2012年04月24日

南相馬市鹿島区の春(仮設の人の耕す畑)


南相馬市鹿島区の春
(仮設の人の耕す畑)


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寺内の古墳

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春耕や仲間と喜ぶ仮設の人

耕され土も喜ぶ我が里に


鶯の鳴き競う声森の奥


生まれたて黄色の蝶や日をあびぬ


風そよぎ孟宗竹に芽吹きかな


朝風に木蓮百輪そよぎゆる


春の鴨しきりにくぐる波紋かな


花散らし鳥また桜へ飛びうつる


千本のツクシの伸びよ日の光


一石坂江垂の中館山桜


百輪の二色の椿夕日映ゆ


寺内に三つの古墳春の草


紅梅や墓石新し花模様



満開に咲きにし桜一二片はや散りそめて静心なし


飛ぶ鳥の花から花へ鳴きわたる晴れ渡る空燕飛びかふ


真野川の土手の桜の満開に飛び交う鳥の暇なかりけり


一本の樅の樹ここに立ちにしを知らずに春や力強きかな



今日はようやく春がきた。それも一挙に来た。桜も満開である。人間は地元でも灯台もと暗しなのである。近くに何があるか良くみていないのだ。今回も近くで見たのは初めてだという感じになっていた。ここに椿が咲いていたかのか樅の樹も一本ここにあったのか、こんなところにこんな家があり花が咲いていたとか気づかないことが近くであるのだ。

郷土史研究などしていても近くのことが意外とわからない、注意していない、寺内の古墳など万葉集にも歌があるしあの古墳は有名だから知っていると思っていた。実際はこの年まであそこに三つの古墳があることがわからなかった。あそこに集中して三つの古墳があることはやはりあそこが歴史的場所であり古代の真野郷の中心地帯だった。一つには注目していたが三つあったことに注目していなかった。それも大きな古墳だったのである。それから江垂の中館というのは中世では有名であったからあそこに山桜が咲いていた。山桜が山城だからにあっていたともなる。こたにも歴史的場所がある。他の人はわかりにくいけど地元の人もわからない、その歴史的背景を知らないと俳句とか短歌もつくれないのである。また鑑賞もできないのである。


仮設の人が岡和田へ行く橋をわたった所で耕して種を植えたり水をやったりしていた。何か楽しそうであった。小浜の人で津浪で家が流されたという、その人はいち早く逃げたから家族は助かったという。小浜は南相馬市原町区であった。小高と境を接している。ビニ-ルハウスは60万で寄付されたという。他にも畑をNPOなどで提供されているが自由がないがここは自由に作れるという。放射能も計っているし自分たちで食べることもできるし売ることもできるというのは意外だった。別に耕すこと自体がこの辺は禁止されているのとも違っていた。だから耕している所はある。やっぱり畑が耕されないということは土も死んでしまう。耕されて土も喜んでいるなと本当に感じた。耕されない土地をみていたから余計にそう感じたのである。土も喜び人間も喜ぶ・・こんなことを感じたのはやはりこの辺の異常な環境からだったのである。

 

この辺は環境が変化した。仮設が建っていることと避難した人で人が増えたからにぎやかになったのだ。人口減少していたから人口がこの辺はどこも増えた方がいいことがわかった。人口が増えると便利なものができてくるのだ。ともかく人間の世の中は変わるものだ。
世の中は三日見ぬ間の桜かな・まさにこれだ。桜も満開となり二三片花びらがすでに散りはじめたのである。とにかくこれほど変わるということは経験したことがない、世の中は急激に変わってしまうことがある。この辺は古い家があちらこちらで壊されている。新しい家も建っている。家がなくなった人がこっちに建てている。寺内の墓所は陰気な所だった。それが新しい墓も増えたのか回りの木も切られて明るくなった。
花模様の墓石も珍しいし明るい、墓所も明るい方がいいのかもしれない。墓まで世の中は変わってしまうのだ。

ともかく南相馬市はまだ住めるからいい、住めなくなった浪江やら双葉やらの変化はこれ以上に激しい。
自分たちの住む場所がなくなったのだからその変わりようは未だに信じられないだろう。南相馬市ではまだ人が住めるから変化しても良しとなる。でも津浪で家が流されたとか家族が死んだとかそんな人が回りにいるということはその変化が激しすぎるのだ。いづれにしろまた春の盛りもたちまち過ぎてしまうだろう。今年は一挙に春が押し寄せた感じだ。