2012年07月23日

俳句はやっぱり写生なのか? (写真が欠かせなくなった俳句-夏燕)


俳句はやっぱり写生なのか?

(写真が欠かせなくなった俳句-夏燕)
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二十羽ほど夕べ集る夏燕

クリック拡大!-燕がはばたいている

朝早み二階に飛び交う夏燕
二十羽ほど夕べ集る夏燕
激流の磐に轟く夏の夕
陽の没りて雲に余光や夏雲雀


合歓の花さわに風そよぎ夏菊も映えて尾長に山鳩の飛ぶ

草深く鶯鳴きぬ月見草ここに咲きにつ雨しととふる

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老鶯里


合歓花微風
草叢深老鶯
赤心藪甘草
長年住地通

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前に「三十ほど睡蓮紅し松一本」という俳句を作った。これも写生だった。「二十羽ほど夕べ集る夏燕」これも写生である。写生が果たして俳句になるのか?それをおりおり書いてきた。俳句は余りに短いから写生になった。感情的な言葉を入れればそれだけで表現できなくなる。だから子規の「鶏頭の十四五本のありぬぶべし」が問題になった。自分の俳句もその継承として作った。ただ現代の大きな相違は写生俳句がデジタル写真俳句になったことである。写生と写真はまさに同じものを目指している。そしてインタ-ネットではいくらでも写真を出せることなのである。本になるとカラ-の写真は出せないから写俳というのが成り立たないのである。つまり映像的なものとマッチして写俳という分野が生まれたのである。写真で拡大でみたら燕が動かないのではない、羽をばたつかせていていかにも活きた写真だった。肉眼では見えなかったものが写真で見えたのである。これは前にもそういうことが何度かあった。そこに写真の効用がある。夏になり燕はこの辺でふえてきた。原発事故で田畑は原野化しているけど餌になるものはあるらしい。同じ様に燕は飛んでいる。

そして二階から燕が飛ぶのが見える。街は前が家でさえぎられているが半分がさえぎられていないので見える。家というのは視界がよくないと閉塞感があっていやになる。中も広々として外も広々として視界に入るのがいい。そういうところでは頭もよく働くことがわかった。脳には外界の刺激が入る必要があるのだ。自然をとり入れることが必要なのだ。車の騒音とかばかり入ってきたら嫌になるだろう。なかなか騒音だけはどこでも車で遮ることができないのが難である。

今日は夏らしく暑かった。今また外は雨がふっている。合歓の花が盛りに咲いて風にそよいでいるのが気持ちがいい、尾長一匹飛んだ行ったのもなんとも気持ちがいい、尾長はなかなかみかけない、
山鳩も飛び川には青鷺もいた。田畑は草ぼうぼうになったが自然がないということではない、それでも車のナンバ-みると岡山とか福井とか全国からまだきている。こんなに遠くから来るものだと思った。六号線が東京まで通じなくても地元だけでも車は通るものだと思った。長距離のトラックは通っていない、六号線はいつ開通するのかわからない、これは長くなる。何か閉塞的な状態は長くこの辺はつづく。でも自然そのものがないということではない、花は変わりなく咲いているのである。

 「赤心藪甘草」というのが良かったかもしれない、日本では神道では赤き心という、天皇の赤子という言葉も良く使われた。それはそれとして赤き心とはそういう真の心のことでありそういう心が自然に花として現れたのである。それは正直だと嘘をつかないとうにも通じる道徳的なものにもなる。その赤心なる心がないからこの社会は混濁している。原発事故もそういう道徳的な問題が大きな原因でもあった。経営者は技術者とは違って何かモラルをもって指導しないといけない存在だった。
二宮尊徳もモラルを指導して立ち直らせた。意外はそういうものを必要なしとして利益だけをあげればいい、そういう人が上にたつのだということが事故につながった。


老鶯とは長く鳴いている。それで俳号としてみた。自分は60以後に何かいろいろ理解できるしいいものができるようになった。何か遅かったけれどそうである。芸術でも理解していなかった。もちろん思想的なことも理解していなかった。でも今は深く理解できる。書くものにも深みがでてくる。人間やはり長年追求していれば何者かになるのだ。それはあまり才能と関係ないところがある。
本当に住んでいる土地のことだって長年住んでいてもわからないことがあるのだ。故郷にしてもそうである。漢詩ではないにしろ韻を踏めないにしろその意味はわかってもらえるだろう。

ともかく写真を出して俳句を作っている人が多い、そういう分野はインタ-ネットでしかできない、ただインタ-ネットは評価がないことが問題なのである。ただ自分で評価している他ないのである。