2011年12月21日

年の暮(整理しきれない本-文章を書くコツ)


年の暮(整理しきれない本-文章を書くコツ)



冬の暮電車通りぬ一区間


町中の墓所のそば冬椿


年の暮整理しきれぬ本の山

今日は電車が原町-相馬市間で開通した。八カ月ぶりだった。でも相馬市から仙台までと磐城までが開通するのはいつになるのか?磐城は原発事故で開通できない、津浪の被害は線路にはないから原発事故の放射能問題が解決すれば開通できる。それも先が長くなるのだろう。放射能問題は先が長いのである。三十年で廃炉とかなんとかその長さが問題になった。相馬市から先は津浪で駅も流されずたずたになったから別に線路を作るとなると五年はかかると言われている。これも先が長い、バスは相馬市から三十分おきにでているから電車で行けるから改善した。電車が通じないとやはり遠くには行きにくくなる。そもそも自分もの場合は遠くに行くことができない、誰も代わって介護などしてくれない,介護などでも人に頼むとなるとどれだけ大変なものか身をもってわかった。あとでいろいろ大変なことになる。だから簡単には頼めない、だからどうしても自宅で楽しむためにテレビを大容量で記憶するレコ-ダ-を今日買った。テレビもその時間でみるよりは記録したものを選択してみるようになった。ちょっとパソコン化している。テレビでもそうだが情報の整理に追われている。

テレビですら実は自分なりに編集するとそれが一つの意味をもってくる。編集というのは映像ですら必要だった。テレビの番組をただ一方的に見ていると洗脳されるのである。そしてテレビだけではもはや情報がたりない、もっと専門的に詳しく見ようとしたらインタ-ネットで調べたり解説が必要になる。自分の得意分野でテレビの解説ができる。テレビは大衆にわかりやすいようなものしか放送しない、もっと詳しく専門的になるとどうしてもインタ-ネットでも本でも解説をさらに加えないと深く知ることはできない、その作業がめんどうなのである。BSもテレビでは多少専門的になっているがやはり視聴率をとるということから逃れられないからどうしても大衆向きから逃れられないのである。


読書のコツは何かというと自分の経験では奇妙だが本を読むことではない、自分のテ-マとか自分の研究をすすめるためにはそれに関した本を集めることであった。一定数の本を集めない限り自分なりのものは書けない、たいがい本を出している人は小説家でも学者でも一定数の蔵書をもっている。有名な小説家だったら一軒の家を書庫にするくらいもっていた。司馬遼太郎みたいなるとしたらそうなっていた。図書館があるからいいではないかというと図書館でも自分の関心のあるものがあるわけではないのだ。そして思考しながら読むというなると自分の家が小さくても図書館になっていないと自分なりのものは書けない、本というのは一冊だけ読んでは自分なりのものは書けない、それに関してのかなりのボリュ-ムの知識の集積が必要になってくるのだ。

そして今近江商人というのに興味をもって知識を集積しようとしたら自分の集めた本の中にあった。それらを編集すれば自分なりのものが書ける。それを次にプログで紹介しよう。本というのは厚い一冊を全部読むのではなくその中の一部が自分なりに表現しようとするとき必要になってくるのだ。それを自分はインタ-ネットで引用して編集して発表してきたのである。ただインタ-ネットにはまだ専門的なものがそれほどでていない。

本には膨大な知識の集積があるのだ。ただどこにあるのか意外とわからない、だからそうしたそれぞれの分野でのテ-マをもって調べるときそれなりの本が必要なってくるのである。本の問題はキ-ワ-ドでは調べられないことなのだ。インタ-ネットだったらキ-ワ-ドで調べられる。でも近江商人を調べるならキ-ワ-ドで本を検索して集め読む必要があるのだ。何か研究する場合、本一冊をまるごと読む必要はないのだ。部分が編集のために必要なのである。だから本をぱらぱらとめくりこれは自分の文章に必要だというときマ-クしておくのでただのべつとなく本を読むことは効果的ではないのだ。


ともかくいろんな整理があり整理しきれない、家のことも全部自分一人でやっている。家事も一人でやるとなると大変である。家計から食事の用意から洗濯から掃除から全部自分一人でやることは大変である。だから整理がつかないのだ。そして知識は何かで活かさない限り活きてこない、原発とか津浪とかのテ-マで知識を活かそうとするとき知識が活きてくる。そういうことを津浪や原発事故で書いてきた。すでに原発事故のことだけで大変な知識が必要であった。とても一人では手に負えないものだった。でも現実問題として自分にもふりかかった問題だからなんとか知ろうとした。知識は何か切実なものとして知る必要ができたとき活きたものとなるのだ。病気だってわからないなりに自分の問題になればみんな真剣に知ろうとする。その時むずかしい医学でも科学でも法律でも知ろうとするのである。原子力発電は最初から科学者でも危険だと警告していた人はそれなりにいた。三十年前とかからいたのである。そういう本は残っている。でも大きな声とはならなかった。そこが一番の問題だったのである。

なぜ大きな声とならなかったのか?危険を警告しても大きな声にならなければそれは意味をもたなかった。本を出して警告しても大きな声とはならず見逃されていた。一般の人はむずかしいから関心がなかった。自分なども近くても30キロ圏外であり遠いと思っていたのである。それは事故になってはじめてこれだけ広範囲に影響することを身をもってしった。ともかく大きな声にならなかったのは結局情報は権力によって操作されたものしかでてこない、原発が危険だという声は大きくさせられなかったのである。それはすべてのマスコミも加担していた。福島県の新聞であれ雑誌であれ全く警告もしていない、だから前の福島県知事の佐藤栄佐久氏が原発村に逆らったのは重大なことだった今になって知ったのである。あとは原子力村によって情報は操作されていたのである。


ともかく今年も終わろうとしている。なにかやと疲れた一年だった。すでに五年間ふりまわされた。まあ、自分が病気にならない限りこんなことはなかった。健康ほど大事なものはない、健康でありさえすれば困難もなんとか乗り越えられるのだ。健康がなくなったときすべてが崩れてしまうのである。だからすでに健康ではないのだけどなんと健康でやっていけることを祈るほかないのである。

2011年12月22日

日本語を英語にしたら日本人のアイディンティティは喪失する (TPPで日本語まで英語にしようとする無謀)


日本語を英語にしたら日本人のアイディンティティは喪失する

(TPPで日本語まで英語にしようとする無謀)

●TPPの日本語の英語化はフェニキア人と同じ発想


第三に、自民党政府の「対米追従政策」が教育に反映されているからである。
アメリカの「日本語が貿易の障壁だ」という一方的な非難を受け入れ、「英語が使える日本人」を作ろうとしているのである。
http://www.prof-tsuday.com/etsusei/etsusei-1.html


