2011年10月22日

秋の夜霧の夜(電車の通らない町)


秋の夜霧の夜(電車の通らない町)




耳澄ましなお我が聞きぬ残る蝉


秋の蚊のなお森に生き死ぬるかな


新築の家に灯ともる秋の夜


霧深く電車通らぬ町となる


山の上になお残る蝉の声一つ耳すまし聞き去る人知らじ


音もなく山茶花ぬるる雨しととこの家を見れば空家なるかな

蝉はまだ鳴いている。ただ一匹くらいかすかに鳴いている。森の中に入ると蚊がいた。蚊はもう人里には出てこない、人間の血を吸うこともない、でも森に生きていて死んでゆく、蚊は伝染病を伝える媒介するものであった。でも最初は森で猿の血を吸っていたからそういうことはなかった。人間が多くなった結果、人里に出て人間の血を吸うようになった。自然界の動物はみなそうだろう。人間がもともと自然の中で生きていた動物の領域を荒したことで熊でもイノシシでも里に出るようになったのである。だからもともと人間を病気にする細菌は出てこなかった。森に人間が侵入するようになってそのバイ菌がうつるようになったのだ。人間が地球に住むこと自体すでに自然破壊になっていたのである。その復讐となるのか、バイ菌も生まれた。科学も自然に逆らうものがあり原子力も自然界にない物質を毒を作り出した。自然に逆らう科学は危険な面が昔からあったのである。津波で被害を受けた所ももともと海だった所である。だから縄文時代は人は住んでいない、江戸時代になり干拓して住んだ。そうきう所はそもそも人が住んではならない所だったのである。そういう場所に人は今はいたる所に住んでいるから被害も大きくなるのだ。


新築の家が一軒建った。これは普通のことである。しかし仮設住宅は何か落ち着かない、これが何十軒かちくらいだったら影響しない、これだけ多いと何か普通じゃない、仕方ないにしても落ち着いた生活にならない、やはり一軒一軒家があるのが普通である。仮設住宅ではないそこにずっと住み続けるものとして作られたらまた別なものになる。相馬市長屋風の建物はそうなる。それは仮設住宅とは違ったものとなる。

今日は霧だった。秋霧というから霧は秋になるとでやすい、この辺の町は電車が通らなくなった。すると車がない人は江戸時代にもどったような気分になるのだ。仙台辺りも半年も行っていない、行けないのだ。介護と交通が不便になりどこにも遠くには行けなくなっているのだ。電車も原町-相馬間は今年中に通るようになるにしてもやはり仙台まで通じないと機能が回復しない、電車は遠くに通じてはじめて効果を発していたのである。だから六号線も電車も通らなくなると何か江戸時代のように遠くには行けない世界になったのである。


山茶花かすでに咲いていた家があった。空家だった。山茶花は空家にふさわしいのかも、しとしとと雨にぬれて咲いている。そういう静かな世界が自分にはあっている。人間は親に性格がにるのは本当である。母もそういうおとなしい性格である。人づきあいもなく口数も少なくただじっとしているだけである。その性格は異常にさえ見える。一面は異常だった。自分の性格も人づきあいが一番苦手だからにていたのである。親と本当に性格はにる。でも一方で人間はそうした生まれつきではなく環境の影響も大きく受ける。ともかくこういう俳句とか短歌とか作っているのは自分の性格であり自分は都会のような所には絶対に住めない性格であった。だから東京に一時期いてもすでに若い内から田舎に帰ったのである。静かな環境でないと住めないのである。