2012年08月19日

秋めいた風


秋めいた風

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最後の夏らしい夕陽なのか?秋めいた夕暮れだった。


五六輪芙蓉のここに夕べかな

草原に秋めく風や夕陽没る
ひぐらしや近くの家の夕暮れぬ


小さなる蝶の二つの草原に眠りなお飛ぶ揚羽蝶かな

一本の津浪に残る松見あぐたくましきかな鬼百合の咲く

今日は家の中の方が涼しかった。外は快晴だけど風が強かった。陽差しは強くても風が強いから外の方が涼しかった。家の中が熱気で暑くなっていたのはめずらしい。急に秋めいた風が吹いたのかもしれない、風が夏の風とも違っていた。風の変化で季節も変わる。
秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

目には見えないけど風によって季節の変化がある。この風は東風でありでも涼しい風だった。何か急に秋めいてきた。この時期咲いているのは芙蓉であり鬼百合とかである。右田浜の津浪に残った一本の松は記念碑的な松になった。ただ湿地帯に一時なっても水がひいて消えている。湿地帯にはなかなかならない。草原化しているとかえって蝶が飛んだり燕が飛んだりするのにはあっている。
だからかえってモンゴルなどは夏は気持ちいい、草原の世界がそこある、北海道もそうである。


自分はあと二日でまた入院である。手術だけど手術自体は軽いものらしい。なぜなら二日くらいで元にもどる。点滴もずっとするわけではない、腎臓悪くしたときは一か月点滴していたからそのときの方が実際は悪かった。ただ感染病で三日間四〇度の熱を出したとき意外病気の感じがしなかった。
腎臓にはそういう面があった。でも腎臓の病気の方が重い、今の病気は小便が出るようになったら不自由はあってもそれなりに普通に生活できるだろう。点滴最初の何日かしかしないことがやはり前よりはかえって軽いともなる。ただ病気は病気である。


自分の場合つくづく身寄りがないことが最悪なのである。そのために前の入院のとき誰も世話する人がいなくて大変な目にあった。頼る人がいないから強盗のような人に頼ってしまったのである。身寄りがないということは実際本当は恐ろしいことである。例えば認知症になったりしたらもう悲惨である。財産はすべて盗られて捨てられるだろう。自分を守ってくれる人がいない、これほど悲惨なことはない。今回も手術中一時間くらい見てもらわないといけないし書類にも書いてもらわねばならない。そういう時身寄りがなかったら他人に頼むほかないから苦しいことになる。身寄りがないと施設に入るにも入れない、必ず保証人のような人が必要になってくる。そういうことを今まで恵まれていたから考えもしなかったのである。人間は何でも現実にならなければ考えないものである。津浪でも原発でも自分の身に災いとなってはじめて深刻なものとして考える。そうならない限り考えないのである。


俳句は何度も言うけど写生である。五六輪咲いている芙蓉、それがなんだとなるがそれが写生なのである。その意味を解説すればいろいろあるが写生は意味を説明しない、説明すればここにいつも五六輪咲いている、何か心なごむなとかなる。その花はまた人を反映もしている。そういう協力して暮らす五六人がいれば住みやすくなるだろうとかなる。草原化した草むらに斑点のついた蝶が二つ眠っている。赤と白との芙蓉も咲いている。揚羽蝶が風にあおられてまだ飛んでいる夕暮れである。
ただ今日は秋めいた風が吹いた。夕陽は夏だが秋めいてる感じもする。


右田浜に残った一本の松は記念碑的な松である。今年のお盆も終わり何か急速に秋に向かってゆくのかもしれない、今日の風は明かにそうだった。近くに鳴くひぐらしというときここ五年間は旅をしなかった。人間は子供のときは狭い近所が生活範囲であり次に中学生になるとその市町村全体の人が集る。次に大学になると日本全国から集る、大学は島原とか佐渡島とか全国から集まっている。そして大学を出て社会人になるとさらに外国にひろがってゆく。今は世界中の人が集る場に普通の人も入ってゆく。自分は五〇代で海外旅行だったからそうではないにしろ世界に広がってゆくのが現代である。だから近くのことに目を向かないというのも不思議である。遠くへ遠くへと目を向いて近くには目を向かない、自分の場合は特殊にしても近くに関心をもたなかったのである。
それで最近、近くの山にひぐらしが集まって鳴いているとか近くの家にひぐらしがないているとか聞き入っている。それは近くに関心をもったからである。人間は世界の果てまで視野が広がっても最後は子供のように近くに関心をもつようになる。その近くで人間は死ぬということになるからだ。


病院というのも実際は故郷内にあり近くである。それで原町市立病院はながめが良くて短歌なども結構作ってフプログに出した。今度の相馬市立病院は眺めが良くない、外観も中も広さがないしいい感じしなかった。原町の福寿園は中庭があり建物も広く立派だった。思うに今は市町村の中心は病院と老人施設でとないかと思った。立派な建物となるとたいがいそうだろう。そして病院と老人施設が充実しているところが一番住みやすいのである。高齢化社会では特にそうである。


ともかくあと二日で入院だからプログはノ-トパソコンをもっていっても書けないだろう。遅すぎるからだ。入院期間は早ければ二週間でありさらに伸びれば三週間になるのか?その辺は医者が決めるからわからない、ただ点滴が二日くらいで終わることはそのあとはそれほどの治療も必要ないのかもしれない、ただどうなるかはわからない。自分としては死ぬかと思った時ショックだった。自分の場合、あと五年間くらいでも生きればこれまでの総括として作品もまとめられるだろうと思ったからである。だから死にたくないと思った。幸い癌でないからそのくらいは生きるだろう。