2011年12月25日

雪の俳句(弘前-長野)


雪の俳句(弘前-長野)

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青森や雪に埋もれし駅舎かな


(弘前城)


雪深し弘前城に踏み入りぬ


弘前や朝の光に舞いし雪


弘前城門三つ古り根雪かな


堀凍り溶けざる日々や弘前城


朝の雪心洗いて五重塔


雪の中一人乗りにき境松


常夜灯雪に埋もれて野辺地かな


湯沢なれ夜行列車は雪の中


区界の雪に埋もれて久しかな


曲屋や雪に埋もれて奥会津


貧しさや信濃の雪に一茶かな


山々のさえぎり長野の雪深し


雪国や何をついばむ烏かな


夜行列車雪国あとにひびくかな


雪国の灯(ともしび)あわれ人生は遠き記憶や雪ふりつもる


弘前に煉瓦の銀行古りにけり朝雪踏みつ街を歩みぬ


明治なる形見と残る銀行や誰が勤めたる根雪に暮れぬ




雪の弘前城
http://4travel.jp/domestic/area/tohoku/aomori/hirosaki/
hirosaki/travelogue/10533201/

弘南鉄道 境松-田舎館 黒石駅発
http://www.youtube.com/watch?v=3CZMW9TS7Vw

 

みちのく冬の旅の記録(小林)
http://www.musubu.jp/fuyutabikiroku1.htm



雪の時も電車で延々と旅していた。ここは雪降らないけどしんしんと冷える。雪降るにふさわしい。それで雪ふる景色が浮かんでくる。みちのくは雪に埋もれる所が多い。日本は半分は山国であり雪国なのだ。「心から 信濃の雪に 降られけり-一茶」雪は場所によって違っている。一様ではない、ただこの雪の感覚はわかりにくい、弘前の雪は明るい感じだった。朝の雪の景色は本当に美しかった。きらきら明るい雪が朝ふっていた。弘前で見た雪は一番美しかった。その他は雪というとき何かどんよりして重苦しいのである。会津でも何かいつも曇っていてどんよりしている。明るさがないからあまりいい印象はない。雪は一般的に暗い空からふってくるからそうなる。ただ弘前で見た雪は違っている。明るい雪だったのである。雪はこの醜い人間世界を清めるものである。雪の中に埋もれて人間は消える。灯だけがともっている景色はいい、人間の世界は一旦氷河期が来て人間が消えた方がいいのかもしれない、そしたらそのあとまた自然が復活するかもしれない、現実に放射能汚染された地帯は三十年は住めないとか嫌になってしまった。


一層氷河期がきて埋もれてしまいばいいとさえ思う。人間の世界はあまりにも汚い。それは結局人間の欲のためなのだ。犯罪も結局人間の限りない欲から起きてくる。原発事故だって元を正せば豊かな暮らしをしたいという欲だったのである。人間の欲は絶対に抑えることができないのである。女性への性的欲だって男性へのだってどっちにしろ抑えられない、あらゆる欲望は抑えられない、その欲望は限りなく広がったのがグロ-バル化社会の一面だったのである。世界的に欲が制限されない社会は実際恐ろしいものだったのである。戦争にしても正義などどっちにしろない、欲と欲の争いである。それが大量の死者を生んだ。個々にしても欲であり全体にしても欲である。カルト宗教団体も巨大な欲の固まりである。最も欲望がぎらぎらした場所がカルト宗教団体である。そこで欲望が満たされない不満が絶えざる祈りとなっているのだ。


この世のこうした限りない欲望に対して神が怒ったのが今回の津浪だったかもしれない、文明への警告だった。あくことなき人間の欲望が文明を作った。だから神から見るともうがまんがならないとなり津浪で原発も破壊した。文明を破壊する巨大な災害がまた来るかもしれない、いづれまた氷河期が来て人が住めなくなるかもしれない、人は氷河の下に埋もれる。温暖化というけど氷河期も自然のスケ-ルではまた来ることもありえる。それも自然のサイクルでありその時これだけ汚染された文明社会は消され再びそのあとに原生の森や海や大地が復活するともなる。もう人間社会は汚れきってしまった。再生は不可能である。新たな原生の自然の復活なくしてもう清められることはない、それが大津波として現れたのかもしれない、これからも巨大な災害がおそってくる。文明を滅亡させる災害がおそってくる。それも神の御意だとするとき
あきらめるほかない、それほど神聖な地を人間は汚しすぎたのである。


弘南鉄道は旅情ある路線である。青森の鉄道は旅情がある。北の果ての旅情がある。冬は青森がおすすめである。新幹線で今度は行けるけど早すぎると旅情も消える。旅ができなくなったけど心の中で旅はつづいている。いつも旅している。それでインタ-ネットの中で旅ができる。写真とかビデオがでているので便利である。記憶をたどりよみがえる旅ができる。人間は忘れ安い、自分で前に書いた俳句でも忘れているから意外と写真は貴重になる。特に外国の写真は貴重だった。なぜなら二度と行けない場所が多かったからだ。人間はとにかく何事忘れやすいのだ。津浪でも四百年前にこの辺であってもそんなことを話題にする人もいなかった。人間は次々に目の前のことに心を奪われ忘れてゆくのである。だから俳句とか短歌は一つの記録としてもあとで役に立つ、何か記憶しないことには忘れてゆく、弘前城は写真に出ていたので思いだしたのである。