2012年03月14日

津浪原発事故で仕事を奪われた人たちの荒廃化 (原発避難者  東電の賠償金(一人当たり最大12万円)で働くのバカらしくパチンコへ)


津浪原発事故で仕事を奪われた人たちの荒廃化

(原発避難者  東電の賠償金(一人当たり最大12万円)で働くのバカらしくパチンコへ)


震災後、福島県いわき市で飲食関係の会社を立ち上げた30代後半の男性は憤慨していた。
「原発事故で避難区域となった町から逃れてきた顔見知りが、昼間からパチンコ店に入っていくのを見た。

聞くと、震災後に失業手当を受給し、さらに東電の賠償金を貰えるから働くのが馬鹿らしくなったらしい。
カネをどう使おうと自由だけど、みんなが復興に向けて頑張っているのに……」


行政による被災者への“生活保護”の厚遇ぶりが、逆に復興を遅らせていると指摘されている。
一部の被災者には、「働かない方が震災前に比べて収入が多くなる」という異常なケースが生じているからだ。

厚生労働省によると、岩手、宮城、福島の3県で、震災翌日の3月12日から8月21日までの間に、
15万3173人が失業手当の手続きをした。雇用保険から給付される失業手当の額は、
退職前6か月間のボーナスを除いた賃金と年齢などで決まるため、「月給40万円で、雇用保険加入期間が10〜20年間の場合、
最大で月に約20万円」(厚労省職業安定局雇用保険課)となる。

これに加え、東電の賠償金(避難生活等にかかる精神的損害)が一人当たり最大12万円出る。

支出が減っていることも大きい。各種国税の減免など、税金の優遇措置に加え、

仮設住宅や借り上げ住宅に住めば家賃は県が負担するため、被災者が支払うのは食費や光熱費程度で済む。
自営業者ならば、仕事上必要な経費もかからない。


「例えば漁師なら、原発事故の影響で漁に出られない分、漁船の油代がかからない。
結果として、可処分所得が大幅に増えたという家庭が少なくないと聞いています」(被災地のカマボコ工場で働いていた主婦)

福島県漁業協同組合連合会には、原発事故後、東電から過去5年間の漁獲実績により、

今年1月までに約76億円の補償金が出ている。これは各漁民に割り当てられ、金額は月に百数十万円に上るケースもあるという。

前出のいわき市の男性はこう語る。


「やることがないから、パチンコ店や競輪に行ったりする。仕事がないわけではないのに……」
http://www.news-postseven.com/archives/20120313_94134.html

 


人間の特徴は仕事によって尊厳が与えられているのが特徴である。もちろん仕事とあいまって地位でも人間はみられる。会社の社長であれ公務員であれ学者であれ地位があれば社会で見方が違ってくる。外国でもあなたのプロフェショナルは何ですかとなるから同じなのだろう。別に地位がなくても
農民であれ漁民であれ一次産業に従事していた人たちはそれなりの尊厳が与えられていた。今は収入だけで人をみるがパチンコ屋やその他ブラックなことでいくら金をかせいでも社会ではその仕事に尊厳を与えないだろう。農民には専業農家とかが少ないからいろいろだからいちがいに言えないけど農民はそれなりに仕事でも尊厳が与えられていた。国民の食糧をまかなうものとして尊厳が与えられているから国では多分な援助もしていた。農業なんて今は金にならないからやる気しないとなっていたがではその農民が今仕事もしないで仮設住宅に住みパチンコばかりしていたらどうなるのか?
現実に今そうなっている。収入はともかく農民や漁民でも仕事を奪われたらその人にいかなる尊厳があるのだろうか?仕事ともにその人に尊厳が与えられていた。仕事が奪われたらどうなるのか、確かに生活保護のように今は援助されて生活できる、パチンコ屋にゆくこともしょうがないとなる。
でもその人の尊厳がない、それは会社を退職した人にも言える、特にちいがあったりすると余計にそうである。会社をやめるとただの人、価値のない人になる。議員でも落選したらただの人となると同じである。仕事をなくしたとき