言葉が何なのかそもそも謎であり解明できない、民族ごとに言葉があり地域ごとに方言があり違っている。言葉は第一のアイディンティティを作るものであり言葉が通じれば心も通じる。でも言葉というものがどうしてできたのか?それは謎である。英語を中心としたアルファベットはフェニキア人が貿易のために取引に便利なものとして作った画期的なものだった。なぜならそれまではエジプト人の神聖文字とか粘土版に刻まれた楔形文字でありこれは複雑であり簡単に理解されるものではなかった。つまりこの時からすでに広く汎用語としての共通語としてわかりやすい簡便なものとして言葉を作り出す要求があり作り出されたのがアルファベットだったのである。アルファベットにはそうした汎用語となりやすい性質をすでにもっていたのである。漢字とかはどうしてもエジプトの象形文字でありなかなか汎用語として通用しにくいものを今でももっているからアルファベットが主流となった。明かにアルファベットが数字的なものとして数学的なものとしても相性が良かったのである。それでなければコンピュタ-の言語が英語だからこそアルファベットだからこそソフトも開発されて今日のパソコンが普及したのである。アルファベットがコンピュ-タ-を作ったともいえるのだ。漢字が入っているような象形文字ではコンピュ-タ-の言語を作りえなかったのである。フランス語でもドイツ語でもコンピュ-タ-言語になりえたのではないかというと男性、女性、中性とか冠詞が違っていることでその区別がむずかしいから問題があった。英語が普及したのは英国とアメリカの世界支配があったのだけどやはり汎用語になりやすい、共通語になりやすい性質をもっていたのである。


●言葉はその土地土地の風土から生成発展した


言語の謎は深い。なぜなら言語はネティブというようにその土地の風土と密接に結びついて生まれてくる、自然に生成してくるような側面ももっているからだ。例えば日本語にしてもこれがどうして生まれたのか謎である。その起源がどこにあるのか未だにわからない、だからいろいろな起源説がある。イスラエル語も起源の一つになっている。それほど日本語は謎なのである。それでも言葉が数学とは違っている。数学は本当に世界の共通のものとして明確に認識される。そこで科学は世界的普遍的なものとなった。しかし言語はそうではない、そもそも言語は明かにその土地と密着して生まれているからだ。だから日本語の起源を外国に求めるより日本で生成発展したとみるのがいいのである。確かに外国起源のものがあっても日本の風土に密着して育まれ発展したのである。例えば「静けさや岩に沁み入る蝉の声」というときこのしみ入るというのが日本独特の言葉であり翻訳できないのである。それは感覚的に日本に住んでいないと理解できない。

しみ入る湿る-しめったとかから出た言葉なのだろう。日本では雨が多いからしめっている・・・それで雨がしみ入るとなる。それは岩でも苔でも雨がしみいる、そういう湿潤な風土から生まれた言葉なのである。外国では雨が少ない所も多い、砂漠のような所も多い、そうしたらしみ入るという言葉の感覚は理解できない、からからに乾燥しているからだ。日本の風土は常に土でも岩でも苔でも植物でも雨がしみ入るという表現になる。この感覚はモンス-ン地域で共通しているからモンス-ン地帯に起源を発していると言えるかもしれない、でも日本的風土とマッチして生成したことは明確である。外国では一般的に乾燥しているから言葉もからっとした感覚のものが多い。クリア-とかもそうであり乾燥地帯に生まれた言語なことはまちがいない。言葉もそういう風土に根ざしているのだ。

だから俳句というのを外国人は理解できない、現実に英語に俳句を訳すと実につまらないものになるのだ。実際は詩は訳すことができないのである。ホイットマンの詩でもあの広大なアメリカを詩にしたとき言葉がすでに表現できないものとなっていた。グランドキャニオンなど言葉で表現できない、表現を絶したものであった。だから言葉で表現しようにも言葉を超えてアメリカという巨大な世界があった。それに肉薄しようとした格闘としてホイットマンの詩が残ったのである。それは日本的風土感覚とはまるで違った想像を絶するものだったのである。


日本の四季は外国では経験できない独特のものである。だからこそ季語を中心とする俳句芸術が生まれた。これだけ短い芸術が生まれた。でも英語に訳すと実につまらないものとなってしまう。これのどこが詩なのかとなる。俳句を理解するには日本に少なくとも一年住んでみないと理解できない、なぜなら四季を経験しなければ風土とか天候を理解しないと理解できないのである。日本の気候はめまぐるしく変わっている。大陸はこんなに変わらないのである。北海道が多少大陸の風土ととにている、だから北海道では何か俳句がひったりしないのである。明確な四季がないから季語も適用できないのである。

つまり風土を知らなければ芸術も理解できない、何かドイツの大地を一度踏んだだけでその大地からドイツのみにあるエネルギ-が放出されているのを感じた。それがベ-トベンの音楽を理解するものであった。ゲルマンの大地からベ-トベンの音楽も生まれていたのである。だからドイツの大地を踏まない限りベ-トベンの音楽も理解できないというのは本当である。何か憂鬱だったり暗く感じたり重苦しいのは霧が多いとかそうした風土気候のためだったのである。ゴシックの建築は明かにゲルマンの森を原型にして作られた。その石の柱は樅の樹なのである。ドイツの樹は樅の樹である。タンネンバウムである。日本でも樅の樹がありそれを良くみているとドイツ人の心に通じるものがでてくる。ブナの樹や松の樹とは違っているのだ。日本では曲がった松である。ところが外国の森は樹は神殿や聖堂の柱のように規則的でありそれが合理的精神とか数学が生まれた素地だというときそういう感覚になる。熱帯の密林とは違っている。だから西洋文明が建築が基になっていることがその土地を踏むと実感するのである。システム的であり規律的であり合理的精神が育まれたということが実感としてわかるのだ。ドイツ語もそういう風土から生まれたのである。英語とはまた違っているのだ。英語はフランス語とかドイツ語の混成語であり純粋な母語というわけではなかったのはそのためである。


おお、モミの木よ、おお、モミの木よ
そなたの衣は私に何かを教えてくれる
希望と持続が
勇気と力をいつでも与えてくれる!
おお、モミの木よ、おお、モミの木よ

●言葉は始めは詩語であった


TPPでアメリカが日本語はむずかしいから英語にしてしまいばビジネスでもわかりやすくなる、効率的になるというときまさにフェニキア人の発想になる。商業語、貿易語としての英語を使用しろということになる。エジプトなどの象形文字では能率的でないとなる。このことはシュペングラ-も言っている。世界が数字化してくる。言葉も故郷喪失してくる。言葉は風土からも離れてより数学のように抽象化してくる。そうなると共通語としては理解しやすいのである。その代わり文化はculureは土を耕すから発した文化は消失する。その危機をシュペングラ-は書いていた。もちろん詩も失われる。実際に日本人の言葉の感覚はかなり喪失した。明治時代の言葉の感覚は豊だった。古語も使っていたし漢詩も明治に興隆していた。江戸時代の継続で日本人の言葉が継続して生きていたし義理人情とか日本人の古典的タイプの人が残っていたのである。だから明治は偉大な時代だったと評価されるのだ。


