2012年08月21日

明日から入院です



明日から入院ですのでプログはしばらく休みです

病院からも送信してみますが遅いので長い文は無理です

何回か送信できればいいほうでしょう
posted by 老鶯 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

土間は夏は涼しく冬はあたたかい (土から離れた文明生活が原発事故を起こした)


土間は夏は涼しく冬はあたたかい

(土から離れた文明生活が原発事故を起こした)

●田舎は都会より都会化していた


はっきりいって今の田舎は間違ってる
おかしい
ちょっと人口が少なく田んぼや山が多いだけなのに
中身は都心の劣化コピーになりつつある


店も、家も、人も、文化も何もかも
祭りとか名の知れた伝統文化ばっかり保全すんなもっと身近な改変を防げ


東北にはDQNいなかったぞ
核家族化していないからお爺ちゃんの知識が伝わるし
村社会で知恵を合わせたりできるし教養も高いと思うんだ


都市社会は賢く住まえば便利だけど
バカはとことんバカになるだけだと思う
ここ数年田舎で凶悪犯罪が増えてるのもこのせいだろ
http://galasoku.livedoor.biz/archives/2679107.html


都市化だからといって、すべてが便利になるってわけじゃないよね。
例えば伝統的な日本家屋にある土間は、冬はあたたかく夏は涼しいっていう快適空間。


●土間は竪穴式住居自体からの継続


土間となにか?それは大地とつながっていた証拠ではないか?竪穴式住居となるとまさに中は土間であり土の部屋になっていた。家が土から影響されていた。ということは夏は土は湿っているから涼しいし冬はかえって温かい空間を作り出していた。そんな掘立小屋のようなものは何の価値があるのだろうと今だとなる。人間は文明的生活に押し進み過去は遅れたもの不便なものとるにたらないものとして否定してきて今日がある。それが一見外観的にはそうだっ。近代的家の方が土間などのある家より冷暖房完備の家が格段に進歩していいように見えた。それを疑う人もいなかった。つまり昔というものその長年の知恵で作り出したものを否定してきたのが現代である。しかしその歪みがまた現代に現れたのである。現代のいろいろな問題、歪みは実は近代化した結果として昔からあったものを否定して進歩したことにあった。何でも新しいものが価値あるものとされたのである。それでも建築で土間が見直されるというとき土間には土としての原初からもっていた役割があったのである。

土のもっている役割に気づきにくい、自分の家には今は土間はない、農家すら土間がなくなった。町でも土間はどこにでもあった縁側もあった。それはそれなりの役割があり土間もあった。ただ家の中に土があるということは何か汚いものとか否定されてコンクリ-トにすべてされてしまった。土はなるべく覆い隠されるものとなった。ただ農業は土から離れてはありえないから農業する人は土の役割を知っていた。土に自然そのものだから土の果たす役割はあった。土から離れて人はありえないのだ。すべての生命も土から離れてありえない、そうした土は家のなかでも果たす役割があった。だから土間が作られたのである。ただ土間が家にあることは何か非近代的なものに見える。都会ではまず土がまるっきり否定されることで成り立っている。そしてただ冷暖房完備の電気の都会にした。江戸時代であるならまだ土が街の中にもあった。江戸時代の都会は土と離れずにあった。だから土的農民的思考がありえた。今は都会から全く土というものが見えないのである。また触れることもできないのである。

そのことが原発と何の関係があるのかとなるとまさに土は必要ない、電気ですべてをまかなうということは原子力でまかなうという発想に通じているのだ。だから都会では農業も工業化しようとしている。電気の光で植物を栽培化しようとしている。南相馬市なども放射能で汚染されたから農業ができない、電気の力で水耕栽培、農業を工業化しようとする計画がある。そういうことは本当にいいものなのか?電気を大量に使う農業がいいものなのか?それはまた原子力発電が必要だという発想につながっていないか?そういうことを根本的に見直さない限り原発反対を唱えても無益になる。都会人はやはり都会的生活をつづけるなら土がないし冷暖房なしで生活できるのかとなる。そうした矛盾の中で原発反対を唱えても結果的に電気はどうしても必要だから原発をなくすことはできないという発想になる。


