2012年06月22日

津浪の被害にあった小高の人と話する (一キロ先で危険を察知して逃げた、家族全員が死んだ家のわけ)

 

津浪の被害にあった小高の人と話する

(一キロ先で危険を察知して逃げた、家族全員が死んだ家のわけ)


小高の人と話したけど川原田の辺りだったのか、この人は津浪の被害に直接あった。助かったのは地震があって外に出て海の方を見ていたら空がガスかかったように異様になっていたという。海から空から異様なものを感じた。それで逃げたという。ところがそういうふうに何か異常なものを感じた人と感じない人がいた。何たいしたことはないと残っていた老人は死んだという。それは家族のなかでも同じだった。家族全員が死んだ家がありその家では誰も逃げようとしなかったのである。だから全員死んでしまった。例えば村上の辺りでもすぐ近くに城のあった小高い山がありあそこに逃げれば助かった。すぐ近くだったからである。ただここでは一キロ先というわけにはいかないから津浪が来てそれを見て助かる人はいなかった。異様に感じたときはすでに時遅しとなっていた。

助かった人の話を聞くと危険を察して早く逃げた人と一キロくらい離れていても津浪が来たときその津浪を見て逃げて助かった人もいる。一キロ先だと津浪が来ても必死で逃げれば助かったのである。後ろに山が小高い丘でもあればそこに逃げれば助かった。そういう映像は見ている。津浪に追われて逃げても急死に一生で助かっている。途中で階段を上ってのぼりきれず途中で津浪に流された人もいる。津浪は一キロ先くらいだったら津浪が来たことを察知してすぐ逃げれば助かる。大内の人はトラックで逃げて助かった。海岸に接していた所は磯部や烏崎のように全滅になった。津浪が来た時はすでに遅しとなっていた。それでも最初の一波が来たとき水があふれてきたとき危険を察して来るまで逃げた人は助かった。ともかく津浪の場合はこの海からの距離感が明暗を分けたとういこともある。ただ大川小学校のように奥の方でも被害があった。それは家にさえぎられて津浪が来たのが見えなかった、異様なものを感じなかったのかもしれない、小高の人はその前が家がさほどなく海の方が見えて空の方からも異様なものを感じて逃げて助かったのである。地震でものが落ちたとき家の中でわたわたしていただけですぐに時間過ぎてしまった。家の外に出れない、もちろん家の下敷きになった人は逃げようもなかった。海に近い人でもそうして家の中で時間をとられていたら津浪の被害にあった。家にさえぎられている所が遠くが海の方が見えにくいから危険を察知しなかったともいえるかもしれない、津浪は意外と視界が問題になるのかもしれない、一キロ先でも津浪を見ていれば必死で逃げれば助かることがあったからだ。


家族でも誰かが危険を察して強く逃げることを言えば家族全員が助かったが逆に何も言わない、津浪を来ないと思っていた家族は全員死んだりしている。例え部落で逃げろと騒いでもたいしたことないと留まった人は死んでしまった。例えば砂漠のことで話ししたことがあるが日本人の旅行者で砂漠を何度か旅した人は水のある方向に導いた。それは一つの賭けだったが経験がありその人の導きで全員が水のあるところに行き助かった。それは全員がリ-ダ-に従ったからである。津浪の場合は部落全員が日頃まとまりがあっても津浪なんか来ないよという人がいてそういう人は逃げずに死んでしまった。そういう人をいくら逃げろと言っても逃げないからどうにもならなかったのである。結局砂漠の場合、砂漠は危険な所と承知して団体で行っている。だから経験者従いリ-ダ-に従い全員助かった。

これは登山などでもそういうことがある。経験あるリ-ダ-に従って全員助かることがある。それは山も危険なところとして承知していてリ-ダ-に従うから助かったのである。津浪はそういうことがなくいくら説得しても危険と思わない人は思わなかった。津浪が来る危険だということをみんな承知していないかぎり逃げろと言っても逃げない人はいる。それは三陸でも経験しているのにそうだった。
逃げない人は逃げなかったのである。つなみでんでこ・・というときばらばらに人のことをかまわず逃げろというのはまさに説得するにも時間がない、そんなうち人を助けようとして自分が死んでしまうからばらばらでも人にかまわず逃げろとなった。津浪は全員一致で行動しにくいのである。そこには危険を感じる人と感じない人がいるしそれぞれの行動が自由だとなればそうなる。


