2012年04月29日

タンポポ (耕されない田畑がタンポポで埋まる)

タンポポ

(耕されない田畑がタンポポで埋まる)


年老ゆも鳴き合いひびく夕雲雀


たんぽぽや子供の顔に輝きぬ


タンポポの耕さぬ田畑に満ちにけり


草原に春の夕風海近し


耕されない田畑に一面にタンポポが咲き満ちている。ハコベのようなものも咲き満ちている。あとは一部耕されているが草原化している。草原だと風も夏の感じになる。海まで見通しが良くなったから風が海から気持ちよく吹いてくる。この景色はまた北海道なのである。北海道は牧場で草原なのである。一面にタンポポの咲いている所がにているのだ。この景色も悪くないと思うがこういう状態でそのままにしておくわけにはいかないだろう。


ソ-ラパネルの仕事も山の木を切ったりして大変ならしい。何か仕事を生み出すにしても簡単にはできない。みんなこの先、福島県などはどうなるんだろうと心配する。田畑の仕事がなくなったら農家の人はどうなるんだろうとか他からも心配になる。ただハウスでいろいろな花を栽培している家があったけど花は放射能の影響はない。水田がなくなっても一面に花が咲いたらかえって美しいともなる。ひまわりは相当植えてあるから一面のひまわり畑になる。


タンポポが辺り一面咲いている。そのタンポポにかがみ子供が遊んでいる。その時自然と子供は一体になっていた。その花に近づける顔にタンポポも明るく輝いて咲いている。畠打つとか耕しとか人間と自然が一体化するとき調和して美しいのである。


my cultivating homeland in spring
humanbeing and the earth in one body


以前として家の方が整理できない、本は乱雑に積まれているしまだ地震で壊れたところや掃除しないところがある。一人は寝ているのでなかなか咲きに進まない。一年間すでに整理に追われている。

近くの人が死んだ。老夫婦であり二人とも病気みたくなっていた。夫が先に死んだけど妻ももう一人では生活できない、90近い人が買い物している。回りにはそんな人ばかりである。老々介護とかよたよた何とか歩いている高齢者である。この辺は津浪、原発事故で病院や福祉関係のサ-ビスの質が落ちた。これから施設に入るのは容易ではない、国では在宅介護にしようとしているが今や少子化や家族数が致命的に少ない、その中で一人倒れられると介護する人大変なことになる。自分は二人も介護する人いたが一人は苦しかったけど死んだので助かった。もし二人も介護していたら自分も倒れた。少子化というのは高齢化して二人でも四人でもその少子化した子供がみなくならねばならぬ。
その重荷はとても背負いきれないものとなる。兄弟もいないとなれそうなるのだ。昔のような大家族だったらなんとかのりきれる。少子化やら高齢化やら一人暮らしの増大はこれから悲劇を生む。

90近い人が多い、その人たちはどうしても病気とかになり倒れる、それが見えているのだ。百までも健康な人などまれだからだ。その時老々介護とかなり共倒れになる人も多数でてくる。
近くで死んだ人は子供が親のめんどうみなけれならなくなる。一か月くらい子供ではなく近くの人がめんどうみていたという。子供でも離れていると今はめんどうみないのである。だからといって近くの人がめんどう見るなどとは今はならない、少子高齢化はやはりえびつな社会構図なのである。