2011年11月18日

鮭上る(放射能が心配だ)


鮭上る(放射能が心配だ)


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本能の激しさ果つ鮭上る


鮭上る鴎鷺烏みな来る


鮭上るつきぬごちそう余裕かな


大内に残れる家や冬薔薇


冬の雲棚引き長く津波跡

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鮭上るは秋の季語だけど冬になっても鮭が上っている。自然の営みは凄いものがある。
同じ様な句を作っていた人がいた。今年は鮭が上るのが遅いらしい。新田川でも浪江の川でも上っている。浪江は有名だった。川がいいので鮭が多く上っていた。それが人がいないとどうなるのか?
川をどんどん上って産卵するのだろうか、そこでまた放射能の問題が出てくる。黒竜江では鮭の値段が落ちているという、回遊する魚で海に出たらまた黒竜江へ戻ってゆくからそうなる。風評被害だけどもこんなところまで放射能の影響がある。自然産卵の卵だったら浪江辺りだと相当に放射能に汚染されるだろう。そして水をかぎわけてまた産卵した川に戻ってくるとしたら水が川の水なかったら元の川に戻ってこないだろう。浪江町ではどうしているのかわからない、奇形の鮭が戻ってくるとおもしろおかしく話していた人がいたが卵などは影響されるから不安である。細胞分裂が盛んなときに放射線の影響をうけやすいからだ。

鮭がずいぶん死んでいた。鮭は北海道辺りでもヒグマが川でとって食べる。これも豪快である。鮭は大量にのぼるから餌がたりなくなることはない、知床辺りでも鮭の恵みで生きているということがある。アイヌが生きられたのも鮭の恵みだった。保存もできるし鮭の川で靴まで作っていた。鮭は大量に上るから鮭が主食ともなる。子供のときは塩鮭を喜んで食べていた。あの頃、鮭はごちそうだったのである。今は鮭はあまり食べない、川に上った鮭はまずい。とっても食べる人は少ない。売っているのは海でとった鮭である。鮭はやはり味噌づけがうまい。鮭を買ってみそ漬けにしてみよう。これも今や自分でやるほかない、家事全部自分でやっているから大変である。結局今の生活は便利でも家のことだけで結構やることがある。


津波の跡に長々と冬の雲が棚引いている。もうあそこには家は建たないだろう。家を建てるにしても一軒だけ建てるわけにもいかないだろう。浪江の83才の老人が請戸に小屋でも建てて住みたいというけど一軒だけ住むということはむずかしいだろう。ただ海に魚がとれるし、鮭もとれる。海の幸はあるから漁はできるから住めないことはない。ただ浪江は放射能が高いからこれからどうなるのか?

大内は山側の方はわずかに高くなっていて助かった。道を挟んで平地の方は半分くらい破壊されて家を壊していた。大内も結構被害大きかったと思った。あの前は縄文時代は海だった。万葉時代真野の入江があったときも海だった。大内部落は結構古い。烏崎より古いと思う。大内と烏崎の間に村があったが消えた。烏崎が漁港ができてそれで人がふえたのか、あそこの歴史はまだよくわからない。

中ロ国境黒竜江省のサケに放射能汚染なし
http://jp.xinhuanet.com/2011-10/14/c_131191501.htm