2012年04月17日

春の雷 (警戒区域解除-南相馬市小高区に入り俳句と短歌を作る)


春の雷

(警戒区域解除-南相馬市小高区に入り俳句と短歌を作る)


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小高区へ燕の飛ぶや入れたり


小高区へ入るや轟く春の雷


山に雷海に波打ち揚雲雀


雷鳴りて波しぶきあがり藪椿


波ひびき街復興せむ春の雷


故郷の病院あわれ花曇り


雨ぬれて病院に誰か夕桜


荒々し波うちよせて藪椿赤々と映ゆ城跡の山


庭の石ここにも残り家ありて残れる松や春の日あわれ

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小高区へ入ったら春の雷が鳴った。燕も飛んだからやっと入れたということでうれしかった。
第一そもそも警戒区域とかで入れないことが信じられないというか何か理不尽なのである。
ある土地が入れなくなるということが今まであっただろうか?
こんなとき春の雷が激しくなってちょっと雨がふった。ともかく入れたということが感激になっているのも奇妙である。小高にはあまりこれまで行かなかった。土地に特徴がない、高瀬川のような急流もあるわけでもない、見るところがないのだ。

村上城のあったところに一面に藪椿が咲いていたのは見物だった。あれは自生していたものであり数が多いから見物であった。この時も波も荒く打ち寄せていた。海への恐怖感が植えつけられたから津浪のあったところには住みたくないというのは心情としてわかる。海は怖いなとつくづく思った。
この辺の波は荒いからそもそも親しめるという感覚がない、瀬戸内海のような海とはもともと違っていた。

ここでも流された家の跡に庭の石が残っていた。不思議なのは小さな石も残っていたことである。烏崎村でもそうだった。小さな石は流されてもいいはずだがみんな残っているのだ。

小高の被害は海に接して大きな集落がなかったから被害が小さかったかもしれない、塚原の方は家が全部流されたとかはあまりないみたいだ。山沿いにあり多少高かったから助かったのかもしれない、一番の被害は海側に直接面していたところだった。村上の城跡の山が一つあっても津浪を和らげる力になった。津浪を防ぐのは高い堤防とは限らない、厚い土盛りしたものが効果的である。
名取や仙台辺りでは高速道路が高く厚く土盛りしてあるので津浪をさえぎったのである。


南相馬市立病院には一か月入院していたのでなじみかある。故郷で一番なじみのある場所になったのはこの病院かもしれない、最後に死ぬときも今は病院に世話になる。病院が最後の場所になるとしたらそこはやはり大事な場所になる。あそこの桜は見物である。見晴らしもよく桜も咲くから環境がいいのである。医者や看護師もいい病院の条件だが環境もいい病院の条件なのだ。特にタ-ミナルケアとかの病院になったら環境はさらに大事な条件になる。その点相馬市立病院の環境は悪い、回りに見るべきものがない、情緒的には良くない、ただ看護師とか医者はまた別である。すひべてがいい病院などないのである。


今日はまた母が胃が痛いとかで病院に行った。そこでは南相馬市出身の医者がいた。地元出身だと何か親しみがもてるかもしれない、医者は土着性がないと指摘があった。意外と土着性というのも仕事に必要なことかもしれない、病気になったりしたらいい医者が遠くにいても親しみがもていなとか何か心の面で安心しないとか落ち着かないという心の問題が起きてくる。そういうことも病気に影響することは確かである。医者自体心が体に影響すると言っているのだから病気には心の問題が影響するからだ。病気は総合的なものとして対処するのが理想なのである。土着的だとか回りの環境も影響する。その土地に根付くように仕事をするということが必要なのかもしれない、ただ技術的なことだけならば他かの遠くの医者が上手であり高い技術をもっていることはいえる。高度な手術はやはり地方の小さな病院では無理だということはいえる。小高に泌尿器科の医院があったのは意外だった。
病院は近くにあるのが意外と大事である。確かに車がある時代だから遠くに行けるようでも車がない人もあり車に乗っていても病人は疲れるのである。だから近くがいいとどうしてもなるからだ。


ともかく忙しい一日だった。旅をしないと一日家にいると暇になることは確かだが介護とかあるので暇がもてないということもある。食事の問題が一番時間をくう、片づけたり洗ったりするのがめんどうなのである。だから原町にあるチェ-ン店で200円の朝食があるのには驚いた。
350円でも納豆定食食べられるからあれだったら楽だし金もかからないからいい。
朝昼は外食で夜だけちょっと軽いものを作るとなれば時間はかからない。
なんかあと5,6年しか生きないとすれば短いがまた10年とか生きれば結構長いものかもしれない。
とにかく人間はいつ死ぬかは医者もわからない、60代でも結構死んでいるから死は身近なのである。

