2012年07月31日

死者の名前が刻まれていない墓の怪 (墓より名前の方が大事だった)

 

死者の名前が刻まれていない墓の怪

(墓より名前の方が大事だった)

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お盆近くになったけど墓の意義とかお盆の意義とかで検索している人がいる。奇妙なのは近くで世話になった人の家の墓参りに行ったけどその墓には墓銘碑があるのだけどそこにお参りする人の名前がまだ刻まれていない、死んで二年になるけど名前が刻まれていない、息子がいるのだけどこの息子がもともと不肖の息子でありいろいろ失敗ばかりしていた人である。離婚してもいるしいろいろな不幸を作り出した人であった。今はひどい貧乏になっている。だから金がかかるから墓銘碑に母親の名前を刻んでいないのだ。名前を刻むだけで何万円とかかるその金がない貧乏なのである。しかし墓参りする方になると名前がないということは奇妙な感覚になる。この人には世話になった、いいい人だったと思って墓参りするのだけど名前がなかったらその人がいるのかどうかわからない、墓は確かにある、一家の墓としてある。

でも死んだ人の名前が刻まれていない!するとその人が墓にいるのと疑問になる。つまり墓には確かに骨が埋まっていても名前がなかったらその人がいるかもどうかもわからない、それで思ったのは人間最後に残るのは墓ではない、骨でも灰でもない、名前である。名前が残らなければその人が存在したかどうかわからない、しりえようがない、自分の墓にも祖父にあたる人の名前が刻まれている。これもあったこともないのだから名前しか知らないのである。でも一応存在した人として残っている。


墓の意義は何かなどと検索している人がいる。墓の意義は死んでもその人の代わりとなるものである。現実に自分の実家の墓は原町に残っていても実家はない、墓だけが残っているのだ。墓は家がなくなっても消えないのである。墓は家より寿命が長いとなる。その人の存在した証として残っている。でもその墓にしても名前が刻まれていなかったらその人の存在すら不明になる。戒名より実際は名前の方が大事である。戒名は誰なのか良くわからなくなる場合がある。名前は一番その人を記憶したものなのである。例え一行でも名前が刻まれていることはそこに確かにその人が生きていたという証なのである。ただその人がどういう人かわからない場合がある。

前に27歳で死んだ人は肺病で死んだと教えられた。その人のことはそれしかわからなくてもその当時、肺病で死んだ若者が多かったからさぞかし無念だったろうなとか思う。何も聞いていないと全くその人についてしりえようがないのだ。自分の祖父は名前だけしかわからない、人間は骨も灰も結局消えて残らないのだ。わずかに由緒ある武家の家系でも名前しかしりえない人がいる。何百年前になれば名前しか残らない、墓もわからない、すると名前だけが頼りになるのだ。古代の天皇でも墓がなく仰々しい名前だけが残っていてそこからその人を探ったりしている。名前しか探る手がかりがないのである。人間最後に残るのは骨でも灰でも墓でもない、名前である。名前が最も大事なのものである。近くに農民の墓が残っている。姓もあり名前もあるがその人のことについては何もわからない、ただ名前だけが残っている。その名前からしかその人を探る方法がないのだ。


「御名をあがめられますように・・・」というとき正に名前しか最後は残らないからそうなっていた。キリストであれシャカであれ骨も灰もどこにあるかわかりえようがないし残らない、ただ名前だけは残っているのだ。名を残せというときまさに名前が残ればその人が記憶されているからだ。一般的には名前すらほとんど残らないからその人が存在していたのかどうかもわからなくなる。名前の一字でも残っていればいい方であのが人間だった。それほどはかないのが人間だった。あなたの残すものはわずかに名前でありその名前すら残らないのが普通なのである。

