2012年08月18日

萱浜ではない、泉の前向の赤い屋根の家は津浪で流された (小学生二人と高校生、おばあさんが流され死んだ)


萱浜ではない、泉の前向の赤い屋根の家は津浪で流された

(小学生二人と高校生、おばあさんが流され死んだ)


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この家が流されて死んだ人がいた
やはり下流であり海が近かったから逃げようがなかった。
近くに山もない、津浪は早く逃げるほか助かる方法がなかったのである。

>二枚目の写真の赤い家では小学生二人高校生一人
>とおばあさんが建物ごと亡くなったおうちです。


この立派な家が流されたのか?小学生二人と高校生とおばあさんが死んだ。
これはかなりいたましいことです。

萱浜ではなく泉でありでも海にやはり近かった。あんなに家があったとは思わなかった。
だからあそこがどこかわからなかった。たまたま鵜の写真をとろとしていただけであり
萱浜をとろとしていたのではなかった。偶然に残っていたのである。
記憶でもあそこにあんなに家があったとは思えなかった。
あそこは結構新しい家だから新しい住宅地だったのか、ただ海にかなり近かったことが災いした。
もっと上流の方かとも思った。あそこにあれだけの家があって流されたことは驚きである。
今になるとこういう写真が貴重になる。
ともかく平和な日が津浪で根こそぎ失われた。
ご冥福をお祈りします


新田川の河口には小さな漁港があったというのはやはり江戸時代からあったのかもしれない、海老浜からは帆掛け舟がでていたと90歳の老人から聞いた。烏崎の港はそれなりに大きかった。
右田浜の神社に三十人の船主の碑があった。ただ新田川に小さいながらでも漁港があったことはそれなりに海を通じて営みがあったということである。萱浜は田として開拓されて漁港はないと思っていたからである。


ともかく老人施設のヨッシランドは高台にありあそこまで津浪が来るとは誰も思わなかった。老人施設では36人死んでいる。萱浜一帯は思ったより被害が大きかった。ヨッシ-ランドであれだけの被害があるとしたら写真にとった泉の前向の家は完全に家ごと全部流されて家にいた人も死んだのである。逃げられずに死んだのである。八沢浦では海から近いのに津浪を見て裏山に逃げて助かった人がいた。あそこは山がないから見てからでは遅かったのである。ヨッシ-ランドは結構距離があるから異変を察して即座に逃げたら助かったかもしれないが老人であり反応するのが遅かったのかもしれない、その前に職員は逃げなければ助からない、説得したり老人を逃がそうとしたら自分が助からない、その時間の余裕がないのだ。現実に老人を助けに行って死んだ人が他であった。津浪は他者を助ける時間的余裕がないのだ。だから津浪でんでこでばらばらになってともかく逃げろということが伝わった。


原発事故の避難者も大勢だがやはり津浪の被害者は家族が死んでいるから一番被害が深刻だった。
ただ原発の避難者が多いので津浪の被害者にはあまりあわない、萱浜も津浪の跡を見たときは荒寥としていた。高台まで津浪が来ていたので驚いた。死んだ人の話しを聞けば津浪の恐ろしさをさらに実感する。思った以上にそういう人に会えないから今回の報告は驚きだった。

posted by 老鶯 at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2012年08月19日

秋めいた風


秋めいた風

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最後の夏らしい夕陽なのか?秋めいた夕暮れだった。


五六輪芙蓉のここに夕べかな

草原に秋めく風や夕陽没る
ひぐらしや近くの家の夕暮れぬ


小さなる蝶の二つの草原に眠りなお飛ぶ揚羽蝶かな

一本の津浪に残る松見あぐたくましきかな鬼百合の咲く

今日は家の中の方が涼しかった。外は快晴だけど風が強かった。陽差しは強くても風が強いから外の方が涼しかった。家の中が熱気で暑くなっていたのはめずらしい。急に秋めいた風が吹いたのかもしれない、風が夏の風とも違っていた。風の変化で季節も変わる。
秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

