2012年03月20日

南相馬市鹿島区寺内の二番目の仮設住宅 (一軒家風でペットが飼える)

 

南相馬市鹿島区寺内の二番目の仮設住宅

(一軒家風でペットが飼える)

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一軒家風であるが二組が一軒である。
木の仮設は感じがいい、それにしても仮設が増えた


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赤い色の仮設が新しくできた仮設
道で通じているから行き来できる

寺内の桜田山の下にできた仮設住宅は一番最初にできた。キクチス-パ-がすぐ近くだから歩いて買い物ができるから便利である。その仮設から新しい道ができて上ってゆくとまた新しい仮設住宅ができていた。墓所の隣の仮設だった。木の仮設であり一軒家風になっているが二組入れる。
こんなに仮設ができたことには驚きである。あれで終わりだとか犬を散歩していた人が言っていた。原町区にはまだできるらしい。仮設暮らしは暇じゃないですかと聞いたら「除染」に行くとか言っていた。すると除染で収入になる。原発避難者の場合、一人十万もらってその他に除染の仕事で金がもらえるとなると恵まれているとなる。6人家族のような大家族も田舎ではまだある。すると一か月50万とか60万とかなったらその収入はかえって働いているときより田舎では多い。

金がたまって貯金すらできる。これは津浪の被害者とは違っている。津浪の被害者は東電からも国からも補償かないから金銭的には相当辛い。

何かその犬を連れている人は明るい顔していた。金銭的にはかえって事故前よりいいとかなっている人がいることは確かである。それもいつまでもつづくとはならないのが問題である。

今のところ原発の避難者はそれほど困ったという感じではないのかもしれない、ただ20キロ圏内の警戒区域と20キロの圏外になると補償はない、そこにかなりの不公平がでる。でも郡山市とか福島市は何の補償もないとなると補償としては警戒区域でも恵まれている。
飯館村などでは除染費用を村民がもらって一億円で出直したいという人もいる。津浪被害者はそうはいかないからその点では随分違っている。ただそれだけの代償があってもしかたないという面はあった。

posted by 老鶯 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

津浪とロトの妻の運命 (財産に未練を残した結果死んだことでは同じ)


津浪とロトの妻の運命

(財産に未練を残した結果死んだことでは同じ)

一刻も早く町の外に脱出すること。そして、低地に留まらずに山中に逃れること。また、山中に入っても、いかなる事態になろうとも、決して後ろを振り返ってはならないということなどである。  
 しかし、その忠告にもかかわらず、ロトの妻は、残して来た財産への未練なのか後ろを振り返り、塩の柱に変わり果てて死んでしまうこととなる。


今回の津浪ほど驚いたことはないし恐怖したことはない、まさにこの世の生き地獄だった。だから未だに現実ではない、夢のような感覚からぬけだせないのだ。現実に被害にあった人はなおさらそうなっているだろう。村ごとなくなってしまっている、街すらなくなってしまった。それも一瞬にしてである。それが現実に思えない、ただ茫然として津浪の跡に立っている。これは戦争中のような焼け野原のような体験がないから余計にそうなのかもしれない、異常なことを体験していればこういうことは世の中にある、戦争体験者ならそう思うかもしれない、戦後60年はあまりにも平和な時代だったとなる。


一時は津浪原発事故でこの世の終わりかとさえ思った。本当にこの世の終わり聖書で予言する終末が来たのかと真剣に思い驚愕した津浪と原発事故はそういうこの世の終わりともなるような恐ろしいものだった。放射能については恐怖していなかった。放射能の怖さを知らないからこの辺では屋内退避だったけど外に出ていた。本当は爆発したときなどこの辺にも3時間くらい20マイクロシ-ベルトとかになっていた。その時ヨウソを吸うと甲状腺癌になっていた。これは8日間で消えるが大量に被曝したらそうなっていた。だから避難しなかった人や浪江のように津島などの飯館方面の山側に逃げた人は被曝した。ヨウソは大量にばらまかれそれらは8日間で消えた。だからこそ最初の時期に素早く避難することが必要だったけど放射能の無知からそうしなかったし政府でもそうさせなかった。
その時も安全だ、安全だと言っていたのである。つくづく人間は危険から素早く避難できない、それは津浪でも起こったことである。


