2012年06月17日

海に囲まれて国境意識が希薄な日本人(続) (関所も今になると意味あるものだった)

 

海に囲まれて国境意識が希薄な日本人(続)

(関所も今になると意味あるものだった)

大陸の国境


万里の長城は延々とつづく
これは何なのだ
砂漠の果てまでつづいている
中国三千の歴史は国境作る
それは大地を区切り囲い込み
国家を作り守ろうとする執念
日本は海が国境でそれがない
大陸の国境は作られ死守されねばならぬ
国境を守るための戦いは繰り返される
国境には多大の犠牲が払われた
日本の歴史にその労苦はない
海が自然の防壁となり国境となる
それ故日本の防衛意識は薄い
国境を死守せねば国は攻められ蹂躙される
その恐怖があの万里の長城を作った


この西の果て「嘉峪関」(かよくかん)までつづいている。砂漠の中にその防塁が残っている。なぜかあそこに魏の国の遺跡があった。中国の歴史はあまりに大きすぎてわからない、あそこからは中国ではなくなるし遊牧民が攻め入った所だった。中国の歴史はモンゴルなどととの攻防の歴史だった。最初の国家自体、始皇帝自体が遊牧民の子孫とか言われるのもそのためである。つまり国家とは他国との攻防のなかに作られたのである。それが国境なのだ。


だから大陸では国境の意味は大きい、つまりその国境をめぐり多大の犠牲が払われたからだ。国境は自然が山や川があって国境になったとしても絶えず他国の侵入があるから人為的に守り作られてきたのである。日本にはこうした国境意識が希薄である。だから北方領土とか尖閣諸島など国境意識がないしそれを守ろうとする意識も薄い、大陸では国境を守ろうとする意識が歴史の中で培われてきた。島が一つの海に守られた国となると島には国境意識は醸成されない、ここがオレのシマだというときそれは動物の縄張りであり大きな国の国境を守る意識とは違う、非常に狭い範囲の縄張り意識なのだ。だから日本が大陸に侵攻するのはあまりにも無謀なことだった。中国のような大きな領土を守り国境を死守してきた歴史さえない国が大陸を支配しようとするのは無理だったのだ。

http://www.panda-style.com/dest/2002b/jiayuguan.html


日本は島国であり一般人には国内にいて漁師を除き国境を意識する人は殆ど無いと思う日本人は国外に出るには船・飛行機でしか手段が無いので「外国に来た」と感じても「国境を越えた」とは感じない。これは他の陸続きの国民と比べたら国意識がかなり違ってくると思う。

冷戦の緊張時には国境中立地帯を挟んで軍隊が睨めっこしている場所もあったのだ。現在でもそういう場所はある。朝鮮半島の板門店38度線、インド・パキスタンが良い例 国境間には地雷原があったりする。
そおいった場所には必ず政府機関の軍隊・警察が見回り警戒している国内で分かりやすい場所は大使館・米軍基地、あそこは敷地の内と外でハッキリと日本・外国と分かれている。侵犯した時点で日本の法律が効かない≪治外法権≫だ。

もし日本が陸続きであれば危機意識はかなり高かったろう、
外国に歩いていけるのだからその逆の外国から国内に侵入してくる事も可能なのだから・・・
まさに戦国時代のようにピリピリした状態が出来るのだからかなり違った
外国で普段感じない「日本人だ」という国民意識が出来たと思う。

http://www.panda-style.com/dest/2002b/jiayuguan.html


追加の文



関所のこと書いたけど関所は不便なものだけど一つの旅の記憶の目印となる。それがなくなるとどうなったか、かえって地方の個性も育てられないし文化も育てられない、文化はミクロコスモスをもつとき育てやすいのである。グロ-バルになって世界化したときかえって国もみんな同じになったら個性は育てられない。マクロコスモスとなると人間のアイディンティティはモノを通してとしか意識できない、貿易にはいいにしても文化は全体なのである。その土地土地の自然と一体化して地方の個性が作られている。江戸時代が藩ごとに違っていて個性的だから多様な世界が生まれていた。関所がなくなったときそういう境界の意識が喪失した。電車であれ車でも地方の国と国の境界があいから別な国に入るのだという意識もない、みんな同じだという意識になってしまう。もちろん関所は不便であり国境などない方がいいという意見もあるしそういう不便な面も見逃せない、国境を通じて悲劇が起きていたのも現実である。関所でもやはり関所破りは厳罰で殺された人もいる。

