2012年09月17日

病院の恐怖(実験台にされる弱者)


病院の恐怖(実験台にされる弱者)


あたしは、身よりが無いから、もし、あたしが死んだら、どうなるか、根ほり葉ほり聞いてきましたまず、病院と葬儀屋が、供養してくれるらしい。
その後、どっかの大学病院に送られ、研修生たちの実験台になるらしい。

それで…
やっと、人の役に立てるかな…


大学病院ではないけれど大きな総合病院は研修生がいっぱいですね。
長男が怪我をしたとき近くの外科を知らなかったので大きな病院へ行きました。
診療時間外だったこともあり研修医の実験台に・・・
一針縫ったところで担当医師と交代して縫い直されました。
その病院に手術入院した近所の人の話では歩くとき医師の並ぶ順番が決まっていたそうです。
手術室へ向かう廊下で若い医師が部長先生を追い越して激怒されたとか・・・


「手術やらんと死ぬ」 奈良・山本病院理事長

奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」が生活保護受給者の診療報酬を不正に受給していたとされる事件で、
医師でもある病院理事長(51)が来院した生活保護受給者の症状を十分確認せず「これやらんと死ぬで」と
心臓カテーテル手術を熱心に勧めていたことが23日、病院関係者への取材で分かった。


架空の手術による診療報酬の詐取容疑のほか、不要な手術をして診療報酬を得ていた可能性もあり、県警捜査2課は経緯を詳しく調べる。

病院側は取材に「対応できる者がいないので分からない」としている。
むかしもてはやされた術式がどれだけあわれな後遺症を持つ患者を生み出してきたか。
手術が上手なだけの医者はいない。その影に泣かせたあまたの患者あり。


実際、私自身が市立病院に入院中に焼身自殺未遂で緊急入院したホームレスが治療途中で追い出されたパターンを直に見ていますよ。


 



病院には実際いろいろな恐怖がある。手術にしても不安がある。自分の場合、手術中に笑って手術していた。これはたいした手術ではないから笑う余裕があるのかと思っていた。でも何か不謹慎に思えた。結構出血が多くあとで輸血した。手術が長びいたのは前立腺肥大が大きくなっていたからである。手術はどんな手術でもリスクがともなう。前立腺肥大でも手術で死んだ人はいた。ともかく医療というのは医療ミスが交通事故と同じ様にある。親戚の人は一年くらいたってから手術で残したガ-ゼが膀胱からでてきた。これもありえないことだがこういうことは他でも普通に起こっている。何らか医療ミスにあわない人はいないのである。それほど医療ミスは日常的に起こっている。自分も幼児の時注射されたところが股の所に広く残って火傷したようになっている。これも注射の医療ミスだった。医療ミスの怖さはあとあとまで傷や後遺症を残してしまうことである。医療ミスがあったとしてもそれで責任を問われる医者は極わずかである。必ず隠蔽される仕組みになっている。そうでもしなければもはや医療はできないとまで医療ミスは日常的に起こっているのだ。手術ミスで病院の前で焼身自殺した人もいた。それほど医療ミスは深刻であるからそうなった。命さえ奪われるからそうなる。

医療は常に実験の上に成り立っている。花岡清州が麻酔の実験で親族が失明したりしたのもそのためである。麻酔は今でも危険だという。何らかの副作用かある。薬も人間でどう効くのか実際に飲んでもらわなければわからないからそれの副作用で苦しむ人もでてくる。研修生はまず手術するのは生きた人間であり誰かが実験台にならなければ一人前の医者とはなれない、その研修生の実験台にされるのは弱者である。これはアメリカのことなのか自己負担で払う人は研修医ではない、担当医にみてもらい手術もしてしもらえるが自己負担をしていないと研修医になるという。自己負担している人は70歳以下では三割負担の人である。そういう負担をしない人がいると研修医の実験台にされる。保険もちゃんと払っていないと怖いとなる。