人間のはかなさもこれからも知った。あなたがどこで記憶されるのか?名前だけである。その名前すら忘れられる存在が人間だったのである。名前が残るということは動物と違っている人間の証でもあった。名前でも残れば歴史が人間にあるということである。動物は名前も残らないから歴史に残らない、ペットブ-ムで名前つけた墓があっても一代で忘れられるだろう。動物には歴史がないのである。人間は名前が残り歴史が記されているのだ。


墓というときだから別に墓がなくてもいい、墓の代わりになるものを名前刻んで位牌のように家にでも飾っておけばいいのだ。そうすれば骨も灰もなくても名前だけは記憶されるし存在した証になる。そうした名前の方が大事だったのである。ここに意外と気づいていない人が多い。たまたま名前の刻まれていない墓にお参りしてこれは変だなと思ってわかったのである。

posted by 老鶯 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

松島の円通寺の枯山水の庭(夏の俳句十句)


松島の円通寺の枯山水の庭
(夏の俳句十句)

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(円通寺)


石橋や夏の日さして枯山水
石橋に木蔭の深く枯山水

石一つ日陰の覆い枯山水
御仏や睡蓮菖蒲池の前
池写る菖蒲一本奥の庭
蕗の葉に孟宗竹や夏日射す
青色の涼しき花に岩屋かな

苔の道木蔭の深く待屋かな

影なして色合い深む種々の薔薇
御霊屋に薔薇の絵残り青葉かな


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円通寺の庭は枯山水である。松島を模したというが川が流れているように見える。海とは見えにくい。枯山水は自然をそのまま模したのとは違う、抽象画的側面がある。川にも見えるし海にも見えるとかなる。石橋がポイントとなっている。あの石橋をわたった向こう側が何か別な世界がある感じになる。そういう場面があった。奥深く川が流れ丸木橋を籠を背負い渡ってくる人がいた。それは隠されるようにあった。キクザキイチゲの花が咲き春だった。川せみが飛んできたりしていた。それは宮城県であり仙台の近くでもあった。石橋にはそうした日本的風景をイメ−ジする。日本の橋は短い、小さい橋が多いからだ。


この円通寺にはいろいろ見るものがある。


19歳で早世した伊達光宗の菩提寺であり、光宗の霊廟である三慧殿が「圓通院霊屋」の名で国の重要文化財に指定されている。光宗は仙台藩第2代藩主・伊達忠宗の次男であり、仙台藩祖・伊達政宗からみると孫にあたる。
三慧殿の厨子には、慶長遣欧使節を率いた支倉常長が西洋から持ち帰ったバラと、フィレンツェを象徴する水仙が描かれている。


それでバラ園が作られている。和風の庭にバラ園があるのはそのためである。ただ伊達政宗の霊廟であり政宗にお参りしているような気分になる。瑞巌寺もそうであり寺と僧は政宗に付属した存在だった。武家に付属したのが寺と僧になっていたのだ。結局歴史的には武士道が社会のモラルとなり寺や僧は武士の菩提寺となり脇役となったことは松島の瑞巌寺一帯は示している。戒名でも院とか名づけられたのは武士であり武士の墓は立派であり庶民は墓も建てられなかった。ただ豊になったとき俺も墓を作ってみようかと姓と名前の記した墓がわずかに残っている。それは個人墓なのである。次に夫婦墓となり家族墓となった。戒名もなかった庶民が戒名をつけるようになったのは武士に習ったのである。日本人のモラルは江戸時代は武士道であり寺や僧にはない、戸籍の管理の役所みたくなっていたのである。江戸時代はそういう時代であり中世とは違い宗教は武家に管理された役所化したのである。あそこに政宗が死んで七人の殉死の五輪塔が苔むしているのもやはり政宗が神格化していたのである。

岩屋に青い花が咲いていたけどなんという花なのか神秘的で見慣れぬ花だった。なんとも涼しげな花だった。

末世であり終末の時代現象が顕著に現れてくる (中世の危機感が必要な時代へ)


末世であり終末の時代現象が顕著に現れてくる

(中世の危機感が必要な時代へ)


