2012年03月23日

高齢化社会を直撃した津浪,原発事故 (2) (若い人たちと老人の分断化が進行している-仮設にも多い老人所帯)

 

高齢化社会を直撃した津浪,原発事故 (2)

(若い人たちと老人の分断化が進行している-仮設にも多い老人所帯)

http://musubu2.sblo.jp/article/47825858.html

津浪で死んだ人も実に高齢者が多かった。神戸のような都会ではない、高齢者がもともと多い地域であり問題になっていた。農業に従事する人の年齢がすでに60から70才とかになっている。そして跡継ぎもないとか高齢者の問題がもともとありそこに津浪原発事故が襲った。原発の避難騒ぎで高齢者が衰弱死した人が百人くらいいる。一人も死んでいないというけど避難して死んでいるのだ。
漁業関係も実際は零細であり跡継ぎもいない、老人が三陸地方などの小さな港には多かった。
石巻や気仙沼は水産工場などがあったから別だった。でも小さな港では高齢化した人が細々と漁業や牡蠣の養殖などをしていた。そういう小さな港も軒並み津浪で壊滅的打撃を受けた。高齢化しているからもうあれだけの被害があると漁業でも農業でもあきらめる人がでてくる。60以上ではそれだけの気力もでてこないからだ。のんきに隠居でもいいとなる。

これは原発避難者にも言えるのだ。南相馬市では小高区から避難した人が大半である。南相馬市だけで一万五千戸もの仮設住宅を作った。この数は二倍にしても3万人とかの人口になる。これは明かに南相馬市内だけではなく浪江とか飯館とか他からも受け入れている。今は原町区に増設している。

でも聞いたところでは中に人が入っていない仮設があるという、形だけ入って支援されている。洗濯物だけ干していて中に人がいないという、ええ、そうなのと不思議だった。仮設に住んでいないで他の家に住んでいる?元の家に住んでいる。小高区などは警戒区域だから入れないとしたら住めない、津浪被害の人は住んでいても数が少ない。仮設に入っていると支援が受けられるから形だけ入っている言うのも解せなかった。そしたらもっと仮設に入りたい人がいるのだからそういう人に入ってもらいたいとなる。


仮設に入っている人たちは無駄に甘やかされていると思います。
ほぼ毎週NPO団体やらが物資を持ってきたり
散髪のボランティアがきたり・・・・・・。
何が必要なものを言うとすぐに送られてきます。
しかし、仮設も入っている人たちの中には家屋が全流出した人だけでなく
リフォーム工事の合間に入って、すぐに退去(揃えてあった家電は持っていく)する人たちもいると聞きます。
支援する団体にすれば、仮設のように、被災者が密集した場所が都合のいいことはわかります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1368399793


こういうことが仮設にあった。援助物資を得られから仮設に仮りにいる。一部にしてもそういう人たちもいる。仮設には予算の無駄使いがかなりある。復興にはかなりの金が出ているから義援金でもその金がどこに流れたのか不明になっている。それで相馬市などでは200万が議員に流れたとか噂になったがまんざら嘘ともいえないのがそういう事情があるからだろう。市長も病院を建てたとか病院関係に使っていて一般の人に金が回らないというのもそういうことなのか、義援金は未だに配布されていないが市長には権限があり使っているのかもしれない、義援金には不透明な所が多いのだ。

確かに復興バブルのような現象が起きた。金が入らないところに一時的に金が入ったのである。

原発避難者の仮設でも老人が実に多いのだ。若い人は老人と姑などと一緒にいるがいやで補償金をもって他に移りたいからもう老人のいる地元に帰ってこないという、この際、いい機会だから別れて暮らす方がいいと若い家族は子供ともに故郷を離れて行く、いろいろな方面に若い人が住居を移しつつあるのだ。そして老人だけがとりのこされてゆく、これも明かに高齢化した社会の一面が津浪原発事故で露骨に現れたのである。仮設に入った老人は買い物すらなかなかできないから県から委託された復興支援の車が仮設を回って野菜など売っている。その売っている人も若い人ではない、年の人であり売るのも高齢者なのである。そして高齢者は津浪でも原発避難者でも小高でも帰れないからずっと住み続けるようにししてもらいたいとか言っている。若い人は老人の世話はいやだから市の方でしてくれとなる。そのために相馬市では長屋風のずっと住める住宅を作る。一種の安上がりな老人ホ-ムが必要になっているのだ。それは津浪原発事故前から要望があった。そういう施設をつくることが強いられることになった。復興の力となるの若い人のはずだが老人だけがふえてくるから復興とはなりにくい、福祉関係の高齢者を保護するような施設が必要になる。若い人たちが去り老人だけが取り残される、姥捨て山になる恐怖がある。自分もそうだが老々介護とかそういう人たちだけが取り残される。高齢化問題が津浪原発事故で深刻化したのである。


やはり仮設の期限が切れてももう地元に帰れないとかいう人がでてくるのか?なぜなら若い人たちがいなくなったら街自体維持できないしインフラでも街を建て直すことがむずかしくなっている。広野町では避難解除地域になっても地元住民がもどらないというのもそのためである。そこの一番のネックが高齢化の問題があるのだ。深刻なのは若い人たちと高齢者が津浪原発事故で分断化されてしまったことである。それは飯館村でもそうだしほとんどの市長村でそうなっている。確実にこの辺は老人の町になってしまう。老人の町ということは未来もないということである。ただ高齢化社会でも老人だけで住むということも他の場所でも起こりうる。現実に都会でも団地は今や老人がふえて老人の団地になっている。そこもまた都会のうば捨て山になっているのだ。そういう高齢化社会の問題が津浪原発事故で深刻化した。原発避難者は政府や東電からずっと補償された方がいいとなる。でもみんながそうはいかない、若い人たちがいなくなれば老人も住めなくなる。老人はかえってこの際お荷物として捨てられる、ていのいい姥捨山の町にされてしまう。そういう高齢者をどうするのかということはここだけではない、日本全国の問題なのだがここは津浪事故で露骨に現れたのである。


いづれにしろ津浪原発事故は様々な問題をさらに浮き彫りにした。その一つが高齢化の問題だった。本当に政治的課題というのが山積みなのである。政治に関心なかったけど被災地にいると無関心ではいられない、関心が強いられる。一体被災地の市町村はどうしたらいいのかというのはそれぞれの個々人にとっても深刻な問題なのである。農家の人が米を作らないでどうするんだとか子供を放射能から守るためにどうするんだとか問題が山積みでありそれぞれどう解決していいか暗中模索になる。
農家は米とか野菜と作れないけど花の栽培だったらできるなら花を栽培して花畑にするばいいとか思ったりする。花は放射能汚染と関係ないのである。口に入るものはすべて放射能と関係してしまうのである。ひまわりを植えたが放射性物質はセシウムは吸収しないことがわかった。でも一面ひまわりの畑になれば荒地になっているよりはいいそのひまわりを見たいという人もでてくる。レンゲの畑はなくなったけどレンゲの畑や菜の花畑になったら米は作れなくてもきれいな場所だとなり人もくるかもしれない、そうしたいろいろな問題が山積みになっている。だから一人一人が政治家的になり政治の課題となり政治家として果たす役割が日々ある。でも議員が何かしているということでもない、高齢化した地域の問題をどうするのかということも大きな政治的課題なのである。それは自分にもかかわってくる問題である。

 
posted by 老鶯 at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連