2011年11月01日

野菊(それぞれの場にあった花)


野菊(それぞれの場にあった花)

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日々使う廊下の隅に野菊置く


我が家に野菊を飾り家事励む


目立たじや隅に置きたる野菊かな


仮設住む小高の人の川べりの落葉の道を今日も歩み暮る

花も何か精神的な象徴である。野菊となるとやはり謙虚さを示している。偶然に廊下の突き当たりの窓の所に置いたらあっていた。その廊下は細い暗い廊下だった。トイレとか風呂とか洗面所とかある狭い通路である。でもそこは日々に一番利用している廊下だったのである。家にもそれぞれの用があって作られている。家には実際はいろいろな部屋があってもいい、茶室としてあったところは今は介護の部屋である。茶室なんかもあれば確かにいい、それはそれなりの用ある部屋である。客をもてなす部屋だった。別に茶室は一つの部屋があれば作れる。金をかけなくても四畳半の部屋がそのまま茶室になる。なぜ茶とかに興味をもったかというと老人に向いているのは茶が向いていることがわかったのである。若いときは茶は向いていない、老人になると静けさや落ち着いたものの志向になるのだ。音楽でもそうでありロックよりはクラシックになってしまうだろう。最近高齢化で新しい老人文化が生まれるということを言う人がいるが確かにそうかもしれない、高度成長時代は明かに若者の文化全盛時代だった。団塊の世代そうだった。しかし今や団塊の世代は老人になったとき別な趣向になってくる。それがどういうものかわからないということは言える。何らかの新しい現代風の老人文化の創生なのだろう。そうはいっても何もないところから生み出せないから過去にあった茶などが参考になるのでてある。

この野菊は何か使用人などにあっている。使用人などは手伝いさんなどは目立たない仕事である。今はそういう人は少なくなった。戦前は必ず女中という仕事があった。ともかく家事が電化されていないから一仕事だったからそうなった。女中の数が多かったのはそのためである。家事もこれも仕事なのである。家事が他の仕事と劣っているということでもない、不可欠な人間の仕事なのである。
家事もだから生きがいになる。女性にとって嫁に家事を奪われたりして生きがいをなくすと認知症になりやすいということはいえる。嫁にお母さん何もしないでテレビでも見ていてくださいといわれて家の中で用なしにされとかえって危険である。人間は働くのは金のためだけではない生きがいのためもあるからだ。仮設住宅に移った人は仕事がなくなった人が多い、だからいつもス-パ-辺りで酒を飲んだりする人をみかける。あの人達も何かしら仕事していたのだが仕事ができなくなったのだろう。酒を飲んだりパチンコしたり飲み屋に行ったりとするばかりになるのもこまる。仕事がなく生きがいがなくなってしまうとそうなる。人間は金のためでだけではない、生きがいのために仕事をする。
その仕事が死ぬまでしていた人は幸せだったとなる。開業医でそういう人がいた。90まで仕事していたのである。そして病気になって一週間くらいで死んでしまった。こういう死に方が理想である。

ともかく花というのもその場に適合したとき一番映えるのである。だからこんなありふれた細い暗い廊下にたまたま置いた野菊があっていたのである。花は別に趣向をこらしたからといってあうものではない、金をかけて飾ったから映えるということもない、その場にあったとき映えるのである。家の中にそれぞれ用途があるが活かしきれていない、どういう用途があるからわからないのである。大きい家だと特にそうなる。日本人が茶室を発明したのはやはりもともと狭い所に用途を見出したためだろう。狭い国だからそうなった。大陸的な文化ではありえない文化である。その国土自体がいかに狭い土地を活かすかということにあったからである。それが日本の文化になったのである。
真野川の岸辺の道も落葉して毎日小高の人が歩いている。ただ働かないということは金の問題もあるがやはり生きがいがなくなるということで問題なのである。

2011年11月03日

秋薔薇(写真と人間の感じ方の相違)


秋薔薇(写真と人間の感じ方の相違)

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数枚の花びら散りぬ秋薔薇


ここにまた一輪開く秋薔薇


今日の日や散るを惜しみぬ秋薔薇


とりどりの菊の咲きにつおおどかにラッパスイセン下がり咲くかな

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写真ですべてが現されるということもない、また人間の肉眼ですべて見えるとは限らない、デジカメで見えないものが見えたからである。一方カメラですべてが見えるわけでもない、秋薔薇というとき夏の薔薇との区別が写真ではできない、秋薔薇とあればこれがそうなのかと思うかもしれないが写真からは夏の薔薇としか見ない人もいる。一枚の写真からすべてを見ることはできないのである。

そこに道具の限界がある。人間が見るというときバラだけを見ているのではない、全体の雰囲気で見ているのだ。その雰囲気が写真家らはわからないから限界がある。写真をみて俳句でも短歌でもできない、自分で撮ったものはその雰囲気を全体を知っているから作れるのである。他人の一部分を切り取った写真を見て俳句や短歌を作れない。その花がどういう場所に咲いていたのか、そもそも都会と田舎では違っている。一部分を切り取った写真から判断できない、どれも同じバラに見えてしまうのである。


この薔薇を一瞬見たとき花びらが数枚散っていた。それはすぐわかったしそれがいかにも秋薔薇にふさわしかった。でも写真にしたらわからないのだ。そこが肉眼と機械の違いだった。人間は一つの花を見るにしても五感で感じているのであり単に目だけではないのだ。デジカメは目だけが拡大化して機能化したものである。辺りの雰囲気すべてを現すことはできない、そこにデジカメの限界があった。目だけが高性能でも五感で感じるのとは違っている。機械はどんなにしても高性能になっても人間の代わりは絶対にできない、だから機械はコンピュタ-でも俳句の一句も創造できないのである。

ただゲ-ムなんかはすでに将棋でもプロを凌駕しているということは機械の方が優れたものになっている。ということは将棋がそんなに創造的なものでないともなるのだ。しかし他の芸術的分野では機械は創造はできない、手助けはできても一つの俳句も絵も創造できない、抽象画などはコンピュタ-のソフトで偶然にできたとしてもその価値を意味を見出すのは人間だから機械は創造はできないのである。結局いくら機械がコンピュタ-が発達しても創造的な面では人間に及ぶことはないのである。
すでにゲ-ムはどんなゲ-ムでもコンピュタ-の方が勝つのだから人間は機械に負けるからゲ-ムをするのも馬鹿らしいとなる。


ただコンピュタ-が何かを感じるということはない、だから何一つ絵でも鑑賞することもできない、何が美なのかもわからない、薔薇と認識できてもそれが夏なのか秋なのか冬なのかわからないのである。機械には感情ももてない、悲しんだり笑ったりもできない、機械はどうしても人間の代わりにはなれないのである。

野田首相の背後にあるもの? (松下政経塾-創価-ロックフェラー)

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野田首相の背後にあるもの?


