2012年05月24日

読めない読まれない詩の問題 (生きている樹の詩-自作から)


読めない読まれない詩の問題

(生きている樹の詩-自作から)


生きている樹の詩



樹のように偽りなき真を生きる
その芯は固く梢は鋭く天をさす
枝々はしなやかに伸びて鳥がとまる
新緑の若葉が風にそよぎ鳴り
かなたに残雪の嶺が高々と光る
誇らしく堂々と迫ってくる
峠を越え木蔭の道に休む
この荒木の幹の太さ、枝振りの良さ
真実に生きよ、自然は汝に呼応する
信頼の熱い血が脈々と樹に流れている
樹はものではない、生きている命
樹は根から幹から枝と血が通っている
鳥は甲高く鳴き樹々を喜々と移り飛ぶ
樹には初夏の眩しい光がさす
赤々とツツジはそちこちに燃え咲き
黒々とした岩に清水が轟き落ちる
樹は大地に深く根を張り生きている
樹は信頼と真に生きる
その樹に触れよ、その樹と握手せよ
その樹と触れて大きな力が湧いてくる
この世の人はみな偽りに生きる
それ故にその目は濁り体まで歪んでいる
汝は樹を友として天地に通ぜよ
樹は自然の中の一つの弦なり
天来の楽が汝にひびきわたるだろう
今風はそうそうと吹きわたりなお樹は伸びている
子供のように若人のように希望に燃えて伸びている
樹は若々しく四方に枝をのばす
ぴんと張りしなやかに枝を伸ばす
そこに鳥はとまりゆれ飛びうつる
樹は鳥とともに生きている
若葉は風にそよぎ初夏の光がふりそそぐ
かなたに残雪の嶺が光り迫る
汝は樹とともに生きよ
樹の力を五体に感じよ
汝もまた樹とならむ

 


仁徳天皇の時代に、大きな木がありました。その木がどこにあったか、正確な位置はわかっていませんが、朝日があたれば淡路島に影をおとし、夕日があたれば大阪に影を落とすほど大きな木だったということです。

 この木を切りたおして船をつくることになりました。その船は枯野という名前で、帝がお飲みになる水を淡路島の泉から運ぶのにつかわれていました。


 その船が古くなりつかえなくなると、浜辺で焼いて塩をとることにしました。船に火をかけると、炎が天たかく立ちのぼり、ごうごうと音をたてて船は塩をふくんだ灰になっていきました。


 ところが、どうしても焼けずにのこってしまった部分がありました。その部分をよくみがいてみると、小さな舟のかたちをしていました。そこで、その舟に弦をはって琴にしてみたところ、七つの里をこえて音がひびく、すばらしい楽器になったということです。

 


大阪辺りでももともとこうした鬱蒼とした森があった。仁徳天皇陵などもあんなに街の中にない、広々とした野か森の中にあったのだろう。レバノン杉の森がなくなったと同じである。今や文明は滅亡して新たな自然が復活する必要がある。そのために今回のように巨大な災害が来て文明を一掃してしまう。かもしれない、そして新たな自然が回復するのである。人間はあまりにも天地からかけ離れてしまったのである。それが原発事故を生んだ原因でもあった。森とか山の影ではない、巨大な文明という人工物におおわれている。そこでは自然を感じるということがなくなっている。自然に感応する心がなくなるとき人間は未来を見失う。原子力を神と崇め原子力とともに滅んでゆく、それがこの辺では現実となっているのだ。ただ放射能でも美は失われていない不思議がある。緑も花々も同じ様にきれいである。ただ樹で家をたてると放射能汚染される。樹そのものは森にあっても枯れたりしないしそのままなのである。ただそこに住む生物がこれからどうなってゆくのかはわからない、鳥が住めなくなったりしたらやはり絶望的である。人が住まなくなったらそこが自然の原初の状態に帰ってしまう。それも不思議な光景である。この神話の樹は屋久島の縄文杉を見ればイメ-ジできるかもしれない、千年二千年も樹は生きるから驚異である。


詩を書くものにとって詩が読めないということがつくづくある。詩集など書店にも置いていない、だから他の詩を参考にして書くことがむずかしいのだ。過去の詩も読めない、詩は実際は数が多いしその中にはいいのがある。無名の人にもいいのがあったりする。詩は読む人は少ないからいい詩でも読めない、この前、アマゾンで3000円で詩集を買った。その一篇の詩だけが良かった。木蓮の詩である。木蓮は漢詩にもでていた。高原にあっているというのは本当である。高原からふきわたってくる風にそよぐときあっているのだ。それもたまたまインタ-ネットで読んだ漢詩でわかった。


詩は読めないというときインタ-ネットにもほとんど出ていない、書店でも買えない、古本屋で買えるが馬鹿高かったりするからなかなか買えない、井上康文という人のこの詩集は名古屋辺りで旅でよった古書店で何十年も前に買った。そんなふうにしてしかこの本には接することができない、そういう詩集が日本でも外国でも多い、アマゾンでも古本の詩集となると高い、だから読めない詩というのが実に多い、例えいい詩があっても読めないのである。書店は売れる本を置かないと商売にならない、しょせん書店は今や文化をになうにはあまりにも弱小になってしまった。書店はもはやほとんど知的なものとしての役割から遠くなった。仙台辺りの大書店ならまだ違っているけど小さな書店はもはや役に立たない、そもそも知的なものは本は情報は多様であり詩となると読む人も本当に少ない、でも明かにそれは文化であり一般大衆が読む本は文化を作っていない、文化とコマ-シャリズムとかはまるであわないのである。だから売れるとか売れないを基準にしている文化事業そのものが文化を育むことはない、書店は誰でもできる、何の努力も才もいらない、職人などよりも苦労もいらないのである。ただ本を置くというだけの倉庫にすぎないしその番をしているのが書店主だとなる。