目には見えないけど風によって季節の変化がある。この風は東風でありでも涼しい風だった。何か急に秋めいてきた。この時期咲いているのは芙蓉であり鬼百合とかである。右田浜の津浪に残った一本の松は記念碑的な松になった。ただ湿地帯に一時なっても水がひいて消えている。湿地帯にはなかなかならない。草原化しているとかえって蝶が飛んだり燕が飛んだりするのにはあっている。
だからかえってモンゴルなどは夏は気持ちいい、草原の世界がそこある、北海道もそうである。


自分はあと二日でまた入院である。手術だけど手術自体は軽いものらしい。なぜなら二日くらいで元にもどる。点滴もずっとするわけではない、腎臓悪くしたときは一か月点滴していたからそのときの方が実際は悪かった。ただ感染病で三日間四〇度の熱を出したとき意外病気の感じがしなかった。
腎臓にはそういう面があった。でも腎臓の病気の方が重い、今の病気は小便が出るようになったら不自由はあってもそれなりに普通に生活できるだろう。点滴最初の何日かしかしないことがやはり前よりはかえって軽いともなる。ただ病気は病気である。


自分の場合つくづく身寄りがないことが最悪なのである。そのために前の入院のとき誰も世話する人がいなくて大変な目にあった。頼る人がいないから強盗のような人に頼ってしまったのである。身寄りがないということは実際本当は恐ろしいことである。例えば認知症になったりしたらもう悲惨である。財産はすべて盗られて捨てられるだろう。自分を守ってくれる人がいない、これほど悲惨なことはない。今回も手術中一時間くらい見てもらわないといけないし書類にも書いてもらわねばならない。そういう時身寄りがなかったら他人に頼むほかないから苦しいことになる。身寄りがないと施設に入るにも入れない、必ず保証人のような人が必要になってくる。そういうことを今まで恵まれていたから考えもしなかったのである。人間は何でも現実にならなければ考えないものである。津浪でも原発でも自分の身に災いとなってはじめて深刻なものとして考える。そうならない限り考えないのである。


俳句は何度も言うけど写生である。五六輪咲いている芙蓉、それがなんだとなるがそれが写生なのである。その意味を解説すればいろいろあるが写生は意味を説明しない、説明すればここにいつも五六輪咲いている、何か心なごむなとかなる。その花はまた人を反映もしている。そういう協力して暮らす五六人がいれば住みやすくなるだろうとかなる。草原化した草むらに斑点のついた蝶が二つ眠っている。赤と白との芙蓉も咲いている。揚羽蝶が風にあおられてまだ飛んでいる夕暮れである。
ただ今日は秋めいた風が吹いた。夕陽は夏だが秋めいてる感じもする。


右田浜に残った一本の松は記念碑的な松である。今年のお盆も終わり何か急速に秋に向かってゆくのかもしれない、今日の風は明かにそうだった。近くに鳴くひぐらしというときここ五年間は旅をしなかった。人間は子供のときは狭い近所が生活範囲であり次に中学生になるとその市町村全体の人が集る。次に大学になると日本全国から集る、大学は島原とか佐渡島とか全国から集まっている。そして大学を出て社会人になるとさらに外国にひろがってゆく。今は世界中の人が集る場に普通の人も入ってゆく。自分は五〇代で海外旅行だったからそうではないにしろ世界に広がってゆくのが現代である。だから近くのことに目を向かないというのも不思議である。遠くへ遠くへと目を向いて近くには目を向かない、自分の場合は特殊にしても近くに関心をもたなかったのである。
それで最近、近くの山にひぐらしが集まって鳴いているとか近くの家にひぐらしがないているとか聞き入っている。それは近くに関心をもったからである。人間は世界の果てまで視野が広がっても最後は子供のように近くに関心をもつようになる。その近くで人間は死ぬということになるからだ。


病院というのも実際は故郷内にあり近くである。それで原町市立病院はながめが良くて短歌なども結構作ってフプログに出した。今度の相馬市立病院は眺めが良くない、外観も中も広さがないしいい感じしなかった。原町の福寿園は中庭があり建物も広く立派だった。思うに今は市町村の中心は病院と老人施設でとないかと思った。立派な建物となるとたいがいそうだろう。そして病院と老人施設が充実しているところが一番住みやすいのである。高齢化社会では特にそうである。