松下政経塾-創価-ロックフェラー


松下政経塾の原点は、共産主義から自分の企業を守るにはどうしたらいいかを真剣に考えた松下幸之助が、アーノルド・トインビー(007で有名なイギリスの諜報機関MI6の創設者でもある)にその研究委託をしたところ、ロックフェラー系の研究所の指南・報告を受けて、MRA(道徳再武装)に加わるようになったことにある
http://muroutahito.blog33.fc2.com/blog-entry-391.html

野田首相は松下政経塾の一期生である。野田首相をどうみるのか、その背景になるがあるのか?
その行動パタ-ンはどういうところからててくるのか?それが松下政経塾にあった。松下政経塾を知らないと野田首相の行動原理とか思想は理解できないのだ。松下政経塾が共産主義から守るためとか、ロックフェラー系の研究所の指南・報告を受けていたということでその背景が浮かんでくる。そして週刊朝日で松下政経塾と創価学会と関係があった。池田大作と松下幸之助が盟友関係だった。そこに何か共通したものがあったからそうなった。創価自体の成り立ちが勝共連合から発していて共産主義の対抗軸として作られたというのもそのためなのだろう。アメリカのロックフェラ-などが影で糸を引き操作する。それで通じ合っていたということになる。

松下幸之助も商売上創価学会員に売るには得だと判断した。それは国を経営するということではない、自分の会社経営を利益を優先してそう判断する。創価は巨大な組織だからその団体が何を目指しているのかどうかよりその団体の力を権力を利用しようとすることになる。逆に創価側でもそうした数を組織を背景に勢力を拡大化しようと試みる。そこに仏教がどうのこうのというのはカムフラ-ジュなのである。一つは無知な大衆への脅しである。「罰あたるぞ」と脅して会員をやめさせないようにする脅しとして役に立っている。それがカルト宗教団体の実体である。ただ不思議なのは幹部も罰を怖がっている。幹部も宗教だから宗教に呪縛されているのだ。ともかく何か悪いことがあるとそれは信心がないとかなり何か成功したら信心があるとなりほめられる。あまりにも悲惨なことがつづくような人は嫌われやめさせられた人もいるようだ。どうして信心しているのに良くならないかとなるからだ。でもどんな人でも失敗とか成功とか挫折はある。成功ばかりの人生などない、倒産もあるし病気もあるし不運もいいろある。それを全部宗教と結びつけて考えるのがカルトの特徴なのである。


創価はあれだけの会員をかかえているから企業側にとっても利用価値があるとみる。つまり利権になる。それで大成建設などでも正本堂建てる時は社員を会員にしたり応援したりする。それは仏教とは関係ない、企業は利権のためにそうしているだけである。銀行でも巨額の金が貯金されるから頭が上がらない、政治でも票をもっているからそれで権力を操作できる。すべてそうして権力を操作するために会員をやたら増やそうとやっきになる。広宣流布などと言って日本の三分の一が信者になれば仏国になるとかいう。それは日本の権力を握り支配できるこになるということである。それは北朝鮮のような国となることである。政治もマスコミも官僚も司法も創価の支配下に入り天皇も創価よ入れるために宮内省に入って工作していた。大王製紙でも聖教新聞の紙の納入先として創価大学出身者が実権をにぎった。常にいたるところに創価の会員がおくりこまれ権力のある所を掌握してゆく。それが日々の運動なのである。もちろん今度の原発事故でも東電から宣伝費をもらい機関紙の潮で宣伝していた。公明は自民党と十年間政権を担当したとき原発推進だった。

それも原発の利権にあづかることを優先する、何でも利権追求なのだからそういう所には食いついてゆく。何か目的があるわけでもない、ただ民主党が政権交替と叫んで政権をとったように政権をとることが目的でありそして利益にあづかることしかない、日本国をどうするのかなど関係ないのである。会員もやがて大臣になるとか政治家になれて利権にあづかるとかそういうことで運動しているのだ。御利益追求しか目的はない、だからこそあれだけの会員に増えたのである。だからこそカルトなのである。ただそれだけ増えるのもやはり社会の人間の闇の深さがカルトを繁栄させる要因になっている。いろいろな問題をかかえるのが人間であり何かその時何かに頼らざるをえないからそうなる。


なぜ今そのことをまた考えたというと野田首相が松下政経塾出身であり公明党と同調するものがあると知ったからである。その背景が共通するものがあった。そういう出身者がどういう行動をとるのか?TPP問題でもアメリカ寄りになるのはそういう背景があるということを考慮せねばならない、国というより一企業優先の教えを受けたものならどうしてもTPPに賛成になる。いろいろ議論があるにしても松下政経塾出身者はそういう行動原理が働く、一企業の代表みたくなってしまう。原発事故でも東電の力がいかに大きいか知った。そのことが原因で政府は国は一企業にとりこまれて監視を怠ったのが事故の原因でもあった。PHPでは日本の技術は優秀なんだという宣伝をしていたがすべてにそうではなく原子力などの巨大技術はそうではなかったのである。そういう思い上がりが事故につながった。松下政経塾の原点はロックフェラー系の研究所の指南・報告を受けて・・・そうなるとアメリカ側の言いなりになっても当然だとなる。だからオバマ大統領は野田首相は御しやすい、こちらの言うことを聞く人だと見られた。

そういう背景をもっているからそう行動にでる。もちろん自分はTPPには詳しくない、ただ野田首相の背景となるものに疑問をもった。TPPはアメリカの法で決められアメリカが実質的主導権をとり日本はその属国になるという、自国の法律が適用されずアメリカの決めた法律に従うとなるという。日本の独立と自治も奪われることになるのは大問題である。松下政経塾出身者が政治家には多い、そのことはその行動原理が一企業の代表のような政策や行動をとりやすいということである。国を一企業の道具のようにしてしまう。それは東電がそうなって事故につながった。東電を監視できなくなっていた。権力はある一企業であれ団体であれ独占化したりすると弊害が大きくなる。そうした巨大権力を抑制するものが必要なのである。それができないと一カルト宗教団体であれ会社であれ国がのっとられるということである。


アーノルド・トインビーと池田大作が対談したりするのはすべてそうした知識人を利用するためである。仏教がどうのこうのとかそんなこと全く関係ないし興味もない、ただそうした有名人を利用する。芸能人を利用するのと同じである。池田先生はあんな有名な学者と対談している。そういう宣伝のためなのである。池田大作には思想などない、ただ象のような勲章欲とか権力欲だけがあるだけなのである。それは結局その会員もそういう欲望を達成しようとする人達だからにたものどうしが集まり増えたということもある。それだけではない様々な要因があるにしろ巨大な権力欲と欲望の団体だということは明確である。アーノルド・トインビー(007で有名なイギリスの諜報機関MI6の創設者でもある・・とかなっているのはそういうところからコネができて対談できたのだろう。あとで恥じて取り消したとかいうのも学者の良心があってそうしたのだろう。背後でロックフェラ-が動いていたともなる。民主主義といっても常に権力で操作するものと操作されるものに別れているのだ。だからその背後にあるものが何なのか知ることが大事になる。野田首相の背後にあるものの大きなものが松下政経塾だったということである。そこを見逃して議論しても本当の所はわからなくなってしまうということである。

