2012年07月24日

江戸時代にもどったような原発事故周辺の不思議 (南相馬市などは特区化して文明とは別な世界を志向するのか?)


江戸時代にもどったような原発事故周辺の不思議

(南相馬市などは特区化して文明とは別な世界を志向するのか?)

●放射能実験室になった福島


ガンマ線を放出する「放射性銀」は肝臓に、化学毒性が強い「放射性テルル」は腎臓に、それぞれたまっていた。牛の胎児の各臓器に蓄積した放射性セシウムの濃度が、親牛より1.3倍ほど高いことも分かった。
 こうした臓器などを多くの研究者に活用してもらおうと、加齢医学研究所内に組織バンクが新設される。12の臓器などを冷凍保管する。精子と卵子も凍結保存し、人工授精して生まれた子牛の遺伝子に影響があるかどうかも検証することにしている。

http://www.asyura2.com/12/genpatu20/msg/244.html

人にも健康調査しているけど動物はもっとしやすい、警戒区域で野生化した牛は汚染された草など食べているから相当に汚染されているし蓄積されている。そこからどれくらい放射能が影響するのか具体的なデ-タ-がとれる。人間とにかよっているから牛に影響することは人間にも影響する。

野生化した牛が家に進入して家が荒されたと20キロ圏内の人が新聞に書いていた。警戒区域で立入禁止にされたことが何か理不尽なのである。一年間も小高区では放置されて荒れてしまった。そして帰りたくないという人もでてきている。やはり一年間くらい放置していると荒れてしまう。犬も一部は野生化しているだろう。飯館村で異様に吠える犬がいた。野生化した犬なのだろう。アフリカでテレビでやっていたが野生化した犬が狩りをして生き延びていたとか写していた。チェルノブエリでも野生の狼やヘラジカが立入禁止区域に入ってきた。奇妙だけど佐須の山津見神社には日本狼が祀られている。日本でも狼が住んで神として祀られていた。犬も野生化すると狼になる。異様に吠えていたから不気味だった。飯館はまだ立入禁止区域ではないからそんなに荒れてはいない、でも野生化した犬などが住んでいるみたいだ。そのうちイノシシなどが頻繁にでてくるかもしれない、平常のときでもイノシシは原町区の大原まででてきていた。あそこは結構車が通るのにでてきていた。そのために家が荒されるとういことがある。


村でも町でも人が住まないとどうなってゆくのか?警戒区域の荒れ方はひどいものになってゆく。一瞬草原を幻のように駆けさってゆくものがあった。あれは野生の犬だったのか、狐だったのかなんだのか、警戒区域からでも柵もないのだから出てくるのだ。この辺はまるで映画のようなありえないことが現実化しているのだ。こんなに多くの人が仮設住宅暮らしているのも異様である。でも立入禁止区域になっている所が一番理不尽な仕打ちをされている。
いづれにしろ警戒区域では田畑に葦がしげりそこがヨシキリの巣になりすみつく、おそらく鳥などには放射能の影響は少ないだろう。でもチェルノブエリでは燕に影響した。二年も放置すると相当に荒れてしまう。津浪の跡には塩分があり草はあまりまだしげっていない、枯れている。葦は塩分に強いから繁る。


●江戸時代の感覚にもどる不思議


なんだかこの辺は警戒区域になったとき道路も車も通らず静かになった。それが江戸時代に帰ったように思えた。今は原町区-相馬市は鉄道が通っているし高速道路も通っている。でも東京と六号線が通じていない、だから原町区から川俣を通って中通りにでる道が混雑して事故が起きた。この辺の住んでいる感覚は何かやはり江戸時代に多少もどってしまったような感覚になる。それはなぜか?
六号線が東京と通じないためである。現代が交通で広域社会化しているとき交通網たたれると陸の孤島のような感覚になるのだ。そして不思議なのはもともと双葉地域は相馬藩と磐城藩の境の地域であり明治になってから開拓されてきた地域である。大野とか広野とかの地名はあの辺は人も住まない野であゃ森林地帯だったのである。浪江は古代から標葉郷とあるから古くから住んでいた。双葉も江戸時代から住んでいた人はいたし武家もいた。その先はやはり野であり森林地帯だったのである。


そして今感じることは相馬藩は磐城方面とはあまり交流がなかった。なぜなら江戸時代の碑を見ると伊達藩との交流しているのが多いのである。山神の碑が多いがこれも小牛田であり館腰という駅があるが館腰神というのも相馬藩内にある。黄金山神社とかもある。東光院とかいうのも岩切に中世の寺がありこちらに伝播された。その伝説も残っている。伊達藩由来のものが相馬藩内には多いのである。その元が伊達藩内にありお参りしていたのである。仙台辺りまではそれなりに歩いても馬でも行っていたということである。それがどういうことなのか、今の状態がまさにそうなのである。磐城方面から江戸への道は遮断されて遠くなった。しかし例えば参勤交代でも実は栃窪を通って飯館村に通じる塩の道があり飯館村では塩を管理する奉行があり60人もその境界の飯樋に住んでいた。そこから山木屋を通り二本松に通じていたのである。塩の道でも磐城とは交流があまりないのである。磐城や江戸への道が浜通りとしてたたれたということはまさに江戸時代にもどった感覚になるのだ。