仏教の世界では「末法の世」とよく言いますよね?今は、本当にその事を実感しています。空海や法然、日蓮などの宗教家が現れた時代も、そのように言われていたと聞きます。そうやって世界中の歴史は繰り返してきたのかも知れません。不安な気持ちはここ最近募るばかりです。


時代をみるとは中世は末法の時代だった。名だたる宗教家がでたことでもわかる。中世は最も死を意識した意識させられた時代だった。そもそも一遍などの宗教が野道端に死んでいた無数の死体を葬ることが宗教になっていたことでもわかる。化念仏寺はそうした野垂れ死にしていった人たちを葬った寺なのである。人間はばたばた目の前で死んでゆく、それが日常的光景だったのである。そういう世界はまさに人々が何でもいいから救いを求める時代だから新しい宗教が勃興した。人々の頼るものはただ念仏を唱えてこの世の生き地獄を去ることだった。それが幸せなことであり当時の価値基準だった。それはそれなりにまた人間の価値観なのである。そういう時代背景がなければあれほどの念仏や題目だけを唱える宗教で救いを求めることはないだろう。またその当時は字を読める人も少ないから民衆にとっては題目を唱えることが救いになるというのはわかりやすくて良かったのである。それまでは仏教は貴族仏教だったからである。中世は仏教が一般化したのである。
中世の死生観は根本的に現代とは違う。念仏を唱えて死ぬことが幸せだったのである。その時代には医療など受けられないし病気になっても祈る意外な時代である。そして死体は野に捨てられていたのである。


野原におびただしい死骸が横たわっているのに出会った。その風景は日常茶飯事だった
死屍累々の風景は見慣れたものだった。この時あまりの酷さに歌を詠じている。

惜しめどもついに野原に捨ててけりはかなかりける人のはてかな
(一遍絵詞)


「およそ一念無上の名号にあひぬる上は明日まで生きて用事なし、とくに死なむことこそ本意なれ、仏法に価なし、身命を捨てるがあたひなり」


現代はこの時代と正反対である。どこまでも生に執着して生きることが是認される。長生きのためには延命治療をほどこし一日でも長生きしたらそれが良しとされる。欲望も限りなく追求されることが是認される。カルト宗教団体はこの世のあらゆる欲望が是認されむしろなぜ俺たちは他の人より欲望が満たされないのだ。もっと欲望を分け与えられるべきだとなり祈っている。宗教によって欲望は拍車をかけられる。もっと金をよこせ、もっと地位が欲しい、勲章が欲しい、権力が欲しい・・・それが宗教の名のもとで公然と要求されるしそれが権力側でも利用するために是認される。これこそ末法の世である。中世のような諦観を余儀なくされた時代とはあまりにも違っている。欲望はあきらめてはならない、どこまでも生きるのだ。一日でも長く生きることが価値観になっているのが現代なのである。万葉時代は長寿が願いだった。それは人間の自然な気持ちであり是認された。仏教などはそうした人間の自然な気持ちを歪めるものだとされた。でも現代の生に対する欲望のあくなき追求はまた違ったものである。科学ではもはや人間は死ななくなるということを追求しているし要求もされているのだ。科学が万能でありそういう日が実現するようなことを科学者も言い民衆もそれを信じようともしている。そういう人間の欲望がいつの日か満たされのだということが信仰にまでもなっている。

