2012年01月19日

奈良からの遷都の万葉集の歌 (原発で故郷を離れる人の心境の一致)


奈良からの遷都の万葉集の歌

(原発で故郷を離れる人の心境の一致)


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あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな


●奈良の都を離れる歌


大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ

作者不詳巻1−79


大君のご命令を畏くもお受けし、住み慣れた我が家を離れた。山深き泊瀬の川に舟を浮かべて、私の行く川の幾つもの曲がり角にさしかかる度に、数え切れないほど、我が家の方を振り返り見てやって来た。玉桙の道を行き美しい奈良の都の佐保川に到着した。私の寝ている衣を透かして朝の月明かりが清清しく、重なる草の穂一面に夜の間に霜が降り、岩と川面は凍りついている。それほど寒い夜を安息することもなく、通って来て作った家に、千年先までいらして御住み下さい。私もまた通って来ますよ。


あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな
http://blogs.yahoo.co.jp/nosolu2003/4371004.html


寧樂の故りにし郷を悲しびて作る歌一首 短歌を并せたり

やすみしし わご大君の 高敷かす 倭の国は 皇祖の 神の御代より 敷きませる 国にしあれば 生(あ)れまさむ 御子のつぎつぎ 天の下 知らしいませと 八百万 千年(ちとせ)をかねて 定めけむ 平城の京師(みやこ)は かぎろひの 春にしなれば 春日山 三笠の野邊に 櫻花 木の晩こもり 貌鳥(かほどり)は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば射駒山 飛火が嵬(たけ)に 萩の枝を しがらみ散らし さ男鹿は 妻呼び響む 山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴の男の うち延(は)へて 思へりしくは 天地の 寄り會ひの限 万代に 栄え行かむと 思へりし 大宮すらを 恃(たの)めりし 奈良の都を 新世(あらたよ)の 事にしあれば 大君の 引のまにまに 春花の うつろひ易(かは)り 群鳥の 朝立ちゆけば さす竹の 大宮人の踏み平し 通ひし道は 馬も行かず 人も往(ゆ)かねば 荒れにけるかも

  反歌二首
立ちかはり古き都となりぬれば道の芝草長く生ひにけり(六ー一〇四八)
なつきにし奈良の都の荒れゆけば出で立つごとに嘆きし益(まさ)る(六ー一〇四九)


 大汝(おほなむち) 少彦名(すくなひこな)の いましける
    志都(しつ)の石室(いはや)は 幾代経(へ)ぬらむ 」

     巻3−355 生石村主真人( おひしの すぐり まひと)


この辺で起きていることは何なのか、この混乱は何なのか理解しがたい、警戒区域になり故郷から離れて暮らす人は余計にそうだろう。浪江の人は二本松のマンションに移り住んだけどそこが津島の採石場の石を使っていたので放射線量が高くここに住んでいられないと泣いていた。浪江の人は本当に災難だった。津島に町民ごと移動してそこが一番放射線量が高かったのである。スピ-ディはアメリカに知らせても肝心の地元の人には知らされなかった。そして津島が山だから安全だと思い町民が避難したのである。今度はその津島の石の放射線で苦しんでいる。それにしても津島は石の産地でありあれだけ各地に売っていたことに驚く。津島石とかあり石の産地としてはそれなりに有名だった。


ともかく故郷に住めるのか住めないのかとかが未だに原発事故で問題になっている。宮城県とか岩手県でも津波で被害にあった壊滅的被害を受けた地域でももともと住んでいたところに住めるのかすめないのかが問題になる。もう住むことをあきらめる人もかなりでてくる。それだけ被害が大きかった。原発事故関係では放射能の問題が解決しないと住みにくい、この放射能はやっかいでありどれだけ危険なものかもわかりにくい、住めるという人と住めないという学者もいてわかりにくいのだ。
でも人間はそんな簡単に故郷を捨てて別な地域に全員が移住したりできるものなのか?移住したとしても実際に移住はあってもほんの一部だった。町民村民全員が移住する、いなくなるということを想像できなかった。ただ今直面していることは全員が町から村からいなくなる住めなくなっている。
そしていつ帰れるのか、もう帰れない、住めないのかということが問題になる。