最近創価をマスコミがたたきはじめたのは池田大作が介護状態であり用をなさなくなったからだろう。マスコミは弱くなったらたたく、強いときはたたかない、責めない、オウムだってそうだし原発でも東電を責めなかった。今になって責めているけど強い時は責めない,戦争のときも同じだった。だから原発事故も防げなかったし戦争でも戦争中はただただ政府と一体となりあおるだけであった。これからマスコミも創価の深い闇をあばくようになるのだろうか?そういう時期に来ているのかもしれない、池田大作亡きあとの創価の衰退を見越してしの最近の発言なのかもしれない。


カルトの世紀 道徳再武装と松下政経塾
http://black.ap.teacup.com/fukashinogakuin/565.html


松下幸之助は極めて、親米意識(場合によっては拝米)の強い特徴があります
http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-c48b.html


http://catshouse.blog.shinobi.jp/Entry/68/

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2011年11月05日

ギリシャの旅(菜の花とロバの国)




ギリシャの旅(菜の花とロバの国)

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なのはなとロバ

路上でおみやげを売る老人

手に握る重いドラクマ貨幣

水平線から船

島を縁どる美しい野の花々

倒れた神殿の石柱

彩られた神話の数々

オディセィの雄大な遠征と帰還

黒海に通じる狭い海峡

未知なる世界はその通路に

地中海の風が島々にそよぎ

一つ一つの石

それは人工の人の営為の跡

人の徴しの跡はそこかしこ消えじ

人の手に成らざるものなし

ただ過去があり過去を偲ぶ

迷宮のクレタの宮殿は忘れられ

栄光の日はもどらじ

ギリシャのアフリカの植民都市

キュレネは砂に久しく埋もれ忘れられる

薬草のシルフィウムに栄えし都市

そのシルフィウムも絶滅して

コインにのみかつての栄えを語る

石の船のモニュメント残し

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残される幾多の物語

語り尽くせぬ物語

人類の夜明けはここにはじまり

その知恵と技芸がここに集中して

哲学と科学の発祥の地

アテネの神殿はその象徴

常に壮健な肉体を競いし者たち

オリンポスはその聖地となりぬ

勝者にはオリ-ブの冠

その栄光は語り継がれぬ

急斜面の荒い岩石を清水が流れ落ちて

オリンポスのゼウスの聖なる白雪の山々

ドルフィの神殿は古りて

荘厳にかの高見に鎮まり暮れぬ

そこに厳かに神託の告げられし所

ギリシャの聖なるセンタ-の場

しかし今何かあれ

なのはなとロバの国

遠い過去のみが語る国

プロボネス半島の奥地かのスバルタの国

古い城壁の反り残雪の未だに寒々しく残り

今なお羊飼いの岩山に羊を追い

自然もなべて人の手になりて古りぬ

持ち帰りし一つのコイン

それはただ遠い昔の栄を語るのみ

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ドルフィの神殿

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オリンポス山

 


ドラクマの歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%9E


キュレネ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%8D


ギリシア人とシルフィウム
http://blog.goo.ne.jp/mosuke-log/e/ee93287add96b1a058d9897c18439eaa

シルフィウム
http://blogs.yahoo.co.jp/tyamada69/1244286.html

 
 

ギリシャという国がなぜ今問題なのか? 「なぜ働かない人のために我々の税金が使われるのか・・・」


ギリシャという国がなぜ今問題なのか?

「なぜ働かない人のために我々の税金が使われるのか・・・」

ギリシャは二千年も前に繁栄した国であり過去の遺物の国である。ヨ-ロッパのリゾ-ト地であり
国民ものんびりしていいるから過ごしやすい所だった。そういうのんびりしたところも必要だった。でも公務員が多く借金ばかりがふえた。産業はないし観光だけである。観光にゆくならここはギスギスしていないから良かった。ここは自然も美しいからもう一度行ってみたい国だった。中東とかヨ-ロッパは人の手が加えられない所はない、それも実にエジプトでも古いのである。最古の文明地帯なのである。どれだけ人が長くそこに住んでいたか、それは日本などと比べようがない、日本などは中東とヨ-ロッパとか比べれば新しいとなる。それでも今や地球を見渡したとき手つかずの自然が残されている所はわずかになった。羊を飼うことはやはり自然を破壊する。


キュレネは、紀元前7世紀にギリシャ人によって創立された植民都市である。場所は、現在のリビア領内にあり、アポロン神殿と医学校が有名であった。シルフィウムは、キュレネの主要な輸出品目であった。それは、独特の外観をした薬草だった。このシルフィウムが遊牧民が入ってきて羊が食べたので絶滅した。砂に埋もれて忘れられていた都市でもあった。羊はやはり草を食いつくすから自然破壊になる。日本で森が残ったのは羊を飼わなかったからかもしれない、しかし日本の山は急斜面が多いのだから羊を飼うには適していなかった。そういう風土の違いはあった。ただ羊を飼うところは森が喪失していることは確かである。山の上まで今でもギリシャでは羊飼いが羊を追っているのだ。


ギリシャの風土はゼウスの住んだオリンポスの山々があり牧畜もしていたし地中海に島々があり航海民にもなった。その風土が多様なのである。そういう多様な風土が文化を作った。もし中東のように広大な砂漠地帯や草原地帯だったらペルシャなどの強大な専制国家になった。そのペルシャと戦って勝ったのは海戦によってだった。海と船を利用して陸の大帝国に勝ったのである。海が守ったというとき日本も元のモンゴル帝国に責められたとき海に守られたことで共通していた。ギリシャと日本は風土的ににていたのである。平坦な地が少なく風土は山あり海あり島ありで複雑なのである。そういう風土からキリシャ文明が作られ数々の天才の宝庫となった。歴史はやはり風土とか地理と常に深く関係して作られているのだ。


今ギリシャがどうなっているのか?
「なぜ働かない人のために我々の税金が使われるのか・・・」
この言葉に尽きている。ギリシャ人は働かない、でものんびりしたヨ-ロッパのリゾ-ト地となっていたのだ。でもユ-ロ-圏に入った時、それが全世界に影響するとは思わなかった。ギリシャがなぜ世界に影響して日本までも影響するのか?それほどグロ-バル化で世界は一体化しているからそうなる。
公務員が国の主な勤め先であり手厚く保護されている。それがのんびりしていた国を作っていたのである。その公務員も危機にさらされている。それは日本の姿にもだぶってくる。公務員の優遇に対して批判が大きくなっている。公務員などたいしたことをやっていないとかその批判が大きくなっている。それはギリシャのようにその不満が大きくなる。ギリシャのために世界が沈没していいのか?
そういう不満が世界からなされる。世界が一体化するとギリシャとはいえ無関係ではない。