言葉はもともと詩語であり一つの詩として生まれた。商業語ではない、詩語であるから数字ではないそれぞれの風土に根ざして風土から生成発展したものでありその風土にマッチしたものとして生成発展したのである。言葉だけではない文化はすべてその国の風土を基にして生まれている。ただ文化的に見れば言葉というのは英語には英語のいい点であり中国語には中国語のいい点がある。その国独特の文化が言葉だから当然そうなる。日本に時制がないというのは相当な表現的には弱点だった。過去が明確に意識されないことは歴史も意識されないのである。だからといって日本は英語にしろというのは暴論である。それでも日本語を英語のように改革できない、言葉が簡単に改革できないということがまた問題なのである。どうしたら過去を明確に認識する言葉にできるのかとなるとできない。日本語と中国語は漢字を通じて混成語になったけど英語はなりにくいのである。それは言葉の性質があまりに違っているからなのである。すべてにおいて英語が優れているとならない、日本語の方があることを言うのに深い意味合いをもった言葉がある。それは日本の文化であり訳すことがむずかしいのだ。それは外国語全般に言える。外国語をいくつも知っていれば多面的に深くものごとを見ることができる。アンディンティティについて書いたけどあういう言葉自体が日本語にはない、漢字にもない、すると訳しようがない、でも何かこの言葉一つ自体が実に奥深いものだと理解した。民族の言葉自体も民族のfundamental identityであり根源的アイディンティティだからである。

2011年12月23日

家と土地がアイディンティティの基本であった (アメリカ支配が日本のアイディンティティを奪った)


家と土地がアイディンティティの基本であった

(アメリカ支配が日本のアイディンティティを奪った)

●人間の基本的アイディンティティは土地と家にあった


kingdom の "dom" が、ラテン語の dominus(主人)から来ています。domain(領土)は dominus(領主)の土地です。kingdom は「王の支配する土地」という意味ですね。


dome はラテン語の domus(=house [家])が語源です。dominus は「家の主人」です。dome は「家」という語源から来ていますが、本来はもっと大きな教会というイメージです。教会も大きな家ですね。

dominus の女性形が domina(女主人)です。dam は「女主人」が語源です。フランス語で ma dame はどういう意味ですか。


domestic

 家事奉公人, 召使い.
(domestics))国産品.
[ラテン語domesticus(domus家+-ticus=家の)]


言葉がその土地から生まれた根源的アイディンティティというとき数学のように全く土地から遊離して抽象化したものではないためである。いかに人間はその土地と家からアイディンティティを見出してきたか、築かれてきたかを見直すべきだろう。アイディンティティにはいろいすあっても基本は土地と家にあった。天皇ももともと公(おおやけ)としたときそこは公は大家(おおやけ)であり人々が集る大きな家のことだった。社(やしろ)もまた村の人が集る家のことである。そういう場に基本的アイディンティティが作られてきたのである。歴史的にも家が拡大化したのが国家になった。平氏であれ源氏であれそれは一つの家が拡大化したものである。これは外国でも同じである。ハプスブルク家とかが国家を形成した。一つの家が国家となっていった。封建制も藩の支配も一つの家に仕える奉公することだった。それは商家でもそうであり昔の商人はやはり藩に奉公すると心理的に共通していた。もともと国家は一つの家が拡大化したものである。戦争の起源をたどれば家と家の争いになる。人間も生物だから本能的生物学的発展をする。聖書だって一つの家の歴史であった。その祖先が一番古くたどれる家の歴史だった。家が歴史の基なのである。家というのは最も原始的最強の共同体である。それは今でも変わっていない、だから今日のように人が共同体から除外されるとき家族がいないほど悲惨なことはない、無縁化社会とは最も悲惨な不幸な社会である。所属すべき共同体がなくなったことはどこにもアイディンティティを見出せなくなるからだ。


●アメリカ支配が日本のアイディンティティを奪った


こうした根源的アイディンティティであった家が奪われたときすべてが損なわれたのである。家など古いものであり人間の自由な生活を奪うものであり否定的なものとして戦後は家の否定であり個人の自由を求めた。しかし個人の自由は必要でもそのアイディンティティの基礎になるのは土地と家にあった。結婚も家と家の結婚であり恋愛結婚などまれだったろう。自由恋愛の結婚の結果かえって離婚が増大した。これも家を無視した結果だったのである。古い道徳などが由来するものはそれは長い人間の経験の結果でありそこに歴史の重みがある。民主主義などでも全く古い日本的道徳を壊すだけでそれに代わるものができたわけではない。ただ自由とは個々人のエゴ、欲望の追求になったことでもわかる。要するに技術的なものはとり入れることができても精神的な道徳などはモラルは簡単に根付かないのである。そこに現代の混乱があった。戦後は戦争に負けた結果アメリカ化が社会を変えてしまった。日本に昔からあったものが根こそぎ古いものとして否定されたのである。ただ民主主義という言葉だけが踊り欲望のほしいままなる追求が是認され金だけが価値となった。日本はアメリカと同じ社会になったのである。

明治にはアメリカ的価値観、金銭崇拝主義を批判して日本人は習ってはいけないと警告していた人がかなりいた。それは中国文化でもそうであり習っていいものと習っていけないものを見分けて外国の文化を輸入していたのである。何でも外国がいいものとしてとり入れることは国そのものが破壊されるのである。その国にはその国独自の歴史がありその上に今日がある。その最たるものが家の歴史だった。家にアイディンティティの基本があった。家に尽くすというとき古いようで確かなアイディンティティがそこにあり生き甲斐となる。人間は生物的に家であれ土地であれそういうものと一体化する宿命にあった。そこに人間の生きた血が通い強固なアイディンティティが作られてきたのである。家と土地が人間のアイディンティティを造り人間を文化を作ってきたのである。


●グロ-バル経済よりドメステック(国内、家)経済にもどる


これからの時代は会社が突出して社会の規範とった時代は終わる。グロ-バル経済というのもまた金融資本主義というのも見直される。それは人間的感覚からはずれたものである。エコノミ-が家計、家政から発したというときあまりにもはずれてしまった世界である。マネ-ゲ-ムに人は踊らされ株で一攫千金を夢見ている社会は異常だったのである。むしろこれからdomestic economyを志向するようになる。それは江戸時代から明治大正辺りまであった家の経済である。それはヨ-ロッパだったら中世社会の落ち着いた社会であり日本だったら江戸時代にもどる。ヨ-ロッパと江戸時代はいろいろな面でにている。アメリカはその風土もそうだが全く異質な世界でありその国家も全く違ったものとして成立したからにていないからかえって異質なものであった。その異質さが新しものとして錯覚した。アメリカが先進的文化ではなく今までにない異質な国家でありそれをとり入れることは世界のすべてであっているわけではない、なぜならアメリカ意外は歴史的国家だからである。人はやはりドメステックなものに安らぎを覚えるのは基本的にそういう場から育ったからである。

