2012年04月23日

孤立死や無縁化は別に特殊な人たちだけではない、社会全般の現象 (近くの人が施設で死んだ知らせを聞いて・・・)

 

孤立死や無縁化は別に特殊な人たちだけではない、社会全般の現象

(近くの人が施設で死んだ知らせを聞いて・・・)


核家族化、近所づきあいの希薄化が進む中、生活に困窮したり、家族の介護を抱える家庭が孤立するなど、死に追い込まれる事件が各地で起きている。
 今年二月二十日には、さいたま市北区のアパートで、住人の六十代夫婦と三十代息子とみられる三人が餓死しているのが見つかった。室内に食料はなく、冷蔵庫も空っぽだった。家賃を滞納しガスと電気を止められていた。
 二〇〇六年には、福岡県北九州市門司区で二カ月間に三名の餓死者が出た。このうちの一件は、餓死した男性が生前に生活保護の受給申請に行ったにもかかわらず、市が申請書を交付せず、受付自体を拒絶していた。

死はたしかに他者にも分かち合われている。すなわち、ある者の死(亡)は他人事にとどまらず、私の死ともなっているのだ
http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~tsina/kubes/kato01.htm

近くの人が死んだと近くの人から聞いた。92才だった。その女性は医者のおくさんであり経済的には恵まれていた。息子が60過ぎてから帰ってきて医院を開いていた。ただ家庭は生活の根拠は東京にあった。息子一人が故郷の医院に単身赴任という状態だった。家族は住んでいないのだからそうなる。その人はずっと知っていた人だからいなくなったのは息子の所に行ったのかと思っていた。原発事故後医院は閉鎖したからである。しかしその前にその女性は施設に入れられていたのである。死んだのは施設であった。しかしそのことを知っている人は回りでもわからなかった。死んだとき、ええ、施設で死んだのと驚いた。たいがい今は施設か病院で死ぬ人が多い。施設で死ぬ人は金持ちの人はたいがい施設に入る、入れさせられるのが多い。金持ちは自分の親をめんどうみなくてもいいのだ。金で施設に入れられるからいいのだ。それが本人にとって幸福なのかどうかはわからない、ともかく施設に入れる人は特養をのぞいては金持ちの人なのである。特養でも金をとるようになったから年金を多くもらている人でないと入れない、だから施設は金持ち用になっているのだ。


前に医者は土着性がないというとき病院勤めの医者はそうである。しかし開業医は極めて土着性がある。その土地に根付いている。そして何代も医者をしている人が多いから余計にそうなる。そこの医者は相当に有名ないつも話題になる人だった。口が悪いが見立てはいいということで話題になっていた。でも死んでからその人の話しを聞かないのも不思議である。あれだけいつも話題にされていたのにぱったりと死んでから話題にされないのである。その跡を継いだ息子は東京から来ても大人しい人なのでその人についても話題にならなかった。そのうち原発事故でやめてしまった。今は家が空になって残っている。他でも歯医者が一軒やめて家まで取り壊されてさら地になった。この辺は津浪、原発事故後いろいろ変化が大きかった。だからその女性のことなど忘れていた。ところが人間は死んだというとき必ずどんな人でもええ、死んだのと驚きその人のことを思うのだ。あの人が死んだのと驚きその人を一時でも思う、生きているときは思わなくても死んだ時は思うのである。死はやはりその人の一生を他者もふりかえるのだ。そこに死の意味がある。現代の特徴は死も共同体から切り離された孤立した死になっているのだろう。病院とか施設とか死ぬということはまず家から切り離されて死がある。すると最小単位の家という共同体から切り離された所で死ぬことでもわかる。家族からも切り離された死になりやすい。だから病院では死者は一つのもののように扱われる。早く死体を片づけてください、邪魔ですから・・・そんな感覚でしかない、死に対して無感覚になる。毎日のように死者に接ししていれば死者は一つのもののように病院ではなってしまうのだろう。ものを処理する感覚になっている。


現代が孤立死とか言われるけどそれは金がない身寄りがない人に言われる。でも金持ちでも家族がいても家族から切り離された死になっている。孤立死になっているのかもしれない、昔は葬儀のとき家族はかかわらないで欲しいと回りの人が言ったという。それはなぜだったのか、その一人の死がみんなの共同体の中での死でありみんなで死をいたみ供養するということがあったからだろう。ただそうした仰々しい手間のかかることは大家族のときにできた。家族がしっかりししていなければ葬儀自体できない、少子化とか家族の単位が小さくなると大きな葬儀はできないから葬儀屋にまかせ簡単にするようになった。そういう葬儀は因習的だとか嫌っている面もあったのだ。なるべく金のかからない簡単な葬儀にした経過もそこにあった。ただ一人の人間の死とは何なのか、それが自分とどうかかわるのか、回りとどうかかわるのか、大きく言えば社会とどうかかわるのかが問題になる。死とは個人的問題でもあるが社会的問題でもある。津浪で死んだ人たちについても日本ではどう供養していいかわからない、その大量死をどう供養していいかわからないというときやはり共同体が喪失して共同体の中で供養するということができないからとまどっていると指摘する人もいる。あまりにも一挙に大量の死に直面することは戦後なかった。それでただ茫然としてとまどうことになった。とてもこれだけの死者には個人では対応できないからだ。だから日本人が全員で供養するということにもなった。それは戦争で死んだ人を供養するのとにていたのである。この大量死は日本人全員の問題として供養が迫られたのである。


