2012年06月20日

原発事故は正力松太郎からはじまった (太平洋戦争と同じ構図だった原発事故-巨悪は見えない)


原発事故は読売新聞の正力松太郎からはじまっていた

(太平洋戦争と同じ構図だった原発事故-巨悪は見えない)


●加熱した尊皇思想家の吉田松陰のアジア侵略が太平洋戦争に

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吉田松陰伝説は、山県有朋が創り出したという一面もあるでしょうね。

吉田門下の維新を成し遂げた長州志士たち=スゴイ
明治の元勲たちを育てた松陰=エライ
いちおう松下村塾に入っていたワシ=スゴイ

ということを言いたいがために、意図的に吉田松陰をやたらに持ち上げ、そのうちに吉田の親戚の乃木が軍神になってしまったりして完成されたみたいな感じでしょうか。
山県は西郷も賛美しまくってるしね。


確かに薩長にも調子に乗ったところが合ったかも知れないね。

でも、仕事にあぶれた幕臣や東北諸藩の士族が「仕事」を求めて
征韓論や征台論を強く支持したのも事実だよ。
もちろん、明治政府から冷遇された西国の不平士族も
征韓論や征台論を強く主張してたけどね。


明治維新はいろいろな見方があるから全部を検討はできない、ここではどうして太平洋戦争が起こったのだろう?そしてどうして太平洋戦争に負けただのだろうというその原因をつきつめてゆくと明治維新にその原因があった。今起きていることの原因をつきつめてゆくと今にはない、すでにその発端となった過去にあった。原発でもそうである。原発を導入した人からすでに原発事故ははじまっていたのである。太平洋戦争は明かに吉田松陰のアジア侵略の思想を実行したものであり西郷の征韓論を現実化したものだったのである。吉田松陰の評価も必ずしも歴史的には確定していない、過激な尊皇思想家でありアジア侵略思想をふきこんでそれをその弟子が実行したのである。太平洋戦争は起こるべくして起こったというとき明治維新にその根がありそこですでに決定されていたのである。


これは国家的問題だが個人的な家庭の問題でも何か起きると先祖が悪いからだとか言われるがこれもあながち否定できない、迷信だともなるがそうでもない、なぜなら家庭問題でもその問題となる根はすでに何十年か前にありその根から起きているのだ。一見今が問題で起きていると思っているけど実際はその根をたどると何十年も前の継続として問題が起きてくる。突然に離婚になどならない、すでにその前に何十年も前にも問題の根があるのが普通である。その問題が積み重なって今にその問題が事件となる。健康問題でも若いときからタバコや酒を飲み不摂生な人はいくら体力があっても60代から病気になりやすい、無理した人もなりやすい、ただこれは一般的に確率的そうであり例外的なものは必ずある。でも生活習慣病というのが必ずあるのだ。今病気になるのは過去の生活、積み重ねの生活が原因となっていることが多い。その人の体質とかいろいろあるからすべてには言えなくても確率的に一般的には言える。明治維新を問題にしたのはその詳しい分析ではなく太平洋戦争の原因は明かに明治維新にあったということを指摘したいからだった。それは原発事故問題とも共通していたのである。


現在の双葉郡の若年層には原発を誘致した責任はなく、ましてや子供たちには何の罪もない。原発の危険性を知らされる事もなく、特に反対する理由もなかったため、ほとんど慣習的に原発と共存してきたというケースがほとんどだろう。


すでに前の世代によって決まられたことなのである。責任は今の世代の人にはない、今起こっていることは事故でも事件でも前の代のものが原因なのである。ただ未来にならないと今起こっていることが何なのかわからない、そして今起こっていることの原因は過去にあったのである。


でも、仕事にあぶれた幕臣や東北諸藩の士族が「仕事」を求めて
征韓論や征台論を強く支持したのも事実だよ。

これも原発事故とにている。原発は戦争と同じく危険でも「仕事」が第一とされる。地元でも仕事が欲しい、金が欲しいとなり原発を誘致したのである。

●原発事故の原因は正力松太郎に原因していた


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正力は野望実現のために、当時の吉田茂首相やアメリカとの交渉に奔走した。しかし、正力はほどなく一つの結論にたどりつく。それは、野望を実現するためには自らが最高権力者、すなわち日本の首相になるしかない、というものだった。そして、正力は同じく当時将来が嘱望されていた原子力発電は、そのための強力なカードになると考えた。しかし、正力の関心はあくまでマイクロ波通信網であり、原発そのものは正力にとってはどうでもいい存在だった。
(原発 正力、CIA-有馬哲夫)


CIA直営のテレビ局として日本テレビの創立を命令する。CIAスパイエージェント正力松太郎は、CIAの資金で読売新聞を日本最大の新聞に育て上げるが、戦争中読売新聞は、日本の中国侵略と日米戦争を大々的に「アオッタ」新聞である。日本に中国侵略と日米戦争を行わせる事は、CIA新聞である読売新聞を使った米国の戦略であった。