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警戒区域解除の南相馬市小高区の写真


警戒区域解除の南相馬市小高区の写真


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六号線を津浪が越えた。堤谷の付近
向こうに海が見え波しぶきが見える。

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六号線を津浪が越えた


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小浜の方面、この高さが写真だけからはわかりにくい
あそこは高いから津浪は来ないと思っていたろう
そういう所まで津浪が来た

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村上城のあった所、この一つの山が津浪をやわらげその前の家が流されていなかった。
前に何もない所は一軒の家も残らない、こんなに海に近くて家が残っていたのは
この山のおかげである。
小高は海側に大きな集落がないから鹿島区の海老村や烏崎村のような被害にならなかった。

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ここにも庭の石が残っていた。


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意外とここは松が残っていた。

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ピアノをここでひいていた。

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車がここまで流された。

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小高駅を越えて津浪が街に入ってきていた。小高は海に近かった。

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ゴ-ストタウンというときこういうのを見ると確かにそうである。小高の通りは歩道など整備ささたから鹿島区より感じがいいと思っていた。医院でも泌尿器科がある所があった。老人が増えると泌尿器科にかかる人がふえるからいいと思った。こういう病気は近くにあると便利なのである。


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核兵器廃絶宣言

鹿島区でもこの辺で核兵器廃止宣言の町と看板を出していた。これは何であったのだろうか?
広島でも原水協では核兵器には反対でも平和利用の原発には賛成していたのである。というのは労働組合が中心だとそのなかに必ず電力会社の組合が入っていたからである。この組合は強力であり資金力もある。そうすると平和利用はいい、原発は安全だと言われればそうかなとなり賛成していたのである。そこが誤ってしまった。核そのものが危険なものだったのである。

結局思うに組織団体化したところは巨大な利権団体でありその圧力が大きいから何も言えなくなる。カルト宗教団体も大きな力をもっているしどこにでもいる。創価の圧力も大きい。電事連合とかも大きな力をもっている。そういう組織の意向によって社会は動かされているのだ。
原水協自体がそうでありすると原発が危険なものだという安全神話にくみしていたのである。
ただ共産党系の一部が原発の危険を指摘していた。しかしそれもかえってイデオロギ-的に特赦な人たちとして見られていた。だから原発反対はSF的架空の小説のように見られていた。
現実的に危険なものでも科学的にも検証されないし一般人には安全神話で知らされていなかったのである。

このことで情報は常に権力をもっているものによって操作されていることがわかった。権力を操作する側にとって都合の悪いことは知らされないのである。スピ-ディが最初に知らされたのがアメリカであり日本ではなかった。これも信じられない、日本人に知らせないでアメリカに知らせていたのである。そして浪江の人たちは放射線量か高い津島に集団として避難した。そこで被曝したのである。それで国を訴え裁判になる。
何か今になると核兵器の核は反対だけど平和利用の原子力はいい核だとういのも権力側によって作られたいたのだろうか?小高にも鹿島もこの看板があった。それが何だか虚しいのである。

今回は井田川の方に行けなかった。雷が鳴り雨がふってきた。山の方は雲で暗かった。
原発事故でゴ-ストタウンが生まれた。雨もちょっとふって暗かったから余計に暗く感じた。
そして浪江の方も暗く浪江の方には行けないというとき双葉辺りが昔の相馬藩の境であり余の森、藩主の森として領有を宣言した所である。あの辺は大野とか広野とあるように江戸時代は森がおおっていた。だから今になると森に帰り閉ざされた地帯になってしまうのかと思った。
ただ小高までは自由に出入りできるので燕が飛んできたりと気持ち良かった。
出入りが自由になるとゴ-ストタウンではなくなる。飯館村は人が住んでいなくても出入りは自由であり人影も見えるのでゴ-ストタウンとは違っている。これからあとかたづけとかインフラ整備とかで人が入ってくる。放射線は計測器を忘れて計れなかった。

明日はまた井田川の方に行ってみたい、まだ水がある内に見たい、今度は放射線量を計ってみよう。
 


 

posted by 老鶯 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係