中世から江戸時代はどうかというとその間に戦国時代があり下克上があった。下克上とは今まであったモラルが崩壊して無政府状態のようになる時代だった。それが戦乱が収まり江戸時代の300年の平和な時代があった。その時代はモラルが最も高い時代だった。武士から農民から職人から商人から日本人的モラルが確立した時代だったのである。その時代の人に接してみたら驚くだろう。単純なことだが嘘をつく人は本当に少ない、正直に生きていた人が大多数なのである。つまり素朴な人がほとんどだったのである。犯罪は極端に低いことにもそれを示しているのだ。その当時の価値基準は道徳的なもので判断されていた。医は仁術というとき技術ではない、医者の人柄か一番問題だったのである。寺子屋の先生もあの人は人柄がいいからと選ばれていた。そういう風潮はどこでもそうだったのである。今はそうした人柄より技術がいいかどうか知識をもっているかどうかで判断される。人柄を見る人があっても人柄が悪くてもあの医者は技術があるからと技術優先主義なのである。江戸時代は貧乏なのだけど心の面では人々はみんな正直でありいい人が大多数であり犯罪も極端に少なかったのである。テレビで犯罪をテ-マにするのは平和ではドラマにならないからであり犯罪は極端に少なかった時代である。モラルの面で一番安定していた時代だから貧乏でも非常に過ごしやすい時代だった。現代のような犯罪にあう確立はほとんどなかったのである。


末法の世は明治維新からはじまった。ここから日本の混乱ははじまり江戸時代の平和は破壊されてもともとあった日本人のモラルさえ消失した、それがさらに拍車をかけて今はまさに末法の世、終末の世になってきた。その兆候が富に顕著に現れたのが最近である。


●自然による大災害が起きた
●巨大な人災が起きた
●凶悪な犯罪が起きた
●人心が荒廃している
●不可解な病気が起こる
●外国からの侵略の驚異


こういうことが今起きたし起きている。今回の津浪が何か大きな大災害の前兆である。東北だけではない、これから東京や西の方に巨大地震と津浪が起こる予兆なのである。その予兆は地震でも津浪でもあったのだけど人間は見過ごしやすいのである。あとであれが地震の予兆だったといつも言う。
そのように社会に起きることも一つの大きな予兆でありそれが見逃しやすいのである。自分は最近経験したことはそうだった。認知症という訳のわからない病気であり家庭の破壊であり自らの病気でありやはり凶悪な犯罪の餌食になったし津浪による未曾有の破壊であり原発事故の人災事故の犠牲者である。そういうことが自己の一身にも起こり全体にも起きてきたことがただの偶然ではなかったのである。人心の荒廃はすでにモラルなき社会となり限界まで進んでいた。だからこれから凶悪な犯罪が起きる。

その兆候として会津の夫婦殺害事件も起きた。殺人事件などいくらでもあるじゃないがというがやはりさらに悪化する人心の荒廃がそういう事件を起こさせる。恐怖はすでに人を人と見ないような事件が頻発する。弱肉強食が極端なものになってゆく、人間がモラルがなくなったら野獣化する、金のためには利益のためには人間の命など奪っていいとかなる。高齢者は税金泥棒だとか若者に責められて殺処分にされるかもしれない、ガス室送りになるかもしれない、そういう過激なことを平然と口にしている若者があふれているからだ。まさにこれが下克上のモラルが崩壊した末世なのである。人心の荒廃が極端化するのが末世である。その時大災害が起こり天からも人間界の関与がある。
自然と人間界は分離していない、人心が荒廃していると自然は耐えられなくなり大災害を起こすのである。だからこれから時代の総決算のようなことが起きてくる。最後の審判とまではいかなくてもそれに似たことが前兆として起きてくるのだ。ただその前兆が犯罪のような場合はわかりにくいのてある。なぜこんな凶悪な殺人事件が、どうなっているのだ・・おかしいぞ・・・それは何か時代の大きな変化の予兆なのである。人心がそこまで荒廃している。正に末法の世として末世として終末現象としてそういう事件も起きてくる。

 
 「地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」 親鸞

この時代はあの世に地獄があるのではない。この世が現実が地獄だったからこの言葉がでてきたのである。これからこういう時代になっていくのだ。津波だけではない、さまざまな地獄を否が応でも見させられる時代なのである。そういう覚悟も要求される時代である。
posted by 老鶯 at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層