ともかくあと二日で入院だからプログはノ-トパソコンをもっていっても書けないだろう。遅すぎるからだ。入院期間は早ければ二週間でありさらに伸びれば三週間になるのか?その辺は医者が決めるからわからない、ただ点滴が二日くらいで終わることはそのあとはそれほどの治療も必要ないのかもしれない、ただどうなるかはわからない。自分としては死ぬかと思った時ショックだった。自分の場合、あと五年間くらいでも生きればこれまでの総括として作品もまとめられるだろうと思ったからである。だから死にたくないと思った。幸い癌でないからそのくらいは生きるだろう。

2012年08月20日

会津美里町の夫婦殺害事件の謎は深い (田舎も油断できない時代)


会津美里町の夫婦殺害事件の謎は深い

(田舎も油断できない時代)

 


 会津美里町の病院職員、遠藤信広さん(55)方で遠藤さん夫婦が刺殺された事件で、強盗殺人罪などで17日に起訴された住所不定、無職、横倉明彦被告(45)。会津若松署捜査本部の調べに対し、事件前にも遠藤さん方に侵入し、現金数万円を盗んだと供述していることが分かった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120818-00000087-mailo-l07

金はどこ」などと金品を要求し首などを刺して殺害後、幸代さんのキャッシュカードや現金1万円、商品券5枚などが入った財布、ネックレスなどを奪ったとされる。
 会津若松署の捜査本部の調べで、横倉被告は「最初から殺すつもりだった」「人を殺してでも金を奪いたかった」と供述していることが新たに分かった。捜査本部は、会津地方に家を購入するための資金を目当てに、強い殺意を持って犯行に及んだとほぼ断定
http://www.minpo.jp/news/detail/201208183124

 


この事件が関心があるのはなぜこんな凶悪な事件を起こしたのだろうかということである。金がないからなのはわかる。それにしてもそこまでどうしてやるのかという疑問は誰でももつだろう。この背景は何なのだろうと思う。殺す前に数万円でも盗んでいる。犯罪者はそうした小さいことからはじまっている。数万盗んでもそれが大きな犯罪へ通じてる。小さな犯罪が大きな犯罪へ偶然にしてなることもある。そんなに盗む必要ないのに思わず大金があって盗んでしまったとかあるのだ。ただこの犯人は
横倉被告は「最初から殺すつもりだった」「人を殺してでも金を奪いたかった」と供述していることが新たに分かった。


これほど金が欲しかったのである。金が欲しいという人はもうまずとめられない、欲しいものは欲望は制止できないからだ。どうしても欲望を達することしか頭になくなるのだ。そして何らか犯罪を犯す人は追い詰められている。大きな犯罪を犯す人は追い詰められている。借金かもしれないし何かの事情があるかもしれない、実際今日食べるものがないから一万奪うため殺したということもある。そんな金で殺される方もたまったものではない、でも追い詰められている人には相手のことが眼中にないのである。犯罪は追い詰められている、ヤケになっているから起こすということもある。そんなだいそれた犯罪を簡単にできないはずだからだ。何らかの自暴自棄になっているかもしれない、そういうことがありうる。自暴自棄になったとき人は凶悪でも犯罪を犯すのかもしれない、そんなことしたらあとでどうなるかも考えないのである。そういう人に出くわした人は最悪であった。自分もそうだった。ただこの人は外部の人だからまた違っていた。

それにしてもここまでなぜなるのか?それがわかりにくいけど犯人してみればそこで生活するために家がどうしても欲しかったのか、何かの訳があったのかわからない、犯罪にあった家は立派だから金ありそうに見えたというのはわかる。だから立派な家に住むのもねらわれるから現代は危険だとなり東京辺りの金持ちの家は自衛策で防御しているらしい。ただ都会ではそういうことあっても田舎ではそんな防御意識はない、結構のんびりしているのが田舎である。でもそういう時代でもなくなっているのは確かである。格差社会は何かこうした追い詰められた人があふれてくる時代でもある。まともに職につけない若者も多い、するとそうした人たちは危険分子になる。田舎に来る人は退職した人や田舎暮らしがいいとか素朴な人だと思っている節もあったから一時的に受け入れていたのかもしれない、また過疎地域では人が少ないから人が増えて村を活性化させてもらいたいという要求があるから受け入れたのか?この事件も現代を象徴したものかもしれない、都会と田舎の関係で起こったこと、それも田舎の過疎地域で起こったことだからだ。