ロトの妻は、残して来た財産への未練なのか後ろを振り返り、塩の柱に変わり果てて死んでしまうこととなる


津浪では野良仕事にでていても避難勧告がでて家に通帳とかなにか取りに行った人は死んだりしている。野良仕事していたらそのまま逃げなければまにあわない、そういうことを語っていた人がいた。それほど時間が切迫していたのである。財産に未練があり家に帰った人は死んだケ-スがかなりあった。タンス預金もあったろうし通帳は大事だから通帳だけはと家にもどったりした人は死んでいる。緊急のときはそういう余裕すらない、着の身着のまま逃げるほかない、もし財産に未練残していたらロトの妻のように死んでいる。津浪の被害にあった人はロトの妻と同じ様な恐怖を味わったのである。

ソドム、ゴモラも一瞬にして消失した。その後に海の水が流れ込み死海が生まれた。地殻変動があったから巨大な地震が起きたのかもしれない、今回の地震でも地盤が沈下したからだ。街自体がなくなるという光景が信じられない、でもヒロシマ,ナガサキは原爆投下で焼け野原になったから津浪の被害よりケタが違っていた。その凄まじい光景は津浪より恐怖であった。大きな街が一瞬にして消失するということが過去にもあった。それは別にソドム、ゴモラだけではない、日本にもあったし被害にあった人も目撃した人もまだ生きているのだ。草戸千軒なども災害で消失したのだろう。ただ東北では神戸の地震被害もヒロシマ、ナガサキも遠いからなかなか実感しえないものとしてあった。ただ今度の津浪の被害は目の前で起こったからショックだった。こんなことがありうるのかというショックであり被害にあった人人も夢うつつになっているのではないか?あまりにも急激な変化を人は受け入れられないのである。


ただこうした緊急の危機の時は財産に執着すると命も助からない、命あってのものだねとなる。現実に着の身着のままで逃れて仮設住宅に住んでいる人がかなりいるのだ。その人たちはただ命が助かったというだけであった。それでもだんだん時がたつと失った財産が惜しいとか財産への執着がでてくる。金も必要になってくるからどうしてもまた失った財産のことを思うようになる。


一刻も早く町の外に脱出すること。そして、低地に留まらずに山中に逃れること・・・・・


ソドム、ゴモラは低地にあり海とつながり海の水が流れてきて水没もした、低地はやはり危険なのか?低地には水がながれこむ、人はもともと低地には住まなかった、海に接ししていても低地には住んでいない、邪馬台国というのは台とあるのは高台のことである。水の危険を感じていたし低地は湿地帯などであり住むことができなかった。


もう一つは一刻も早く街から脱出すること・・・それは家が密集している街から脱出しろ・・・ということである。そこは火の海になったり建物が壊れその残骸が流れて危険になる。家の密集した所は災害のとき危険になる。ということは東京や大都会はもはや街から一刻も早く脱出できないからいかに災害に弱いかわかる。帰宅困難者とかあふれ大パニックになる。古い建物が密集しているところもあり神戸のように火事になったら最悪である。つまり東京などは山中や高台など逃れる場所がないのだ。津浪ではまだ後方に逃れる場所がある地域だったがと東京などは逃れる空き地もないし高台も山もないのである。その恐怖をリアルにイメ-ジしたら戦慄するだろう。今からでも東京を脱出しておく方がいいと逃れる人がいても異常ともいえないのである。すでに大地震が近々予測されているし確実なのだから。