陸にあがった河童になる・・・


陸にあがったら何もできない、無用の人ととなる。一人のアウトサンダ-ならいいがみんながそんなふうになった社会は異常である。しかし現実この辺ではそうなっているのだ。つまり水のなかで生き生きとして活動していた河童も陸にあがったら成すすべがない、ただ茫然として干上がってしまうだけだとなる。そういうふうに見えてしまうのである。今は仕事でも収入のことだけ見るけど本当は仕事の方が大事だともいえる。仕事は天から与えられたから天職になる。仕事は人間にとって不可欠なものであり仕事が人間に尊厳を与えている。そのことが一番わかりやすいのは医者とか看護師とか病院に働く人である。医者とか看護師には仕事としての尊厳が与えられているが目に見えてわかる。
命を救うことでもありそれ故にその仕事を通じて尊厳が与えられているのだ。病院という場で働く人はみな患者のために尽くしている。掃除する人もそうだったのである。病院全体が患者を癒すものとして働いていたのである。


だからこの辺で仕事をしない、仕事を奪われたというとき意外とそれが深刻なのである。故郷の家も土地もそして仕事も奪われたということが深刻なのである。例え補償されても人間としての尊厳が与えられない、もちろん生きがいも奪われた。回りに仮設住宅があってもそれは一時的なものでありそこで根付いて仕事するというわけではない、だから何か定着するものでないから地元の人にとって受け入れにくいということがある。一人二人ならどういうこともないのだかそれがこれだけ多いとなると仕事していないというとき異常なのである。


疑問なのは漁業権というのは余りにも大きい権利でありすぎた。一体海は漁業者だけのものですか?
あなたたちだけがどうしてそんな権利があったのですか?それならあなたたちが海を守るものでしたか?漁業権をたてに電力会社から莫大な補償金をもらう、そのための漁業権だったのでしょうか?
原発事故のあとも漁業権者には手厚い補償が成されている。そもそも海や土地や山や森は誰のものですか?漁業者や農民や山林業者のためだけのものとはいえない、もともとは上の所有であったが全国民の所有物でもある。海でも漁業にたずさわる人は少ない、それで原発のようなものを建てることを阻止することなどできない、漁業権者だけが海を勝手にすることができるものでしょうか?
海を守るならいいが原発のような巨大な利権を利益を生むものには漁業権をたてにして補償金をもらう、肝心の海は放射能で汚染されてしまった。海や土地や森や山はそれ関連して従事しているだけのものではない、みんなものであり関連した仕事でないにしろ言う権利はあるのだ。

第一次産業に従事する人は今や一割にも満たないし低い地位に落とされた。でもそこに従事している人自体もその仕事を軽んじるようなことがあった。それはもともと尊厳が与えられる仕事だった。

大事な食糧を供給するのだからその仕事に尊厳が与えられていたのだ。だから国でもいろいろ補償していたのである。そのことが仕事を奪われたときその人たちが何ら尊厳のない価値のないものにされてしまったことでわかった。結局第一次産業にたずさわる人は自らも収入が少ないからと仕事の価値を低くみていたのではないか?そんなことお前に言えるのかということも確かにある。でも現実を見れば今や仕事を奪われた人たちは収入はあっても人間としての尊厳や価値は認められないのである。

今やだから仕事を奪われた人が水産加工場で働いていた女性も同僚の名前を海の方に向かって呼び仕事が再開されたことを祈るようにして喜んでいた。漁師も津浪のあとに漁にでて魚を獲ったことで今までにない喜びをかみしめていた。看護師もまた病院で生き生きとみんなで働きたいと言っていた。仲間とともに働くということが価値あることだったのである。仕事が辛い金にならないとか常に言われるけど一旦仕事を奪われたとき生きがいもない人としての尊厳を与えられないということを知ったのである。仕事が収入が低いにしろそれだけ人間にとって大事なものだったということを自覚していなかったのである。それがいやおうなく自覚させられたのが津浪と原発事故だったのである。

posted by 老鶯 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

春の日の俳句十句(梅が開いた)