昔は磐城とか江戸と関係しなくても自給自足経済だから成り立っていたのである。これだけ物流かはげしくなると成り立たない、その物流が断たれた時、江戸時代にもどった感じになる。江戸時代はまさにこうして閉鎖された世界で自給自足で生活していた。だからこそ別に外部との交流がそれほどなくても生活できていたのである。もちろん貧しいことは貧しいが生活はできていた。そういう生活に甘んじていれば原発など必要ないとなっていた。江戸百万都市があっても別にそれは経済的には関係なかった。伊達藩では米を江戸で商品として売っていたから江戸は消費地として必要であった。でも自給自足経済のときは江戸は関係なかったのである。相馬藩内でまかなう経済だったのである。つまりそういう生活は今できないにしろそれににた生活していれば原発は必要ないとなっていたのである。その時この辺は一段と静かであり江戸時代の闇がもどってくる。文明生活してきたからそれに耐えられないということも確かである。そういう世界はまた自然の回復があり江戸時代の感覚がもどることにもなる。ただ文明生活からより離れて何か原始的感覚をとりもどすということもある。現実に津浪の跡に原発事故で人がいなくなった所が葦が繁っておおってしまったところはまさに江戸時代にも原始時代にもどったとなる。


●中世化する世界(物欲から知価へ)


詩人、陶淵明の嘆いたのは農村の経済的貧困化ではなく強欲な人間によって耕されすぎることだった。決して故郷へ帰って一村一品運動をしたわけではない、だから故郷が草ぼうぼうで木々が伸び放題だったことを喜び長い長い余暇時間を得た生活を是としたのである。(堺屋太一-知価社会)


中世は人は働いていない、物財に固執しない、働かず物欲がなく、ひたすら思弁にふけり抽象化した世界になっていたという。つまりプロテスタンシズムというのが資本主義のエ-トスとなって勤勉の思想が宗教が初期の資本主義だった。そののち世界中が物欲のとりこになった。物欲を満たすことだけが生きることだった。日本ではすでにそうした傾向は低下して物欲への追求は減退している。
それも一面そうなのかもしれない、高度成長時代はかえって物欲増進の異常な世界だった。この時企業戦士とか言われた人たちがいて物欲の追求がありそれがかなえられていった。しかし今や経済が衰退するというとき実は衰退ではなく社会が物欲追求の社会から中世的成果にもどっているからかもしれない、何か自分の状態はパソコンでたまたま抽象画に凝ったり思弁的になっているきはそのためである。こうして延々と文章や詩を書き続けているのもまさに思弁的であり物欲追求とは違う。


この辺が本当に草ぼうぼうになっても誰も飢えたりしない、何か食料に困窮している人はいない、ただ仮設の食堂に集まり昼間から酒飲んだりしているのである。避難した人は働いていない、この辺では回りが草ぼうぼうになって田畑は荒れて誰も働いていない、こんな世界があるのかと思ってしまう。だからといって江戸時代のような飢饉になるわけではない、いづれ補償金がたたれたら苦しくなるだろうけど今のところはそういうことはない、自分も日本を世界を旅行したが今やあまり動きたくない、内面的になり思弁的になっている。だから何か家にこもって抽象画で遊んだり思弁的になり延々と文をつづり詩を書いたりしている。それは中世的世界なのである。思索すること思弁を楽しんでいるのだ。思索するということはこれも一つの訓練である。思索はきりがなく深くなってゆくのだ。
それはあらゆる対象にそうなってゆく、絵画を見てもいろいろ思索してそれが文明論になってみたりとする。思索は思弁はきりなくある。そこ
で時間は延々と費やされるのである。


物の生産ではなく知価の生産だということは言える。そういう時代に変わりつつある。高度成長時代に働かない人は本当にまれだった。みんな馬車馬のように働いたのである。働かない人は本当に変人の変人だった。ほんのわずかのアウトサイダ-になっていたのだ。今やニ-ト、フリ-タ-とか何か働かないことが一般化しているのである。それも中世的現象として時代の変化になっているのかもしれない、物に対する欲望が減退しているのである。物を得たということもあるかもしれない、だから次に何を得るかとなると心を働かせるものであり物を無限に生産して売るということではない、具体的なものではなく知価だとなる。知価というとき茶の世界でも茶碗に価値がでたのは知価であり物がいいとかではない、それにまつわるもの、誰かが使っていたから価値があるとかその物について加えられた無形の価値だったのである。もの自体ではなくその物に付け加えられた物語的価値だったりしていたのである。


●ア-ミッシュのような特区化する?


