2012年04月27日

畑打つ(アマゾンでまた本を買った)


畑打つ(アマゾンでまた本を買った)


●関連した知識を得るには便利になった


本で家が傾くほど本があった。百科事典はかたづけた。今はインタ-ネット時代だから必要でなくなった。なぜは本は整理できないのか?本がなかなか捨てられないのは愛着があるのはモノだからということもある。それもあるのだが本はあくまでもそこに書いてある知識が大事なのである。その知識が整理できない、長年生きていると知識の量も膨大になるのだ。すると知識が整理できなくなる。
本の山に埋もれているのも知識が整理できないからだ。知識はまたいくら年取って乗数的に増えてくるのだ。そしてインタ-ネット時代で気づいたことはこんなにいろんな本があることの不思議だった。これまで手にした本は決して巨大な書店でも手に入らない、古本にもなっているからだ。どんな古本もアマゾンだと手に入る。すると今まで決して手にとることのできない本が読める不思議があるのだ。詩は極めて少数者のものだから大書店でも置いてない、だからいろいろな詩に接することはできない。でもアマゾンだと探せば自分が興味ある詩集があったりする。それで買ったりする。
本を読んでいてもインタ-ネットなどを読んでいてもそれに関連したものが知識として必ずある。
一冊の本は決して一冊では終わっていない、知識は無限に連鎖しているのだ。また自分だけが感じたり考えたりしたことが実は他人も同じこと考えていた感じていたということは往々にしてある。
それがインタ-ネットでわかったりする。交通事故などでも被害者は生贄だというとき同じことを思って書いていた人がいたのである。


どんな本を読んでもある人の引用している人が多い。そうすると引用したものに興味をもつのである。この人は誰なのか、詩集を出しているのか、もっと詳しく知りたいとなる。その時アマゾンが便利なのである。ものを書くにしても自分だけでは書けない、誰かの引用をしなければ書けないのである。そういうときインタ-ネットだけでなくアマゾンでそれに関連した本を探し買うのが便利なのである。ともかく連鎖、リンクして知識が拡大して深めることができるのだ。インタ-ネットはペ-ジだけしか読まれないことが多い。あるタイトルはどうしてかわからないが毎日10くらいあることに驚く。すでに数年間もつづいているからそのアクセス数はト-タルではどのくらいになるのか?


「古池や蛙とびこむ水の音-芭蕉」この句の感想が延々と読まれていることの不思議である。一ペ-ジくらい読まれるのはある。でも10近く毎日読まれるのはどこにもないのである。この句になぜこれほど関心があるのかもわからない、これは外国でも興味をもっている。外国からもアクセスされたからである。「これがまあつひのすみかか雪五尺 小林一茶」これも結構読まれている。中国語でアクセスがあった。こういう句は一般的にみんな興味をもっていることがわかる。でもそんなに興味のないものでもある人が紹介するとその短歌や俳句に興味をもつのである。この人はこの句にこういうことで興味をもっていたのかとわかりその俳句やら短歌を見直すのである。こういうことは確かに本でもあるがインタ-ネットになると増えたと思う。本がインタ-ネットと違うのは本全体を閲覧して要旨をつかむことができることである。ぱらぱらとめくりだいたいのことがわかる。プログなどだとなかなか全体が見えてこないのだ。毎日読んで記録するというのが感じるというのがプログなのだ。


●畑打つ(耕し)の類似俳句


最近近くの本屋で郷土史関係の本をアマゾンで買った。古本になっていて安かったのである。
その中でやはり一茶の句が引用されていた。地元であることが今はそれほどメリットがない。
特に情報関係はそうである。本も情報の一つであり電子化しやすいものだったのである。
交通が発達すると地域が関係なくなる。それは問題にしても味噌を地元で作っていても全国から味噌が入ってくる。すると地元の味噌を買うとは限らない。そういう全国的世界的競争からまねがれなくなったのが現代なのである。地方では売ってないものも買えるからどうしても利用してしまうのである。


畑打つや土よろこんでくだけけり 阿波野青畝


耕され土も喜ぶ春なりき 自作


この句と自分の句はうり二つだとなる。類似俳句になる。俳句は短いから誰かと同じ発想の俳句がどこにある。ただこれで失敗したのは耕しは春の季語だったのである。季語が二つあったからまずかった。俳句の季語覚えるだけで大変な時間がかかる。

耕され土も喜ぶ我が里に


このように直した。こういうふうにあとから簡単に直したりできるのもインタ-ネットではできるからいい。これがいったん本になったら直せないのである。


畑打ちや我家も見えて暮遅し   与謝蕪村


前畑を耕す人や里暮れぬ 自作


これも類似俳句なのである。俳句は何か連句的なところがあるから類似類想俳句が多くなるのだ。
前畑、前田なら家も近くであり見えるから安心感がある。遠くで家が見えなくなると暮れるのも早くなる。こういう土地と家とが一体化して働いていたのが普通だった。それが人間的なことであり自然と一体化した生活だったのである。


畠打ちの顔から暮るるつくば山 小林一茶


確かにこの句は江戸時代を象徴していた。江戸時代は九割とかが農民だった。だから農民的な顔をしていた。農民が顔を代表していたのである。今はいろんな職業の人がいるから農民が時代の顔ではない。農民が時代の顔だったときは素朴な時代だったのである。現代の不思議が田舎でも土地は九割は田んぼなのである。だから農民的世界かと感覚的に思うが実質はそうではなくなっている。農民が土地の顔になることは今でもある。しかしサラリ-マンが普通に田舎でも多いから昔とは違う。農民の顔は今や稀少になってしまったのである。その顔はもうこれが時代の顔だというのはない、顔自体がロボットのような人もいるしもう混交してわからないのである。ただ鬱病的憂鬱な顔が増えていることは間違いないのだ。農民的顔はない、様々な職業に分化して一つの時代の型になるような顔はないのである。


浮世絵の顔がパタ-ン化したのは偶然ではなくそういう一つのパタ-ン化した顔になっていたのだ。
現代ではそういう型になる顔がありえないことでもわかるのだ。そういう同じ顔だと精神的には落ち着いたものとなる。相手のことが顔からすでに話さなくてもわかりあうという間柄になっていた。
現代は田舎だって相手がどんな人間なのかわかりにくくなっている。信用もできなくなってしまったのである。金の力が田舎でも大きいというとき人間は相手と接するとき金勘定しかしていないのである。そういうことは全世界で共通していることなのである。都会だけではない、田舎だって殺伐としているのが現代なのである。

病院であった大原の農家の人は素朴な人だった。大原の草分け的な農家だったらしい。前田という地名のあるところに住んでいるからわかるのだ。あそこには遠田もありその前田から遠いのである。
ただ放射線量が高いから子供のある人はいなくなったらしい。ただ老人は残っている。


大原に動けぬ老人春も暮る


老人は動けなくなってしまう。認知症の人でも住み慣れた見慣れた所だと安心するけどちょっとでも変わった環境になると悪化する。見慣れたものしか認識できなくなっているのだ。だから老人は変化に弱いのである。