今回の津浪のような大災害はやはり人間の想定を越えているから何らかの神意があって起きたのかと思う。原発のような危険なものを作るなとか日本人に対しての神からの警告だった。しかしなぜその警告をまた無視して原発を再稼働させようとしているのか?さらなる災害が今度は西の方に東京の方に起きることはまちがいない、日本人はまだ真剣に反省していない、最後のとどめをさす災害が起きる。そして日本は海に囲まれて逃れる場所がない、放射能でも狭い日本では逃れる場所がない、日本は滅亡してしまう。放射能で飢饉が起きる、日本で放射能汚染で食べるものがなくなる。それでも日本人は原発に固執する、映画で原発を神と崇めて滅んだ人々のように、あれはアメリカであった。
日本もまた同じ運命をだどる。核は軍事力としてもあり平和利用はいいとされたが核で滅びるというとき核戦争でも原発でも滅びることで同じだったのである。核そのものの利用が人類を滅ぼすことになっていたのだ。それにヒロシマの被害者は気づかなかった。原発に賛成していたのである。

 
posted by 老鶯 at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

福寿草(春彼岸)


福寿草(春彼岸)

世話になる人同じ墓所春彼岸


北風のまたうなりふき蔦からむ


石二つ動かず幸い福寿草


福寿草つつみ隠さず光受け咲き開き外に雲雀なくかも


蝋梅の長くも咲きぬ水玉の一時光り消えにけるかな

春彼岸はあまり遠方からは来ない、お盆には遠方からくる。墓というとき警戒区域では墓参りすらできない、墓すら流された人もいる。家もなく墓すら津浪でなくなった。死んでから意外と家より残るのは墓である。墓は最後の場所として残る。家はこの辺でも津浪でなくてもなくなっている。
人は死んでもそれで終わりとならない、その後の処理がある。それで迷惑をかけるから困るのだ。
だから親戚関係は嫌でも縁だけ切るなと言われる。なぜなら墓の問題やら事務的な処理でも縁をきると連絡もできないからそうなる。現実に自分の実家の一つは縁が切れた。でも墓参りはしているがもう顔合わせることも連絡もとることもできなくなった。向こうから縁切りしてきたからだ。だから嫌でも簡単に縁だけは切るなとなる。


近くの同じ墓所には世話になった人の墓があり墓参りした。そしたら墓銘碑にその人の夫の名前は刻まれていたが死んだ世話になった夫人の名前は刻まれていない、そこは相当に貧乏だから名前を刻まなかった。でも息子は近くにいても親不孝だと思った。金がないことはわかるがそのくらいなんとかしてやるというのが息子だろう。名前刻むだけで3万かかったとかあり倍もかかることがある。
線香があがっていたし花も供えられていたから供養されてはいる。でも墓銘碑に名前が刻まれていないのは肝心なものが欠けている。死者も浮かばれないということがあるだろう。その家は生きているときから母と息子の夫婦の関係は良くなかったから死んでもそうなっているということもある。

ともかく人間の因縁は一代だけでは終わらない、必ず二代目までその因縁はつづくのである。嫌だと言っても因縁は簡単に切れないのである。墓参りとかでもつづくのである。特に田舎ではそうである。
いづれにしろこの辺では今までいたところに留まることができたのは幸いだった。知人の人が山形に小学生の息子を連れてゆくと言っていたが急遽会津に移ることが決まったという、この辺は親子が祖父母とかがばらばらになる。一緒に住めなくなっている。放射能問題でそうなったのである。
自分は一人残されていろいろ家のことをやらせられるから大変である。


福寿草がまばゆく光を受けて咲き開いた。自然は包み隠さものがない、人間は罪を必ず犯すからつつみかくす、しかしいかに罪を包み隠しても必ず暴かれる、秘密のままにはならない、例え警察につかまらなくてもそうである。警察がつかまえるのはほんの一部であり大部分の犯罪はつかまらない、人間は罪を犯さない人は一人もいない、罪のない人は一人もいない、これだけはまちがいない、なぜなら悪意をもっただけでそれも罪だとすると具体的な罪を犯さなくても誰も悪意をもたない人はいないから罪人なのである。それにしても東電とか政府の罪も原発事故でこれほど暴かれたことはない、裁判関係者も罪を犯していて裁かれる方だったのである。原発訴訟では常に原発推進者側についていたのである。そして東芝や東電でも天下りしていたのである。それが津浪で暴かれたのである。