いづれにしろ一千万の東京はここからは遠い感覚になるが実際は経済的には相当に影響している。
原発がここに建てられたことでも東京とは切り離されずこの辺の田舎もあった。日本全体が東京の影響を受けざるをえない、地理的には離れていても現代のような交通網が発達した文明ではそうなのである。でも感覚的には離れているからそれを感じないのである。ただこの辺が一つの文明から離れた特区として自然エネルギ-で自給したり田畑がだめになったら花を栽培して花園にしようとか言うアイディアは面白いと思う。川内村では実際に試そうとしている。花は放射能とはあまり関係ない、ひまわりが今も一面に咲いているのは気持ちがいいのである。ただそもそも自給自足するとしたら現在のような米も自給できないようでは何もできない、外から米まで買っていたらとてもそうした特区の自給自足にはならない、ただここが特区としてア-ミッシュのような生活空間を形成したらそれまた外部からも注目される。ア-ミッシュの人は文明的生活を拒否して生活している。人々は実際は文明的生活に疲れている。それで癒しを求めているのである。するとこうした特区は江戸時代に還り一段と闇も深く静かな世界となる。もし電気もわずかしか使わないようにしたら闇も深くなる。


それはまさに江戸時代の再現なのである。もちろんこんな世界に住みたくないという人はいるし若者はでてゆくかもしれない、今でも流出しているからいろいろ問題がでてくる。姥捨山になってしまうかもしれない、しかし一方で文明をあえて否定して生きたいという人も若者にもいる、現実にそういう人たちは前からいたのである。そういう志向の人は江戸時代のような所に住みたいと志願する人もいるかもしれない、限界集落はそういうところである。そんな所には誰もすまない、墓場になでしまう。それも一つの特区として文明のない世界として全体からみたら意味あるものとなるかもしれない、今人は文明生活にするのに疲れているから何か癒される場所が必要なのである。何か無のような空間を必要としているのである。馬鹿を言え、無の空間にするとはどういうことか無人の市町村にするのか・・姥捨山にするのか・・・そういうことはあるにしても何か文明とは違う別な空間を生み出すことは価値あることかもしれない、そこが癒しの場になるということもありうる。

ただそこに江戸時代になると医療のサ-ビスなどが受けられないとかなりこんな不便な所にいられないと脱出する人があとをたたないということにもなり遂には誰もすまなくなって文字通り元の野原や森にもどってしまうということにもなりかねない、死に場所としてはそれもいいと老人では住む人がいるかもしれない、それも一つの死に方だという人もいるかもしれない、ともかくこの辺はこうした思考が働くように何か異様なのである。では一体この先どうして生活するんだというときなかなか先が見えてこないからこんな思考をしてみたりしているのだ。松川浦では魚をとって外部の市場で売れたから元にもどってゆくのか?他はだめだろう。小高区は何年かしたら帰るだろう、飯館の人はどうなるのか?


●一年半過ぎた避難者の心境は?


京都の伏見区に若い夫婦が移住した。


露と落ち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢


秀吉の辞世の句だったけどここで作られた。


露と落ち 露と消えにし わが身かな 飯館のことも 夢のまた夢


飯館のことも双葉のことも浪江のことも夢のまた夢となってしまったらどうするのかとか想像する。何か落武者のようになっている。新しい村に集団で住むというのもまたなかなかむずかしいだろう。

涙もて帰る日を今日も待つ仮設暮らしも長くなりにき


牛の名を今日もよみあげ帰れざる飯館村の人の哀しき


いづれにしろこんな事態は本当に不思議になってしまう。津浪の被害者もまだどこに住んでいいのか算段がつかない、元の場所に住むのか高台に住むのかこれから仕事はどうするのかとか何も解決していない、これからどうなるんだうというときこれからどうすればいいのか、どう対処していいのかとか住んでいる人は否応なく決断が迫られる。それは世代間でもかなり違ったものとなる。若い人が流出すると生活ができなくなるだろう。そういう不安定な状態がつづくのがこの辺なのである。


アーミッシュが多く居住するランカスターはスリーマイル島から南東に40kmほどに位置しており、スリーマイル島原子力発電所事故(結果的には健康被害はなかったとされる事故)のような技術災害が、技術自体を好む好まずに関係なく社会全体に影響することの代表例として知られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%
83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5


どんなことしたってやはり文明の影響を受ける。40キロだったら自分の住んでいる場所とだいたい同じだった。いくら特区にしても文明の影響はまねがれないのである。

posted by 老鶯 at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連