2012年02月17日

猫柳は看護婦にあっている (橘についてなど)

 

猫柳は看護婦にあっている

(橘についてなど)


nekoyanaaka111.jpg



上の方渡れる橋や冬の暮


看護婦の姉に献げる猫柳


猫柳そのあたたかさ忘られじ


冬薔薇薄紅色に二輪かな


冬の暮夕星(ゆうづつ)二つ帰る道


冬の灯やなお一人待つ家族かな

rosepink2222222.jpg



●仕事は天職、与えられもの


イオンの方に行くと橋がある。水無川なのか?いつも水は流れている。橋の名前もわからない、原町では郊外で淋しい場所だった。でも牛越城があったから何もないというわけではない、この辺に住宅地が広がった。原町は住宅地が郊外に広がった。原町は街道沿いが一番古く駅前通りが次に古いけど旧市街というか街自体が過去のものになっている。六号線の方が新しい街になっている。ス-パ-があるところが街になってしまった。今回イオンでこの猫柳を買った。そろそろ猫柳も川原にでているのか?真野川はかなり上に行かないと猫柳はない、津浪で流されたのだ。猫柳は看護婦に一番にあっている、姉が看護婦だったので猫柳は何か一番ふさわしい、今でもあたたかさが伝わってくる。性格が看護婦に向いていた。陽気な外向的な性格だったからだ。いつもニコニコしていたから看護婦に向いていた。太っていたことも癒しの性格があった。病気になったとき親切にしてもらう看護婦は心に残る、医者はとっつきにくいが看護婦は慰めと癒しがある。看護婦という職業自体、本当は生きがいとなる職業である。患者にも感謝されるし親切にしてもらったことはあとあとまでも忘れないのである。それでも今は老人だけの世話でいやだとか職業にはどんなものでも不満がある。不満のない職業はない、でも職業はコ-リングというようコ-ルであり呼ばれるであり天から与えられるということもある。その職自体が尊い神に与えられたものだと思ってやっている人は少ない、そういう職業は今は少なくなった。ただ今の時代人に感謝されるのは医者と看護師であることはまちがいない、他でいくら物を作っていても人に直接感謝されることはないのだ。だから看護師は光栄ある仕事なのである。


仕事というとき本当は天から神から与えられるものである。天職となればそうである。掃除とか一見卑近に見える仕事でもそういう場合がありただ自覚していないことがある。病院の掃除していた人は明かに患者とかかわり患者を支えているから単に掃除しているのとも違っていたのである。現代は職業についてもその満足度が低い、江戸時代あたりだったら職業の満足度が高かった、貧乏だけど高かった。職人気質とか誇りもあった。そういう職業が会社員化したとき喪失した。職業に対する使命感とか自覚がもちにくくなったのだ。ただだから消費するために働いている人が多いのである。車が欲しい、電気製品が欲しい、家が欲しい、海外旅行がしたいとか消費するためにいやいや働くのが現代なのである。だから常にどれだけ金になるかだけが問題になる。消費するために働くとなればそうなる。どんな仕事でも掃除すら尊い場合がある。でも今はどんな職業でも金が第一でありそうして自覚して働く人は極めて少ない、職業のモラルも極めて低い、ただ金になる者が一番得しているという価値観しかなくなった。職業に誇りをもっている人も極めて少ないのである。ただ金のために働かせられているという強制されているという感覚である。だから今は人をへたに家でなど雇えない、頭の中が金だけになっている人間が多すぎるからだ。そういう動機しかないからだ。そういう人は常に監視していなければならないし気も許せないのである。だから本当に裸で家で働かせるということがアメリカであったけど笑えないことだと思った。それだけ気が許せない時代になったのだ。


それでもこの辺ではパチンコか昼間から酒飲んでいるとか仕事がなくて仮設でぶらぶらしている人がふえた。それでパチンコ依存症とかアルコ-ル依存症とにさえなる。パチンコ屋だけが繁盛しているのは異常である。仕事が奪われたからそうなったのだ。仕事などいやいややっていた、しかしその仕事が奪われたとき、その仕事していたときを思い出し仕事できて良かったなとかなっているだろう。仕事そのものはやはり自然から天から神から与えられたものであった。その仕事を大事に尊いと思わなかった。仕事そのもの価値を低く見ていたのである。農業より漁業より金になる原発がいいとなったのもそのためである。金を基準にすればみなそうなる。そこに思わぬ落とし穴があった。何でもそうだがすべて神に与えられるものであり仕事もそうだったということを気づかなかった。何でも人間が作り出してしているというのではない、仕事は神か与えられた天職なのである。だから農業とか牧畜とかは神聖性を帯びていたのである。それは絵画にもなり神話にもなる。最もじかに自然と結びついた仕事だったからである。


猫柳は最初はこんなふうに赤くなっているのか、やがて白くなってゆく、猫柳を見ると姉を思い出す、看護婦を思い出す、何か死んだ人でも自然のものでも物でもそれを通じて故人を思い出すことはある。その物を通じて故人の心が繁栄されることがある。


●橘について


五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする


橘について
http://kamnavi.jp/jm/tatibana.htm


飛鳥にそ橘寺や礎にその紋なれや春の星見ゆ


橘の香りで昔の人を思い出すということはやはりそういうことがあった。人間はどれだけ死別をくりかえししてきたかわからないからこそそれが定型として残る。今だけ人は死んで別れたのではない、延々とそういうことはくりかえされてきたのである。このサイトで詳しく橘を書いているけど橘寺の礎の形は橘紋の形とにている。橘は外国から入ってきたことで有名である。


垂仁天皇が田道間守(たじ まもり)を常世の国に遣わし不老長寿の霊薬を求めさせました。 その霊薬とは「 非時の香菓 (ときじく の かくのみ) 」 とよばれる橘であったと伝えられております


橘は日本にも自生していた。今のみかんがなるような地帯に自生していた。ただ山橘は葉がにているから名づけられたのであり橘ではない、
梅も中国から入ってきたのであり桜の前は春の花と言えば梅だった。橘も梅も香りがある。日本では香りがある花がまれだから余計に好まれた。花といえばヨ-ロッパでは匂うものとなっている。代表するロ-ズが薔薇が匂うからである。エジプト時代から香水があり香るものが珍重された。


紀元前、キリストが生まれた時、東方からの三人の使徒が贈り物を持って聖母マリアとキリストのもとを訪ねた。 その贈り物は、黄金・没薬・乳香であったという。 古代エジプトでは、乳香と没薬は貴重な品物であった。 当時、エジプトではこれらの香料を作ることは出来なかったので、アラビア半島から輸入していた。
http://www.naimatravel.com/egypt.php?itemid=65


英語の香水を表すパフューム(PERFUME)は、ラテン語のPERFUMUM という「煙に通す」という意味の言葉から来ている。 王達の数々の儀式に使われた香料は、その後、貴族や、裕福な商人、そして庶民達へと広がっていった。 古代エジプトの王や王妃達は、沐浴をし、体に香油を塗り肌の保護をしていた


自然の香りでも煙としてゆらめき香りを放つ人工的なものにもなっていた。香りの文化は外国にあり日本にはあまりない、日本では香りの感覚が歴史的に未熟なのである。香りはやはり牧畜民族とか動物臭を消すとかあったのか、日本だって漁労民族だとするとき魚臭さを消すというので香料が必要でもあった。ただ外国ではいかに肉の臭みを消すための香辛料(こうしんりょう - Spices)香料が必要だったか、それがアジアまで貿易に来た理由だった。