ユ-ロ-圏はアメリカとも一体であり日本とも一体だったのである。今回の地震と津波でも東北は大被害にあった。その時無駄な金を使うなとか東北は批判されたのとにていた。仮設住宅であれ、高台に家作るであれ防波堤を作ることでも金を無駄に使うな全国から言われた。原発事故でも無駄な除染に金使うなとかいろいろ言われている。地域だけで生活しいる時代だったら言われないがこれも国民の税金が使われるからそういわれた。ギリシャもこれとにていたのだ。「なぜ働かない人のために我々の税金が使われるのか・・・」とフランスやドイツが言うのがわかる。菜の花とロバの国としてのんびり暮らせる国としてあっても良かったがその金がフランスやドイツから出ていたから批判されるようになったのである。のんびりとロバが存在できたのもフランスやドイツのおかげだったとなる。


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デモクラシ-はギリシャが発祥の地だから
デモに熱くなるのか?
ユ-ロ-圏に入る前のデモも激しかった。
この時は何のデモだったのか?

ギリシャの旅(菜の花とロバの国)-詩
http://musubu.sblo.jp/article/49875606.html

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2011年11月06日

夏の色(抽象画)


夏の色(抽象画)


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夏の色

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美しい血管



子供も抽象画を描いている。それがみんな抽象画として評価はできないだろう。
抽象画の評価はむずかしい、何でも抽象画になってしまうからだ。
だから子供がただ絵の具で遊んだものも抽象画だとなる。
ただやはりまずそこに何か美しいというものを感じないと作品にはならない
色がきれいだというだけでその色にまずひかれる。色だけの魅力がある。
それがパソコンでは自分で作りやすい。

でも抽象画も一つの美の表現だとするときただやたらにすべてが抽象画として評価できない
この二つの作品も一つの意味があり美を感じたから作品になっているのだろう

ただ美しい血管というのは偶然でありこれが色がきれいだとか思ったからだした。
抽象画を作品とするにも結構努力している。才能なくてもできるのだが
やはりいろいろ試してみてやっとできたとなる。

たいしたことはないにしろ一つの創造作品にするにはそれなりの努力か必要なのである。
だから次から次と作れない、たまたま作れるというのはそのためだろう。
これはソフトがいいからできた。このソフトは高いから買うとなるとそれほど利用できないから
迷う。抽象画だけではもったいないからである。

ギリシャ人はなぜ働かないのか (ギリシャは日本の江戸時代とにているのかな?)


ギリシャ人はなぜ働かないのか

(ギリシャは日本の江戸時代とにているのかな?)


ギリシャに暮らせば・・・・
http://ameblo.jp/greeklife/theme-10001005043.html


ここのプログでギリシャ人は競争しないという、人と争うということをしない国民だという。
頑張るということもしない、勉強するにも競争心がない・・・・・実際に住んでいる人の報告だから納得する。

日本とはまるで考えられない国民性であり社会がある。日本では毎日毎日がんばれよ、がんばらねばならないとかどんなことでもがんばらねばならない、そしてがんばれないものはおちこぼれになり自殺するほかないのだ。そういうことが社会的におしつけられているのだ。ギリシャでは自殺する人は考えられないというとき、がんばることを強いられないからそうなっている。みんな助け合うとか協調的なのである。日本でもそういう時代があったのでは?江戸時代などは今の社会とは全く違ったものだったらしい。江戸時代の人はこんなに勤勉でがんばって働かねばならなかったのか?そういうことが疑問である。これほどにがんばることが強いられるようになったのは明治以降の近代化の結果である。明治以降から社会がまるで変わってしまったのである。日本は西欧に追いつくためにものすごくがんばらねばならなかった。富国強兵であり近代化のために様々な改革をしてきた。だからどこでもがんばらねばならない、働くことも江戸時代に比べると女工哀史があるように働きすぎるくらい働かねばならなくなった。こういうことはヨ-ロッパでも工業化して機械化して産業化したとき生産性が急激にあがりtime is moneyというように分刻みで働かせられるようになったのである。ヨ-ロッパでも近代工業化する前はそんなに時間に追われて働いていないのだ。


日本の社会は異常にかんばらねばならない社会なのである。もちろんそれだからこそ経済大国になり明治維新以降も富国強兵で西欧列強に並ぶことになった。ギリシャなどはそもそも工業化もしていないし産業もない社会であるからこそ昔ながらののんびりした協調的社会になっていた。やはり江戸時代的なところが残っていた社会なのである。それはギリシャの国民性というだけではない、世界中でこんなにがんばらねばならない社会になったのは近代化工業化した資本主義が世界に普及した時からだったのである。日本では明治維新以後どれだけがんばらねばならなかったか?戦争でもがんばり死ぬほどがんばり実際に400万とか死んだのだからそれくらいがんばらねばならない社会になっていた。小さな資源もない国で世界に伍するためにどれだけがんばらねばならなかったか、戦争に負けてもそれは高度成長時代もつづいていたのである。


ギリシャは本当に人間がのんびりしている。バスにのっても金をとらないときがあった。そういうところも観光で食べているから観光に来るものに寛大なのかと思っていた。それだけではなくそういうおおらかな国民性もあった。だから観光した限りでは一番過ごしやすいし親近感をもった国だった。それはやはり国全体が近代化工業化していない国だったからということも背景にあるのだろう。国民性としては地中海沿岸のイタリアとかスペインとかもラテン系でありのんびりしている所がある。
気候も関係している。近代化工業化したところはドイツとかイギリスとか寒い国だった。そこは勤勉になり近代の工業化の先達となった。日本は勤勉な国だったと盛んに言われるけど江戸時代にはそう思えない、そんなに働くことは強いられていない、もちろん勉強だってそんなに強いられてしていない、そもそも親の跡を継ぐのが普通だからそんなに頑張るということはない、自然と親の見よう見まねで覚えるということがある。そんなに頑張らなくてもいい社会だった。だからギリシャではヨ-ロッパのリゾ-ト地として最適だった。息ぬきには最適の場所だったのである。だから別荘をもっている人が多かったのである。


ではなぜギリシャではデモがあれほど激しいのか?デモは今だけではない、前々からデモをしていてそれが過激なのである。警察を信用していないとか政治家に対する反発とかありデモが激しくなる。国民性としてはのんびりしていて協調的でも上のものに対しては反発が大きい。それがデモクラシ-の発祥の国として継続した心情なのかわからない、日本のようにお上に従順ではない国民である。
日頃のそうしたのんびりした温和な生活感覚からすると激しいデモがなぜ起こるのか理解しかねる。今だけではない常にギリシャではデモが起きていて過激だったのである。今は諸々の事情で極点に達した。