家の前の前田が特に重要だったというとき当然人間の生活感覚で家の前が田畑になっていること生産基盤になっていることが安定をもたらす。そこに一番血が通うのである。人間が本当に生き生きと血が通うのはそうした一番身近な場だった。そこにアイディンティティを見出していたのである。会社人間になって何か満ち足りないのもそのためである。会社は土地から遊離した存在なのである。そこにすべての血を通わすことはできない、全存在とはなりえない、それでもそこしかアイディンティティが見出せなくなったとき人は死にもいたる。それはとりもなおさず会社がそれだけ社会をおおってしまい会社なしの社会が喪失したことにあったのだ。会社=社会になってしまったのである。だからこれからはTPPという志向ではない、グロ-バル化する経済ではない、むしろドメステック志向の経済であり精神的にもそうなる。TPPよりグロ-バル化よりドメステックなものを人々は求めている。そもそもモノとしても輸入するものなどもうないだろう。輸出するにしてもアメリカから不用なものまでも買わされる。牛肉でもオレンジでも何でも日本にはある。必要でないものを買わせられることは環境破壊にもなり健康も破壊されるのである。原発なども必要かどうかわからなっかった。でもアメリカから買わされたという側面もあった。モノでも技術でもすべていいものとは限らない、取捨選択して日本にあったものをとり入れるべきだったのである。日本はもともといいものだけを日本にあったものを輸入して国造りしてきたのである。江戸時代にもどれ鎖国せよというとき鎖国にもいい面があったと見直されているからである。


●司馬遼太郎の引用(歴史と小説)


戦前の家がもっていた重厚な伝統と美意識などはなく、いかにも手軽で薄っぺらでいかにもインスタントである。そのインスタントの家庭の集まりが今日の日本社会であり日本国そのものである。
我々のこの社会やこの国をふりかえるとき、インスタンの気安さをありがたがりつつも我ながら薄っぺらで、わびしく、ありがたみがなさそうに見えるのはそれだろう。

そうなんだよな、郷土料理にしても家とかその土地の工夫から生まれたし文化でも家とかその土地から生まれたのだ。どうしても伝統を受け継ぐ家には格式がありいいものが伝えられ人物も出やすい。すべてが学校教育になったとき人物も育たない、武家はあくまでも家が基本としてアイディンティティとして子供育ててきたからである。


わたしは旧民法の「家」を復活しようとするものではない、しかし昔の家には歴史と伝統と秩序と精神美があった。そこから出てくる人間の骨髄にそれがしみこんでいる。その家に反逆するに値するがけの実容量があったが今の家や社会にはない・・・


人間の骨髄にそれがしみこんでいる・・・まさにそれは理屈ではいいない、自然と体にしみこんでくる血が通ってくるものである。土地と家とか歴史が一体化してそのアイディンティティを実在を作り上げていたのである。戦後は会社人間になりすぎたのである。戦争中は国家人間になりすぎた。日本人はそういう傾向がある。一つのものに染まりすぎてしまうのだ。会社が国家となったのが戦後だった。そして原発事故も起きたのも戦争とにている。アイディンティティを一つのものに求めすぎて他を見ない、そういうふうに一億が固まり安いのが日本人の強みであり弱みだったのである。これからは会社一辺倒の社会は見直される。その弊害は世界の環境破壊にもなった。会社とは何かが突出するのであり一つのモノを部品を生産しているのであり全体の考慮がたりないのである。技術優先科学優先になるのも回りを考慮しないで是認される。それが原発事故につながった。会社が国家になることは利益優先主義であり利益をあげるためにはモノを売るためには戦争もする。そういうことを世界的にしてきたのが欧米でもあった。会社が国家になれば必然的にそうなるのだ。原発事故のように誰も歯止めをかけることはできなくなるからだ。


アメリカの基も会社であった。なぜロックフェラ-やロスチャイルドが裏で操っているとか常に言われるのか?それは巨大な会社であり富豪である。アメリカはその会社が国家となったものだともいえる。それは日本だってそうである。今や会社が国家であり会社が生殺与奪(せいさつよだつ)をもっているのだ。法律でも会社の有利なようにすべてなっている。保険会社でもそうであり法律をてこにして保険金は少なくされる。アメリカも会社が国家の社会でありそれは世界的に共通したのもになっている。そして会社は利益追求だけを求めるとするとき世界に害を及ぼすものとなる。環境を破壊しても会社の利益のためにはしょうがないとなり是認されるのである。だからこれからは会社の力をおさえ会社一辺倒の価値観から逃れた社会作りが望まれているのだ。

なぜ働かないことに有能感を感じるのか?
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-37.html

ここのプログでは会社アレルギ-になっているのがわかる、やはりニ-トとか派遣とか会社を拒否する人たちがでてきたのもそのためだろう。
働くということに意義が見出せないのである。団塊の世代はエコノミックアニマルとか会社人間だった。自分は会社に勤めたことないけど
当時はこんなに働かない人がいない、ほとんどいない、それがこれだけ働かない人が増えたのはその反動なのだろう。団塊の世代は異常に働きすぎた面があったのだ。

 

2011年12月25日

雪の俳句(弘前-長野)


雪の俳句(弘前-長野)

snowhaiku10.jpg
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青森や雪に埋もれし駅舎かな


(弘前城)


雪深し弘前城に踏み入りぬ


弘前や朝の光に舞いし雪


弘前城門三つ古り根雪かな


堀凍り溶けざる日々や弘前城


朝の雪心洗いて五重塔


雪の中一人乗りにき境松


常夜灯雪に埋もれて野辺地かな


湯沢なれ夜行列車は雪の中


区界の雪に埋もれて久しかな


曲屋や雪に埋もれて奥会津


貧しさや信濃の雪に一茶かな


山々のさえぎり長野の雪深し


雪国や何をついばむ烏かな


夜行列車雪国あとにひびくかな


雪国の灯(ともしび)あわれ人生は遠き記憶や雪ふりつもる


弘前に煉瓦の銀行古りにけり朝雪踏みつ街を歩みぬ


明治なる形見と残る銀行や誰が勤めたる根雪に暮れぬ




雪の弘前城
http://4travel.jp/domestic/area/tohoku/aomori/hirosaki/
hirosaki/travelogue/10533201/

弘南鉄道 境松-田舎館 黒石駅発
http://www.youtube.com/watch?v=3CZMW9TS7Vw

 

みちのく冬の旅の記録(小林)
http://www.musubu.jp/fuyutabikiroku1.htm



雪の時も電車で延々と旅していた。ここは雪降らないけどしんしんと冷える。雪降るにふさわしい。それで雪ふる景色が浮かんでくる。みちのくは雪に埋もれる所が多い。日本は半分は山国であり雪国なのだ。「心から 信濃の雪に 降られけり-一茶」雪は場所によって違っている。一様ではない、ただこの雪の感覚はわかりにくい、弘前の雪は明るい感じだった。朝の雪の景色は本当に美しかった。きらきら明るい雪が朝ふっていた。弘前で見た雪は一番美しかった。その他は雪というとき何かどんよりして重苦しいのである。会津でも何かいつも曇っていてどんよりしている。明るさがないからあまりいい印象はない。雪は一般的に暗い空からふってくるからそうなる。ただ弘前で見た雪は違っている。明るい雪だったのである。雪はこの醜い人間世界を清めるものである。雪の中に埋もれて人間は消える。灯だけがともっている景色はいい、人間の世界は一旦氷河期が来て人間が消えた方がいいのかもしれない、そしたらそのあとまた自然が復活するかもしれない、現実に放射能汚染された地帯は三十年は住めないとか嫌になってしまった。