過疎地域では人に来てもらいたいという要求がある。一方でそこにとんでもいな人間が入りこんでくることもありうる。そういうことは自分の家で経験している。どんな人間が来るかわからない、家の中であれ村の中であれそうした中に入ってくる人間はどういう人間だかわかないのだ。そのわからないということが犯罪につながる。ただもし過疎地でも受け入れるというならそれなりにその人を見極めるとか実験的に受け入れるとか便宜を計る必要があるだろう。その人が全然金がないとかどうして生活するのかそのあてもないとか、いろいろその人について調べたらこの人はここでは暮らせない危険だとなる。ただそうして人をどこまで疑うとなると日本人はまだのんきであり人を信用している。でもこれからの社会は外国とにてくるのだろう。


まー、日本人って人相手なら話せば理解し合えるって思ってるからな。
海外の貧困層にまともな話はいっさい通じないよ。
実際、そういう国の金持ち連中は貧困層絶対相手にしないし同情もかけない。
というかはなっから近づかない。
下手に同情したら噛まれるだけだってわかってるから。


これだけ格差社会、階級社会では相手を信用しない、同情もしないということもわかる。へたに同情したらどうなるのか,身ぐるみはがれるという恐怖があるのだ。貧乏人が家に来て何でこの人はこんないい生活しているのだ、自分は何でこんなに貧しいのだとなりそれが犯罪に通じるのだ。そういうふうに差があるとき同情は全く通じない、相手は金持ちをうらやむだけである。そして自分も同じ様に金持ちになりたいとなるだけでありできないなら犯罪を犯してもなりたいとなる。
安全を計るために「同情しない、つきあわない」となってしまう。こういう社会も窮屈なものとなる。日本もそういう社会になりつつあるかもしれない、都会から来て田舎に住みたいと言っても金もないのに仕事もないのにどうして住むのか不思議である。どうしてまた仕事もない田舎に来たのか?そうした疑問が噴出する。


横倉被告は「最初から殺すつもりだった」「人を殺してでも金を奪いたかった」と供述していることが新たに分かった。


ここまで金が欲しかった。それが動機なのだろう。それにブレ-キをかけるものがなくなっていた。
とるなと現代はやはり金持ち自体が危険であり格差社会は金持ちと貧乏人は別々に暮らし干渉しないようになるかもしれない、田舎でもそうかもしれない、田舎の無防備ななかにそうした追い詰められた人が入って来たことが危険だったのである。都会では防備しているから安全だということもある。田舎は無防備である。これから田舎も無防備だと危険になる時代になったのかもしれない、田舎でも金に追い詰められている人がいるからだ。それは近くでもいる。するとそうした危険がましてくるのである。ただそういう短絡な人がいるということ増えていることはありうる。じっくり耐えて金をためるなどという人はほとんどいない、性急に金だけが欲しいという人がほとんどでありそういう時代風潮がある。株で一攫千金とか夢見ている時代である。貯蓄するとかこつこつ働いてためるとかがない、そういう時代風潮の中ではこうした短絡的に金だけが欲しい、そのために相手を殺してもそうする。そういう人が増えているかもしれない、そもそもなぜこの犯人が田舎にきたということ自体が解せないのである。う田舎で暮らしたいとしても金もないのにできるはずがない、そういうことが四五なのだからわからないとはいえないだろう。いろいろ考えてみてもわからないというのがある。

結局犯罪にあった人は犯罪に興味をもつのである。犯罪にあわない人はやはり日本社会は道徳が基礎にあり経済が回っているとかのんきなことを言うのである。身内がこうした殺人犯にあったらそんな考えはふっとんでしまうのである。本当に近くの人もこれだけは恐怖を覚えたろう。現実に今田舎でも凶悪犯罪が起きる素地はかなりある。人間は信用できない怖い時代になった。田舎もみんながのんびりした場所ではない、そうした無警戒がこんな凶悪な事件起こしたのかもしれない、ただこの事件はあまりにも残酷だからなかなか理解しがたいのである。

