2011年10月27日

放射線量の計測 栃窪→大倉(真野ダム)→飯館村(草野→八木沢)を回る


放射線量の計測

栃窪→大倉(真野ダム)→飯館村(草野→八木沢)を回る


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草野へ行く道-ここからさらに峠を上る

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●森の中は高い
●落葉は高い
●雨に濡れた砂や汚泥は高い
●標高が高い所は高い
●飯館に近い山際は高い

栃窪から飯館村を回ってきた。今回は警察の見回りは少なかったようだ。飯館の草野のゆく峠道は落石で通行止めになっていたこともあった。車では行けない、自転車はどこでも行ける。
放射線は町の近くの森で1・5とかあり森の中は高い、外の道は0・1とか0・2である。
栃窪で意外だったのは道に沿った所は下栃窪では0・1きか0・2であり低いと思った。こんなに低いのは変だと思った。なぜなら大原が高くなったのは驚いた。大原の手前の平地で1・5とか高くなったのに驚いたからだ。大原に近づくと3になり道端は倍の6になっていた。それと比べると栃窪は低いと思った。あとでわかったことだが飯館に近い山際は1・5とかそれなりに高かった。栃窪という平地でも放射線量は違っていたのである。狭い地域でも放射線量は違っている。さすがに坂を上り大倉に近づくと高くなった。でも2・4くらいだった。


大倉の真野ダムで驚いたのは橋をわたった休む場所で濡れた砂を計ったら12マイクロシ-ベルトあった。その脇の草は5くらいだった。放射性物質は集りやすい場所があることは確かである。砂がぬれて固まったとか汚泥は集りやすい。大倉の飯館側の道は2から3であり道端も高くなっていない、5とかになってんなかった。通行止めになったところもさほど高くなっていない、高くなったのはやはり飯館の中に入った平地である。6から7になり草野の川俣に通じる道でも6近くあり道端で8以上だった。やはり飯館村の中は高いのである。ストロンチウムやプルトニウムも検出されたというとき何となく気味悪くなる。それでも50代以上は癌になっても10年後20年後だとなると気にしない、いづれにしろ癌になる割合が大きくなるからだ。おそらくもうその癌になっても放射能のためなのかどうかはわからないのである。


草野中心地帯から八木沢の方へ行った。八木沢の上萱へゆく道の一番高い所が落葉で14マイクロシ-ベルとあった。ここが一番高かった。八木沢ではストロンチウムが検出された。標高が高いとそこは放射線量も高いことがわかった。ここの道は土砂崩れで車は通れない。ここは栃窪まで下る道が道路で3で道端で倍の6くらいになっていた。その値は変わらなかった。麓まで変わらなかった。落葉はやはり高くなる。栃窪に下りて飯館側の道は1・5はかで道端はその倍の3とかなっていた。ずっと下っても飯館の山側は1・5から2と高くなっていた。


結局飯館はやはり高い、中心の街の所で道路で7とかあり道端の草むらで9とかあった。これだとなかなか住めないだろう。ただ川俣にゆく道はひっきりなしに車が通っているからゴ-ストタウンとは違う。村の人も出入りが自由であり人をみかけた。トラクタ-で土を削っているのか働いている人もいた。立入禁止区域の20キロ圏内とは違っている。でも実際は相当に放射線量は高かった。ただ警戒区域の立入禁止の街とは違ってゴ-ストタウンという感じはしない、また人が帰ってくるような雰囲気であった。人が自由に出入りしているからそうなっているのだろう。いづれにしろ放射性物質は目に見えないから危機感がもてない、緊張もしないのである。それだからこそ怖いということなのかもしれない、まあ、50代以上はあんまり気にしなくてもいいのだろう。


崩壊する日本-飯館村-プルトニウムの大量検出
http://blog.goo.ne.jp/tarutaru22/e/fdc93e3a96779b3048015777dd7ef8de


これが事実としたらもう飯館村は住めないのかもしれない、放射能は秘密にされるからわからない、感じるものがないから怖さを感じないのである。ただプルトニウムは本当に怖いだろう。2万年も減らないとしたらどうにもならない、住めずに放置するほかないだろう。ただ立入禁止区域ではないから普通にゆくことができたた。警察の見回りも厳しくなくなった。誰でも行ける、仙台の方から写真をとりに来た人がいた。それほど警戒されていないのが助かった。

posted by 老鶯 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

電車の来なくなった町(詩)


電車の来なくなった町

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線路は草に埋もれて

半年電車が来ない

電車の音も汽笛も聞こえない

常磐線は5年も復旧しないと

一部は線路がずたずたにされた

なんだか北海道の廃線のようになるみたい

トンネルの向こうに町がある

町の灯が見える

でも電車は来ない

廃線のトンネルのようになる

鉄道マニアがその廃線をたどる

秋の蝉はまだ鳴いている

仙台はずいぶん遠くなった

半年も行っていない

秋の陽が湿地化した田んぼを照らし

阿武隈山脈に沈んでゆく

月の光が線路を照らしている

江戸時代に帰ったようだ

狭い村々で人々は暮らし

めったに遠くへと行けない

もちろん電車に乗って遠くから人も来ない

頻繁な人の出入りはない

自分は車をもっていないから

江戸時代にもどったように感じる

六号線も途中で閉鎖されたから

長距離トラックもこないから

余計に閉塞された感じ

狭い空間に閉ざされた感覚

それか江戸時代だった

常に遠くと交わり

遠くが近い世界とはまるで違う世界

電車でも車でもそれは常に遠くへ遠くへ

物も心も運んでいた

もしそれがなくななればものも心も

近くへ近くへ集束してくるのではないか?

それでも物は遠くから来ているからそうはならない

原発事故で地元で作物がとれなくても

九州の福岡の米がス-パ-に積まれている

江戸時代とはあまりにも違う

ともかく山のトンネルをくぐり電車は来ない

山は徐々に心の中で閉ざされて

今日は深い夕霧につつまれて

電車はもう半年も来ない

隣の町も遠くなる感じ

町の灯も秋に淋しくなる

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posted by 老鶯 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般