2012年05月08日

夏の俳句十句(浜街道を相馬市まで)

 

夏の俳句十句(浜街道を相馬市まで)

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我が家や姉亡きあとの牡丹かな


街中の倉に紋かな藤の花


家新し広がる夏野住宅地


仮設の畑の広し夏の午後


ほしいまま草原を飛ぶ夏燕


自転車に遠くに行かむ夏燕


街の中羽つくろうや夏燕


水張る田田鴫のあまたいでにけり


詩碑には遠潮鳴りと若葉かな


城下町辻を曲がりて日影かな

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水張る田田鴫のあまたいでにけり


八重桜咲きて来なれし道歩む介護しつつも今日も暮れなむ


街道に二本の松や八重桜ここに咲きにつレストランあり


嫁ぎきて長くも家にありにける母を介護し八重桜咲く

 


街の中の通りにある家は古いのだろう。倉がある家はまず古い。街でももともと農家だった家がありそういう家は倉をもっている。この辺は町自体が小さいから富豪はいない。医者とかが金持ちでその他目立って金持ちはいない、ウダツの町並みなどは有名だけどそういうふうにみちのくでは栄えた町は少ない、喜多方は蔵の町として栄えた。蔵をもつことが一人前になったということであり蔵を建てて誇った。喜多方は商人の街だからそうなった。この辺では震災以後ずいぶん家が壊された。古い家が壊された。だから変化が激しいのだ。古い家が十軒くらい壊されている。

五本松というレストランは環境がいい、街道沿いでありあそこにはいい松が残っている。今は八重桜の季節である。あそこで食事した。店がいいというとき他でも常に評価するのは料理としての技術であり次にもてなしであり次に環境なのである。旅館なども見晴らしがいい所は部屋が高くなる。
病院すら環境が大事である。環境はどこでも大事なのである。意外と料理ばかりが注目される。
環境が評価されることはない、あそこは環境が一番良かった。立地条件がいいところはやはり価値が高くなる。

相馬市に入るとまだ田植えはしないにしろ水を張っている。そこに田鴫だろうか十羽くらいいたのは見物だった。それが丁度昔なら田植えにでてくるような人をの光景に見えた。昔は村総出で田植えしていたのである。それはまたこの田鴫が一杯水張る田にでてきたのとにていた。人間もそのとき自然とマッチしていたのである。一度にあれだけの田鴫を見たことはない、田鴫は一羽くらいは飛んでいる。田鴫は秋の季語だった。渡り鳥だからたくさんやってきたのだろう。尼鷺も一羽すでにみかけた。やはり夏らしくなった。
相馬市の城跡の神社に「遠潮鳴り・・・」という詩句があった。確かにこの詩語はあっている。夏らしく感じた。


遠潮鳴りは われら呼び・・・

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岩手県宮古の小学校の校歌にあった。このことで思ったのは相馬市は松川浦があっても海からかなり遠いのである。鹿島区や原町や小高や浪江は海に近い、だから六号線近くまで津浪が来た。小高では駅を越えたのである。相馬市は海から一番遠かったのである。そして阿武隈山脈の山側に近いのである。それで海側の原町や鹿島より放射線量が高かったのである。放射性量は山側になると確実に高くなっているのだ。それで疑問なのはなぜ高いのに田でも普通に作らせていることである。南相馬市とそんなに変わらないからである。ただ水の影響は南相馬市の方が受けているからなのかわからない。ただ普通と同じだから相馬市は変わらないと見てしまうだろう。


ともかく夏は遠く行きたくなる。自転車でまた遠くへ行きたい、しかし介護であり病気持ちでもあるから行けない。病気はそれほどでもないから行けないこともない。夏はやはり北海道をどこまでも走りたい。あそこは自転車に一番向いていたのだ。