会津美里の夫婦殺害:被告、殺意の一部を否認
(高橋被告(旧姓-横倉)はやはり死刑が妥当なのか?)
http://musubu.sblo.jp/article/66750203.html
posted by 老鶯 at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

雲の峰(実がなく花が咲く放射能汚染地域の異常)


雲の峰

(実がなく花が咲く放射能汚染地域の異常)


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大鳥の飛び立つごとし雲の峰


雲の峰夕陽に映えて町覆ふ


夕空を鷺のとびゆく川下へ


津浪跡一匹鳴きぬ夏蛙

この雲の峰は何に見えるのか、巨大な雲でありなかなか崩れず同じ形を保っていた。「雲は天才である」というとき雲は変幻自在に形を変えるからである。特に夏の雲はそうである。すでに夕方はこの辺は涼しい風が吹いている。海に近いと海風で涼しくなる。それで浜通りは気候的にはいい、福島市は盆地で蒸し風呂のようになる。35度にもなる。このくらいの気候だと気持ちがいい、この雲は巨大な鳥が飛び立つ形にも見えた。また飛行機のようにも見えた。夏の雲はいろいろな形に見える。
写真でとり一句を作る。写生俳句になる。


自然は本当は同じ状態がない、刻々変わっているしシャッタ-チャンスは刻々消えてゆくとなる。デジカメだと何枚もとれるからいい、萱浜の写真は鵜をとるために偶然にとっていたにすぎないが津浪で流された家だったので貴重なものとなった。写真には何でもないものでも記録として貴重になるものがある。この辺では津浪で今まであった風景が消えたから信じられないとなる。その風景はもどってこないし八沢浦が潮水でみたされたときほど驚いたことがない、それは一回しか見れない信じられない風景だった。その写真も貴重だった。津浪できれいだと感じたのは八沢浦と磯部の家のない方で広い湖のようになった風景だった。それは死んだ人がいるとか言われたが美しい風景だった。萱浜などはそういう風景ではなかった。津浪で美しい風景が一時でも作り出されたのはわずかでありそれはあまり表にでない、凄惨な風景しかでていないからかえってそうした美しい風景の写真は貴重だった。

鷺は川には飛んでいる。餌があるから川には一二羽とかくる。田んぼがないからあとは鷺は見えない、蛙がわずかに一匹鳴いたりする。でもその鳴き声も消えた。蛙の鳴き声を聞かないのも不思議である。


明後日は病院入院である。病院も一回一か月入院したからなれた。病院はかなり暇になるところなのだ。だから自分は体は病気のように思えなかったから余計暇だった。同室の人が大原の人でその人の話しが面白かったので暇つぶしになった。それから景色がいいので救われた。病院でも実際はネットしたり本読んだりテレビを見たり同室の人と話ししたりとか何か暇つぶしはできる。ただあそこは外の景色はあまりよくない、今回はそうした準備ができるのがいいし二三週間だと比較的短いとなるかもしれない、ただ病院の怖いのは体が弱り感染病になりやすい、同室の人もなっていたからだ。

ともかく病院は長居するところではない、ただこれをのりきればあとは別にそれほど病院通いもしなくていいかもしれない、介護は本当に介護する人が病気ではできない、介護は健康と金だというのも本当かもしれない、金も必要だが人手も必要である。その人手は金で買うというわけにもいかないのが困るのだ。この辺は今そうした病気とか介護とか福祉関係のサ-ビスは混乱して劣っている。
本当は福祉とか芸術とか文化とかは基礎の経済がしっかりしていなければ充実しない、その基礎が崩壊しているのだから充実させることができなくなった。


自分は花を追求してきたが実は花の前に実があって花が咲くのである。その実がない世界になっているのだからこの辺は歪(いびつ)になった。放射能で実りがない世界、しかし花は別に咲いている、花は放射能と関係ないのである。だから花は見ることができる楽しむことができるのだ。ただその世界はまともでないことは確かである。実があって花があるからだ。実がなければ花がない、芸術などもありえないのである。この辺はだから何かみんな表情も暗いし困惑しているしどうしていいかわからないとなる。自分自身もどうしていいかわからない、何かいい方法が見つからないのである。

