2012年02月16日

蝋梅(長寿の花)


蝋梅(長寿の花)

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二駅の行き来や淋し冬の暮

なお生きる90の老冬柳


江戸時代埋もるる墓や冬柳


蝋梅や長生きしてや黒茶碗


蝋梅や今日一日の光かな


蝋梅や薄日につつまれ眠るかな


山里の冬の長しも炉端かな



蝋梅は明かに長生きにふさわしい花である。冬に咲くというのもめずらしい。梅より先に咲く、冬は黒茶碗があっている。利休がこの厚い茶碗を利用し始めた。厚いから湯が覚めないという効用もあった。茶の湯はやはりただ鑑賞するものではない、毎日茶を飲むように実用的なものである。だから実用性も必要なのである。ただ自分は茶の湯をたしなむような余裕がなくなった。茶の湯の心は日本人として何となくわかるのだが茶事とかなると悠長すぎる。それは暇人しかできない、やはり忙しい現代で茶の湯はリズム的にあわなくなっているのだ。沈黙と時間の悠長さがあった時代にあったものなのである。たいがい今なら仕事しながらテレビ見ながら本を読みながらコ-ヒ-飲むというのが時代感覚であり茶の湯のスロ-ペ-スにあわないのである。


まだまだ今年は冬ではある。明日あたりからまた雪がふるらしい。今年の冬は長い、雪国とか北国の冬は長い、そこに冬の文化が育まれた。この辺では雪とかはわかりにくいのだ。高齢化社会はこれまで経験しないことだからそれが社会にどういうことをもたらすのかわからない、負の部分は経済的には大きい。それでも人間社会は負の部分、暗い部分と明るい部分が常に併存している。暗さを知らなければ明るさもない、地獄を経験すれば天国もある。真の宗教者は地獄を経験している。だからこそ親鸞などは迫力がある。明と暗は人間に必ずつきまとっている。津浪の被害にしても凄い暗を経験したのだがそこから立ち直った人は一段として強くなるし人間的に成長しているだろう。戦争の焼け野原に立った人たちはそういう経験をしている。何が人間にとって本当に大事なものでありそうでなかったか、それを身をもって体験してた。一瞬にして愛する人を失い財産を失ったらそうなる。そんな経験をしようがないからだ。


ともかくこの辺でも昨日書いたけどス-パ-ヒタチが走るのが夢だったのかとか何かこういう異常な状態に突然なると人間は夢遊病者のようになる。他の人の体験でもそうなっている。何か現実と思えない、信じられないのである。ヒロシマとかの原爆の跡に立った人もそうだったろうし津浪の跡に立ったひともそうである。こんなことありえないとなり現実とは思えない夢のように思ってしまう。
そういうことがずっとつづいているのがこの辺なのである。そういうことはやはり戦争とか他でもある。事実を事実として受け入れられない、だから信じられない夢のようだとなる。戦争で従軍した人たちもふりかえれば夢のようなっているだろう。それは異様な体験だからそうなっているのだ。でも戦争であり災害であれ人間は異常事態を歴史的に何度も経験している。ただ戦後60年とかは幸運であり対外的にも恵まれていたからそういう異常事態を想像すらしなかったのである。