読売に堅固な砦を確立したナベツネは、最後には中曽根康弘の刎頸の友として策動し、中曽根に天下を取らせてヤクザ政治の実現を果たした


そしてこのCIA。エコノミックヒットマンなどの存在から分かるように、自国アメリカの利権の為には手段を選ばないのです。原発を日本に作ったのも、彼らとその手先となった読売新聞が行った煽動の仕業といえます。


世界をリードしたいアメリカが、広島と長崎への原爆投下などで、反核と反米ムードが高まっていた日本に、この状況を打破しようと目をつけたのが、日本の新聞業界に深い影響力を持つ「読売中興の祖」そして後に日本テレビを開局した初代社長の正力松太郎の存在でした。

地震が多発する小さな島国に原発を乱造する危険性など顧みず、正力は自身の影響下にある新聞やテレビなどのマスメディアを動員し、核の平和利用キャンペーンを展開していった


アメリカ国防総省に、日本テレビを日本支配=米国の政策宣伝TVとして創立する趣旨を伝え、ペンタゴンに協力を要請、承諾を得る。この「提携」の下、ペンタゴンの資金提供で、日本テレビは創立される。

福島原発周辺で広められた安全神話 Part3
http://homepage3.nifty.com/jmaffili/nuclear/fukushima3.htm

 


ここでは原発は積極的にマスコミが推進していた。佐藤栄佐久知事がプルサ-マルに反対したときマスコミは一体となり反対したし検察も佐藤栄佐久はやめさせるべきだと言っていた。これは戦争中と全く同じだったのである。権力によって操作されていたのである。このサイトはわかりやすく詳しい。
アメリカのCIAは情報工作して日本でもそのエ-ジェントを育ててアメリカのスパイ、エ-ジェントとして働いていた。正力はそもそも何物だったのか?権力欲だけで原発にかかわった。首相になりたい、そのために原発を導入する。原発は権力欲の手段として日本に導入する。読売新聞もメデアとしてもつのは自分の権力欲のためだった。原発が日本にどう影響するのかそんなことを検討していない、これは政治の道具として使えると直感して原発導入うをたくらんだ。その動機からして不純である。新聞とマスコミで大衆を操作する。デズニ-と組んでアニメで「我が友、原子力」とかを放映して原発の安全性を洗脳する。そのために読売新聞と日本テレビとかを所有して大衆を洗脳する。

つまり自分の権力欲のためにメデアを所有する。それも一個人の力でそうできたというから一人の人間の力もと大きいとなる。新聞とかは戦前は大本営発表の機関となり戦争を推進した。今度は原発を推進したことでは同じだった。そこには日本を愛するとか愛国心とかはない、一個人の権力欲で国をとりしきり私欲でもって原発を導入する。そういう人は原発の危険性などを考えないだろう。そういう一人の暴君的個人に権力が左右されていたことの驚きである。つまり新聞とかテレビとかマスコミとはそういうものであったと自覚するべきである。権力をもつものの道具として宣伝部隊としてある。それは戦前と変わりなかった。読売新聞だけではない、日本経済新聞でも原発推進であり佐藤栄佐久知事を批判していた。


自分のところにも郷土史関係で日本テレビのアナウンサ-が誘おうとしていた。今になるとそういうことは権力にとりこまれることなのだ。だからマスコミにでている人は信用できない、ほとんど権力に取り込まれた人であり安全神話を作り上げた人たちだった。マスコミとは読売新聞でも他の新聞でも自分たちの期間が原発推進だったことを戦時中と同じく反省していないのである。それで双葉郡に入りあたかも事故に同情するかのように取材する。一方で双葉町の責任は佐藤雄平知事すらプルサ-マルに反対していたのに推進していて許可させたとここに書いてある。双葉町の責任も大きいのである。一番被害を受けたけど自業自得だとも他から言われるのにはそれなりの理由があった。原発なしで町が成り立たなくなり事故後も原発に頼っているのである。


マスコミの問題はこのように報道機関として自立していないのである。正力松太郎のように一個人の権力欲でしきられるようなものだったのである。そこに自立した使命感もモラルもないのである。だから容易にマスコミは安全神話にくみして事故が起きてからは原発に反対しているがその前は朝日新聞ですら原発推進だったのである。広告で金をもらっていたのである。地元の新聞もみなそうである。福島民報は報道の独立性はない、聖教新聞を刷っているのだからそれが月給になっているのだからありえようがない。他も広告が資金源になっているとき自立した報道はありえないのだ。だから民主主義はなりたちえようがない、権力を監視する機関ではない、権力を補佐して強化する方だったのである。官僚でも検察官僚でも政治権力でも監視はできない、情報は権力側がにぎっているからその情報を得るためには情報機関も権力者にすりよるほかないとなっている。だからマスコミは特に新聞とテレビは信用できない。
小さな街の図書館などでも権力側が官僚が支配しているから批判的な本を置かせないこともできるし自分の場合はそうだった。創価を批判したりしたら必ず報道機関や官僚側から除外されるものとなる。それだけの権力をもっているのだ。報道機関はすべてそうしたカルト宗教団体であれアメリカであれ中国であれそういうそういう権力に操作されているから真実はわからなくなる。原発問題も安全神話もそうして作られていたのである。


