2012年07月14日

モニタリングポストは必要だったのか (情報は原子力村に今も操作されている)


モニタリングポストは必要だったのか

(情報は原子力村に今も操作されている)
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飯館村を除染していたのは大成建設



「強制的に下げられた放射線量の数値が全国に公表されている」――。20日の会見で、長谷川氏は、仰天の「放射線量改ざん」疑惑を暴露した。
「昨年11月末ごろ、国の除染モデル事業を請け負った大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた。その様子を複数の村民が目撃していたのです」

村の仕事を請け負った大成建設によるモニタリングポストを高圧洗浄と周辺土壌の入れ替えによる意図的に放射線量を低く見せる「改ざん」です。
 
放射線量は下がった、除染に効果はあるなどと宣伝し、飯舘村民を村に帰還させることが目的にあるのでしょう。
 
こうしたおかしなことが起こっているのは、経産省を核とする原子力ムラが飯舘村を直轄支配していると考えれば全て納得がいくことばかりです。
 
つまり、原子力ムラの思惑通りにならない村民を弾圧する、原子力ムラに都合の良いように世論をコントロールする、ゆくゆくは村民を帰還させ被曝実験のモルモットにする


飯舘村役場は、村民が自主的に行っている「見守り隊」の詰所に詰所内での政治活動・署名活動を禁じる文書を掲示したというのです。これは除染計画の仮置き場の設置に反対もしくは慎重な村民の声があったことを反映したもののようですが、

実は今、菅野村長の行くところすべてに付いて回っている経産省の官僚がいるのです。村役場でも、常に村長のそばにいる。そして、マスコミの取材の際もその彼が出張ってきて、あれこれと指示を出しているんですね。今では彼がマスコミ取材対応の窓口となって取材をさばくようになった」
 これでは、村長が村民無視で経産省の操り人形になっていても不思議はない。やっぱり国の放射能対策を信じてはダメだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/neverland20050918/28611235.html

 


公園など設置されたモニタリングポストあるけど本当にあれ必要だったのという疑問が地元にはある。なぜなら下の土をとりのぞけば低くおさ
えられるし別なところから土をもってきても放射線量は低くできる。つまり操作できる。だからこそ 大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた

これは国から命令されてそうしている。国では結局権力を持っているからこういうことを命令できる。作業員はなんでこんなことをしなければならないのかと疑問に思うだろうが仕事を国からもらうから命令に従わざるをえない、人間の社会は誰が権力をもっているのか?それを常に見ておかないとどうなっているのかわからないだろう。確かにどこが誰が権力をもっているのかというのはわかりにくい。政府だけが権力をもっているとは限らない、でもここから見えてくる権力とは何なのか?

それは明かに政府が意図的に放射線量を低くしている。飯館村の住人も言っているうよに何で公表される放射線量は低いのだろうと、今は放射線計測器をもっている人が多い。実際に計ってみればわかる。草野辺りでも5マイクロシ-ベルト以上は平均的にあった。森の辺りは7から8あった。またホットスポットもありそこは20とかあった。公表するのはあまりに低くされているのだ。村民を帰還させるためにそうしいる。放射能はたいしたことはないんだよとして村長を中心に村に帰還させるためにそうしている。政府の権力は大きいからその権力の下で住民はコントロ-ルされている。


権力を持つものは権力で支配する。当然情報も支配できる。マスコミも支配できるから放射線量を低くして公表する。ここで自分が問題にしたいのは放射線のこはわからないにしてもなぜわざわざこんなことをする必要があるのかということである。わざわざ土をいれかえるようなことをする必要はないのである。それをなぜ大成建設の社員が従っているのか?そこに権力関係が明確に現れているからだ。大成建設にしたら政府の命令に従わねば仕事がもらえない、それがこんなことして不正じゃないかと思ってもそうせざるをえない、そういうことはいくらでもあった。権力者集団の命令に従わねばとうなるのか、仕事は受注できない、会社が成り立たないとかなる。除染という仕事はこれも公共事業とにているのだ。何千億の予算がでる。