●古いものすべて否定してきた現代の文明生活に原発事故の根があった


現代の様々な問題の根はどこにあるのか?。そうした古いものを土間でもそうだが否定して近代的文明的生活こそが進歩したものであり古くからあったものは何でも否定してきて今日があるためである。そのベ-スになっているものが土間がない、土から離れた家作りにもあったのだ。人間は実際は土から離れて生活できない、しかしそれが可能にしたのが電気でありそうなると原発は欠かせないものとなる。農業すら石油であり電気が必要だ、だから原発も不可欠でありやめるわけにはいかないとなる。そうした基本的な生活を否定してきたから原発事故も田舎で起こったのである。大きく文明的に現代の生活を見直さない限り原発をなくすことはできない、そもそも土間が否定されたように基本的に自然のエネルギ-を否定することから文明が作られてきたからである。土間も土のエネルギ-の一環としてあるものだった。

土のエネルギ-こそ基本にありこれを否定して電気のエネルギ-にしたら原発を否定など根本的なところでできないのである。ここにただ原発を否定するだけのものが何かインパクトがないのである。都会で大勢がデモしてもその生活は全く電気なしで冷暖房なしの生活などありえないとなっているからだ。もし冷暖房の電気を否定するときインパクトがあるものとなる。いくらデモして「いや、この暑いとき、原発反対のデモしてきたよ、暑いのなんのって嫌になった、ク-ラ-でどんどん冷やしてくれ・・」こういうことで原発反対がインパクトのあるものとはならない。でも現実はこれが原発反対デモの実体なのである。

この辺で放射能で汚染されたからといってさらに電気が必要な農業の工業化というのも何かそぐわない、本当にそれがコスト的にも見合うものなのかわからない、そもそも電気を大量に使うこと自体、原発を推進する方に回る。田舎自体がそうした都会的なもの文明的生活を都会以上にとり入れたことに原発事故の要因があった。田舎的なものが田舎の人が否定したことにその根があった。田舎で田舎らしく暮らそうとしていること自体否定されてすべて都会的文明的生活を都会以上に推進してきたのが田舎だったのである。近代化工業化文明化で失ったものが現代の問題を生んでいる。大家族だったのが核家族になったとか、古いものが否定されて新しい価値だけが追求されたが土間のように古いものにこそ価値が今見いだされた。古いものはより自然と結びついているからその価値は人間にとって不変的なものであり近代的文明的価値は実際は自然から見れば歪(いびつ)なものだったのである。

そういうことが極端化したのが現代だったのである。古いモラルも道徳も崩壊したのも土間がなくなってすべてコンクリ-トにしたことなどが根底にある。古いものの価値を捨ててただ新しいものだけを価値あるものとして追い求めたことにその根があった。そのことを見直さない限り原発は以前として文明にとって不可欠であり必要でありとなりまた事故が起きるのである。人々の意識は生活は何ら変わらない、ただデモしても家に帰れば冷暖房の家で暮らしているから同じなのである。

posted by 老鶯 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

カボチャの花(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)


カボチャの花

(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)

朝靄やカボチャの花に芙蓉かな
海よりそ見知らぬ鳥や夏の夕


福島県で勘違いしているのは気候にしても福島市で日本全国で最高温度の37度があったというけど浜通りは30度くらいで今年は風が涼しくなっているから暑くない、実際温度がこれほど違うことは外の人から理解しにくいだろう。海からの風が涼しくしているのである。今年は最近特にそうである。
福島市は盆地で蒸し風呂のようになるからあそたには住みたくない、気候的に浜通りは理想的である。気候からしたらここは離れたくない、今回の津浪の地域は夏は涼しいのである。津浪はあまりにもひどいものだったがそうした住みよさが海岸地域にはありいつのまにか人家がふえたということがある。海側は住んでいて気持ちいい場所だから人家もふえたのである。仙台辺りでも海側に住居が広がって津浪の被害にあったのである。ともかく自転車で行けばわかる、阿武隈高原の坂を上って海側にゆくと海からの涼しい風がふいてくる。中通りは蒸し風呂のようになっているのだ。だから気候的には浜通りはみんないいところだと言っている。今日はみなれぬ鳥が海側から何羽か飛んできた。
渡り鳥が海からよることがあり知らない鳥が海から飛んでくることがあるのも海側なのである。