ただ自然はあり自然鑑賞はできるのでプログに出している。

2012年08月21日

カボチャの花(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)


カボチャの花

(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)

朝靄やカボチャの花に芙蓉かな
海よりそ見知らぬ鳥や夏の夕


福島県で勘違いしているのは気候にしても福島市で日本全国で最高温度の37度があったというけど浜通りは30度くらいで今年は風が涼しくなっているから暑くない、実際温度がこれほど違うことは外の人から理解しにくいだろう。海からの風が涼しくしているのである。今年は最近特にそうである。
福島市は盆地で蒸し風呂のようになるからあそたには住みたくない、気候的に浜通りは理想的である。気候からしたらここは離れたくない、今回の津浪の地域は夏は涼しいのである。津浪はあまりにもひどいものだったがそうした住みよさが海岸地域にはありいつのまにか人家がふえたということがある。海側は住んでいて気持ちいい場所だから人家もふえたのである。仙台辺りでも海側に住居が広がって津浪の被害にあったのである。ともかく自転車で行けばわかる、阿武隈高原の坂を上って海側にゆくと海からの涼しい風がふいてくる。中通りは蒸し風呂のようになっているのだ。だから気候的には浜通りはみんないいところだと言っている。今日はみなれぬ鳥が海側から何羽か飛んできた。
渡り鳥が海からよることがあり知らない鳥が海から飛んでくることがあるのも海側なのである。


テレビでやっていたけど浪江の大堀で相馬焼を二本松の仮設ではじめた人がいる。その人は土間で轆轤あ回して作っていた。土間だから土で湿り気があり涼しいという、そうか土だと涼しいのかと思った。今は土間がない、土間は土だから涼しくしていたというのをわからなくなっている。農家の人でも土間がなくなっていまからわからなくなっている。ク-ラ-を農家でもしているのだからそういう自然から離れた生活がやはり暑くしている。そのことが意外と原発とも結びついたことなのである。

      夏場は中庭から玄関に通る土間の冷たい風が、
    家の中に隠った熱を冷やし、外に逃がすと云う大切な循環の役割も
    果たしてくれています
http://boncopain.exblog.jp/14158966/

昔の生活が近代化ですべて否定されてしまった。自然に則して生活していたのが根こそぎ失われた。
そういうことが原発事故にもつながっていたことを知らねばない、田舎では特にそうだったのである。
田舎的生活が田舎で一番失われていたことを自覚していなかったのである。

電気に過剰に頼る生活はク-ラ-でもそうだが原発をどうしても必要だというふうになる。土地の人さえ電気や車や都会より文明的生活をしているのである。浜通りなんか涼しいのだからク-ラ-など必要ないかもしれない、土間があって湿った土が涼しいとかなっていた。だから田舎は今は田舎らしくない。都会と変わりない、都会にならなわないで田舎的生活に固執していたら原発など必要ないとなったかもしれない、田舎でも全く都会と同じであり都会以上に文明的生活になってしまったのが田舎だったのである。


浪江などは本当にいい場所だった。大きな川が二つもあり請戸もそれなりに港であり魚もとれた。高瀬川渓谷は景勝の地だった。大堀があったところも高瀬川の側であり後ろが山でありいい場所だったのである。一人だと陶芸家になってしまいつづかないと言っていた。産地形成されないと陶芸は廃れてゆくという。旅したときいつも窯元により茶碗をお土産に買った。その土地独特なものが日本では今残っているのが茶碗なのである。それはもともとその土地と深く結びついていたのである。そういう場がなければ陶芸は一人だけになり維持できないというのもそのためである。浪江から葛尾村はかなり広い地域だった。海から山と広い領域だったのである。それが住めなくなったということは惜しい。葛尾村では野生化した牛が群れていた。立入禁止になるとあんなふうになってしまう。飯館村は立入自由だからあんなふうにはならない。福島市とか会津とかに移った人ははにかく暑いから浜通りがいいとなっていることは確かである。


