ったというのを写真でだして批判されたこともあった。あそこは水が浸水した所に家はほとんどなかった。回りにはあったし確かに被害があったが村が全滅するような悲惨な被害はなかった。だからあえて本当に美しい入江になったことが奇跡のように思えたのである。ただただ陰惨な津浪の被害しか写されなかった。だから津浪にも美しいものを一時もたらしたということはとにかく事実だったのである。ただ津浪が美しいなどと報道したのは自分くらいかもしれない、奇跡のような美しさが再現したのは事実だったから報告した。原発事故でもすべてがただただマイナス面だけでは気が滅入ってしまうだろう。これだけのひまわりを地元で見れることはやはりそれなりにプラスの効果があった。他の人もひまわりを見に来てくださいと宣伝できる。原発事故の放射能汚染地帯などに誰も来ないし行く人はいないというがこのひまわり畑はやはり圧巻である。これだけのひまわりがが咲いているのはなかなか見れない、とするとこんなひまわり見てみたいなと思う人もでてくる。

また田んぼだったところが草原化したとき一部湿地化したときそれも原初の自然の再現であり美しいとして写真などで報告した。美しいものは美しいしただただ陰惨なものだけが津浪がもたらしたものではなかった。それを事実として報告することも津浪の一面である。草原化してやたら蝶が増えたということも変わったことである。草原にはたいして花もないのに蝶が増えたことも不思議である。蝶は水田より草原にあっていたのである。蝶はもともと草原が繁殖するにはいい場所だった。そういうことも自然が変わってしまったことなのである。こんなに自然自体が変わることは想像もできなかったのである。
もちろん死んだ人はいるし陰惨なのがほとんどだがやはり津浪がもたらした美しさもほんの一部でもあったということを報告することは非難されるべきではない、南相馬市がひまわりの里として今他の人も見に来たらそれなりに活気がでるだろう。それはプラスの面である。他にも田んぼの跡にいろいろ花を植えて咲いたら花の里として売り出せる。花は放射能の影響を食べもののように受けないからいいのである。だから川内村では花の里として売り出そうとしていることでもわかる。そういうマイナスをプラスに変える発想が必要になっている。マイナス思考ばかりしていたら復興などありえないのである。


秋明菊というのは名前が良かった。秋に明かに咲くというのがいい、それが格子の塀にあっていた。これを作った大工さん美的センスに優れていた。あれだけいろいろいできる人はいない、一種の天才的な人なのかもしれない、職人でもそういう人はいる。ただなかなか仕事で発揮できないらしい、たまたま茶室のようなものを狭い庭で作ろうとしていたのでマッチしたのである。茶室とかはもうない、介護の部屋になったしゆっくり茶碗で抹茶を飲む余裕すらない、食事の用意に追われているからだ。茶などは本当に暇な人でないとできないことがこれでわかる。暇でないと余裕がないと芸術も生まれにくい。


ともかく退院してから何か疲れた、書くことはかなりあったが書けなかった。どうもこの五年間の苦労の疲れがでたみたいだ。まあ、なんとか手術で一応終わりのりきった感じがする。これが悪質な病気だったらまだ苦しみはつづいていた。それが救いだったのだ。重篤な病気になった人は悲惨である。どうも酒を飲みすぎる人は臓器を肝臓などをやられ他も悪くなる、自分は40代前頃から酒もタバコも一切やらない、それが臓器を悪くしなかったことかもしれない、それなりに自転車で運動していたこともよかった。デスクワ-クではなかったのである。農家の人で89歳と長生きしている人と語ったがその人は4時起きで早く寝るという、そういう生活はやはり長生きするのである。デスクワ-クは長生きしないだろう。どうしても血流などが悪くなる。夜更かしも寿命を縮めることは確かである。
だからどうも現代人は意外と今までのように長生きできないかもしれないのだ。病気になっている人もまた多いからである。


秋燕が二三羽まだ飛んでいたのはやはり今年はまだ陽差しが暑いからだろう。これからまだプログも書けると思う。やはり随分書いたし退院してから何か疲れが出たのである。書くことが多くあっても書けなかったのである。