一層氷河期がきて埋もれてしまいばいいとさえ思う。人間の世界はあまりにも汚い。それは結局人間の欲のためなのだ。犯罪も結局人間の限りない欲から起きてくる。原発事故だって元を正せば豊かな暮らしをしたいという欲だったのである。人間の欲は絶対に抑えることができないのである。女性への性的欲だって男性へのだってどっちにしろ抑えられない、あらゆる欲望は抑えられない、その欲望は限りなく広がったのがグロ-バル化社会の一面だったのである。世界的に欲が制限されない社会は実際恐ろしいものだったのである。戦争にしても正義などどっちにしろない、欲と欲の争いである。それが大量の死者を生んだ。個々にしても欲であり全体にしても欲である。カルト宗教団体も巨大な欲の固まりである。最も欲望がぎらぎらした場所がカルト宗教団体である。そこで欲望が満たされない不満が絶えざる祈りとなっているのだ。


この世のこうした限りない欲望に対して神が怒ったのが今回の津浪だったかもしれない、文明への警告だった。あくことなき人間の欲望が文明を作った。だから神から見るともうがまんがならないとなり津浪で原発も破壊した。文明を破壊する巨大な災害がまた来るかもしれない、いづれまた氷河期が来て人が住めなくなるかもしれない、人は氷河の下に埋もれる。温暖化というけど氷河期も自然のスケ-ルではまた来ることもありえる。それも自然のサイクルでありその時これだけ汚染された文明社会は消され再びそのあとに原生の森や海や大地が復活するともなる。もう人間社会は汚れきってしまった。再生は不可能である。新たな原生の自然の復活なくしてもう清められることはない、それが大津波として現れたのかもしれない、これからも巨大な災害がおそってくる。文明を滅亡させる災害がおそってくる。それも神の御意だとするとき
あきらめるほかない、それほど神聖な地を人間は汚しすぎたのである。


弘南鉄道は旅情ある路線である。青森の鉄道は旅情がある。北の果ての旅情がある。冬は青森がおすすめである。新幹線で今度は行けるけど早すぎると旅情も消える。旅ができなくなったけど心の中で旅はつづいている。いつも旅している。それでインタ-ネットの中で旅ができる。写真とかビデオがでているので便利である。記憶をたどりよみがえる旅ができる。人間は忘れ安い、自分で前に書いた俳句でも忘れているから意外と写真は貴重になる。特に外国の写真は貴重だった。なぜなら二度と行けない場所が多かったからだ。人間はとにかく何事忘れやすいのだ。津浪でも四百年前にこの辺であってもそんなことを話題にする人もいなかった。人間は次々に目の前のことに心を奪われ忘れてゆくのである。だから俳句とか短歌は一つの記録としてもあとで役に立つ、何か記憶しないことには忘れてゆく、弘前城は写真に出ていたので思いだしたのである。

 
 


 

2011年12月26日

抽象画(冬紅葉の紋章-城下町)


抽象画(冬紅葉の紋章-城下町)

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城下町

パソコンは紋章など作るのに向いている。
パタ-ン化しやすいからだ。

原発事故はやはり天罰であり神の力が働いた結果 (マンモンの神を崇拝するグロ-バル化経済の結果)


原発事故はやはり天罰であり神の力が働いた結果

(マンモンの神を崇拝するグロ-バル化経済の結果)



人間が地球に対する掠奪を始め、その冒とく無残な手をもって母なる大地の臓腑(はらわた)を探り
本来そのままに秘められてきてこそしかるべきだった、数々の宝を奪取するにいたったのももとはといえばこのマンモンの示唆によるって大いに教えられたからにほかならなかった。

まもなく、彼の率いる一隊は山腹をうがってそこに大きな傷口を開き続々と金塊を掘り出した。
地獄に財宝が生じていることを異とする人があればそれは間違っている。
地獄の土壌であればこそ、こういう貴重な有毒物を生じるのにふさわしいからだ
(ミルトン-失楽園)



現代社会を支配しているのマンモン(財の神)である。地球からどれだけの財を掘り出せばいいのか?石油だけでも大変な財だった。それでもあくことなく人間は文明は財を求めてきた。それが原子力発電につながっていた。原爆であれだけの被害を受けた日本なのに原発利用には無防備だった。財の力に抗することはできなかった。世界を支配しているのは宗教などでない、キリスト教国でもそうである。アメリカはマンモンを崇拝している国である。江戸時代まで日本はマンモンの力に支配されていなかった。もちろん財の力が金の力は大きくなっていた。でも侍のモラル、行動規範は今の利だけを求める行動規範とは違っている。支配階級の侍自体がヨ-ロッパのように財産をもっている貴族階級とは違っている。商人の方が豊になり侍は貧乏になっていった。「武士は食わねど高楊枝」というときまともに食えない侍もいた。ヨ-ロッパの貴族は住んでいる館も大きいし庶民との差は一目瞭然である。広大な庭を造るために農民の集落を移動させたということもあり大きな権力をもっていたのが貴族である。日本の一侍にそんな権力はない、富もない、貧乏なのである。貧乏だから侍屋敷では柿とか夏みかんとかを造ることが奨励されたり盆栽や植木も侍の内職だった。手間賃稼ぎだった。


それで皮肉なことに明治維新で侍階級がなくなるとそうした経験が役に立ち職につけたということでもわかる。各地のお土産になっているのも侍の内職から発展したものが多いのもそのためである。金が必要になっていたが貧乏だったのである。それでも侍の矜持は金ではなく別なものにあった。侍としての誇りがありそれが支えとなっていた。明治維新を成したの庶民ではない、侍だった。その行動規範が利だけで動くものではなかったからできたという。その辺はわかりにくいが司馬遼太郎などが書いているのは要するに命を惜しまず格好良く死ぬということにあった。利だけに生きている現代人とは根本的に違った価値観をもっていたのである。マヤ文明などでも一番強いものが競技に勝って自ら命を神にささげた、それも生きた心臓をささげたのだから信じられない、でもそれがその当時の価値観だった。弱い体をささげることは神に対する冒涜になったからだ。現代人の利だけの価値観とは違っている価値観は今や理解できないものとなる。現代人はとにかく介護でもどこまでも長生きして欲望を充たすことが是認される。一方何かのために神のためにでも命を惜しまないことが価値観としてあった時代があった。価値観は時代により文明によって違っている。しかし今や世界の価値観はマンモンの神を崇めることで共通している。グロ-バル化とは世界を支配するものがマンモンの神になったということである。


いづれにしろ原発事故は現代文明から起こるべくし起こったものだった。財の崇拝はもともとあった。でもこれほどグロ-バル化に富を財を求めた時代はなかった。財は技術的にも地理的にも交通が発達していなから抑制されていたのである。その抑制がとりはらわれたときグロ-バル化した富の追求がはじまった。アメリカでも中国でも崇拝しているのはマンモンの神である。中国はもともと財の神を崇拝していた。中国人で禅宗が起きたのはやはり実利的国民性を繁栄したものである。目に見えない神仏は否定して実利的なものを追うのが国民性だった。アメリカもまた神秘的な哲学とか宗教を嫌うのである。プラグマチズムというときそれは実利的なもの求める。だから現代文明はアメリカ文明だというときそうである。科学でもすべて技術的実利的なものとして具体的な富になるものを追求している。一方でヨ-ロッパでは科学は哲学として起こり神秘的なものを追求していた。それが芸術となって残った。