●ロ-マ時代と変わりない現代-パンとサ-カスが大衆を支配の定番


ペンタゴンの資金提供で、日本テレビは創立される。
目的は米軍が日本本土で行う軍事作戦に関し、日本人が関心を持たず、警戒せず、無知で居続けてもらうため。
TVで、娯楽番組、スポーツ番組を大量に放送し、そちらの方に、日本人の気を反らすため。
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-615.html


それでも馬鹿な愚かな大衆を洗脳するには今でも有効である。結局これはロ-マ時代から変わらない、大衆を手なづけるのは「パンとサ-カス」である。パンは経済であり金になることでありサ-カスはテレビの大衆受けする低俗な番組である。デズニ-のアニメで「わが友原子力」を放送したのと同じである。漫画も大衆洗脳には役立つのである。そうして大衆から腐敗して国自体が腐敗して衰退してロ-マのように衰退してゆく、そういうことがまざまざと情報弱者にも事実として隠せないものとして見せつけたのが原発事故だった。今も放射能問題で隠している所がある。以前として権力側が情報をにぎっているからだ。事故前でも事故があっても隠されていたのである。権力によって不都合なことは隠されるからである。だから前の佐藤栄佐久知事が事故が起きてプルサ-マルで追求したとき知事を渡辺耕恒三派に追いおきされた。渡辺恒三の息子はGEの社員でありエ-ジントだった。


権力をすべて否定はできない、権力でもって何をするのか、それが国のために個々人のためになるのなら権力も否定できない、ただ宗教ですら権力欲の手段として大衆洗脳手段として使われ権力欲を達成しようとする、そこに人間の欲望、権力欲があからさまにでている。ソビエト連邦が崩壊したのもその権力欲の争いの結果でもあった。権力者として地位を維持するために反対者を粛清して殺害してゆく、そういう内部の権力争いは会社でもある。それが人間の業として延々としてあった。
権力をすべて否定できないにしろ人間は最初に権力欲ありきでありその権力をとって一体どうするのか、国民のためになることがしえるのかということがないのである。まず権力ありきでありそのあとその権力でもってどうするかはないのである。だから原発も権力を得るための道具として一個人の野望のために使われていたことが恐ろしいのである。それは一個人が原発をもってテロすることでさえあった。現実原発を核をたてにテロをされたら恐怖である。そういう恐怖は常にあるし核をもっている限り人間の心理として感情的になり核を使うことがありうる。人間の心理でそれを解明した人がいる。銃があれば銃を使うし核も同じなのである。


インタ-ネットには報道の自由がある。報道とは何かということを考える契機にもなった。そもそも一個人など報道すらできなかった。だから民主主義を促進するものにはなる。ただ以前としてマスコミの力はまだ強い、それでもインタ-ネットを通じてアラブで革命が起きたとういのには驚きだった。そんな力があるのかと驚きだった。いづれにしろ権力あるものに操作されているかぎり報道の自立はありえない。権力をもつものによって操作されるのだからそこにモラルもありえない、報道のモラルなど追求できないのである。検察官僚-政治家-東電-マスコミ-これら権力をもつものが強力に一体化して安全神話は作られていた。そこに創価などのカルト宗教団体も加担していた。それは戦争中と同じである。恐ろしいのは検察官僚も一体となり特高の役割を果たしていたことである。戦争中と同じ権力構造になっていた。ある意味で鉄壁とも言える権力構造の上に安全神話は作られていた。


人間の社会は巨悪というのは昔から見えない、何が悪なのか明確化されない、泥棒でも10万とか盗む小悪人は断罪され見える。しかし一千万とか一億盗んでいる人はかえってつかまらない、不正は大きくなればなるほど見えなくなる。国民から盗むものは大盗賊だけど英雄にもなるし大善人にされる。一人殺したら殺人犯だけど千人殺せば英雄になるのと同じである。戦争中はみんなそうなっている。悪が明確にされれば断罪されやすいけど巨悪は明確にされない,かえって大善人としてほめたたえられるのである。今回の原発事故はそううい悪を明確化したのである。巨悪を暴いたのは津浪であり自然だったということになる。マスコミは権力の走狗になりやすい機関である。そしてマスコミによって知らず洗脳されるのが大衆である。

 
 
 
posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連