ギリシャ人はなぜ働かないかというとき、逆に日本のように異常なほどがんばらない、がんばらなくてもいい国だったのである。その頑張らないということがまたマイナスとして働いた。そういうふうにのんびりした国でありえたのはやはり近代化して先進工業国となったドイツやフランスなどの後押しがあったからである。だから働かない人のためになぜ自分たちが金を出さねばならないのかとフランスやドイツ人は怒った。実際にギリシャ人がその緊縮財政をのむことは本当に厳しい。給料は三割減るは退職金なしだとかとてもその要求をのめるような条件ではない、だからといってその条件をのまないなら金は出さないと言われている。のんびりしていいがそれなりの贅沢をするには自国で近代化工業化しない、日本のように頑張らないからそういうことを他国からおしつけられたとなる。日本は異常に頑張る国となりそこで江戸時代ののんびりした良き協調的社会も失われた。一方で世界に伍するには異常なほどがんばらねばならなかった。そういう矛盾があった。


後進国に行くと昔が残っていてなつかしいということがある。それはやはり近代化工業化の先端を走った国が喪失したものがそこにあるから
である。ギリシャが観光だけなら気持ちいいのはそのためである。そういう国は他にもある、のんびりしている国がまだある。そこで心がいやされるのである。江戸時代に帰ったらやはりギリシャに行ったような気分になることは確かである。人々は和やかで協調的でありみんな幸せそうだったというのはそのためである。近代化工業化はさけられないものにしても人間に不幸ももたらしたのである。


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http://animal.myds.jp/animal/donkey/

のろまのロバ、もっと働けよ

なにを、のろまでいいんだよ
ここじゃみんなのろまなんだよ


そんなふに働かせるやつはここでは追い出されるぞ
のろまでいい国なんだよ
それでみんな和気あいあいなんだよ


それなら藁だけ食べて満足しなよ
贅沢を言っちゃだめだな

働かなきゃぜいたくはできんのだからな

給料へるからと文句も言うなよ
働かない人はぜいたくはできないんだよ



 



 

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2011年11月08日

ギリシャの旅-春(俳句十句と写真)



ギリシャの旅-春(俳句十句と写真)

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なんという蝶なのだろうり

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龍舌蘭-ドルフィの神殿に咲いていた


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菜の花とロバに岩に島暮れる


島々を船の行き交い春の暮


春の花神話をつづる島々に


もの寂びて松に神殿春の花


黒き蝶岩にとまりてたそがれぬ


オリンピア野の花々や春の風


ドルフィの神殿古りて龍舌蘭


残雪の山や角笛の羊飼い


路上に土産売る老人春の暮


ジプシ-にリラを与えぬ春の駅


ドラクマにリラと交じりて春の暮

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ギリシャは花がきれいだった。旅をして花がきれいだったという所はあまりない、春だったからきれいだった。一面にいろいろな花が咲いていた、花野だった。ギリシャはもともと自然も変化に富んで美しい場所だった。神話の国でもあった。ただ森は岩山になっているからあういう所はもとは森だった。そういう岩山とかになっているところが世界には多い。自然の森が残っているところは少ない。ギリシャの特徴は島々にもあった。クレタ島とか大きな島がありそこから文明がもたらされた。クレタ島の歴史はそれだけ古い。埋もれた迷宮都市もあった。そこでは様々な神話が語られている。確かに一度行ってみればそういう神話にふさわしい場所だった。フランスやドイツやイギリスなどのように近代化工業化していないことが古代がそのまま残り取り残されたような国になっていた。だから昔を偲ぶには向いていた。古代もこんなだったろうなということが想像つく、余りにも近代化都市化したら東京のようになったらもう過去を偲ぶことはできないからだ。


ギリシャにはあれだけの芸術や思想哲学を生み出したのも変化に富んだ地形が影響した。オリンポス山や海を望み島々がある。だからポリスにしても100もあってそのポリスごとに貨幣があったというのもその多様性を示しているのだ。そういう多様な地域だから多様な文化や天才が生まれたのである。なかなか海の神話とか山の神話がある世界は少ないだろう。日本も海と山の文化があるからにていた。特に瀬戸内海辺りはギリシャの地形とにているのだ。そういう地形的なことでも親近感をもったのがギリシャだった。中国とかアメリカとは大きな国には親近感をあまりもてない、ただ大きいだけでありあまりに大きいからつかみようがないとういことがあった。中国とか大きすぎて理解できないということがあった。ギリシャはその点,地形的に理解しやすかったのである。山があり海があり島があるのは日本とにているし気候もにている。地中海気候で温暖ではあるが瀬戸内海辺りともにている。ドイツとかフランスは北は寒い。あまり暑くもなく寒くもないという所にギリシャ文明が華咲いたのである。


ギリシャの鉄道にのったがあれが駅なのかと思う。一軒の小屋のようだった。利用する人も少なく日本の廃線ぎりぎりのロ-カル線と同じだった。電化していないから余計にそう見える。駅にジプシ-なのだろうか、そういう格好の男女が子供連れでいた。その子供にリラをくれたりした。イタリアから来たのでリラがあった。その時はまだユ-ロはなかった。ヨ-ロッパでは国が変わるたびにりょうがいするからめんどうだった。でもどこにでもりょうがい所があるから困ることはなかった。その度に金をとられていたのだ。めんどうだったがそういう度も地域性があり面白い。ユ-ロだけだったらどこでも貨幣も同じで地域性かないから面白くないとなる。


ギリシャにはいろいろな花が咲き花が映える所だった。海に面しているから花々も美しいとなる。自然は古代と変わっていない、だから神話の国をその土地を踏めば彷彿とする。やはりギリシャは詩の国だった。ロ-マは政治の国だというのはその建造物から直感する。別に歴史を知らなくてもその建物からそう感じる。ギリシャは神話の国であり詩の国であり美の国であった。哲学思想や科学の発祥の地でもあった。ただそれは遠い昔のことであり3000年前にもさかのぼるのだから今のギリシャ人はその末裔とは思えない、ギリシャ語を使っているからその点はそういう伝統の中で暮らしている。でもギリシャ人が残した華やかな文明は遠い過去のものである。今の人達と連続性がないのだ。日本はやはりまだ近代化しても歴史の連続性がある。社でも人々が詣でるから遺跡だけになったギリシャの神殿とは違っているのだ。まだ神々活きているのだ。