今日は朝は靄だった。その靄の中にカボチャの花が咲き芙蓉が咲いているのはのどかであるがそのカボチャの実が食べられないことが異常なのである。福島の桃など何個か食べた、老人はあまり放射能と関係していない、老人ホ-ムにスイカが贈られたというのはこの辺のスイカだったのか?老人は放射能の野菜をいくら食べてもかまわない、なぜなら10年後はほとんど死んでいるし影響ないからだ。

ともかく明日は入院である。今回は用意できたから良かった。人間の弱点は不意にくることが苦手なのである。地震も津浪も用意できないのに来るから被害が大きくなる。病気も不意に来ると用意できていないから家族のいない人などは大変なことになる。いろいろな準備が必要だからである。

今回はノ-トバソコンとかラジオとか本を何冊か持参したりと余裕がある。手術もそれほどではなというからなんとなく安心している。ただ一人だから不安になる。これを乗り越えればなんとか病院に通わなくてもいいから楽になるはずである。実際はそのあとも困ったことがでてくる可能性はある。
明日からしばらく休みになりますのでよろしく

病院から何回かプログに書いて発信できるが時間がかかりすぎるからあんまり期待はできません

土間は夏は涼しく冬はあたたかい (土から離れた文明生活が原発事故を起こした)


土間は夏は涼しく冬はあたたかい

(土から離れた文明生活が原発事故を起こした)

●田舎は都会より都会化していた


はっきりいって今の田舎は間違ってる
おかしい
ちょっと人口が少なく田んぼや山が多いだけなのに
中身は都心の劣化コピーになりつつある


店も、家も、人も、文化も何もかも
祭りとか名の知れた伝統文化ばっかり保全すんなもっと身近な改変を防げ


東北にはDQNいなかったぞ
核家族化していないからお爺ちゃんの知識が伝わるし
村社会で知恵を合わせたりできるし教養も高いと思うんだ


都市社会は賢く住まえば便利だけど
バカはとことんバカになるだけだと思う
ここ数年田舎で凶悪犯罪が増えてるのもこのせいだろ
http://galasoku.livedoor.biz/archives/2679107.html


都市化だからといって、すべてが便利になるってわけじゃないよね。
例えば伝統的な日本家屋にある土間は、冬はあたたかく夏は涼しいっていう快適空間。


●土間は竪穴式住居自体からの継続


土間となにか?それは大地とつながっていた証拠ではないか?竪穴式住居となるとまさに中は土間であり土の部屋になっていた。家が土から影響されていた。ということは夏は土は湿っているから涼しいし冬はかえって温かい空間を作り出していた。そんな掘立小屋のようなものは何の価値があるのだろうと今だとなる。人間は文明的生活に押し進み過去は遅れたもの不便なものとるにたらないものとして否定してきて今日がある。それが一見外観的にはそうだっ。近代的家の方が土間などのある家より冷暖房完備の家が格段に進歩していいように見えた。それを疑う人もいなかった。つまり昔というものその長年の知恵で作り出したものを否定してきたのが現代である。しかしその歪みがまた現代に現れたのである。現代のいろいろな問題、歪みは実は近代化した結果として昔からあったものを否定して進歩したことにあった。何でも新しいものが価値あるものとされたのである。それでも建築で土間が見直されるというとき土間には土としての原初からもっていた役割があったのである。

土のもっている役割に気づきにくい、自分の家には今は土間はない、農家すら土間がなくなった。町でも土間はどこにでもあった縁側もあった。それはそれなりの役割があり土間もあった。ただ家の中に土があるということは何か汚いものとか否定されてコンクリ-トにすべてされてしまった。土はなるべく覆い隠されるものとなった。ただ農業は土から離れてはありえないから農業する人は土の役割を知っていた。土に自然そのものだから土の果たす役割はあった。土から離れて人はありえないのだ。すべての生命も土から離れてありえない、そうした土は家のなかでも果たす役割があった。だから土間が作られたのである。ただ土間が家にあることは何か非近代的なものに見える。都会ではまず土がまるっきり否定されることで成り立っている。そしてただ冷暖房完備の電気の都会にした。江戸時代であるならまだ土が街の中にもあった。江戸時代の都会は土と離れずにあった。だから土的農民的思考がありえた。今は都会から全く土というものが見えないのである。また触れることもできないのである。