出版している人は編集者はそれなりにその本を読むから違っている。というのは作家の書いたものを理解しなければ編集はできない、するとかなりの努力が必要になってくるのだ。書店で置いてある本を理解している人はまれである。それは物を売っている人より劣っている。商品に通じていないなら売ることもできないことがあるからだ。だからいづれ書店は消失する。本という媒体はなくならない。どうしても本の方が読みやすいということがあるからだ。


自分が必要としているのは例えば樹ということで詩を書いたら他の人の樹について書いたものを知りたいとなる。そこから知の探索がはじまっている。それを小さな書店で探しようがない、インタ-ネットで探してもめったにない、ただ漢詩でいいものを紹介していた。それははじめて接する漢詩だった。こんな漢詩もあったのかときうものが紹介されている。その他は見つけられなかった。
知の探索はなにも詩だけではない、科学的なことでも他の学問でも個々にさえ違っている。
そういう知の探索に答えられるものがないのだ。インタ-ネットでほんのわずかそれに答えるものが出るようになった。ただ膨大な詩は見つけられない、雑誌に出ていたものや無名の詩はいくらでもありそのなかにいいのがあった。しかしそれらを見いだすことはむずかしい。

井上康文とういとあまり知られていない、でもその詩集をたまたま買っていたから読んだら自分と同じ様な発想の詩を書いていた。樹について書いていたのである。


樫の樹


樫の木は燃える炎天に葉を光らせ

ぐっと太い根を張って黙っていた

新しい力を烈しく枝々に波うたせながら

大きく高く生きてゆくことを考えていた

inoue.jpg


ここのところが自分の「生きている樹」と連関して読める所だったのである。そういう連関したものを探そうとしているのがインタ-ネットなのである。ただ詩については過去の詩でもいい詩がないから連関して探せない利用できないのである。だから詩のデ-タ-ベ-スをインタ-ネット上に作れば役に立つ、著作権の問題があるにしろ著作権が切れたのでも膨大にあるからそこから選んだものを評価してゆく、ただそのためにはまず埋もれたものを集めねばならない、その詩集は今も高い、探しきれないこともある。それでも最近結構そうした日本でも外国のでも集めている。アマゾンで意外なものが買えるから多少読めるようになったのである。
 

初夏の若い女性の姿


胸を張り颯爽として歩む
大きな胸に初夏の風を受けて
前を向いて颯爽と歩む
悪びれるところは何もない
未来に向かって若い女性は歩いている
背はぴんと張り水々しくにこやかにほほえむ
まだ人生の悪に染まっていない
もう年取ると体が歪んでいるだけではない
心も歪んでいて体まで曲がっている
体だけではない心も曲がっている
笑いはシニカルになりうちひしがれている
話すことにいちいち毒があり
人生に対するマイナスの言葉しかでてこない
悪にそまり悪をいとわず汚れきっている
見えない悪臭を放っている
その人が通るだけでしゅべるだけで
辺りの空気も汚れてしまう
あまりにもその違いに唖然とする
若い女性は希望に燃えて歩いている
そこから発せられる気は清々しい
溌剌としてすらりとして胸を張って歩いている
やがて健やかな赤子を産むのだろう
腰も大きくその体は若さがあふれている
何か媚びるものもない
爽やかな初夏の風を全身に受けて歩いている
若葉が風にそよぎ夏の青空のように
若い女性は希望に燃えて歩いている

つくづく老人と若い人とはこれほど違うものかと思った。何も語らなくてもその姿はすべてを表現していた。そこにはエロッチックというのではない、健康的な一人の若い女性の姿に感嘆したのである。女性そのものが体が芸術品だった。それが健康的なすがすがしい姿だったのである。彫刻にしたいような体つきだった。何かのスポ-ツでもしていたのか均整のとれた体である。それがエロチックというのではなく、健康的なのである。自然な姿の美がそこにあった。あまりにも老人はすべてではないにしろゆがんでいる。体がゆがむだけならいいが心がゆがみすぎている。犯罪者でもあったからそうなのだがその違いは天と地とも違っている。この肉体の若さはとりもどせない、でも老人でも心は若く
清らかにありえるのだ。だから樹とも感応できるのである。

柳宗元詩―その永州の花木詩について―
http://chinese.art.coocan.jp/liuhuamu.html


漢詩についてはかなり豊富にインタ-ネットにでている。これは明かに茶の世界だった。茶道にしても元は中国にあったともなる。木を植えたり竹を植えたりと明かに日本の庭作りににている。
より深山幽谷の世界になっているのが中国だった。中国の自然は広すぎてわからなかった。あまりにも人口が多くなり自然が見えなくなっているからだろう。中国は本当はアメリカよりわからない世界である。江戸時代は文献で接していただけであり最近直接知るようになったからである。広すぎるからわかりにくいのである。