遊牧民の社会では導く方向が大事になる。だから星が旗印になる。水のある場所、草のある場所に羊を導く方向が大事になる。そこに導く指導者がリ-ダ-が生死を決定することがあるからリ-ダ-の力は大きくなる。しかしそのリ-ダ-に従うのはみんな危険を察知しているから従うのである。そういう習慣が遊牧民の中に培われているから従う。津浪は何百年に一回くらいしかないから日常的にそういう危険を感じないからリ-ダ-がいくら逃げろと言っても従わないのである。津浪が来るとばあちゃんが言っていたけどそういうものも軽くあしらわれていた。三陸辺りでもそうなのだから日本は災害が多くても忘れやすい民族なのだろうか?水に流すとか忘れてしまう。


いづれにしろ津浪原発事故と小高の人や浪江の人は被害が大きかった。警戒区域が解除になっても店がないとか住んでいる人はほとんどいない、住む人がいないのだから店もできないとかゴミがたまっているとか国で管理しているからできないとかなかなか小高に住めない、農協の建物を仮設のようにして住まわせる計画があるそうだ。一時的にも小高に仮設を作ることになる。また浪江や小高でも相馬の方が通えるからいいという。近いからそうなる。これからどうなるのか東電では賠償を渋っているという、ただその人は長年、原発で働いていたからあまり文句を言えないという。収入は良かったという。たしかにグラフを見ても曹双相地域の経済は原発でもっていたし結構原発とかかわることで豊になっていたのである。原発に近くなればなるほど原発で働く人が多い恩恵も多かった。小高もそうだったのである。今でも火力発電所の存在は大きい、千人も雇っているのには驚いた。原町や鹿島の方にすでに家を建てた人もいる。小高には帰れないとか住めないと思っている人もいる。そこで問題なのが原町とか鹿島に働く場があれば住めるという、若い人も住むという、働く場所がないから若い人も住まないという。浪江の人も空家を借りて住んでいて二本松の移った会社まで来るまで通っているというからそんな生活が長くつづかない、原町や鹿島や相馬市にそれだけの雇用の場があれば住めるとなる。ソ-ラ-パネル発電が津浪の跡に会社が入ってはじめるというのはいいニュ-スなのだろう。雇用の場ができるからだ。



その人が言うには親戚で何人か避難生活していて死んだという、まだ弱っている病人とか高齢者は負担がかかり死んでいるのだ。避難してからまもなくも100人以上負担で死んでいるし今も死んでいるのだ。なれしたんだ所を離れると老人は弱いし病人は特に弱ってしんでいる。
これはこの状態が改善しないかぎりつづいてゆく・・・・いつ帰れるかわからないからだ。
posted by 老鶯 at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

白鷺の詩から現代文明を考える (文明人が喪失した自然への感受性)


白鷺の詩から現代文明を考える

(文明人が喪失した自然への感受性)

白鷺の脚


白鷺の川の岸辺に一羽
悠然として優美なる姿
何か加えるものありや
何もなしかも完璧な姿
その翼と脚と嘴と
過不足なく与えられ
神の御園生に生かしめられぬ
夏の日太陽に一段と白くまばゆく
その天然の衣は映えぬ
夕風そよぎそのしなやかなる脚
その脚に絶えず水が流れている
水にひたひたと浸されている
いづこかへまた軽やかに飛びたち
白鷺は風を光を身に感じている
常に明るい光と風の中にある
その他は何も知らない
何も得ようとはしていない
完璧に神の業の賜物
エジプトの神殿の守り神
静謐なる純白の衣をまとい
水辺に菖蒲は咲きてひそまり
神にかしづき自然に調和する
いかなる災いももたらされず
神の御園生に生かしめられぬ


アオサギは定期的に蘇る命の象徴、つまり再生の象徴でもありました。というのは、浸水期になるとナイル川に必ず戻ってくるのがアオサギだったからです。アオサギはエジプトではベヌウ(bnw)と呼ばれてきましたが、一説では「昇る」とか「輝く」を表すwbenから転訛したものとされています。
http://www.lookandlearn.com/history-images/XB175586?.jpg


エジプト文明が何かというとこれも謎になった。アニミズムというのは何か?別にこれは人間が進歩しない科学的でないものの迷信的な宗教だとかなる。実際に神と崇めるのは間違っている。
しかし現代というのがこれだけ科学技術化した社会が進歩したものなのだろうかいうとき疑問がある。原発事故で科学技術もまた迷信的な宗教とも化していたのだ。安全神話が科学者によって強固に作られた。科学によってだまされていた。科学が宗教までなっていたからだまされた。