外国で俳句を作るのはむずかしかった。あまりにも変わっていたしなかなか何を意味しているものなのかわからないからである。今ふりかえり落ち着いてかえり見ると見えてくるものがあった。やはりギリシャは美の国だった。自然と調和した古代の文明が創造された国だったのである。俳句にしてみたが俳句だと短く一句一句分けて作れるから作りやすい、俳句は外国でもやはり写生である。
菜の花とロバと岩と・・・というときただ事物をもって示している。説明すると詩になってしまう。菜の花とロバと岩が示すものを事物で示して説明しないのである。


ヒュアキントスの神話

アポロンが円盤投げをして楽しんでいた時、ボレアスは意地悪く吹きまくって、円盤をとんでもない方向へと導いてしまいます。
運悪くその円盤は、アポロンの周りを駆け回っていたヒュアキントスの頭に当たり、彼は一瞬のうちに死んでしまいました。。。
(別説では、円盤投げの競技会での出来事とも言われています。)

アポロンは嘆き悲しみ、慈しみ愛したヒュアキントスを【ハデス】(黄泉の国・冥界の王)の国へ引き渡すことを許さず、彼を早春に咲く紫の美しい花『ヒアシンス』に変えたのです。
(その花は、現在のヒアシンスではなくアイリスの一種であったという説もあります。)

ギリシャ神話の中では、悲しいかなアポロンの愛は失われることが多く、彼の愛する人々は愛されるがゆえに植物に変わってしまい、現在までその生命を存続しているというエピソードがいくつかあります



これはオリンピアとかにふさわしい神話である。オリンピアも花々が美しく咲いていた。オリンピックというというとき何か競技場とか筋肉競技とか肉体だけを競うようになっている。古代のギリシャでは競技場があってもそこは意外と小さいのである。やはり人間的サイズでありギリシャでは自然の風景にマッチするように神殿が作られた。だから自然を圧倒するようなピラミッドのようなものは作っていない。こじんましたものが多いのだ。日本の祠や社とにているともいえる。だからオリンピアの周辺は丘でも花々に彩られていたのである。自然の美しさと人間の肉体の美が調和して演じられていた。現代のオリンピックは競技場とかが立派でありただ肉体だけを競う何かモデイビルの大会のように感じるのだ。肉体だけを特化して競う筋肉だけを争う動物的なものに見える。これはロ-マの闘技場とにているのかもしれない、オリンピックはロ-マの闘技場,コロッセウムににているのであり
ギリシャのオリンピックは人間的サイズの自然と調和して演じられていたのである。その相違は大きいのである。だからギリシャのオリンピックは美しい神話になったのである。円盤で死んだ若者が花に変えられたというのはギリシャを旅してみれば納得がいく、写真のように美しい花々に今も彩(いろど)られているからだ。神話もその土地を踏まないと実感できない、なぜならその土地の自然から
生まれたものだからである。

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和名:風の塔

英名:Tower of the Wind

位置:アテネ。アクロポリスの北側。古代アゴラの東側。

特徴:八角形の風の神の塔。1世紀の天文学者アンゴロニコスが建造した。日時計と水時計と風見の機能があった。8つの面は正確に東西南北に対応している。


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アケネではこの六角堂がありロ-マへのア-チ門がつづいている。ア-チはロ-マ文明になって作られた。
この先にロ-マの建築があるからだ。

2011年11月09日

モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している (働かない人が増えるのそのため)

 

モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している

(働かない人が増えるのはそのため)

●修道院からはじまった資本主義


当面生活に必要なお金が手に入れば、それ以上働かないというのが生物としてはむしろ自然な行動だと思います。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


キリスト教の信仰から、近代資本主義に必要な「勤勉」「契約の遵守」「所有権の確立」「資本の蓄積」という考えが出てきたのです。


カトリックは一般信者を甘やかしたので、この精神も希薄ですが、プロテスタントは厳しくキリスト教の原則を守りました。


http://plaza.rakuten.co.jp/sailmssn/40000


人間はそもそも本来は怠け者であり働かなくてもよければ働かない、勤勉になるのはそれなりの理由があるのだ。資本主義は修道院の中から生まれたというときまさに宗教と特にキリスト教と関係していたというときその基になるのが宗教だった。神に仕え人に奉仕するために勤勉になったのである。人間は豊になりたくてもそんなに働かない、働かないことを選ぶ場合だってある。労働は過酷でありすべての人が過酷な労働に耐えられないし選びもしない、貧しくてもそれなりに暮らせればいいとか考える人がいるのだ。江戸時代は会社に勤めていない、職人は一人一人であり商人も棒ふりなど一人一人の零細な商人だった。大きな商家はあっても底辺の多数は一人一人の商いであり職人だった。だから会社のように何時間働けとか強制されない、今日はこれくらい稼いだからあとは休もうとか働く時間もル-ズなのである。分刻みで働かせられる現代とは違っている。工業会社社会ではそういう圧力から逃れることはできない、会社員でないものは人にあらずとされるからだ。ただそういう会社社会の勤勉ももともと修道院からはじまったのだから宗教的なものとして出発したのである。その宗教的モラルが強制力をもつようになったのが社会全般に普及したのである。侍のモラルが民衆のモラルとなったのと同じである。商家でも奉公するというとき侍が主君に奉公すると同じなのである。

●侍はモラルの模範であった


侍のモラルを習って商人のモラルもあった。修道院のモラルが一般社会に普及して人々は勤勉になるようになった。それは最初は自主的なものであり強制されるものではなかった。信仰はいくら信じろと言っても信じない人は信じないからだ。どんなことでも人間はすべて強制してやれるものではない、奴隷すら強制的に使用はできない。その人が何か有効な価値を見出すとき自主的に働くことになる。その時その人は本当に金だけではない労働自体の価値を見出しているのだ。そういうことは本当に特別なことではなくあらゆる仕事にある。ヘルパ-とか掃除婦とか卑近と思われる仕事でもある。

ただ労働は今や一般的に苦役であり強いられた労働となっている。初期の自主的にはじまった資本主義の精神とは違ったものとなっている。それは宗教意識、信仰の堕落だともなる。働くモラルが低下したのである。また初期の信仰心から発した労働と今はまるで違ったものとなってしまった。ただ欲望を満たすだけための労働となった。最初は勤勉であり節約が美徳とされ労働はあまり消費に重点を置いていなかったのである。そもそも修道士は禁欲を実行するものだからそうなった。仏教でも修行者は禁欲を実行する者である。だから修道士や僧侶がぜいたくすることは禁止されるし他からみても許されないのである。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


日本人がなぜこんなに働くのか、勤勉ななのか不思議である。労働自体が救済であり労働自体に価値あると見なしているからだ。働くことが勤めるとは仏教のお勤めのことである。お経をあげることである。それは宗教と関係していた。働くも端を楽にするということは他人を楽にしてやりたいということは助けたいから働くということは宗教的と言えないことはない、働くにはそういう動機があったのである。働くことは自分もそうだが他人を益すること他人を助けるということがあった。奉仕とか奉公とかはそういうことがあったから出てきた言葉である。自分も無化してただ仕える奉仕するということがあった。そういう仕事は今でも家事とかに残っている。家事するのは無報酬の愛が基でありそれがなければ成り立たない、その家事を切り離して利益労働にするとただ利益だけを追求するようになる。家事から離れるとそこに愛は必要なくて利益だけを追求するものとなる。

