2012年01月14日

2012-夜明け(津波の跡に昇る太陽)


2012-夜明け(津波の跡に昇る太陽)
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まだ明けぬ大地凍てつき光る月


松一本残る夜明けに寒の月


家もなし松一本や寒の朝


寥々と松一本の残るかな寒の夜明けに月の光りぬ


新年の朝日輝き昇るかな津波の跡の大地凍てつく


津波跡人の涙も凍りしも朝(あした)に生きむ陽の昇るかな


二軒ほどここにありにし家知りぬ大地凍てつく寒の朝かな


家ありし跡に来たりて新年の陽は昇りしも大地凍てつく



6時ころ海の方に行った。月がまだこうこうと光っていた。大地は雪が残り凍てついている。ここ一週間くらい寒い。津波の跡は荒寥としている。一本の松が残り寒月が光る。この光景そのものが凄まじいものとなっている。写生自体が今やこの辺でありえないものとなっている。枝が折れ右田の松原の残った松も凄まじい。この辺では高田の松原とは違い、松は残った方だろう。それにしても右田の松原はいい松原だった。それが根こそぎなぎたおされた。そこで残った松は貴重である。


この光景はロシアから満州にくる所の荒野ににていた。大地が凍りついていた荒野が車窓から見えた。満州だったら零下何十度の世界だから比べることはできない、夏でも冬だった。満州と違うのはここには人が住んでいたということである。その人の住んでいた所に人が来ていた。あの辺には確かに二軒家があったし写真もとっていた。写真にとっていたところがかなり消失した。だから写真は貴重になった。あとで消失したところの写真を出してみよう。津波の傷痕は余りに深い、未だ何ら復興していない、あそこに家が新しく建ったりしたら復興したとなるがそれもないだろう。あのままの荒寥とした風景が残されれば津波のことは忘れられないだろう。満州とは違い荒野ではない、人が住んでいたからである。それでも新年の朝日が美しく輝き昇った、生き残ったものは生きねばならない。
太陽は美しく輝いていた。


松一本残る夜明けに寒の月


寥々と松一本の残るかな寒の夜明けに月の光りぬ


これは同じ光景を読んだものである。俳句と短歌は共通性がある。でもこれを比べたとき俳句の方が簡潔に引き締まっていい。つまりこんな光景など普通ありえない、だから写生そのものが凄まじいものとなっている。普通にはありえないから写生そのものが特別なものとなってしまったのである。
現実の写生は身にしみるのであり異様なことが写生となったのである。