2012年02月28日

東風(こち)が吹きはじめた (3月11日は不運が重なったと同時に権力の横暴が暴かれた日)


東風(こち)が吹きはじめた

(3月11日は不運が重なったと同時に権力の横暴が暴かれた日)


海よりし東風(こち)吹きはじむ不運かな


今日強くはないが海の方から東風(コチ)が吹いた。今頃になると東風が吹きはじめるのだ。
3月11日の時、この東風が東南の風が海の方から吹いた。その後に雪となり浪江や飯館村の方に
放射性物質が大量に流れたのだ。一種のプル-ム・・雲の固まりのようになって流れたと学者が指摘していた。2月までは風は北風であり北西の風であり東風はまだ吹き始めない、3月になるとこの辺では東風が吹き始める。

北風だったら浪江の阿武隈山地や飯館村の悲劇は起こらなかったかもしれない、海側は比較的放射線量が低くかったのは風も関係していたし海側に半分流れたのである。原発から5キロの煙突が見える
請戸でも放射線量は一マイクロシ-ベル以下だった。そんなに低いのかと驚くべきものだった。
つまり放射性物質は風の影響も大きかったのだ。そんな近くでそんな低い放射線量になっていたことが証明している。放射性物質の固まりが不運にも雲のように一塊になり浪江の山の方と飯館村に流れ福島市や伊達市や郡山市まで流れたのである。もし北風が吹いているときだったらこうはならなかったろう。雪がふったのも不運だった。飯館村などは不運が重なったのである。

今年は寒いから東風が吹くのは遅いかもしれない、でもやはりすでに吹きはじめているからやはり3月になればさらに東風が吹く頻度が多くなる。3月11日は不運、不吉な日だったのである。

放射能がこれほど風に影響されるものだということをスピ-ディを巨額の金を使って作っていたのだから予測できたけど知らせることをしなかった。最初に知らせたのはアメリカだったというから自国での安全管理もできないのが原発だった。アメリカ頼りだったのである。最初にマ-ク1の古い原子炉を導入したときもアメリカの意向がありアメリカ頼みであり自国の安全を自国で計っていなかった。なぜ地下に非常用電源を置いたのか?それはアメリカでは竜巻が怖いから地下に非常用電源を置いていた。日本でもそれをまねて地下に置いた。これも日本側の安全対策の馬鹿げたミスだった。
日本で怖いのは地震とそれにともなって起きる津浪だったのである。こういう危険なものを他国まかせにしていたため起こった。福島第二原発は自国で改良したものだから事故をまねがれたという。

アメリカでは地震、津浪が怖いから西海岸には原発を作っていない、東部に作っている。日本では
地震、津浪があるのにあえて海岸に作り津浪対策もしていないのだからいかに日本が安全対策していない、のんきなものだったかわかる。なぜそんなことが許されたのか?

それは戦争と同じだった。アメリカの強大さも教えられず無謀に戦争に突っ込んだのと同じである。いろいろなことを知らされずに戦争に強いられたのである。そこで権力による情報操作が行われていた。文部科学省も深くかかわっていたのだから驚く、子供に安全神話の洗脳教育をしていた。しかし誰も指摘するものもいなかった。これは戦争と何らかわりないものだった。つまりその構造自体日本では何ら変わっていなかったのである。戦争のときも官僚であれマスコミであれあらゆるものが戦争へと一丸となって突入したのである。そこには必ず情報操作が行われる。戦争して負けるかもしれないなどと言えば特高に連れていかれる。原発もそうだったのである。

権力による情報操作は常に行われている。テレビであれ新聞であれ雑誌であれ出版であれ常に権力により情報操作されたものとして出されているのだ。それは創価が新聞社に聖教新聞をすらせて権力で情報を操作しているのと同じ手法である。幸福の科学にも支配されていると
なると宗教団体も強大な権力で金でマスコミを買うことができる。東電は莫大な金でマスコミを買収していたのである。

雑誌のwillの記事をみたまい、信じられない、原子力で日本を復興とかそこで執筆している人は今や信じられない、いかに知識人がでたらめなのかこれでわかる。戦争のときただ戦争を讃美していたのが知識人だったのである。莫大な金が流れるから官僚でもどこでも買収できたのである。その結果として民衆は犠牲になった。400万人死んだし原発事故では故郷を奪われ住めなくなった犠牲がでた。
しかしなぜそうなったのか?深く考える人は地元でもいない、地元にはアメを金をやればいいとされ地元もそれに従った。その結果として故郷にすら住めなくなった悲劇が生まれた。