人間は意外とある面の感受性が衰退している。それは自然に対する感受性が喪失している。田舎に住んでいれば農家でなくても自然にまだ直接ふれられる。だから自然を肌で観察している。しかし都会だともう自然とは断絶している。ということは自然への感受性が喪失してしまったいることなのだ。そういう自然から遊離した文明の中で生きていること自体がすべての問題の根底にある。
アイディンティティ(自己同一化)というとき人間はもともと自然とアイディンティティ化してきたのだ。それはどこの国でも同じである。最初は密接な自然とのアイディンティティの中に生きていた。生きざるを得なかったから自然への感受性は自ずと身についていた。そうでなければ自然の中で生きられなかったのである。最初の信仰がアニミズム的になることは自然だったのである。それが偶像崇拝になっても自然なことだったのである。人間が自然から遊離するとき、現代の科学技術文明化は自然と遊離するから人間はどこにアイディンティティを求めていいかわからなくなる。そこでカルト宗教団体が都会から繁茂してくる。カルトは社会とも自然ともアイディンティティ化、自己同一化できないところから生まれてくるからだ。ビルと車の狭間で何とアイディンティティ化していいかわからない。スカイツリ-などもくだらないものでもそこに人は集中する。それも一つのアイディンティティ化を求めて都会ではそうなる。一つの山のようなものとして登山の感覚みたいなものが人工的に作られたから集中する。人は高いところに上りたいということが本能的にあるからだ。


人間の危機があまりにも人工的なものに囲まれてアイディンティティ化できないとういことから起きている。津浪でも人間の感ではない、テレビの報道に頼っているからテレビの警報に頼っているから命を失ったということもありえた。6メ-トルの津浪がくると言っても感じなかったのである。そういうときは人間の直感に頼っていた方が助かる率が大きかったかもしれない、あの地震では大阪から地震警報がでていた、そこで警報出す人が直観的にこの地震は普通ではない、震度の感覚では数字以上より大きなものに感じていたという。実際はその人間の感覚の方があたっていたとなる。すべてを機械で計れるわけがないのだ。人間の感の方があたる場合がある。人間はその感をあまりにも機械に技術にたよすぎてしまうようになった。人間の社会は今やあらゆるものが機械に頼っているから機械に頼れなくなればパニックになるのである。だから過去のアニミズムが迷信的だとかエジプト文明も動物を神とする非科学的文明だとかは言えないのである。それは自然とアイディンティティ化-自己同一化した文明の体系化だから今の科学技術文明のアイディンティティ化よりまともだとなる。科学技術文明からはまともな自己同一化、アイディンティティが作り得ないことでもわかる。


人間の言葉そのものが自然とアイディンティティ化する過程で生まれてきたのだ。日常的に使う言葉そうなっているとき自然から離れた人間の言葉自体がすでに自然と遊離しているから言葉自体が死んでいる。言葉が最初に詩だったというのは本当である。万葉時代はそうだった。大和言葉は日本の自然と同一化、アイディンティティ化する過程で生まれたのである。それが神道にも通じていた。
大和言葉は縄文時代からすでに使われていたのである。


苔むせる千歳の岩に年古りて何事問わむかしこまりあれ


千歳の岩に向かうときこの岩と自己同一化、アイディンティティ化しようとしているのだ。それが人間を作るのである。現代の宗教がカルト化するの正常な感覚をもてないのは自然から遊離しているからである。このかしこまる-かしこ-かしこい-これは何の意味だろうとなる。それは神道の祈りでも良く使われる。しかしその意味は何かわからなくなっている。でも自然に対する畏敬の念から生まれた言葉なのだろう。


世のため 人のために 尽くさしめ給へと畏(かしこ)み畏みも 申(まを)す


ここの世のため、人のために・・・ということが現代の宗教の根本的に間違っていることなのだ。

それがカルトになっているのである。神があって自然があり人間がある。自然を作ったのは神でありそういうものが実在するというのが宗教である。世とか社会とか人を第一にしていたら現代の文明こそ最もいいものだとかなる。かしこむとはすべての創造主なる神であり自然にかしこむことなのである。人は結局、権力にかしこみ、人間の作った科学技術にかしこみ、そして自然に対する感受性を喪失するとき自然の今回のような大災害にあい原発事故にもなったのである。。それはすでに予定されていたのである。


夕風や水青鷺の脛を打つ 蕪村


これはやはり鷺の脚に注目したことで同じ発想だった。あのしなやかな脚に魅力を感じる。なんともいえぬ優雅さがあそこにある。青鷺より白鷺の方が夏は一段とまぶしく映える。ただこの辺では川には白鷺がいるが田んぼがないのだから白鷺がいない、白鷺は水と一体になって存在していた。田んぼには蛙などの餌も豊富だったからである。


白鷺の飛翔(詩)
http://musubu.sblo.jp/article/4710434.html


夕べの白鷺(詩)
http://musubu.sblo.jp/article/14960452.html