 万葉集の歌と心境が一致する避難者
http://musubu2.sblo.jp/article/45938544.html


なぜこのペ-ジが読まれているのか不思議である。これを読んでいる人は避難している人なのか、そうとしか考えられない。仕事ができないということでそうなっている。昼間から酒飲んでいる人とかパチンコしている人とか仮設住宅でやることがなくそうなっている人が増えているからだ。


●都を離れることと故郷を失うことの心境の一致


万葉集の歌をとりあげたのは奈良から遷都するとき人々はどうなったのか、その心はどうだったのか記されている。奈良の都に長く住みたいとしても遷都することになり住めなくなった。その都は荒廃していった。それは今の警戒区域の状態とにている。


玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ

夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ ・・・


困難な状態をのりこえて作った家だからこそ愛着がある。だからその都を家を離れがたいものとなる。家を作ることはやはり昔も今も大事業になる。自分の家も姉がいつもこの家を作ったと自慢していた。そのことを何度も聞かされたからその話しとともに家への愛着が生まれる。ましてや何代もつづいている農家などは家と土地が一体化ししているから余計に愛着があるからこそ故郷を離れたくないとなる。


あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな

こんなふうに愛着が深いものとなる。家はやはり一代では終わらない、最低二代はつづくから今の感覚だと長いのである。10年20年でいろいろなものが変わるから家の寿命は長いのである。この万葉集にでてくる家は貴族の家だからもっと長く住んでいた。しかし都が移るとなると長く住んだ家からも離れることになる。


さす竹の 大宮人の踏み平し 通ひし道は 馬も行かず 人も往(ゆ)かねば 荒れにけるかも


現在の警戒区域はこうなっている。馬ではない、車も通らないとなる。そんなことがありうるのかというけど現実にこれと同じ様な状態がここで起きている。市町村が崩壊して衰退してゆく危機に見舞われている。ギリシャではオ-ストラリアなどに移住しようとする人が急増している。東欧でも仕事がなく移住しようとする人が増えている。原発事故だけではない、経済的に困窮すれば人は故郷でも離れ住む人が増えてくる。外国に移住するとなると大変だがヨ-ロッパ辺りはそうした移住が歴史的にもあり英語ができれば移住しやすいとなる。日本でもかつては北海道とかプラジルとか集団移住した歴史はある。けれども故郷自体がなくなるということなどはない、そこに暮らす人がいてわずかの一部の人が故郷から離れたのである。もし故郷に住む人がいなくななれば歴史の断絶が起こる。
身近なものとして墓も個々人の家の歴史を伝えるものであればそれも断絶してしまう。相馬藩としての歴史も警戒区域にありそれも断絶してしまう。歴史は土地に記されているからだ。そうなるとアイディンティティも喪失する。


 大汝(おほなむち) 少彦名(すくなひこな)の いましける
    志都(しつ)の石室(いはや)は 幾代経(へ)ぬらむ 」

     巻3−355 生石村主真人( おひしの すぐり まひと)


これはそれぞれの家の墓ではないにしろそれ以上にその土地に記された歴史が石室として残っていた。それはそこに最初に住み着いた先祖のことをさしていたのだろ。


萩の枝を しがらみ散らし さ男鹿は 妻呼び響む 山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴の男の うち延(は)へて 思へりしくは 天地の 寄り會ひの限 万代に 栄え行かむと 思へりし 大宮すらを 恃(たの)めりし