その死んだ女性については金持ちということで話し方まで違っていた。本当に奥様であり常時手伝いの人が二人とかいた。だから本当の金持ちだったのである。
死者の不思議は死者はお盆には家に帰ってくるとか言うけど未練のある執着する場所に帰ってくるのかもしれない、それは個人的だけではなく家族の中に帰ってくるというときもありまた村の中に帰ってくるというときは共同で暮らした所に帰ってくるということになる。しかし今はそうして死んでも帰る場所がなくなっている。家族でもそうだし共同体のつながりも希薄になっている。反面そういう田舎の拘束された人間関係の束縛を嫌って都会に出る若者も多かった。今でもそうであるし自分もそうだった。そうした昔がすべて肯定的になるわけではない、ただ死者も家族と切り離され共同体と切り離されたとき安住する場がないとかなる。その医者の家では息子は東京に帰り墓は檀家は故郷にありそこの墓に入ったが墓参りするにしても東京となると遠い、そういう人も増えている。墓の跡継ぎがなくなっているのだ。それでやむなく故郷の墓を廃棄して共同墓地に入るようにした人もいる。そこで死者と生者のつながりも断たれてしまっているのだ。た孤立死、無縁化というときこれは特殊な人のことではない、社会全般に起きていることなのだ。


自分としては田舎は葬儀となるとめんどうである。お悔やみのお返しをするとかいろいろめんどうだから自分もしなかった。とういのは一人だからできなかったのである。ただ近くで助けてくれた人は正直な人で情深い人だった。その人の墓も同じ墓所にあるので墓参りしている。とすると死者と自分はつながりをもっているとなる。同じ墓所にあるということもそれも縁だったのかもしれない、土地の縁は思った以上深いともなる。今度死んだ女性の墓は近くにあるにしてもまた違っている。例えは江戸時代なら村の人は同じ墓所に葬られていた。それも墓があったわけではない、空き地のような所に葬られていた。ホトケッポとか言われていた。墓がみんなもつようになったのは明治以降であり家族墓になったのも明治以降だった。というのは夫婦墓というのが家族墓の前にあった。その夫婦墓だと墓が増えて困ってしまうから家族墓として一カ所に納めたのである。それでも墓はふえすぎてしまったのである。それで今度は逆に見知らぬ人でも墓だけを一緒にする共同墓が生まれた。それでも墓ですら人間は共同性を志向するから何らかの共同性がなかったら共同の墓もありえないのだ。その共同性の喪失が死や墓の問題の根底にあった。実際はカルト教団に入ったら創価でも他の宗教団体でも墓所は同じになる。その墓は村の墓や町の墓とは別である。広大な敷地に墓標を同じくしている。

死までも共同性の象徴としてある。それは問題にしろそうなっているのだ。ただ真宗の人の墓はこの辺では宗派が違っても同じ墓所にある。

なんだか近くの90になる老人が見も知らぬ人が毎日のように来るのを見たという,それは誰だかわからないというのだ。死んだ知っている人でもない、知らない人だという、老人の戯言かもしれないが見も知らぬ人が死んだ人の霊が行き場もなく彷徨っているのかもしれない、死者にも安住の場所が必要なのかもしれない、原発事故で故郷に住めなくなった人たちも墓の問題がある。墓は家がなくなっても最後まで残る。実際実家の墓は家がなくなっても墓だけ残っているのだ。墓はなかなか消えない、故郷に住めなくなっても墓だけは当分残っているのだ。墓は簡単に壊して廃棄するわけにいかないからだ。だから何十年後も人が住めなくなっても墓だけが残っているということもありうる、無縁仏でも残っていることは残っているのだ。遺跡のようにのこるということもありうるのだ。墓は最後に死者を記憶して思い出す場所なのである。
今回死んだ人も確かに近くの墓所に納まればそこにいるのかという感覚にはなる。現実はそうでないにしろそういう感覚をもたらすのが墓の不思議だったのである。自分でも身内の人が静岡とか遠い所で生活して交通事故で死んだのでもし向こうの墓に納まったらその人は近くにいないと思う、でも墓があれば近くにいると感じるのが不思議なのである。


この記事は経済的に困窮しての孤立死だが孤立死の前には社会との断絶がある。近くの人とつながりがあれば米などをくれたりするだろう。昔の長屋では今日食う分の米がないから貸してくれとか気軽に来ていたかもしれない,今そういうことがない、役所で生活保護受けられないとそれが即死につながる。この辺で起きた障害者とその親が孤立化して餓死したのもそのためだろう。原発事故も関係していたがそれだけではない、田舎でも孤立死はありうるし経済的困窮の死ではないにしろ精神的孤立死は日常的なものになっているのだ。


 

posted by 老鶯 at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層