2012年02月25日

雪のいろいろ


雪のいろいろ


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蝋梅にすでに二度も積もる雪

晩年我が介護して春の雪


深雪に啄木鳥の木霊岩手山


黒々と雪に暮れゆく烏かな


千年の立木観音の根雪かな



蝋梅が咲いたときは必ず雪が降る。梅が咲いたときも雪がふるときがあるが蝋梅は早く咲くから確実に雪がつもる。この辺では春先に必ず雪がふる。これは季節的に決まっている。最初は風花であり冬の最中はほとんど雪がふらない、だから雪は美しいものとして見ている。美的に見ている。会津辺りだと雪国だと雪は美しいとはならない、ふってもふっても払いきれない重荷となっている。

すると、三条、長岡の人間は「雪掻き」と言います。
加茂も「雪掻き」と言います。
一方で小千谷、小出の人間は「雪掘り」と言うようです。
やはり峠を超えた山間部に入った豪雪地帯となると、表現が変わるようです。


うちの夜間アルバイトが、北海道は旭川の人間。
大学生なんですけどね。

結果「雪掻き」もしくは「雪なげ」でした。
「雪をなげる」という表現方法でした。
http://pyonkasa.exblog.jp/17245032/


よく地理的にわからないけどやはり同じ新潟県でも豪雪地帯とそうでないところがある。山間部は豪雪地帯になる。「雪掻き」というとき軽い感じがする。雪がふった、つもった、それをかいてとりのぞく、この辺でも薄く雪が積もるからそんな感じである。たいがい雪かきという感覚である。
ところが豪雪地帯になると「雪掘り」となるときああ、そうか、そういう感じなのかと言葉も生活感覚から生まれることがわかる。屋根まで積もった雪をかいてとりのぞくのではない、雪を掘ってそこに道をつけて行き来する、テレビで見ていてもそれがわかる。とても雪をかいたくらいではとりのぞけない、 旭川では雪投げというのもその土地の感覚なのだろう。雪かきとかやはり軽いものではない、ともかくこの辺では雪の感覚はわからない、風花であり春の雪の感覚である。
でも昨日はあれだけ春の陽気だったのに雪になり寒いと春はまだなのかと寒さが身に沁みる。

 初雪は風花とたとえられるようにひらひらと降りだして、うっすらとあたりを白く覆って、数日で融けてしまう。それから2週間から3週間後くらいから「根雪」と呼ばれる雪が降り始める。
 


 大雪がこわいのは、一つにはこういう雪の重さである。冬の気温によって雪の重さはかなり変わる。北海道などの寒冷地ではさらさらと軽い雪なので、積もっても風で吹き飛ばされてしまうという。逆に新潟県などは北海道よりも暖かい分、湿気を多く含んだ重い雪が降る。こういう雪は積み重なっていくので風で飛ぶこともなく、重たく重たく家やクルマにのしかかってしまう。
http://www.bekkoame.ne.jp/~meza/atema2/atema2.htm


積もったばかりの新雪は非常に軽いのですが、積もっていくにしたがい、自重で圧縮されます。そして、密度が大きくなると同時に雪同士が結合して、しまり雪になります。さらに、気温が高い状態になると雪が融け、ざらめ雪へと変わります。このように、新潟県では普通、新雪→しまり雪→ざらめ雪へと雪質が変化します。
www.pref.niigata.lg.jp/shinrin/rin_nii_200602.html


雪にはいろいろある。これは雪国で暮らさないとわからないのだ。この引用には問題があるかもしれないが引用した。インタ-ネットは全国のこうした生の情報集めるのには適している。

雪の思い出としては小岩牧場で雪がつもり膝まで入って歩いていたことがある。その時聞こえたのはアカゲラの木を叩く音のみだった。アカゲラがあれだけ木を暇なし叩いているのは虫をとるためだった。人間の生活も江戸時代あたりはこういうものだった。人間の営みと自然の動物の営みがさほど変わらない、自然の中に人間の生活は埋もれていたのである。


落葉して遠く成けり臼の音 蕪村


こういうことが日常的に見られた風景である。人の営みの臼をつく音が聞こえるのみで何も聞こえない、落葉して音のみが遠くに聞こえ消えてゆく、そこに人間と自然がおりなす限りないあわれが生まれたのである。飯館村に臼石とかの地名があるのもこういう情景とマッチしていたのだろう。今ではあとに残るのは車の音だけだったとなる。騒音だけしか残らない情景である。都会だったら家とビルだけの風景であり情緒もなにもいのでてある。そうした風景はまだまだこの辺では残っていた。それが原発事故で失われた。ただ放射能の不思議は一見どこが汚染されたかわからないことなのだ。春になれば新緑になり山桜も咲き鳥も鳴くとすればどこが変わったのだろうかとなる。木が枯れたり花が咲かなくなったり水がにごったら深刻でありもう住むことはできない、そういうことがないから別に住んでもいいのではないかとなる。その辺が放射能汚染の一番不思議なことだったのである。