さ男鹿は 妻呼び響む 山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし・・・とかこういう牧歌的風景も喪失する。これは鹿だけではない夫婦のことでもあるだろう。奈良の都は今の都とは余りにも違っていた。東京などとは想像すらできないものだった。  天地の 寄り會ひの限 万代に 栄え行かむと 思へりし 大宮すらを 恃(たの)めりし・・・天地のなかにあったのであり天地を頼みとしていた都だったのである。それはエジプト文明でもマヤ文明でも同じである。天地を頼みとした文明であり原発とか機械とか科学などこれだけ人工のものを頼りにした文明ではなかった。そこが今の都とはあまりにも違っていたのである。電気を頼りにした文明でもあった。この電気はどこからくるのかといえば天地からではない、石油であり石油なら遠い中東から運ばねばならない、石炭も日本にはなくなっているからオ-ストラリアからなど運んでいる。原町の火力発電所も石炭を使っていてオ-ストラリアから運んでいた。オ-ストラリアには石炭の埋蔵量がまだまだあり百年とか間に合うと言われている。原発でなくても発電はできるのである。原発をつづける意図は日本の技術力の維持であり核兵器につながる技術力を持つことでありまた海外に輸出するという別な意図もあった。電力を供給するなら別に石油、石炭でも間に合うのである。ただ原発をもつことが先進国であり技術力を示すことになるから作っていたのである。


●欲望、金だけの追求で他の大事なものを見えなくした現代の危険


いづれにしろ故郷に住めなくなるという代償はあまりにも大きすぎた代償だったのである。それまでして原発に頼る必要があったのかというと実際はそうではなかった。その辺が政府とか財界とかにより隠されて情報は操作されて原発は作られてきた。地元でも金になるということで経済的効果のみを求めて容認してきたのである。津波にしても20年前に仙台市の海近くが住宅地として開発されたとき学者が貞観津波の痕跡が発見されたとして警告していたが住宅開発をすすめる業者などから脅迫されたという。安全より開発による利益優先でありこれは原発でも同じだった。安全よりコストカットして東電では利益を上げることだった。だからこそコストカッタ-として社長にのしあがった。人間の欲望は限りなくその欲望が無限に肥大化して安全とか何かほかのものは見えなくなる。欲望にただひたすら突っ走る、金になればなんでもいいんだというのが高度成長時代であった。そこに戦前からあった義理人情もへったくれもない、モラルもなにもない、ただ金にさえなればいい、相手も蹴落としてもなんでもいい、金をもうける奴が偉いんだとなった。「武士は食わねど高楊枝」などということはありえない、金のない奴は誰も相手にしない、そういう欲望剥き出しの社会を形成したのが戦後だったのである。カルト宗教団体でもそうしたぎらぎらした欲望が前面に出して恥もしない、それが当たり前だとなってしまった。欲望しか金しか頭にないから見えないからある分野では怖いことになる。

福祉の分野などではヘルパ-などと入ってきて認知症の老人を簡単にだますことになる。家に入る人は本当に危険である。あらゆる人が頭に金のことしかない、ここでいくらになるんだ、なんだたいした金にならないとか絶えず仕事でも金の計算しかしていない、金のこと以外見えなくなっている。そういうことが原発事故になり天罰だったというとき確かにそうだったと納得もする。人間の欲望はどこかで抑えられることが必要でありそれがないと原発事故のように恐ろしいことが起きる。津波で被害にあったところも千年前の津波など全く無視して宅地開発したのである。自分も時事問題の深層で書いた相馬市の奥まで貞観津波では来ていたいうのに驚いた。なぜ津波に宮城県とか福島県が無防備だったのか不思議だった。確かに自分も警戒していなかったけど海側は何か本能的に怖い感覚は誰でももっていた。そういう本能的な恐怖の感覚、自然に対する畏怖とかが失われたのも現代だったのである。「安全神話」が形成されたのもそのためである。それほど人間は人工的な文明人となって自然に対する畏怖を失い、天地から離れた生活になっていたのである。


家という建物の歴史
(土地や家に愛着するのはなぜか)
 http://musubu2.sblo.jp/article/47280019.html
posted by 老鶯 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連