つまり労働でも動機が大事でありその動機が失われたときその社会は崩壊する。「神は人の心を見ている」というときいかにあらゆる所で動機を見ているかわかる。犯罪でも故意なのかどうかまずみる。盗むにしてもコンビニなどで知らずにカバンにパンを入れてしまったことがある。週刊誌を読むのに気をとられてそうなった。全然盗む気がないのにそうなった。そういうのは犯罪にはならないが外から見れば盗んだように見える。殺意なくて偶然殺人になることだってある。そういうものも犯罪にならない、明確な動機がなければ犯罪にならないのだ。だからもし具体的に犯罪にならなくても恨みを抱き殺意をもったらすでに犯罪だというのも言える。それほど動機は大事なのである。


●モラルを実行する模範とすべきものがいない社会の荒廃


資本主義は修道院からはじまったのだから動機は今とはまるで違っていた。神に仕え奉仕するというのが先にあり禁欲であり節約であり勤勉があった。大金もうけてやりたいことをやるというのとは欲望を満たす資本主義とは違っていたのである。現代の資本主義はすでにこの動機、モラルの点で崩壊している。すべての働く人の動機はすでに不純でありただ金が欲しい欲望を満たす何か消費したい、贅沢したいという動機しかない、だから手っとり早いのは働かず盗んだ方がいいとさえなる。みんなそういう気持ちになっているのだ。現代はもうモラルが崩壊している。経済の基礎は道徳だというのは本当である。その基礎が崩壊しているのだから資本主義自体崩壊しているのだ。それは下々のものまでそうである。下々のものもモラルは江戸時代だったら侍を模範としてモラルを形成していた。

それで奉公ということが商家でも習ってそうなったのである。今や習うべきものがない、金をもうけることがけが最優先される。欲望を満たすことだけが追求されている。教育からして他人を蹴落としてまで受験戦争に勝ちいい会社に就職して楽をする得をするということを教えられる。その結果として東大を頂点とするヒエラルキ-が生まれた。官僚が身分だから壊せないというときそれは江戸時代の侍の身分とは違っている。侍は庶民と同じく貧しかった。


ただ模範とされたのはモラル的なものとして精神的な徳を実践するものとして見習ったのである。今は上に立つ人はモラルがない、官僚であれ、政治家であれ、会社であれ、あらゆるところで金さえ得ればそれでいい、利益を得ることが第一とされる。そして模範とするべきものはない、ただ金持ちを庶民はうらやむだけでありそのうらやむのは欲望を満たすことができるからいいというだけである。官僚の天下りとかそういうものを見れば誰もうらやましがるのはそういう身分になれば得をするということだからである。濡れ手に粟で金を入る立場になるということがうらやましがられているだけである。実際に上に立つものの腐敗がモラルのなさが原発事故につながっていた。ただ金を得るということで人々は働いていたのである。マスコミも宣伝費をかせぐためにそうなり官僚も巨大な天下り先だから監視が甘くなり地元も金になるということで見逃されてきたのである。技術的問題もあったがモラルの崩壊としても事故は起こっていたのである。


●資本主義はモラルが喪失したからすでに崩壊している


資本主義が修道院からはじまったとういとき余りにも今は変わりすぎた。強欲資本主義とか欲望充足のためだけの資本主義であり土地転がしとか金転がしで金融業がアメリカの産業だというときアメリカの働くモラルも最悪である。西部開拓時代はホイットマンのように働く人は実業に働く人でありその人たちが讃美されて詩になっていたのである。金転がしのようなことで巨万の富を得るような人達ではなかった。その時代は働くことでも健全であったのだ。資本主義はもう崩壊しているのだ。それは恐慌とかそういものではない、経済の基礎となるべき道徳が崩壊しているからだ。日本はそうではないというが日本も同じである。日本には明治時代あたりにあった義理人情とかまるでない、ただ金だけが

唯一の価値となってしまった。だからこそ今働かない人がニ-トなどがふえたりしているのは
働くことに意義を見出せない人々がふえたということもある。働かないということが価値観にすらなっている。働く奴は負けだとかさえなっている。それは余りにも働くということが金だけの欲望充足のための経済となったためである。唯一の価値基準は金しかない、金があるものが一番偉いのであり金がある人が一番責任がある社会である。金がすべてになればそうなる。金によってすべてが動くとなればそうなる。庶民も見習うべきは金持ちでありかただ金持ちになりたいというだけである。そうすればすべての欲望や願いもかなえられると思っているのだ。そのことが資本主義が崩壊していることなのである。そういうことが極点に達すればモラルがないのだから崩壊する。人間社会は基礎に何らのモラルがないともう維持できない、無秩序の弱肉強食の社会になってしまう。そういうふうにもうなっているから崩壊してゆく。


人間は明かに働くにしてもモラルが必要だったのである。ただ金だけ欲しいという動機の人は実際はヘルパ-でも家政婦でも家の中に入ってくる場合本当に怖い。家の事情がわかるから大きな犯罪に結びつきやすい、昔の奉公するというモラルもないとすると働く動機が金しかなくなれば人など簡単に雇えない、そういうことは金では福祉関係などでは助けてもらえないということである。社長が借金ある人は側近に雇うには信用しないとか金のない人は危険だというのもわかる。金に飢えている人は犯罪予備軍なのである。そういう人を簡単に信用したら大変なことになる。虎視眈々と財産をねらっているという怖さがあったのである。そういう恐ろしい時代にすでに入っているのだ。だからこそ資本主義はモラルの喪失から崩壊してゆくし実際に崩壊している。それが今や恐慌からではない、働かない人がふえたり上に立つものから下々のものまでモラルはなくなり崩壊しているのである。庶民にしてもモラル的に模範とすべきものなど何もない、今一番偉いのがお医者様になるけどお医者様にしても病院では利益第一主義でありいらない薬とか金のために無用な手術までしたり怖いことが起きている。それは金のために殺人するとさほど変わりないけど医療の現場では隠すことができるし許されるのである。医も算術になったのである。


●モラルが崩壊すれば法律も役に立たない


そういうモラルの荒廃が社会全般に起きているからこそ資本主義は崩壊する。原発事故もそうしたモラルの崩壊も原因して起こったのである。危険をかえみみずただ利益になればいいというだけである。それは社会全般にそうである。宗教はカルトとなりこれも利益追求を第一としてとても修道院からはじまったモラルなど皆無である。教えることは贅沢ができることでありそういう身分になれとはいうことで権力を追求しているのだ。そのために毎日祈っている、禁欲など全くないのである。モラルが崩壊することは社会が崩壊する深刻なことだとまだ認識していない、これは法律だけの外部からの強制では成り立たない、人間は自主的なものがなければ成り立たない、自主的に働くことや自主的に社会に参加して働くことがないかぎり成り立たない、強制では成り立たないから共産主義は崩壊したのである。

