2012年04月13日

春の朝(南相馬市の国見山に行く)


春の朝(南相馬市の国見山に行く)

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老いざらむ脳活性化春の雷

定まらぬ余震つづきて春の雷


高倉の木橋渡りて梅におふ


石神に蛙の鳴くも耕さじ


石神の小学校や蕗の薹


朝日さし鶯ひびく国見山


朝日さし猫柳芽ぶく国見山


木蓮に山風そよぎ朝日さし椿群れ咲く石神の里


清流の流れのひびき朝日さし磐にすみれや山に入るかな


山鳩の鳴きあう声のこもりつつ森に騒げる風の音かな


国見山海より東風(こち)の吹きそよぎさえづり高くひびきけるかな

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昨夜は春雷で稲光りが走った。そして今度は余震だった。余震は今夜もあった。まず落ち着かないのがこの辺である。人は老いたくないし、頭を使うと脳の血流が良くなり体全体に影響するからいいという。認知症はこまめに体を動かさなかったり頭を使わない人がなりやすいのかもしれない、自分の姉も役所をやめてから何もしない、怠惰になってしまったことが原因していたことは言える。頭を使わないと血流が悪くなりそれが体にも影響するのだ。

一体いつになったら安定してくるのだろうか?時々この辺は特別呪われた地域になったのかと思い不安になる。原発事故の影響も大きすぎたのである。
原町区のイオンから意外と石神は近かった。この辺で放射線を計ったから1・5くらいあったから高い方だったのだろう。それでなかなか石神小学校ははじまらなかったのだ。石神には子育て地蔵とかもあった。今回注目したのは写真の木の橋だった。木の橋は今やめずらしい。梅も咲いてにおっていた。

そこから流れの上流をたどり国見山に行く、山鳩が鳴きあっていた。国見山は通行止めになっていたが自転車だと上れる。この電動自転車は坂には強い、頂上まで上った。国見山からちょうど南相馬市の全容が視界に入る。鹿島区-中心の原町区-小高区が見えるからまさに国見山だったのである。

ここに海から東風(コチ)が吹いてくるがこの東風が災いした。飯館村はこの東風のために放射性物質が大量に運ばれた不運があった。

放射能の被害と言っても目に見えてはわからない、ただ耕作されないということが一番目に見えての被害なのである。相馬市だと普通に耕作しているから普通と外見は変わりない、田舎で田畑を耕作しなかったら田舎になるのかとなる。飢饉にはならないにしろそんなことを経験もしていないだろう。田畑があって田舎なのである。江戸時代だったらもう住めなくなる。

俳句とか短歌とか芸術などができるのもそもそも平和がなければできない、確かに一年前よりは平和な春が来ているにしても正常ではない、逆に俳句でも短歌でも芸術が楽しめない地域は異常なのである。普通の暮らしがない平和がないとなる。だからこういうところに住みたくなくなる人がでてくる。若い人は他に移る。すると高齢者だけが残されることになる。残る人は家と土地をもっている人である。田舎の家は広々としているし簡単に移れないのである。


国見山はまさに南相馬市を見晴らせる山である。南相馬市を訪ねたら必ずよる必要がある場所である。この辺は別に原発事故などがなけれ
ば悪い場所ではなかった。住みやすい場所だったのである。
住めないことはないにしても何か落ち着かない住みにくい場所になったのは残念である。