そのことが原発と何の関係があるのかとなるとまさに土は必要ない、電気ですべてをまかなうということは原子力でまかなうという発想に通じているのだ。だから都会では農業も工業化しようとしている。電気の光で植物を栽培化しようとしている。南相馬市なども放射能で汚染されたから農業ができない、電気の力で水耕栽培、農業を工業化しようとする計画がある。そういうことは本当にいいものなのか?電気を大量に使う農業がいいものなのか?それはまた原子力発電が必要だという発想につながっていないか?そういうことを根本的に見直さない限り原発反対を唱えても無益になる。都会人はやはり都会的生活をつづけるなら土がないし冷暖房なしで生活できるのかとなる。そうした矛盾の中で原発反対を唱えても結果的に電気はどうしても必要だから原発をなくすことはできないという発想になる。


●古いものすべて否定してきた現代の文明生活に原発事故の根があった


現代の様々な問題の根はどこにあるのか?。そうした古いものを土間でもそうだが否定して近代的文明的生活こそが進歩したものであり古くからあったものは何でも否定してきて今日があるためである。そのベ-スになっているものが土間がない、土から離れた家作りにもあったのだ。人間は実際は土から離れて生活できない、しかしそれが可能にしたのが電気でありそうなると原発は欠かせないものとなる。農業すら石油であり電気が必要だ、だから原発も不可欠でありやめるわけにはいかないとなる。そうした基本的な生活を否定してきたから原発事故も田舎で起こったのである。大きく文明的に現代の生活を見直さない限り原発をなくすことはできない、そもそも土間が否定されたように基本的に自然のエネルギ-を否定することから文明が作られてきたからである。土間も土のエネルギ-の一環としてあるものだった。

土のエネルギ-こそ基本にありこれを否定して電気のエネルギ-にしたら原発を否定など根本的なところでできないのである。ここにただ原発を否定するだけのものが何かインパクトがないのである。都会で大勢がデモしてもその生活は全く電気なしで冷暖房なしの生活などありえないとなっているからだ。もし冷暖房の電気を否定するときインパクトがあるものとなる。いくらデモして「いや、この暑いとき、原発反対のデモしてきたよ、暑いのなんのって嫌になった、ク-ラ-でどんどん冷やしてくれ・・」こういうことで原発反対がインパクトのあるものとはならない。でも現実はこれが原発反対デモの実体なのである。

この辺で放射能で汚染されたからといってさらに電気が必要な農業の工業化というのも何かそぐわない、本当にそれがコスト的にも見合うものなのかわからない、そもそも電気を大量に使うこと自体、原発を推進する方に回る。田舎自体がそうした都会的なもの文明的生活を都会以上にとり入れたことに原発事故の要因があった。田舎的なものが田舎の人が否定したことにその根があった。田舎で田舎らしく暮らそうとしていること自体否定されてすべて都会的文明的生活を都会以上に推進してきたのが田舎だったのである。近代化工業化文明化で失ったものが現代の問題を生んでいる。大家族だったのが核家族になったとか、古いものが否定されて新しい価値だけが追求されたが土間のように古いものにこそ価値が今見いだされた。古いものはより自然と結びついているからその価値は人間にとって不変的なものであり近代的文明的価値は実際は自然から見れば歪(いびつ)なものだったのである。

そういうことが極端化したのが現代だったのである。古いモラルも道徳も崩壊したのも土間がなくなってすべてコンクリ-トにしたことなどが根底にある。古いものの価値を捨ててただ新しいものだけを価値あるものとして追い求めたことにその根があった。そのことを見直さない限り原発は以前として文明にとって不可欠であり必要でありとなりまた事故が起きるのである。人々の意識は生活は何ら変わらない、ただデモしても家に帰れば冷暖房の家で暮らしているから同じなのである。

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明日から入院です



明日から入院ですのでプログはしばらく休みです

病院からも送信してみますが遅いので長い文は無理です

何回か送信できればいいほうでしょう
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