民主主義はそうした自主性を育つものとして作られた制度であるけどそういう自主性もモラルも喪失するとき最悪になる。自由は自由なエゴと各人の欲望を充足するためのものであり権利だけを主張して義務は実行しない、とにかく金だけはよこせというだけになる。ボランティアが震災で起こったがその時やはりその時働くこと自体人を助けることに意義と喜びを見出しているからこそできるものであった。その労働は修道院からはじまった資本主義の理念とか動機と一致していたのである。そこに働く意義をかえって見出したのはそのためである。ただ物資を運ぶことが人助けになっていたのである。まさに働くことが奉仕だったのである。
震災の負の面も大きかったがそういう点で助け合うのが経済だったということを見直したのはいい面として働いたのである。


資本主義の堕落がここに書いてある。
http://www18.atpages.jp/hisao123/newpage16.htm

posted by 老鶯 at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2011年11月10日

相馬市晩秋俳句十句 (病院に行き相馬市を歩む)


相馬市晩秋俳句十句

(病院に行き相馬市を歩む)


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晩菊の色それぞれに定まりぬ


朝静か三本の枯木や病院に


橋古りて柿の熟すや塩地蔵


菊畑街中にあり城下町


相馬なる路地を曲がりて木の葉散る


相馬なる通り歩みて秋の暮


三色の晩菊静か城下町


城下町路次を曲がりて残る虫


冬の日や老人と話す住宅に


我が町に帰りて駅前落葉かな



相馬市の病院はいつも混んでいる。50人待たなければならなかった。このくらいはいつでもそうである。それで近くで暇つぶしに歩いた。市営住宅がありそこで老人と話した。あそこの市営住宅は数が多い、仮設住宅ではないがちょっとにている。市だからあれだけ多いのだろう。家賃は3千くらいだからここも同じだった。大きな家のことをうらやましがっていたけど家をもっているとつくづく金がかかる。すでに家を直すために一千万くらいかかっている。増築したのでかかったのだ。今度は瓦屋根を直すと大きな家だからやはり金がかかる。家をもっていても金がかかるのだ。郡山市の瓦屋から電話が来て修理のことを言っていた。地元の人は忙しく順番待ちである。今年中でにできるというが足場組むようになるとできないとなればできない、家が高くて大きいから困るのだ。今は外からこの辺に相当建設会社が入ってきている。バスで来たら前を札幌の建設会社のトラックが三台ドロを積んで走っていた。意外と遠くから来ているのだ。まだまだこの辺は建設関係の仕事があり屋根を直していない家が多い。屋根は被害をほとんどの家で受けたから仕事がある。あそこの市営住宅の前のス-パ-で惣菜を買ったが作り方が違うので一味違ったものとなる。相馬市とか原町だと買い物でもいろいろ選べる。特にオカズで困っているから惣菜が大事なのである。大きな海老フライも売っていた。それらを買った。


相馬市はやはり城下町だから情緒がある。路次が多いのが特徴である。街は歩いてみないとわかりにくい。歩いて見えてくるものがある。李龍という中華料理店でランチを食べた。その窓から外を見ていたら人が歩いていた。その歩くことに情緒を感じる。歩くことが珍しくなったからだ。車で通ったら人の姿は見えない、商店街が廃れたのは車社会になったからである。通りを歩めば一軒一軒を見るから買い物に立ち寄ることがあるからだ。ともかく歩くことが詩になるということ自体、いかに今が車時代になってしまったかわかる。人間が歩くことは絵であり詩であった。だから江戸時代の浮世絵はその歩く姿が絵になっているのだ。着物姿の女性の人が歩いていたりすると城下町にあっている。最近新しい城の堀の跡が発見されたとかやはり城下町だからそういう話題がでてくる。


今日は寒いということはない、それでも立冬が過ぎたから冬である。冬というよりは晩秋なのだろう。病院に枯木三本あるというときこれは写生である。俳句は写生でありその三本の木がいかにも相馬の病院にはふさわしい。南相馬市の病院には何十本の桜の樹があった。あれはあれであそこにあっていたのである。今は半分の医師と看護師がいなくなったので通常の診療ができなくなった。ともかく一番困ったのは病院である。病院というとき週刊誌にでていたが癌になった人などはあまり治療せず痛みをやわらげることをしたりケアに重点を置く病院が人気で他からもきていて満員になっているというのもわかる。最期はもう過度な治療したりするより最期の時間を有意義にすることの方が大事である。過度な治療は病院の経営のためにするというのはおかしいのである。相馬の病院では行くたびに先生が変わり手術だと何回も言われたので準備もしたし今すぐ入院せねばならないと思いあせった。何しろ自分のような身寄りもない人は手術だ入院だとなると大変なことになった。そのために大被害になった。だから簡単に言われると困るのだ。家の鍵まであづかってもらうほかないしそういう準備ができないと20キロ圏内の立入禁止区域と同じになる。空家となり泥棒に入られるのである。そういうことを経験したから本当に今は近くの人でも油断できない。今は福祉のサ-ビスがいい市に移り住むというのもわかる。故郷にこだわる時代ではないともいえる。サ-ビスがいい親切にされるとなれば故郷でなくてもいいとなる。そして富士山でも眺められるならさらにいいとなる。


バスで帰ってきたが今年中に原町-相馬間は電車が通る。それでも相馬から何年も常磐線は開通しない、バスでゆくとなると不便だから仙台に半年も行かない、行けないのだ。介護でも行けない。
鹿島区では歯医者一軒やめて家を壊していた、隣の家も壊した。倉庫も壊した。印刷所のビルも壊した。近くの惣菜屋もやめた。何か衰退してゆくだけの市となっている。ふえたのは仮設住宅だけだった。人の世はつくづく変化が激しい、無常の世だった。無常とは常なき世だった。ここに家があったけどなくなった。それもまた無常である。ここに住んでいた人はどこに行ったのかわからない、いる人がいなくなる、これも無常である。人が死ぬのも無常である。津波で大勢の人が死んだのも無常である。原発事故で起きた変化も無常だった。人間はいつの世も無常の世を生きていたのである。


晩菊というとき老人を思い浮かべる、色はすでに定まっている、その個性の色は変えられない、その人はそういう人だったという評価が定まってしまう。犯罪人はもう犯罪人であり改悛もしない、歳になるとできないのである。歳になるとあらゆることが変えることはむずかしくなる。ひでに人生の結果がでているからだ。もう変えることができなくなっているのだ。