エジプト文明でもあれも一つの宗教文明であり王に庶民が奴隷が使役されてピラミッドを作ったというのとも違う。ピラミッドは聖殿であり宗教のシンボルだったのである。ただ大きいとかではない精神的文明のシンボルだったのである。マヤ文明の神殿もそうだった。現代の利だけを唯一の価値観として過去の文明をみると見誤るのである。アメリカには産業であり技術であれ実利的なものしか起こっていない、エジソンが代表する人物になる。それはすべて実利的なものとして通用するものしか追求していない、文明国とはいいがたい、アメリカはむしろ新興国の野蛮な国であった。そのマモンの神を崇拝するアメリカに習ったことが世界の堕落であり日本の堕落を生んだのである。それは明治時代にアメリカに留学した内村鑑三とかも言っていた。アメリカではすべては金だと日本ではまだそうではないものがある。それは彼自身が侍の出身だったからそういっていたのだ。世界がアメリカに習うこと自体が現代の世界を作ったのである。エジプト文明であれマヤ文明であれ江戸文明であれ別な価値観の文明を否定したこと別な価値観の文明を作り得なかったことに問題があった。


地獄の土壌であればこそ、こういう貴重な有毒物を生じるのにふさわしいからだ


これはまさに放射能だった。マンモンの神を崇拝するものが放射性物質を生み出す核を作り出した。それは何より富を生み出すからすべての人が群がった。結果としてそれより大きな津浪によって破壊された。それは天罰だった、神からの恐るべき罰が与えられた。そのあとはまさに地獄と化した。
政界から財界から官僚から学者の学会からカルト宗教団体からマスコミから地元もマンモンの崇拝であった。それらに神から過酷な罰が与えられたのだ。あなたもそうじゃないかといえばある程度はそうである。ある程度の利を求めることは否定できない、そうではなくて過度の富を求めることが災いをうむのである。原子力は核はいかに危険なものか身をもってこの辺では知った。それは過度の富を求める結果だったのである。人間は何か制限されるなかで生きているのが地球的に調和する生き方だった。グロ-バル化経済はその調和を破壊したのである。制限できない富の追求になった。会社が社会となり会社の過度な利益追求も止めるものがない、政府すら止めることができない、会社と一体となり原発を推進してきたのである。


今年は津浪、原発事故のことで明け暮れた、そして未だに何ら解決していない、津浪の被害地域も何ら復興していない,その無残な被害の跡は何ら復興していない、このまま年を越して来年にこの問題はもちこすし先が長いのである。今年は寒いけど厚着して寒さを防ぐ他ない、介護のために一部屋エアコンを使うとエアコンや電気製品は使いにくい、二部屋になるとかなり電気をくうので今年はエアコンが電気節約で使えない、それでも厚着すると寒さを防げるして現代は別にエアコンなくても寒さを防げる、エアコンは相当贅沢なものである。ただ介護とか寝ている人とか老人は体が弱いのでエアコンが必要になる。そういうのも贅沢であった。でも寒さをがまんできる人はがまんするようにしないとこれからの生活は成り立たない、それをしないと原発が必要だとまたなるからそのくらいしょうがないという態度が必要になったのが原発事故以後の心構えとなった。

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2011年12月28日

年の暮-冬の暮 (老後は芸術でも鑑賞力をもつことが充実させる)


年の暮-冬の暮

(老後は芸術でも鑑賞力をもつことが充実させる)

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石二つ欲抑制して冬の暮


石二つ向き合いつつ冬の暮


冬の暮牛越城望み五輪塔


荷の重し原町に行き冬の暮


池凍り高松の池鴨群れる


男一人家事に励むや年の暮


前読みし本また読みて年の暮


百巻の本の整理や年の暮


盆栽を仮設に並べ年の暮


干し物に枯木のあわれ仮設かな



俳句は単純だけどそれなりに深い意味がある。ただそれがなかなか鑑賞できないのだ。芸術はそもそも鑑賞すること自体むずかしい。絵だってそうだし比較的建築はわかりやすい。芸術を作らなくても緩衝できる能力があれば人生も相当充実したものとなる。音楽だって鑑賞すること自体がクラシックなどになるとむずかしい。音楽は生のオ-ケストラの演奏を聞かないと感動しにくい。一回だけ外国のドイツのオ-ケストラの生演奏を聞いた。それは現代音楽だけど迫力があり感動した。普通現代音楽はわかりにくい、でも生演奏だから感動したし何か鑑賞できた。生の迫力は違っている。そういう点田舎は不利である。仙台まで行かないとその機会がないからほとんど生演奏は聞いたことがないのだ。絵だってやはり現物を見るのとコピ-を見るのは違っているだろう。老後などはやはりこの鑑賞力を深めれば充実したものとなる。自分でも不思議なのは本を相当読んでいても理解できなかった。本の山の中で暮らしていてもすべて理解しているわけではなかった。理解しない方が多かった。本でも理解すること自体むずかしいのだ。今の年になって不思議に本読んでそれを理解して自分なりの文章を書ける。自分の文脈のなかで本を読んでいるのだ。引用の規定にその人の創造的な一部としての引用は認められているとある。


引用する分量を抑えなければならない。
引用するには目的(必然性)が必要であり、それに必要な量しか引用してはならない。
質的にも量的[5]にも、引用先が「主」、引用部分が「従」の関係になければならない。
引用を独立してそれだけの作品として使用することはできない。


質的にも量的[5]にも、引用先が「主」、引用部分が「従」の関係になければならない。

これが一番むずかしいのだ。たいがい古典でも他の著作でも自分が書いたものが主になることは本当にむずかしい。若い人なんか丸写ししかできない、自分が主となるものが書けないのである。だから引用自体できないとなる。自分は自分が書いたものを主にして引用できるようになった。自分の文を読んでみればわかるしたいがい自分が主として本を読みその一部を利用できる。だからたいがいの本の引用ができる。これはなかなかできないことなのだ。それだけ創造的なものを書くということはむずかしいのである。ある人の言っていることを深化して自分なりに表現もできるのだ。だから今になると別に旅行をする必要はない、鑑賞力があれば自宅でいろいろなものを鑑賞できるのだ。別に高等なものでなくてもテレビでも映画でも人生経験が豊富だと深く自分の人生に照らし合わせると興味をもつ、犯罪にあったから犯罪に興味をもったり病気になったりして入院したから病院のドラマに関心をもつとかなる。そういう深刻な経験をしないとドラマも興味をもてないのである。

「石二つ向き合いつつ冬の暮」・・・これなども単純なものである。石をテ-マにして詩も相当書いてきた。石が現しているのは何か?やはり石は精神の象徴としてある。正直とか誠実とか持続とか何かそういう精神的シンボルとして石はある。この世にあるもはすべて何らかの精神的象徴である。

石と石が向き合うとういうことは互いに正直に向き合うということである。しかしそういうことができる人は少ない、正直な人は少ないし赤裸々に自分をさらけだせる人は少ない、実際に何か罪のない人などいない、そういう人は闇をかかえているから石と石のように向き合うことができないのである。表面では繕っても向き合うことができない、昔の人の方がそうして狭い社会で正直に向き合って暮らしていた。今はみんな心もばらばらである。


