2011年12月05日

冬椿(相馬市城下町の冬の情緒-俳句十句)


冬椿(相馬市城下町の冬の情緒-俳句十句)

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病院に通う老人枯木かな

小泉橋朝にわたるや冬椿


冬日さし城下町の辻塩地蔵


我が歩む相馬市の通り冬椿


シクラメン三色映えて通りかな


相馬駅松一本に冬椿


城下町路次に入れば冬紅葉


城下町北風唸り路次に入る


看護師の楚々と働く冬椿


相馬市に磯部の見ゆや枯野かな


電車来じ垂れこめにけり冬の雲


相馬市の古書店静か冬紅葉


六号線遠くに通ぜじ冬紅葉


城下町歩みであわれ冬の日や六万石と誰か訪ねむ

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今は冬椿であり寒椿ではない、寒椿は最近暖冬でそういう感じが出ない、一月から二月の寒い時である。人間は歩かないとつくづく情緒を感じない。自転車も実は歩くのとは違っている。通りすぎることが意外と多いのだ。相馬市に行ってもス-パ-に行くけど相馬市街は通りすぎてゆくのである。
人間は歩いて感じる風景を失った。自転車でもそうなんだから車だったらまず常にどこでも通りすぎてゆくだけである。人が歩き通ってゆく姿がないのである。だから車は人間性を喪失させる機械なのである。車は通りすぎて何か遠くへ遠くと行ってしまうのである。そういうことは日々の生活でもそうなっているのだ。人も遠くへ遠くへと離れ行ってしまうという感覚になる。


今日はまた下腹が痛くなり緊急で相馬市の総合病院に行った。これも時々なるから困る。交換するば直るのだけど何か結構怖い思いをする。緊急の処置が必要なのである。だから救急医療ができないと軽い場合でも死ぬことがある。だからこの辺の一番の問題は医療なのである。この辺ではまともな医療がうけられない。まあ、なんとか医者にかかれるのだから江戸時代よりはいいとはなる。江戸時代あたりはちょっとしたことでみんな死んでいたのだろう。医療を受けられなければ死ぬ。その病院の道を下ったところにあの塩地蔵がある。そして小泉川があり短い橋がある。あの橋が情緒があるのだ。塩地蔵に冬日がさし冬椿が映えていていかにも冬らしい情緒である。あそこに注目している人は少ないだろう。意外と何でもないところに情緒がある。相馬市は確かに城下町なのだけど城下町なんだということを知るためにはお掘りの城跡まで行かねばならない、すると駅に下りて歩くとなるとかなり遠いのである。だからお掘りまで歩いたことはないのだ。自転車では行っても歩いては行ったことがないのだ。相馬市のような小さな街でも今や歩くことはないのである。


今日はまた待ち時間があったので駅の回りをまた歩いた。工事したいたのでうるさかった。ステ-ションプラザとかありビルの上の七階に上ったら磯部の方が見えた。街を知るには高いところに上る必要がある。磯部の海の方が確かに見えた。磯部にはバスも通っている。小学校が高台に残ったからである。あそこのことをテレビでも写していた。あの辺の人は生き残ることができた。でも大多数は海岸に接して住んでいたから被害が大きかった。

何かまだこの辺は工事が多い。近くでも三軒くらい家が壊された。相馬市の駅前通りも三軒が空家になっていた。あれも淋しい感じになる。北風が唸っていた。通りは明かに人が歩くことによって活きてくるのであり車が通っても活きてこないのだ。人間は今や歩く喜びを失っているのだ。古い街はとにかく歩かないと良さがわからない。相馬市は歩くに向いている。歩けば通りの店に眼がむく、駅前通りに花屋があった。それも気づいていなかった。いろいろなシクラメンを売っていた。季節柄あっていた。店は見せるでありそこに意味があった。

裏の路地を歩むと冬紅葉が映える。古書店が一軒通りにある。あれも通りに必要なものである。ブックオフとかは何か通りにふさわしくない。通りにはやはり昔ながらのものがあっているのだ。コンビニなんかもあっていないのだ。でも実際の用となるとどうしてもコンビニに入るのである。街というときやはりそれなりのものがそろっていないと街にはならない。その街の店が歯がぬけたようなると街自体が成り立たなくなる。相馬市でも目立つのはやはり医院である。原町もそうだった。ともかく相馬市は城下町としてのそれなりの情緒がある。でも外から来た人には感じにくいのである。旅をしてもそういう場がある。有名な観光地でもそうである。京都辺りも実際は住んでみたらわかるがちょっと旅したくらいではわかりにくいのである。いろいろな謂われもわかりにくいのである。


電車は今年中に通るらしい、それも一時間おきくらいに通るというから助かる。
相馬市から亘理までは便数が多いけど原町-相馬は少ないから不便である。
電車が通らなかったら冬の雲が動かずたれこめる気分になる。なかなか仙台はゆきづらくなった。
交通が遮断されると本当に江戸時代にもどる。冬の雲がたれこめて動かない。
人もなかなか動かなかったのが江戸時代だったからである。ただまだ車をもっている人はそんな感覚にはなっていない、車をもっていないと余計にそうなるのだ。