2012年07月21日

美のない都会の荒野 (原発は東京に作りともに滅びるべきだった)


美のない都会の荒野

(原発は東京に作りともに滅びるべきだった)




枯れみだれた葦の中で
はるかに重工業原をわたる風をきく
おそらく何かがまちがっているのだろう
すでにそれは想像を絶する
眼に映るはいたるところ風景のものすごく荒廃したさまだ。
光なく 音響なく
地平をかざる
強烈な陰影。
鉄やニッケル。
ゴム・硫酸・窒素・マグネシウム
それらだ。
(詩集「大阪」より)



小野十三郎の詩のような世界になっている。そこにもはや人間はいない、鉄やニッケル。ゴム・硫酸・窒素・マグネシウム・・・人間は化学物質になっている。そこが一体人間の生きるところなのか?そういう疑問が常にあった。そこにロゴスも言葉も死んでいる。いかに高層ビルやスカイツリ-に美を見いだそうとしてもありえない、人は美のない世界に生きていることが絶望的なのである。小野十三郎は詩で絶望しているし一般的現代詩はほとんどそういう類のものが多い。環境がそうなのだから当然だといえば当然になる。ただそういう世界に人が密集して現実に生きている。そこが首都であり中心なのである。そこはあまりにも「シオンは美しき極み」から遠すぎる。汚濁の極みになっている。神が人間の営みを隠したというときまさに自然の中に隠されたから美を維持できたのである。人間の作ったものがおおいつくしたときそこからは美は何もない、太陽も月も星も映えない世界になった。それでも人は田舎を嫌い都会へ密集する。

風の中に
煙がみだれる。
おれが草だって。
むしろ鉱物だよ。


草はむしろ生き物である。人間は生き物だから草ともなる。しかし鉱物は非人間的なものである。それも石ではない、人工的鉱物化する。

詩篇に「シオンは美しき極み」とある。シオンは公正も行われるところの神の理想郷になる。そこは美しき極みが実現している。そういう全く美のない世界に人間は生きている。美のない世界にまた希望もない、だからさらに文明の闇は混濁して深くなっている。そもそも一千万の東京に電気を供給するために福島に原発が作られた。そしてかえって田舎の美のある自然が破壊されたのである。もちろん豊になりたいということで地元にも責任があった。しかし原発が必要としたのは一千万の東京に電気を供給するためだった。その首都なる東京に美があればいい、それか全くない、東京は巨大な化け物の都市となり胃袋ともなっている。極めて物質化した精神性のない世界である。


放射能の被害を一番受けたのは村が自然のなかに隠されるようにしてあった飯館村であったことも何を示唆しているのか?ある意味で化け物都市の犠牲になったとも言える。現代文明が東京でもそんなに人が密集していなければそんなに電気はいらない、夏でも江戸時代のように涼しい世界を作れるかもしれない、ヒ-トアイランドとか暑くなるからク-ラ-が必要になりさらに電気が必要となる。確かに田舎でも電気は使っているし必要である。でもやはり一千万人の電気を供給するのとは違う。小規模でも電気は田舎くらいならまかなえるかもしれない、とても一千万人となるともうまかなえないとなり原発ができた。つまり文明が巨大化すればどこでももはや電気がまかなえない、そうなればどうしても原発でまかなうほかないとなり危険でもそうする。


だから原発は東京に作れば良かった。そう言っていた人がいた。それが理にかなっていたのである。田舎に作るべきではなかった。田舎は多少貧乏でも自然エネルギ-で電気を作るべきだった。小規模発電で自給するのが向いていたという指摘がある。水車のような自然エネルギ-が向いていた。都会は原発にふさわしかったし原発と滅びる場所だった。なぜ田舎の美しい自然が放射能に汚染されたのか?そのことが納得いかないのである。その田舎の生活の基となる水や土が汚されたことが納得いかないのである。経済的にはすでに比較できないくらい都会が価値がある。でも美的にみたら田舎の方がはるかに価値がある。価値の尺度が経済だけだったら田舎は都会に従属するほかない、でも美的見地からしたら田舎に価値があり東京のような都会は価値はゼロになってしまうのである。


そして神が愛するのは東京のような魔都ではないだろう。飯館村のような自然に隠された村だった。それが現実はその田舎が放射能で汚染され東京はそれほど害がなかった。東京が滅んでも神は惜しまないが自然につつまれた村が滅びる時惜しむ、カムイコタンとか神の村とかアイヌで言っていたのはまさに村は神の所有する村だったからである。東京はソドムゴモラでありそこが真っ先に神によって滅ぼされる場だった。これはただ前兆として田舎に罰が下り次に都会にその罰の矛先は向けられる、その時文明は壊滅的打撃を受けて滅びるのかもしれない、辛うじて生きるのは田舎で自給自足的はじめられる世界かもしれない、現実に津浪の被害でも水を裏山から汲み薪を切って燃料にして生き延びた村があった。都会ではそういうことができないから被害も甚大になる。

posted by 老鶯 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連