2012年08月06日

山帽子の花(詩)


 山帽子の花



山帽子一木にさわに咲きにける
その一輪一輪の清らかに
日のさして風にそよぎゆれ
燕飛び交い軽快に
時に雨降り雷轟きぬ
自然の躍動のなかに花も咲き
花は造花にあらじ自然の中に
その命は自然の中に全うされぬ

posted by 老鶯 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般

ひぐらし、山帽子の花など


ひぐらし、山帽子の花など

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ひぐらしや遠き昔の市庭(いちば)かな

この道や夕風そよぎ合歓の花


海よりの風のそよぎて月涼し


山帽子日毎に見ゆるその脇にカサブランカの開きけるかな


葉隠に雀の四五羽枝とまり夏の夕ぐれ心なごむも

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山帽子の花は本当に夏にふさわしい花だった。風にいつもそよいで涼しげに咲いているからだ。
花というのは自然の中で見るのと庭で咲いているのを見るのとは違っている。庭で咲いている花は一日中、朝から晩まで見ている。すると人間と花が一体化するのである。花の性質を深く知るようになる。山帽子の花は最近植えたものだから新鮮である。これは風にそよぎやすい花であった。ひらひらいつも風にそよいでいたのである。こういう花もそんなにないだろう。その花を毎日見ていた。
その脇に今度はカサブランカの花が咲いた。夏は次々と花が咲く、この庭は狭くて花でもそんなに鑑賞はできない、だから広い庭に花をもっと植えて鑑賞することが夢だった。ただ庭の手入れとなるとこれはかなりめんどうである。金もかかる。実際金持ちになったら何をしたいかとなると自分は庭作りだった。庭師まで雇うのが理想だろう。となりに広い庭があり木立もあるから庭作りができるがしていない、借りていることもあるがもったいない、庭作りはそれだけ手間と金もかかるからしていないのだ。その庭に雀がきて葉隠れに止まっている。それがなんともあどけないのである。


今年は全国的に蝉が鳴かない、ここは放射能のせいなのかと思ったら全国的にそうなのである。わずかにひぐらしがなきはじめた。塩崎に船着とか市庭とかの地名が化石のように残っている。平安時代のものとかそこで何か取引されたからそんな地名が残っている。それはあまりにも遠すぎる。でも驚いたのは塩崎近くまで津浪が来たことである。船も流されてきた。塩崎だからあの辺まで万葉集時代は海だった。それでみちのくの真野の草原遠ければ面影にして見ゆというものを・・笠女郎の歌が生まれた。草原(かやはら)は地名だとしたがここに草原という地名は残っていない、石巻に真野と萱原という地名が残っている。もともと石巻がこの歌の地だとしていた。それは萱原という地名が残っていたからである。ただこの萱が草だったらそこになった。萱となっていることがそこが草原なのか断定できないものとした。萱となると地名には多いからである。ただ萱原という地名は少ない、萱野とは多く一般的だからそこにこの地名が残っていることが謎なのである。塩崎まで船が来たというとき大内に船がさかのぼって来るから曽賀船(そがふね)という地名が残っているのも不思議である。やはり船が行き来していたからそんな地名が残った。大内村も半分津浪で低いところは流された。あそこまで津浪が来たことにも驚いた。だからあそこも海だったことがわかったのである。


今年は昨日あたりは涼しくなったと思ったがまた今日は暑くなった。下にク-ラ-がありそこで冷やしていないといられない、二階のは旧式だし6畳でも広いと冷えにくい下は4畳だから冷えやすいのである。二つもク-ラ-するのももったいないとも思う。ただ暑いと何もする気なくなる。やっと夜になって涼しくなってやる気になる。暑いところでは昼間は何もできない、半分寝ている。だからシエスタといって4時間くらい働かず寝ている。店も閉まっている。ギリシアとかイタリアとかスペインとかにこの習慣がある。その働かないところが経済危機になっているのは当然なのかもしれない、寝ていては稼ぐことはできないだろう。暑い所と寒いところはこのうよそもそも文化まで違っているのである。