新田橋をわたった所にある高平の青田氏の五輪塔はいつも心に重しのように残る。名前すらないのだがあの五輪塔が歴史の証のように残っている。それはいつも牛越城に向き合っている。その位置は昔から変わってないないのだ。墓はそれだけ存在感があり歴史でもあった。もしあの五輪塔がなかったら青田氏の墓で歴史的な事件があったこともふりかえらない、あそこに五輪塔が残っているからその歴史をふりかえるのである。もちろんあれは地元の一部の人しか注目していない、でもやはり五輪塔の重みで歴史を意識しているのだ。だから土地に歴史が記されているから土地から離れたら歴史は消失してしまうと思う。歴史を認識するのは書類だけになってしまうからだ。


仮設住宅で年を越す、これも考えられないことだった。仮設は長屋と多少にている。でも長屋とも違う、一時的なものとしてあるからだ。でも広い家に住んでいたのだからあわれだとなる。盆栽を並べていたが日本人は盆栽を発明したのもやはり狭い住居空間とかが関係していたことがわかる。
ともかく今年もあまりにもいろいろなことがあったが終わりである。浪江の人とまたあった。七人家族であり空家を借りているという、浪江の人も結構原町,鹿島,相馬市に移っているのだろう。親戚などが多いからそうなる。浪江の人は苦しい、帰れない人もでてくるしすでに三割は帰らないとなるとそのあとどうして町を維持するのかむずかしくなる。三割となると全体の影響が大きい。三割が五割りにもなってゆくだろう。小高は帰れるから南相馬市はなんとか維持できるが浪江の方がかけると影響がかなりある。経済的にかなり縮小してしまうことである。


原町まで電動バイクで買い物に何回も行っているけど重いものでも運べるのでこの自転車だけは役に立った。別に車がなくても暮らしていける。でも原町まで行けないと苦しい。電車も相馬まで通ったからその点は便利になった。

2011年12月29日

狭い地域で決められる原発 (小高と浪江で決められていた東北電力の原発)

 

狭い地域で決められる原発

(小高と浪江で決められていた東北電力の原発)

●浪江町と小高町で決められていた東北電力の原発


南相馬市が小高町と原町市と鹿島町が合併して南相馬市になる前に小高と浪江で東北電力の原発が建てられることが決まっていたしすでに補助金も入っていた。小高区は南相馬市になったので南相馬市の市長が電源交付金を今回は東北電力から断った。でもそもそも東北電力の原発が建つかどうかは小高町と浪江町でその是非が決定される。選挙にしても議員が賛成、反対派に分かれても原町市とか鹿島町と相馬市は参加できない、原発は原発が建つ10キロ圏内とかで決められることでありその回りの人は関与できない。10キロ圏内と福島県知事だけで決められる。議会も関係しているが直接的な力はないみたいだ。どうして原発が建てることが決められるのか、決める権利があるのか?それは狭い地域と県の知事によって決められる。福島県外でもそうでありそこが原発の大きな問題点だった。一旦事故になったら今回のように広範囲になる。でも小高町で原発がすでに建てられる予定になっていたことがあまり問題視されなかったように近くでも原発は知らない内に決められるということである。もちろんそのために10キロ圏内などは経済的にも恩恵が受けられる。小高だとすると原町も10キロ圏内であり鹿島も20キロ圏内であり相馬市も30キロ圏になるからそこが全部避難することになった。しかし小高に原発が建てられることにそれほど騒ぐこともなかった。南相馬市に合併してからもそれほど騒いでいないし知らない人もいたのである。


小高の大工さんが原発が建って景気よくなるとか言っていたがそれもピンとこなかったけどすでに原発が建てられることが決まっていたのである。だから先の長い話しということでもなかった。現実に準備のための工事もしていたのである。十年先で長いにしてもやはり建てられることは決まっていたのだから周辺に工事もふえてくるし合併した南相馬市に電源交付金もおりていた。しかしこれも怖いことだった。そんな近くに建つことでも原発に無関心だったのである。他の原発が建っているところでもそうである。狭い地域で決められてその狭い地域は大きな恩恵があるから住民エゴだとして今は外から批判されている。そんな狭い範囲で決められていいのかということが今回の事故でわかったからである。民主主義の矛盾は原発のような危険なものでも結局民衆の多数決で決められる。それがどうであれ多数決で決められる。それも怖いものだった。どうしても利益になる、いい暮らしができるとかなれば危険を考えないで利益を得たいという人が多くなり原発に反対できない、小高でも一時反対した人はいた。だかいつのまにかそれも消えてしまった。そして建てられることは決まっていたのである。でも原町市は五万ほどの人口があっても原発を建てるかどうかを決めるのに関与できなかった。合併して直接関与するようになった。でも小高町で容認していたからそれを引き継いだのである。その原発について南相馬市で是非を議論したり議会で議題になったりもしなかった。


つまり原発は建てる方にとって実に都合いいようにできていた。非常に狭い範囲で決められる。極端な話しが原発を建てる土地の利権者とあとは県の知事の決定で決められる。そんなことでこんな大事なことが決められていたし今でもそうである。これだけ広範囲に事故になったら影響するのにその原発を建てるときは関与できないのである。住民エゴというというときそれを是認する仕組みがあることも問題だったのである。県全員の住民投票とかで決めていればそんな簡単には建てられなかった。実際はそれだけの影響が事故になったらあるのだから原発を建てる仕組みが偏りすぎていたのである。そして地元の人はともかく利益優先になるから放射能のことなど事故前までは怖がらない、安全神話を作られていたこともあるがやはり地元住民は利益になればいい、金がおりればいいとなる人が多いのだ。原発はやはり回りに莫大な金をばらまくのである。大工さんにしてもいろいろ事業もやっているから大歓迎だとなっていた。あんなに事業をやって金儲けすることも疑問である。なかなか人のことは言えないにしてもやはり欲張りだなと思う。ブラックなことをする必要もない、腕はいいしそれなりに収入はあった。人間の欲は何度も書いているけどキリがないということであてる。そういうキリのない欲が原発でも何でもいいとなっていた。だからそうした欲が先になるから地元で原発を反対することはむずかしくなる。


新潟県西蒲原郡巻町が初めて常設型住民投票条例を制定して住民投票を行なって以来、地方自治体の重要な課題について、住民投票に関する条例を制定し、実施された住民投票の結果に基づいて政策決定がなされる事例が増えてきている


これをしても議会や市長などが決定権をもっていて有効になるとは限らない、そういう仕組みが法律が制定されていないのだ。


●重大なことは住民に知らされない(権力により操作される情報)