 

春の日の俳句十句(梅が開いた)

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黒茶碗手にとり開く梅二輪


春の日にきらめき流る上の川


春の朝ノスリ飛びきぬ遠くより


姉思ふ満面の笑み福寿草


春日さし母の介護や年も古り


春日さしやさしき言葉身にしみぬ


春日さし犬眠る家平和かな


春日さし石五六個や色違ふ


diffirent coloured stones
spring light on
five and six ones


春日さす紫の石映えにけり


春日さし石落ちつかむ家もあり



蝋梅の長くも咲きぬ水玉の一時光り時は移ろふ


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今日は春の光だった。梅が一二輪咲いた。最初一輪だとみていたら二輪咲いていた。今年は梅が咲くのが遅い。放射能でも花が咲かないということはない、ただ梅の実は食べられないのだ。また川は汚れるということもない、透明である。もし花も咲かないとしたらもはや住めないだろう。
黒茶碗であれゆったりと茶碗を手にとる。茶道はやはり心を落ち着かせるためにあるのだ。ただ今は茶室もないし茶を楽しむというわねけにはいかない、介護しているからだ。
花を思う時やはり姉は福寿草だった。太っていていつも満面に笑みを浮かべていた。そううい陽気な性格の人だったのである。また我が家にとっては福の神でもあったのだ。最後は悲惨であってもそうだった。

ノスリは鳶とは違う、一段と精悍であり眼が鋭い、辺りを見回して隙がない、そして鳶のように留まってはいない、どこか遠くから来て遠くへ去ってゆく・・ノスリは留鳥であっても行動範囲が広いのだろう。冬の季語になっていてノネズミや小鳥を食べるという、春には蛙も食べる。冬の季語なのはふさわしい。春に見かけたことはない、でも春もいる。蛙をとるにはまだ早すぎる。


今日は春らしい一日だった。近くの立派な家て広い庭にある石である。石を陳列したような庭になっている。塀もないから丸見えである。その大きな石は色がついていて違っている。その色がなんとも春らしい。色に艶がある。あそこの石は形ではなく色がついていて個性的なのである。石は形に注目するのが多い、色のついた石はあまりないからだろう。性格的に石があっているから石に注目する。色のついた石に春の日がさしてなんとも言えぬ落ち着きがある。ただこの辺は仮設住宅がびっしりと建っていたり落ち着かないのだ。全体的にも落ち着かない、石のように落ち着くことができないのだ。何か津波原発事故からこの辺は騒乱状態であり落ち着かない、こういうところでは何か落ち着いて仕事ができない、茶の湯どころではないともなるがやはり人間の生活は茶の湯も楽しめない状態は異常である。そんなものいらないぜいたくだともなるがそういう状態がもうこの辺は人間的生活すらできなくなっているのだ。

落ち着かないというとき今日も地震があった!津波注意報も出た。津波は本当に地震がきてすぐ逃げない限り助からない、地震で驚いていると逃げられないことがつくづくわかった。津波は時間との戦いだった。時間の余裕がまるでなかった。あたふたしていると30分などすぐすぎてしまう。この逃げる時間のなさが大きな被害になったのである。

春日さし石五六個や色違ふ-色違ふ石五六個や春日さし・・・この違いは色違うを下にもってきて強調したのである。写真のように紫色の石はある。まさにあの石だった。明日写真にとってみよう。
他人の家だからとりにくいところはある。あの紫の石を建てたものである。


蝋梅はまだ咲いている。水玉が一時春の光にきらめきて消える。これはやはり長寿の花である。花としては寿命が長いのである。花は散りやすいというときこの花はなかなか散らない、もう二か月くらい咲いているようだ。雪の中でも咲いていたしまだ咲いている。今度は外に梅が咲いたから外の梅に注意が向く。