 手術が上手なだけの医者はいない。その影に泣かせたあまたの患者あり。


手術は失敗が多いということである。研修医の実験台にされればよけいそうなる。自分も手術後二週間もたっても血がとまらないので不安になった。手術が失敗したのかと不安になった。血止めの注射と薬を飲んだらぴたりととまった。今のところはほぼ普通の状態に回復している。病院では医者には何かと聞きにくいのだが手術する人は誰なのかくらいは聞いてもいいだろう。ただ医者は忙しいから聞くことがしにくいのだ。何か聞くにも診察は二三分で終わりだからゆっくり聞くことができないのである。特に相馬総合病院の泌尿器科はこみすぎる。8時に外来に行ってもすでに30番以降である。5時ころすでに病院に診察券をだしているという。ゆっくり聞く余裕がないし答える余裕もないのである。


あたしは、身よりが無いから、もし、あたしが死んだら、どうなるか、根ほり葉ほり聞いてきましたまず、病院と葬儀屋が、供養してくれるらしい。
その後、どっかの大学病院に送られ、研修生たちの実験台になるらしい


身寄りない人は本当に悲惨である。特に病気になると実際にわかる。誰もみるものがないから病院でも医者でも看護師でもそんざいにあつかわれやすい。手術するにしても一応保証人が必要であり書類に記される。その保証人がいない場合もある。自分はやっと遠い親戚だけどなってもらった。ただ名前を借りただけであり何かあっても責任はとらない。身寄りのない人は病院ではさらに危険になる。病院や医者のいいようにされてしまう。重篤な病気になったら自分の意志を表明することはできなくなくなるのも恐怖である。自分は二回入院しても全く健常者と変わりないからのりきれた。それでも今回手術となると厳しいものがあった。身寄りがないということは本当にこの世の非情を一身に受けることになるのだ。自分もこういうことは予想していなかった。余りにもめぐままれた結果そうなっしまった。今若い人で結婚していな人がふえている。すると自分のような身寄りのない人が膨大にふえてくる。その人たち60代以降病気になりやすい、その時大量の研修医の実験台になる。それは笑い事ではない、そういう未来がリアルに見えないからのんきなのである。両親は必ず死ぬし身寄りがないということは誰も助けないということなのである。その将来を深刻に考えている人はない、せめて兄弟がいる人は助けてもらえるかもしれない、そうでないと悲惨なことになる。


自分の親戚で養老院、昔の老人ホ-ムで長い間暮らしていた人がいた。その人のわがままでもあったが最後眼が見えなくなり異常になったのかと思った。その人の遺言は「解剖を献体を志願していた」。
施設に世話になったから医学の用にたててもらいたいとそう遺言していた。そして解剖されて大学から遺骨が自分の家に来て墓に葬った。墓はあったからほうむることができた。その人は乱暴な人でもあったけど最後はあわれだった。その人の墓参りは今でもしている。その人は全然身寄りがないというのではなかった。ただその人自身のわがままもありそうなってしまった。血のつながらなくても子供がいたしその子供に愛情をそそいでいたりしていればそうはならなかった。ただこれも複雑だからいちがいには言えない、最後は本当にあわれであり悲惨だった。医学のために献体したのでありこの意志は医者も重んじなければならないだろう。医者はやはり尊い命を犠牲にして成り立つということがある。施設に世話になっていたから何かに役立ちたい、何もないけど自分の体を役立ててくださいとなったのである。もちろんすでに90近いし十分に生きたからもう自分の体などどうでもいいともなるがやはり献体するということは何かみんなできない面もあるだろう。病院とか医者とか看護師でもこうして人間の命と直接かかわるからそこは常に深刻な問題の場所となるのである。

いづれにしろこの辺では病院に行ける、医者がいるだけでいいとかなっている。だから放射能の実験台にされたり病院でも医者でも選ぶこともできない、医者でも看護師でもいなくなっているのだからどんな医者でも看護師でもいるだけでいいとなっているのだ。何か文句を言ったりすることはここではできなくなっているのも損である。それが嫌なら他に移るほかないのである。本当に他の病院で医者でみてもらったら直るかもしれないとなれば移住する人はいる。それだけ病気とは深刻だからそうなってしまうのである。