そして今回の事故でわかったことは重大なことは住民に知らされないということである。スピ-ディの結果はでていて山の方が危険だということは政府でわかっていても浪江町には知らされなかった。それで危険な津島の山の方に集団で避難した。飯館村では何か月も放置されて被曝させられた。なぜスピ-ディがスピ-ディに公表されなかったのか疑問であった。つまり政府は重大なことを知らせないということである。戦争のときも負けたとかは知らされない、知らせると政府にとって困るからである。今回もパニックになることを恐れて知らせなかったというのが弁明だった。政府は肝心なことを知らせない、それで民は犠牲になる。そうしたら何らか自治体で自衛手段をとらない限り命も守れないとなる。でも自治体で放射能のことなで対処できるかとなったらできない、それで政府の安全神話を信じさせられて犠牲になった。戦争に絶対勝つと言われて犠牲になった戦死者ともにている。死んではいないにしろ住めなくなったのだからその被害は大きかった。


重大なことが知らされないというとときこれはマスコミとか報道機関でもそうである。福島県の報道機関でも新聞でも雑誌でもテレビ放送でも原発が危険だなど知らされていない、ただ前の佐藤栄佐久知事がフルサ-マルについて批判したとき報道はしていた。でも原発が危険だということを批判してはいていない、財界フクシマが最初何回か批判したが東電から金をもらってからやめた。単なる脅しだった。つまりマスコミからも重大なことは知らされない、現実にマスコミの主だった人を東電の会長が中国に招待していたとき事故が起きたのである。その時あらゆるマスコミが東電に招待されていたのである。だから今になって東電を批判していることが納得がいかない、これは戦争中と同じである。マスコミからも報道機関からも重大なことは知らされない、でも全然原発が危険ということを警告されていなかったかとういとそうでもない、学者は三十年前でも本を出して警告していた人がそれなりにいた。ただ大きな声とはならなかった。大きな声とならないかぎりその危険性を言ってもそれは虫の声になってしまう。大きな声となるのはやはりマスコミとか権力が加担しないとならない。つまり報道も大きな声にするのは権力の操作による。東電は莫大な金をもっているから政府と一体となり安全神話を作り上げてきた。マスコミは金で買収できる、マスコミは会社の一宣伝部のようにさえ思う。権力をチェックするような役割を果たしていない、そういう力もない、なぜなら宣伝費がもらえなければ成り立たないとなれば宣伝費を払う会社に従うほかないからだ。現実に民報や毎日とかでも聖教新聞を刷っていれば創価に批判はできない、創価を批判したものは報道から抹殺されるのは安全神話と同じである。創価のタブ-は強烈であり自分の本も町の図書館に置けなかった。公務員にも創価の会員がいて権力をもっているからそうなる。検察にも司法にも外務省などにももっている。


それは東電と同じだった。ただそれも権力がなくななればマスコミは叩く、権力をチェックするのではない、常に権力側につくのがマスコミである。そういう機能しかないのである。そうさせられているという一面もある。そしたら政府も信用できない、マスコミも信用できないとなれば何を信用すればいいのかとなる。自治体すら利権が先であり結局多数決でも利権を求めるものが勝つのだから原発をとめることはできない、新潟県の巻町では原発を建てさせなかった。だから自治体でもできないことはない、でもそれは全国でも例外的なことであった。原発の根底には人間の欲が深くからんでいる。その欲がおさえられないから反対できない、南米でも金の採掘で水銀を使い汚染中毒が問題になっている。でも会社が中毒を少なくしようとしたりしたら地元の住民が反対した。金の採掘で金儲けするのに地元の人が困るからだろう。ここでも地元住民の利益が先になる。人間の欲が抑制できない、先になるから地元住民のエゴを止めることができない、河は下流にも通じているし魚が水銀で汚染されても先に利益ありきであり地元住民のエゴが通ることになる。一旦そうした利益にあづかると双葉町であれ富岡町であれもっと原発を建てろとか言っているのに驚く、もうそういう利益か逃れることはできない、ただ回りの人は迷惑でありなんとかしろとなる。でもそういう仕組みがまだ作られていない、ただ今回はさすがに世論が反原発になったから歯止めができたとはいえる。


●故郷に住むということがどういうことか問われた


今回の事故ほど故郷に住むということがどういうことか問われたことがない、故郷に住めなくなって故郷か何なのだろうかと真剣に問うようになった。要するに自然があるから故郷に住むとか田舎に住むということがある。しかしその自然が破壊されたらそもそもそれも破壊された。故郷にそもそも住めなくなるということになった。多少一部汚染されても住めるならいい、しかし住めないことほど深刻なことはない、故郷に住めなくなるなど考えたこともないだろう。故郷に住むなど当たり前でありそこまで考える人はいなかった。原発事故は故郷に住めなくなるんだよとなれば必ず投票でも反対に回る人はふえた。そこまで原発のことを深刻に考えていた人はいない、金になるからと漁業権者も金をもらって喜んでいた。原発からもらえる金の方が大きかったのである。漁業者も魚をとれなくなると考えたこともなかった。農家の人も農地を耕せなくなる、自分の土地で自分達の食べる米さえつくることもできなくなった。こんなことになることなど考えもしなかった。そして故郷に住めなくなるということほど深刻なことはなかった。つまり生存権すら奪われたということである。当たり前に暮らしていた生活全部を奪われてしまった。生存権を剥奪されてしまった。今でも「故郷になぜ住めないんだ」という理不尽に納得いかない人が仮設住宅で年を終えようとしている。そして働くこともできずにいる人々がいる。それで会津でもパチンコにサウナにと贅沢に遊んでいるとか大熊町とか富岡町とか避難した人たちが地元の人に批判されている。故郷とに住むということがそもそも何なのか?

故郷自体住めなくなる奪われるということが起こった。故郷の土地も家も奪われて住めなくなった。それは一個人ではない、故郷の全員がそうなった。どうしてそんなことになったのかとやはり今年は自問自答しているだろう。それはそこに住んでいる人も責任あったんだよとか外から盛んに言われまた住んでいた人も自問自答している。故郷に住むなど当たり前だが当たり前でなくなった。故郷に住むには故郷に住む意志をもち故郷を守るという意志をもたないと住めなくなるということでもあった。別にそんなに故郷にこだわる必要があるのかとなって放射能汚染で他に移った人も多い。だから別に故郷が嫌なら今の時代なら他に移り住めばいいじゃないかとなることもあった。故郷は自然と維持されるものではなかった。故郷の自然もそうである。故郷の自然を守りそこに住む意志がなければ故郷すら奪われてしまうということになった。原発事故はそういうことをつきつけたのである。


故郷はみんなで守らなきゃ奪われる
自然も守らなきゃ奪われる
故郷の何が大事なんだ
自然なのか?それより金なのか?
住んでいる人も問われた
故郷の一員であり住むということはどういうことなのか
それぞれが真剣に問われた


地方自治とか政治に無関心だったけど故郷に住めなくなったら誰も真剣になる、生活的にもそうだし生活が補償されても仕事が奪われたりしたら何の生き甲斐がないとものだともなる。農家などでも日頃当たり前として仕事していた。その仕事の意味も問われた。農家などでも常に金にならないとかどこでも金にならないという声しか聞かない、そういうなかで仕事もできなくなったとき心から仕事ができる喜びを仮設などで感じたのも今回の津浪と事故だったのである。仮設で酒飲んでパチンコしてぶらぶらしてしいることで仕事したいとなったのである。仕事できることは収入はともかく生き甲斐であり喜びだったのである。そういうことも今回の津浪と原発事故で問われたのである。

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