ただ関所がないとここからは別な国、別な文化とか意識することもない、みんな同じなんだというものになり旅もつまらなくなったのである。やはりアイディンティティを作るのに丁度相馬藩くらいの範囲が人間的に作りやすい、広くなると作りにくいのである。つまり会津には会津の山国文化があり浜通りには海の文化がありとそういうところで個性的な文化がはぐくまれる。福島県自体が一つとしてアイディンティティを形成しにくいのだ。福島県だけでも広すぎるのである。広すぎるということは政治的にも統一した感情とか施政がゆきとどかないのである。福島県はただ大きいだけでまとまりがないとなる一体感がないとなる。小さい国の方がまとまりがあり施政がゆきとどき細部までみれるということがある。

中国の万里長城がなぜ作られたのか?ただやたらと目的も意味もなくあんな長大なものが作られない。これも遊牧民に攻められるために中国が国境として意識されるために一つの国として意識されるために作られたのである。そうでなければどうしてあんな馬鹿でかい国が一つの国として意識されるだろうか?あの万里長城によって中国が一つの国として意識されていたのである。万里長城がなければ一つの中国はなく中国人もなかったかもしれない、中国の統一のシンポルとして万里長城があった。そうなれば意味もないものではない、明かな目的と意味があり建設されたとなる。


日本は四方を海に囲まれているから海に守られているから国境意識がはぐくまれない、それは一面恵まれていたのだが国防意識が育たない、だからモンゴルが責めてきたときも海で守られたから歴史的にもかえって国防意識が育たなかった。かえって神風が吹くとか神がかりになっていた。ただ海に囲まれている地の利でそうなっただけだったのに神の国とかいう意識を育てたのである。他の国では国民が国境を命をかけて守らない限り守れないのである。それで尖閣問題でもあそこが国境なのか、日本が中国に攻められてとられてしまうのかという意識が希薄なのである。人も住んでいない小さな島であり海しかないからである。大陸の国境意識と日本の国境意識は相当違っている。国境では命をなくしているし国境は生命線である。この世界は何でもプラスの面とマイナスの面がある。それはあらゆる所にあり関所も不便だが今になるとそれなりに意味があったとなるし見直される。観光で関所を再現しただけでも境界が意識されるから意味があるとなる。関所でスタンプを押してもらうだけでそれが旅の記念にもなる。ただあまりにも容易に通りすぎていくからただ通りすぎてゆくだけの旅になっているのだ。世界旅行者で国境にこだわる人がいるのはやはり国境が旅で一番記憶されるものとなっているからである。


古来、関所をめぐっては「関雲長、五関を過ぎ抜けて六将を斬る」「千里、兄長を尋ねる」など感動的な故事や伝説が多く、「楊六郎、三関口を守る」は誰もが知る物語である。関城の内外では、重要人物を祭る廟や関所に関わる有名人の祠をよく見かける
http://www.rmhb.com.cn/chpic/htdocs/rmhb/japan/200204/5-3.htm


日本とは違い城は長い城壁があり外国では関所の役割も果たしていた。関所は物語が生まれやすい場所だったのである。




これは時事問題の深層に書いたものでありそれに付け加えたのである。インタ-ネットは付け加えたりあとから直したりすることがやりやすいのである。前に書いたものを発展させることができるのだ。

日本人の国境意識の希薄さ(時事問題の深層)
http://www.musubu.jp/jijimondai21.htm#sekaku


文化が交わり育むには長い時間が必要
http://www.musubu.jp/jijimondai21.htm#bunka


ここでも書いたけど貿易で物が流通するのは交通が発達すれば簡単だけど文化が交わるとなると
時間がかかる、仏教にしてもインドから中国から朝鮮からと伝えられる内に変貌したのである。
仏教の受容でも中国の文化を通して禅宗になったり韓国だと美的になったりと違っている。
日本は日本の文化なりに仏教を受容したのである。それには時間がかかったのである。
グロ-バル化とは物の流通はしても文化となると簡単にはできない、長い時間が必要なのであり
それを性急にすると問題が起きているのだ。アメリカは何かそういう文化を無視した所があり
もともと文化がないからこそ軍事力で性急に制圧して文化を無視しているのである。