テレビでやっていたけど浪江の大堀で相馬焼を二本松の仮設ではじめた人がいる。その人は土間で轆轤あ回して作っていた。土間だから土で湿り気があり涼しいという、そうか土だと涼しいのかと思った。今は土間がない、土間は土だから涼しくしていたというのをわからなくなっている。農家の人でも土間がなくなっていまからわからなくなっている。ク-ラ-を農家でもしているのだからそういう自然から離れた生活がやはり暑くしている。そのことが意外と原発とも結びついたことなのである。

      夏場は中庭から玄関に通る土間の冷たい風が、
    家の中に隠った熱を冷やし、外に逃がすと云う大切な循環の役割も
    果たしてくれています
http://boncopain.exblog.jp/14158966/

昔の生活が近代化ですべて否定されてしまった。自然に則して生活していたのが根こそぎ失われた。
そういうことが原発事故にもつながっていたことを知らねばない、田舎では特にそうだったのである。
田舎的生活が田舎で一番失われていたことを自覚していなかったのである。

電気に過剰に頼る生活はク-ラ-でもそうだが原発をどうしても必要だというふうになる。土地の人さえ電気や車や都会より文明的生活をしているのである。浜通りなんか涼しいのだからク-ラ-など必要ないかもしれない、土間があって湿った土が涼しいとかなっていた。だから田舎は今は田舎らしくない。都会と変わりない、都会にならなわないで田舎的生活に固執していたら原発など必要ないとなったかもしれない、田舎でも全く都会と同じであり都会以上に文明的生活になってしまったのが田舎だったのである。


浪江などは本当にいい場所だった。大きな川が二つもあり請戸もそれなりに港であり魚もとれた。高瀬川渓谷は景勝の地だった。大堀があったところも高瀬川の側であり後ろが山でありいい場所だったのである。一人だと陶芸家になってしまいつづかないと言っていた。産地形成されないと陶芸は廃れてゆくという。旅したときいつも窯元により茶碗をお土産に買った。その土地独特なものが日本では今残っているのが茶碗なのである。それはもともとその土地と深く結びついていたのである。そういう場がなければ陶芸は一人だけになり維持できないというのもそのためである。浪江から葛尾村はかなり広い地域だった。海から山と広い領域だったのである。それが住めなくなったということは惜しい。葛尾村では野生化した牛が群れていた。立入禁止になるとあんなふうになってしまう。飯館村は立入自由だからあんなふうにはならない。福島市とか会津とかに移った人ははにかく暑いから浜通りがいいとなっていることは確かである。


今日は朝は靄だった。その靄の中にカボチャの花が咲き芙蓉が咲いているのはのどかであるがそのカボチャの実が食べられないことが異常なのである。福島の桃など何個か食べた、老人はあまり放射能と関係していない、老人ホ-ムにスイカが贈られたというのはこの辺のスイカだったのか?老人は放射能の野菜をいくら食べてもかまわない、なぜなら10年後はほとんど死んでいるし影響ないからだ。

ともかく明日は入院である。今回は用意できたから良かった。人間の弱点は不意にくることが苦手なのである。地震も津浪も用意できないのに来るから被害が大きくなる。病気も不意に来ると用意できていないから家族のいない人などは大変なことになる。いろいろな準備が必要だからである。

今回はノ-トバソコンとかラジオとか本を何冊か持参したりと余裕がある。手術もそれほどではなというからなんとなく安心している。ただ一人だから不安になる。これを乗り越えればなんとか病院に通わなくてもいいから楽になるはずである。実際はそのあとも困ったことがでてくる可能性はある。
明日からしばらく休みになりますのでよろしく

病院から何回かプログに書いて発信できるが時間がかかりすぎるからあんまり期待はできません