情報は権力によって操作されたものしかでてこない、アメリカ自体も今やそうでありイラク戦争などに突入したのもそうだったと今反省している。一方的な情報しか権力に操作された情報しか入ってこなかったのである。巨大な権力化したもの、会社でも宗教団体でもそういうものがいかに危険なのものか認識していないのである。「権力で社会を動かすことができる、まず権力をとることだ、掌握することだ」何が正義だとか安全だとかより権力で操作するということがまずある。つまり権力自体が人間にとって危険なものなのである。キチガイに刃物である。そうした危険な団体が権力をもったとき誰ももう歯止めができないのである。オウムだってオウム王国だといって権力をもとうとしていた。それだって馬鹿げたことではない現実化することがありえたのである。政府と東電が一体となり
オウム化していたということに驚いたからである。権力が巨大化するとき誰も制御しよがないから怖いのである。



原発もそうだけど自国の安全、防衛もアメリカ頼りだよな、
戦後は原発もアメリカ頼りで日本滅亡の危機にひんするミスをした
日本は何でもアメリカ頼りで滅亡する
自国での防衛とか安全を作る時期にきた
TPPもアメリカ頼りだから危険なんだよ
今やアメリカ人自身が言っている
アメリカ自身が変わりアメリカに追随する国はアメリカとともに壊れてゆくと・・・
 
posted by 老鶯 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

一番立派な仮設住宅 (南相馬市原町区のイオンス-パ-の隣にできた)


一番立派な仮設住宅

(南相馬市原町区のイオンス-パ-の隣にできた)


kasetuhara33333.jpg

kasetuhara2222.jpg

kasetuhara11111.jpg

仮設住宅はまだすべて完成していなかった。南相馬市の原町区のイオンス-パ-の隣にある仮設住宅は今まで見たのでは一番立派だった。写真で見たより木の質感がいいし奥行きが深く部屋が広く感じた。これは今まで見たのとは随分違って立派に見えた。外見もそうだし内部そうみたいだ。
真ん中に廊下があり両側がつながれているのも独特である。すぐ近くがイオンス-パ-だから買い物に便利であり歩いて行けるから車がなくてもここなら街から離れていても不便にならない。

仮設住宅は二年間が期限だけどそのあとも使えるようにするには木の仮設がいいという。あとで建て増しとか木だからいろいろ応用できる。木だからあたたかいみがあるし隣との騒音も遮断できるとかいい点が多々ある。そもそも津浪の被害で家を流された人は簡単に家を建てられないのだから仮設に長く住む人もでてくる。そうなると一時的なものでなくて長く住める場所、借り上げて住む場所にするべきだという意見もある。今回見た仮設はそれに近いものとして使えるように見えた。


原町区では道の駅と市の体育館の脇にもあるが体育館の脇は立地が悪い。体育館の建物にさえぎられて日がささず暗いのである。住む場所は建物自体もそうだが立地も問題になる。立地が悪い場所は原町区の体育館の脇と鹿島区の小池にある所だった。それにしてもまだ仮設住宅を建て続けていた。

それだかけ仮設が必要であった。南相馬市の人でも市内から外に出た人がいて帰ってくるために建てたのかもしれない。一、二割は長く仮設に住むようになるのではないか?小高区の人などは警戒区域が解除すれば帰れるだろうがなかなか帰れない人たち、津浪の被害者などは家がないのだから帰れないのだからその人たちの住宅はまた別なものとして建てる必要が出てくるだろう。相馬市では老人の施設として長屋風の住宅を建てるとか今はそういう安価なもので老人用の施設が必要になっているのだ。

ともかく仮設住宅は一時的なものであり住んでいる人も回りの人も落ち着かないのである。回りでもいづれすぐにいなくなるとか住んでいる人もここにいつまでもいるわけではないとかなると何か落ち着かない状態がつづいているのだ。何軒か新しく家も建っているからこっちに住居を移す人もでてくる。ただ金がないと家は建てられない、津浪の被害者と原発事故の避難者は事情が違っているから分けねばならない、この辺では両方の被害者もいるから困る。津浪だけの被害者は補償はないが原発事故の被害者は補償があるからまた違っている。イオンス-パ-の隣の仮設は点検していたからまもなく入れる。すでに募集ししているだろう。あそこに入った人は得である。
posted by 老鶯 at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連