2012年06月28日

夏の月-夏の花々


夏の月-夏の花々


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夏の月何と思うや田もなしに


葦茂り湿地生まれて夏の月


赤枝垂青葉の中や老い一人


泰山木今年もここに咲きにつつ移らずすみぬ根を下ろすかな


矢車菊九輪草に夏菊の咲き映えにつつ町の辻かな


蛙鳴く声のわずかに田もなしに淋しきかな月も照りしも


我が庭につづしの赤く染めにつつ紫陽花の青も咲きだし映えぬ

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この辺の風景は変わった。田がないから田毎の月というのもない、田は一つの自然の風景になっていたしそれも一千年とかつづいた風景なのである。それがなくなるということなどありえないし想像するできなかった。家がなくなるということはありうる。でも街自体がなくなるということなども想像できない、蛙が鳴いてはいるけどわずかである。鷺も見えない。世の中には想像し得ないことが起きる。津浪原発事故はこれほど変えてしまったのである。ただここはなんとか動かずに住んで良かった。泰山木が咲いたけどどこかに人間は定着しないと仕事ができない、じっくり落ち着くところがないと仕事ができないのだ。ともかく年だから移住することが負担になる、病気でもあるし介護だとか動けないのである。介護している人で飯館村の人が空家を借りて住んだのも楽ではない、介護をしている人は今実に多いのだ。


赤枝垂という紅葉の木だろう。これは良く庭木として使うものである。夏でも紅葉色である。楓は夏は青い葉だがこれは夏でも紅いのである。だからこれは老人をイメ-ジする、一方で今は若葉から青葉の季節である。写真は自分の庭ではない、他者の庭でも庭は一つの自然だから庭に木があると隣にも影響する。青葉は若さを象徴するしこの木は老いを象徴しているのだ。


先日は晴れたので仙台から松島に行った。俳句20句とかまた作った。松島は浄土であり鎌倉時代から修行の場であり聖地、霊場だったことがわかった。それで興味をもち松島をテ-マに一冊の本を書けることが見えてきた。俳句20句とか文を添えればかなりの大作である。人間はつくづく身近な所を見逃している。松島は近くで良く見ていなかった。今は日帰りでしか行けないけど松島は行ける。
月がでるとき松島は美しい、夜の松島はまだ見たことがない、交通は不便になったがなんとか行けるだろう。松島は歴史的にも特別な場所だった。