それで飯館村の住民はもう帰れないからその巨額の除染費用を賠償金としてもらえ他で生活をする計画を立てたいという要望がある。それは飯館村は帰れるような放射線量ではないとみんな知っているからである。一部の老人は放射能と関係ないとしても若い人が帰らないなら姥捨山になるから帰りたくないと言っている。ではなぜその除染費用を村民に賠償金として支払わないのか?それは大成建設とかに金を回すためなのである。そっちの方が国で優先されるからそうなる。なぜそういうことをするのか?そこに現代の社会が巨大な会社を優先させているということにある。会社は確かに国に従っているが国もまた大きな会社と一体であり飯館村のような小さな村より大きな会社の利益を優先するのである。東電でも東電の方が国より巨大化していたから保安院も東電に技術的にも知識的にもかなわないから東電のいいなりだったのである。だから国が権力があり会社が従うと言っても逆になっている場合もあるのだ。


大成建設とういうと創価が正本堂を建てたとき大成建設が受注して建てたのだ。その金は巨額となったから大成建設では創価の会員になったりしていた。拠点になった所は大成建設の社員の家だったのである。大成建設では社員まで公明の選挙活動までさせられていたのである。権力的には創価が上であり大成建設はその下になっていた。別に権力は政府だけがもつものではない、宗教団体でも労働団体でももっている。ただその権力関係は一般的に外から見えにくいから不正をしも情報を操作されてもわからないのである。原発の建設から事故が起きてからも常に放射線の被害を低くしようと隠蔽しようとする政府の力が働いていた。飯館村はそれで避難せずに被曝してしまった。その後も政府による情報操作がつづいているのだ。


南相馬市の400億円の除染利権と東大の児玉教授の関係。一押し企業が、利権獲得に大成功してて分かりやすすぎる


除染、除染というけどそんなに効果あるものなのか?なんかそれが除染利権となっている。放射能汚染地帯は会社の利権の場にもなっているのだ。実際に被害にあった市町村に各人にそうした金が回らずに会社に回ってゆく。それが現代の社会である。浪江町とかで政府を告訴しているというのもそのためである。政府が住民の味方となるとは限らない、政府が会社とか一体となり利権の場となり住民の本来の復興はないがしろにされる。権力によって住民の声はおさえられるのである。でも政府と戦うということは巨大な権力と戦うということにもなる。そういう覚悟も必要になってくる。

アフガニスタンの戦争の被害者と高校生が交流したとういのもわかる。故郷も土地も家も奪われた戦争難民と原発難民はにていた。自分たちの住む場所もない、家もない難民である。ただテントには住んでいないというだけである。こういう難民は他の土地に移っても歓迎されないのである。双葉町の町長が棄民と言ってだけど難民にされてしまったのである。飯館村は原発交付金などもらっていないから特に悲劇だったのである。


ともかくこの辺は極めて沖縄のような政治的な場になってしまった。政治が具体的に意識される場になった。それは政治にはかかわりたくないといってもそう強いられている場なのである。特に難民化した人たちは深刻なのである。一体自分たちはどうすればいいんだと将来のことを考えると深刻なのである。自分の場合はわずかに30キロ圏外であるからそういうことはないにしても影響が大きすぎるのだ。病院であれ福祉であれ教育であれ経済であれ影響が大きすぎるのだ。相双は一体であり経済的にはどのくらい縮小したのか?全体では3分の一とかに縮小したかもしれない、すると全体的に影響を受ける。縮小するということはそれは将来的にもそうでありその未来がないということでまた精神的にダメ-ジが大きすぎるのである。マイナス志向しか生まれないからそうなる。老人だけ取り残されたらさらにそうなるからだ。

posted by 老鶯 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連