2011年11月14日

晩菊-冬薔薇(老人を移住させるのは過酷)


晩菊-冬薔薇(老人を移住させるのは過酷)

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晩菊の色それぞれに定まりぬ


雨ぬれて晩菊静か石二つ


晩菊の墓所の近くにあまた咲く


黄色なる通り映える朝の菊


二三輪残り咲きひそか冬薔薇

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秋薔薇と冬薔薇となるとまた違っている。その変化の中に詩がある。晩菊は冬になっても晩菊であり冬菊となるのは寒くならないと感じが出ない。俳句は季語に左右される芸術なのだ。秋薔薇であればすでにそれでイメ-ジされるものがある。冬薔薇もそうである。でも俳句は短いからこれだけでは芸術として完成していない、「二三輪残り咲きにし冬薔薇」としてもこれがどこで詩なのかとなる。
俳句を外国語に翻訳するととても詩として理解不可能である。季語の理解がないからである。
英語に訳したら冬に薔薇が二三輪咲いているというだけになるからだ。そんなことが詩にはらない。季語の理解があって俳句になっていることが外人にはわかりにくいのである。

この冬薔薇は作られた背景を読まない限り何の意味ももたない、日本語でもわからない、写生にはそういうことが多々ある。この辺の事情を知らないと理解できない、つまりこの辺では原発事故で故郷に住めなくなった人が大勢いることを知らないと理解できない、特に原発事故は老人に過酷だった。慣れ親しんだ所に住めなくなるのは老人にとっては一番過酷なことだった。それで浪江の請戸から避難した83才の老人が小屋でも建てて住みたいとか言っていた。全部壊滅した所に戻りたいという。それだけ老人はすでに一生住んだ場所に思い入れが強いのである。だから老人が移住することは一番過酷なことだった。


秋薔薇も冬薔薇も老人をイメ-ジするけど冬薔薇は特にそうである。長年住んだ場所に留まり冬薔薇のようになる。そこにひっそりと最期のときを迎える。そう願うというか人間は自然とそうなってしまうのである。放射能は老人に影響は少ないとしたとき老人だけでも住めるようにしたらいいと思う。若い人がいないとむずかしいということもある。結局若い人にとっても特に子供にも原発事故は暗い未来を与えてしまったのである。そもそも子供にしてもこういう放射能汚染地帯に住みたくないとなってしまった。それはすでにここに未来がなくなってしまった。未来の希望がなくなってしまった。そういう残酷さを原発事故はもたらしたのである。老人は未来より過去であり長くいたところに留まりたいというのが人情である。チェルノブエリでもロシアは広いから移住させた。日本では土地が狭いからできないし代々住んでいた所に住みたいという気持ちが強い。原発はロシアやアメリカでも中国でも広い所だったら別な移住先が用意できるから良かった。日本には地震や津波や土地が狭いなど風土的にも向いていなかったのである。風土的なものをもっと考慮すべきだったのである。